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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
二年目
74/150

第23話-2 蠢動



「なるほど、あれが『光の鍵』か」



 誰も他にいなかったはずのドゥルガンの死に様を見届けた者は他所にいた。



 薄暗い小さな一室。



 窓は閉めきられ、蝋燭の一本も灯っていない。壁画や敷布などの装飾品は一切見当たらず、どころか部屋の片隅に折りたたみ式の椅子が数脚置かれている以外は、飾り気の無い書き物机しか置かれていない殺風景な部屋だ。



 唯一珍しい物としては、その机の上に無造作に立てかけられた長四方の板がある。


 それをアベルたちが見たら驚いただろう。



 遺跡に埋まっていた透明な板と同じような素材で出来ているが、高さ1ディストン、横の長さは2ディストン半もある。それだけの巨大な遺物をどこからどうやって手に入れたのか。



 眼前に置かれたその板から放たれる光によって、どこといって特徴の無い容貌をした中肉中背の男が照らし出されている。大きく開いた袖口をした裾の長い胴衣を着ており、その上の半円形の外套にも繊細な刺繍が至る所に施されていた。その頭には高位の聖職者の証を示す半球状の帽子が乗っている。



 板の表面は先ほどまではアベルとドゥルガンとの戦いを、今は敗れたドゥルガンの骸を映していた。



 アベルはもちろん、ムクロたちも知らないことであったが、城内の壁のあちこちには特殊な水晶球が埋め込まれていて、それを通すことで男は好きなときに好きなところを覗き見ることができる。眼前の板は水晶球の捉えた画像を映し出すことができる錬金具なのだ。



「なるほど、ドゥルガンの報告は今度はちゃんとしたもののようだな…あれだけ純度の高い魔素ならば確かに十分まかなえる。ブレイアの実験のおかげで、滞っていた兵力の生産ラインももうじき確立するし…そう考えると、ここでドゥルガンを喪ったのは少しもったいなかったか」


 心にも無いことを呟く。



「まあ、使い捨ての実験台としてはこれ以上も無い成果だったが」


 実際は彼にとって、ドゥルガンはあまり使い勝手のいい道具ではなかった。



 幾度か校長を暗殺するよう指令を送ったが、その命令だけには頑として従わなかったからだ。のみならず、情報に色々と抜けが散見された。当初の目的であった『闇の鍵』についても、どんな器に収められているかは不明のままだ。



 大層不愉快ではあったが、何せ最初の試作品だから想定どおり運用できないのは仕方ない。そう割り切り、代わりに貴重な情報――中古の闇の鍵ではなく、まっさらな光の鍵について――が得られたことでセプテクトはそれなりに満足することにした。



 惜しむらくは、手ずから廃棄できなかったことか。



 今後の軌道修正のためセプテクトは思考する。


「さて、あちらの方はどうするか…手引きする者がいなくなったのは少し不便だが、今までに設置させておいた転送球で押し切れるか? 現在こちらの手駒は三分の一を掌握している。生身の相手なら今のところはまだ五分五分か…む?」


 と、扉を軽く叩く者がいる。



「セプテクト様」


 その声を聞いたセプテクトが煩そうに右手を振ると、板は光を喪いただの板へと変貌を遂げた。



「やれやれまたか…潜り込むためとは言え、まったくわずらわしいことだ」



 淡々と愚痴を言いながらも立ち上がるとすたすた扉に向かって歩き出した。


 暗所でわずかな光を見続けた者が急にその灯りを失うと、普段より闇は濃さを増す。常人ならば足元も見えない真っ暗闇にも関わらず、セプテクトの足運びには迷いがまったく見えない。よほど夜目が利くのだろうか。



 扉を開けると、鉄帽子を被った兵士が立っていた。赤い軍服の左胸元には、銀の交差した剣の上に七本足の蜘蛛の意匠を施した刺繍が見える。


 ディル皇国の紋章だ。



「何の用か。わたしは休んでいたのだが」


「お、お休みのところ申し訳ありません。皇帝が至急来るようにと。何度もセプテクト様のお名前を及びになっておりまして…」


 セプテクトの口調は穏やかなのに、兵士はおののくような目をしていた。



 だがそれは彼が単に飛びぬけて臆病だからではなく、セプテクトを知る者は多かれ少なかれ似た様な表情を浮かべる。そうでないのはディル皇帝とその供廻りら数人くらいなものだ。



「そうですか、皇帝が。また例の発作を?」


 セプテクトが虫けらでもみるかのような目つきで兵士を見やる。



「え、ええ、恐らくは…」


 その目つきが、兵士を無性に不安にさせるのだ。 水晶球のような、生命を感じさせない目。



「わかりました。仕方ありません、こちらも薬方の準備が出来次第すぐ行きます――そう伝えてください」


「わ、わかりました」


 いったん部屋に戻ろうとしたセプテクトだが、ふと思い出したように振り返った。



「ああ、そうそう。あなた、名前は?」


 兵士がきょとんとした。



「あ…ガウェク伍長です」


「そうですか。見ない顔ですが…」


 セプテクトが言いかけたのを、ガウェク伍長が遮った。



「三回目です」


「は?」


「私の名をお伝えしたのは、三回目です」


 その言葉に、セプテクトの目つきがはっきりと剣呑になり、ガウェクは気の毒なほど縮こまった。



「…で? その数に何の意味があるんです?」


「い、いえ…」


 セプテクトにとってみれば、地虫の顔を一々覚えているのも煩わしい。替えが幾らでも効くなら尚更のことだ。



 この男が今までに同じようなやり取りをしても生きながらえて入れられたのは、単に王宮の中で考え無しに殺すと後処理が面倒だからに過ぎない。



「中庭にごみがあります。さっさと片付けておきなさい」


「は、はぁ?」


 何のことを言っているのか判らず、ガウェクが間の抜けた返答をする。



「行けばわかります。同じことを繰り返させないでください。わたしは無駄が嫌いなんです」


 声に再び危険な響きが混じったことを察したガウェクは、セプテクトの機嫌をこれ以上損ねてはまずいと慌ててこくこくと首を縦に振る。そのままそそくさと逃げ出すように駆け出した伍長を詰まらなさそうに見やると、セプテクトは自室に戻った。



「どうやらあの人形もそろそろ情緒が制御しきれなくなってきたようだ。そろそろ新しく用意するか、或いは…」


 暗闇の中、薬の準備に取り掛かりながら思案に耽るセプテクトの表情は変わらない。だが、その瞳だけは人ではありえないほどぎょろぎょろとめまぐるしく蠢いている。



「ふぅむ。いずれに転ぶにせよ、対処は計算上では十分可能か。攻め込むいい頃合だな」



 やがてその試算に満足したのか、セプテクトは至極あっさりと進軍の再開を決定した。


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