表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目前期
87/150

第27話-3 それぞれの仕事(男性陣)

 女性陣がこうして思い思いに自分が着る予定の夜会着と向き直っていたそのとき、男性陣は現実と向き合っていた。



「うぅむ…やっぱりおかしいと思うんだ、僕は」


 そういうアベルに、脚立に乗っていたムクロは呆れたようにため息を盛大に吐くと見下ろした。



「何度目だ、その話は。いい加減にしてくれ」


「そうは言うけどさ、ムクロは納得できるの?」


 憤慨冷めやらぬといった体でアベルは周囲を見渡す。そこは、大食堂だった。



 ただし、いつもと違うのは、壁や天井にあちこち煌びやかな飾り付けがなされていることだ。ムクロは今、アベルが抑える脚立にまたがり梁に色紙で作った飾り紐を取り付けているところだ。



「何で僕たちが僕たちの参加する舞踏会のために下準備しないとならないんだよ。しかもやりたくも無いのにさ…誰の得になるんだか」


 その言葉に、周りで働いていた男子生徒たちがうんうんと深く頷いた。



 ここにいるのは、衣服を借りる予定になっている生徒たちだ。


 貸し出しの条件に舞踏会の飾り付けの手伝いが含まれているため、アベルたちはこうして額に汗して働いているのだ。



「大体、何が“強制ではない”、だよ。今後の任務に影響があるって書いてあったらそれは強制って言うんだっての」


 もう一度、皆が頷く。だが、どちらに対してもムクロは憮然とした態度を崩さず同調しなかった。



「はいはい、気が済んだな? ならさっさと片付けるぞ」


 その言葉に明らかな苛立ちが含まれている。険悪な雰囲気を感じ取った敏感な生徒たちはそそくさと己の職分に戻った。



「判ったよ…というかムクロ、どうかしたのか?」


 ただ一人、アベルだけは気に止めた。



「…別に」


 詮索が気に障ったのか、今度は不機嫌さを隠そうともしないムクロだが、その顔色が悪いことに気づいたアベルはしげしげと顔を見て言った。



「そういえばなんか、顔色も悪いみたいだけど…もしかして、具合でも悪い?」


 どう答えたかちょっと迷ったムクロだったが、正直に答えた。



「…まあな。半年前から本調子じゃないんだが、ここのところとみに酷くてな」


「結構前から長引いてるね。風邪?」


 ムクロが首を捻る。



「いや…風邪じゃないと思う。寒気は特に感じないんだが、微妙に腹や腰が痛くてな」


「何だろうな? アルキュス先生に看てもらった方がよくないか?」


「いや、我慢できないほどじゃないからまだいい。それより、さっさと終わらせるぞ」


 普段より固い口調で断ると、ムクロは再び脚立に立ち上がって飾り紐に手を伸ばす。



 だが、当人が思っていたより体調は悪かったらしい。



「しまっ…」


 飾り紐を持ちながら立ち上がり、体の向きを変えようとしたところで脚をもつれさせたムクロの身体がかしいだ。



「危ないっ!」


 とっさにアベルが回りこみ腕を伸ばす。ムクロの細身の体は、すっぽり収まるようにしてアベルに抱きとめられた。



「む、うぅ…」


「大丈夫かムクロ?」


「あ、ああ…大丈」


 大丈夫と言いかけたムクロだが、しばらく視線を上下させる。どうやら思っていたより高い位置にあることに疑問を抱いたようだ。



 しかし、それもほんの僅かな一時のこと。すぐに強張った。



「お、お前何をする!」


「いや、何ってムクロが落ちて来たから抑えようとしたんだけど…」


 ムクロを背後から支えようとしたが、それより早く落ちたところに割り込んだ結果、横抱きのような形になってしまっている。



「いいからさっさと下せ! 顔が近い! というかどこ触ってんだ!!」


 興奮しているせいか珍しく裏返っているムクロの声で、作業していた周りの人々が何事かと顔を向けた。



「う、うん…」


 急に暴れ出したムクロに驚き、アベルが慌てて下してやる。



「なんだなんだ一体」


 怪訝そうに尋ねてきたウォードに、アベルより先にムクロが返答した。



「なんでもない! あっちいってろ!!」


「な、なんだよ…心配してやったのに……」


 ムクロが無言で腰の短刀に手を伸ばし掛けたのを見て、ウォードはそそくさと退散した。



「えぇと…ごめんな、ちゃんと脚立抑えてなくて……」


 怒りの理由が自分のせいだと判断し謝ったアベルにムクロは、向き直り文句を言おうと口を開きかける。だが、厚意でしてくれたことだとすぐに思い直し、怒鳴りつけたい衝動をかろうじて押さえ込むのに成功した。



「いや…俺の方こそ、怒鳴ってすまん。わざわざ助けてくれたのに」


「それは構わないけど…本当に大丈夫? やっぱり体調が優れないのか?」


 心配したアベルが腕を伸ばし、そっとムクロの額に触れた。なるほど、ちょっと平熱より熱いような気もする。



「ああほら、やっぱり。熱あるみたいだぞ。風邪かな」


「そんなことはない! だ、大丈夫、大丈夫だから!」


 慌てて身をよじり、距離を離したムクロだが。



「た、多分…ここの気温が高いせいだ。やけに身体が熱くて、汗が止まらない」


 そういって額に浮かんだ大粒の汗を拭った。



「え。そう…かな?」


 アベルはそんなに暑い様には思えなかったが、


「まあそれならちょっと外へ行って休憩してきなよ。ここは僕が代わりにやっておくからさ」


 気を効かせ、休憩を取らせることにしたアベルの配慮にムクロも感謝した。



「そうだな…すまん、ちょっと頭を冷やしてくる」


「落ち着くまでゆっくりしてきていいよ」


「ああ、そうさせてもらう」


 そう言ってムクロはふらふらと大食堂を出て行った。



「すごい辛そうだったなぁ、ムクロの奴。はやく元通りになるといいな」


 心配げに眺めていたアベルだが、ムクロの姿が見えなくなったところで作業に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ