第27話-1 緊急会議を行います
「緊急会議を行います」
室内に、リティアナの厳格な声が響いた。
会議から数時間後、仮眠を取り終えた六人は再び教室に集まっていた。彼らの他にクゥレル、パオリン、ウォードの三人の姿も見える。
彼らは先に言い渡された、舞踏会についての情報を共有しあったところだった。
当然文句が出たが、生徒の反対意見が学府側に何ら影響を与えることはもちろん無い。大体入学当初から無茶三昧だったことを鑑みてもまったくの無駄だと思い出したことで、改めて全員の意気を阻喪させていた。
「こうなったら仕方ないわ。それよりは来る日に備えて準備しましょう」
たっぷり愚痴を言い合い気が済んだところで、リティアナがぽんぽんと手を叩いた。
確かに、逃れえぬ災厄ならばいつまでも嘆くより、それに備え上手くやり過ごす方が得策というものだろう。
「一応、報酬の前借は可能なんだよな?」
そうだという回答を受けてウォードが眉根を寄せて考え込む。クゥレル、パオリンも同様だ。
ハルトネク隊も余裕と言うほどではないが、三班はそれ以上に死活問題に直結するためだ。
「夜会服は男物の貸し出しで3ルゼイニー、購入だと20ルゼイニー。女性だと倍だって」
改めて確認した額に、全員が揃って大きくため息を吐く。
「無茶苦茶だぜ…うちは四人、全員男だが全部借りるとなると12ルゼイニー。かなりきっついぜ」
「お前はまだ良いよ。俺んとこはハルトネクと同じ六人だし…」
ウォードがちらりとパオリン、アベルを見る。
残った二班は女性の比率が多い。パオリン班に到っては五人だが全員が女性だ。
「しょうがないわ。幸い無利子での借金も受け付けてくれてるし…」
作り笑いでパオリンが答えるが、流石に誰も掛ける言葉が無い。まさか36ルゼイニーもの大金がいきなり圧し掛かってくるなど思いも寄らなかった。
「それに、借りるとなるとなぁ…」
もう一つ、懸念となるのは貸し出しされる衣服の問題だ。
ある程度は帰国したり退学してはいるものの、生徒の割合は今もまだルークを代表とした貴族の子弟の方が多いのだ。彼らにとって、とても自尊心を満足させる好機だろう。
そこへのこのこ、貸衣装で出て行けばここぞとばかりに笑いものにしてこよう。
それを思うと今から気が滅入る。
この重々しい空気を払拭したのは、リュリュだった。
「なら、作っちゃうのはどう?」
それまで傍でクロコの整備をしていたのだが、ふと以前のことを思い出したのだ。
「作るって言っても、そんな簡単じゃないだろ。そう簡単に作れるものなのか?」
ムクロが呆れたように言うと、
「まあ本格的なのは無理だけどね。でも、クロコの服はボクが作ってるよ?」
そう言って見せたクロコの衣装は、意外としっかりしている。
「どれどれ…あら、存外可愛いじゃない」とリティアナ。
「流石に独学だから本格的とは言わないけど、飾り布の作り方とかある程度どうやったら見栄え良くできるかは把握してると思うよ」
その言葉が切欠になり、場の趨勢は自作に傾いた。
「なるほど。自作するというのは案外悪くないかもしれないが…一人じゃ流石にこの人数はみれないだろ」
「一人じゃないよ。クゥレルも手伝ってくれるよね」
その言葉に視線が集中したクゥレルは、額を押さえて天を振り仰いだ。
「おい、俺も所詮下手の横好きだぞ」
「何謙遜してんのさ、学年でダントツに上手いくせに。班員の繕い物だってしてるじゃん」
そう言われ、ウォードとパオリンがへえと意外そうに声を上げた。どうやら知らなかったらしい。
「なら、それで行きましょ」
これで決まりとばかりにリティアナが言った。
「おいおい、俺はまだ引き受けると言った訳じゃ…」
反論しかけたクゥレルに、背後からすすっと近づいたユーリィンがそっと顔を寄せ囁く。
「あら、いい機会じゃない。パオリンに良い格好できるわよ? それに、あなただってパオリンが他の有象無象に田舎者扱いされるのは良い気しないでしょ?」
クゥレルがばっと振り向くが、すでに身を引いたユーリィンはそれ以上喋らず、にこにこと穏やかな笑みを浮かべているに留めた。
「…お前、どうして…」
「いやぁね、見てれば判るわよ。みんながみんな、アベルみたいな朴念仁だと思わない方が良いわよ」
目一杯渋い顔になったクゥレルは、ため息を一つ吐くと判ったよと答えた。
「どこまでできるかは判らんが、引き受けるよ。その代わり、厳しく行くぜ。馴れ合いはしねぇ」
その言葉に、仲間たちはわっと歓喜の声を上げた。
「それから、男の方ははっきり言うが無理だ。こればっかりは借りないと駄目だ」
「え、なんで? 一緒につくろうよ」
リュリュが不思議そうに問いかけると、クゥレルは首を振って答えた。
「体の線を生かせる女性用と違って、男性服を一から作るのはとても難しいんだ。股を分けて作成しないとならないが、ちょっとしたことで不恰好になる。ごてごて飾って縫い目などを誤魔化すこともし辛いしな。何より考えてみろ、アベルやウォードがそんな細かい微調整できると思うか?」
そう言われ、女性陣は黙り込んだ。
「…いや僕も納得はするけどさ。微妙に釈然としないのは何でだろう……」
アベルの呟きを聞き流し、クゥレルはつづけた。
「んでだ、女性用の方の話に戻すが…確か、期限は約二週間だったか?」
「うん、そうだけど…やっぱり時間が足りない?」
リュリュの疑問にちょっと考え込み。
「…いや、よっぽどぶきっちょじゃなかったらいけるんじゃないか? ただ、かなりぎりぎりだと思ったほうが良さそうだが」
「そうだねぇ。そんくらいは掛かっちゃうかなやっぱり」
リュリュと頷きあうクゥレル。
そうなると、今後女性陣はほぼ夜会服の製作に掛かりっきりになると考えた方が良さそうだ。
「まあ仕方ないね。代金に関してはどうしようか」
アベルの提言に、レニーがちょっと考え込んで答えた。
「夜会ということなら、基本は男女で行動することになりますわね。誰と組みたいかは好みがありますから、あらかじめ誰と組むかを決めてから試算してみてはいかがかしら」
「そうだねぇ。流石に男女で分けると男性陣が滅茶苦茶割り食っちゃうし…」
レニーに同意したパオリンの意見に、ウォードが口を挟みこむ。
「なあ、女用の服は終わった後、購買に下取りしてもらえねぇかな? そうなりゃ、俺らの負担も減るだろうし」
「えっ、売るの?」
女性陣がどよめくが、ウォードは気にせず答えた。
「そりゃそうだろ。お前ら人生でどれだけ舞踏会に出るつもりだよ。来年やるかも判らんし、何より今回急ごしらえで作ったのを本格的な舞踏会に着て行くのって不安にならないか?」
そう言われてみればもっともである。
「まあどうしても手元に残したいって場合は、当事者同士で代金を分配すればいいんじゃねぇの? 流石に全部強制的に売っ払うこともねぇだろ」
クゥレルがそう取り成し、女性陣からも反対が出なくなったこともあって方針は以下のように決定した。
まず、一緒に踊る予定の組で予算を計上する。そこから、幾分かを講師として自分の時間を提出するリュリュとクゥレルに講師料として回す。
残った額で人数分頭割り。男性は衣装の貸し出し申請を行う。
女性は材料を購入(この際、確認のためリュリュかクゥレルを伴う)。
舞踏会まで女性陣は自分たちの服を作成することに専念。男性陣は積極的に依頼を受け、当面の生活費を捻出する。
舞踏会終了後、男性の衣服は返却。女性側は売却か、引き取り購入を選択。
「うん、それでいいんじゃないかな」
「ああ。それに、その方がパオリンたちも自分の服についてやる気が出るだろうし」
アベルの言を受けたムクロの言葉に、女性陣の目つきが険しくなった。
「他人事だと思って…」
「実際、他人事だからな」
「そんなこと言ってると、きっとあとで痛い目みますわよ」
そう言って肩をすくめるムクロに、レニーがそっけなく言った。
相談の結果、ハルトネク隊の内訳はアベルとリュリュ、リティアナ。ムクロとレニー、ユーリィンと別れた。
クロコの服:元々はただの布キレを適当に巻きつける程度のものでしたが、他し事その2でのクゥレルに影響を受けて自作するようになっています。
元々頭もよく手先も優れている彼女はクゥレルから技術を習得して、今では班員の繕い物をしたりちょっとした購買の依頼にも対応したりしています。




