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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
二年目
61/150

第19話-2 せっかくの海だし水遊びだよね


 古の錬金学者、ヴィルガナ=バルセボは言った。

 男が着替えるのと、女のそれとでは概して二倍以上時間の差が出るものだ…と。



 すでに水仕事用の膝上までしかない、ゆったりした脚衣だけに着替えたアベルが仲間たちを待つため砂浜へ出ると、彼を見つけた先客がやってきた。



「お、アベル。今日はお前も来たんだな」



 クゥレルとウォードは薄手の黒い股引を履いている。水に濡れてぴっちり張り付いているせいでかなり窮屈そうに見える。



「なんともはやその格好は…」



 言いかけたアベルに先んじてクゥレルが突っ込んだ。



「そっくりそのままお返しするぜ。お前のそれもリティアナが見繕ったのか?」



 まあねとアベルはぎこちなく頷く。


 彼が履いているのは、リティアナが(アベルたちに断りなく)前もって持ってきたものだ。



「お互い、へんちくりんな格好をさせられたもんだよなぁ。俺たちの格好見ろよ」



 クゥレルがそういいながら水を吸って脚にへばりつく布地を摘んでおどけてみせた。その笑顔はどこかしらぎこちない。



 全員分を自腹で買ってきたというのだから、リティアナがこの野営訓練をどれほど楽しみにしていたのか判ろうと言うものだ。それ故、受け渡された者たちは渋々ながらこうして慣れない格好をしているのだが、気恥ずかしいものはやはり気恥ずかしい。



「当たり前だけど、服が水吸ってすげえ気持ち悪いの何の。動きにくいしよぉ、参っちまうぜ」


「つか本当なら裸でも構わんのに、リティアナそれ聞いてすげえ勢いで怒ったんだよ。アグストヤラナの生徒として相応しい格好をしろってよぉ」



 アベルが頷く。



「ああ…確かに言いそう」


「まあ今日明日着るくらいだから仕方なく履いてるんだが…滅入るぜ。ただまあ、俺たちはお前みたいに足元中途半端に出す格好も嫌だったからこっちにしたけど…そうしてみるとやっぱひでぇもんだ」



 肩をすくめるウォードの言葉に、アベルが顔をしかめた。



「こっちだって溜まったもんじゃないよ、膝下がすーすーして落ち着かないし。というか選択肢があっただけ二人はましじゃないか! 僕はこれしか残ってなかったんだぞ?」



 二人がアベルの肩をぽんと軽く叩いた。水着は昨日配っていたため、結局最後まで不参加だったアベルが残り物を履くことになったのだ。



「そういやぁそうだな…悪かったぜ。すまん」


「本当、女って変なところに拘るよなぁ。そもそも、何でわざわざ濡れるのが判ってるのに服を着ないとならないんだか…意味わかんねぇよ。風呂に服着てはいる馬鹿いねぇだろっての」


「まったくだよなぁ…」



 男たちが頷いていると。



「何馬鹿なことを言ってんのよ。風呂と一緒にしないでよ、真面目なアベルをあんたら馬鹿二人と同じ道に引き込むなっての」



 呆れたように声を掛けてきたのはパオリンだった。


 振り返ってみたアベルは仰天した。



「パオリ…そ、その格好?!」



 髪を左右へお団子状に二つ括りにしているパオリンは、お椀方に盛り上がる胸元を肩紐からの比較的大きな二等辺三角の布だけで覆っている。下は股間部だけを覆う形の下衣だけで、普段知る外套姿と違った健康的な魅力にアベルは無性にどぎまぎした。



「これ、リティアナがあたしにも用意してくれたのよ。こういうのが大都市では流行ってるんだって。アベル、他の三人もすぐくるわよ。ほら」



 その言葉通り、三人もやってきた。



「おっまたせぇ!」



 返事しようとしたアベルは目を丸くして固まってしまった。



 リュリュは上衣から股ぐりを覆うようにして繋がった形状をした、濃紺の水着を着ている。背中に逆馬蹄形の切込みがあり、そこから翅を羽ばたかせることができるようになっていた。後ろ頭に小さく束ねた髪がぴょんと小さく跳ねているのも含め、動きやすさを重視したリュリュ向けの意匠と言えよう。



「昨日も着ましたけど…うぅ、やっぱり私、この格好あまり落ち着きませんわ」



 恥ずかしそうに胸元を隠すレニーの水着は、青を基調にして棒縞に白線が縦に入っている。表面はリュリュのそれと似ているが、背面が違っていた。腰元までばっさり布が切られており、胸元は二本の紐で結ばれているのみ。レニーの場合、リュリュよりも更に大きな翼の稼動域を確保する必要があるためだろう。



「そうかしら? 私はとってもよく似合ってると思うけど」



 最後のリティアナは、腰まである髪を顔の右下で編みこんで落ち着いた雰囲気をかもし出している。彼女の水着はどちらかと言えばパオリンのそれに似た形状だが、形の良い隆起をねじった布だけで隠しており、腰元もきわどく股の付け根に切り込んだ小さな薄布だけで覆っているため、アベルにしてみればほとんど裸体にしか思えない。



「どうしたの、そんな顔して」



 耳まで赤くして、あんぐり口を開けたまま呆けるアベルにパオリンが笑いかける。



 背後からクゥレルに『褒めるんだよ!』と小声で入れ知恵されて、アベルはようやく言葉を搾り出した。



「い、いやその…ええと、そう! す、すごく似合ってるよ、みんな」



 アベルのどもりがちな褒め言葉に、反応は三者三様だ。



「ふっふ~ん、そうだよね!」


「ふふっ、お世辞でも嬉しいわ、ありがとう。アベルも似合ってるわ」


「あの…アベル、その……お願いですから、そんなに食い入るように見つめないでくださいまし。何か恥ずかしくなってまいりますわ」


「ご、ごめん」



 視線に困ったようにレニーから上目遣いで見上げられたアベルは慌てて謝った。



 耳まで赤くなるのが自分でも判る。そんなアベルの様子に、そばで黙って見守っていたクゥレルたちはげらげら笑っていた。



「な、お子ちゃまだからアベルにはちょっと刺激が強すぎるって言っただろ。賭けは俺の勝ちだな」


「ちぇっ、言ってろ。次は俺が勝つからな」


「ちょっと、二人とも、僕で賭け事してんなよ! 刺激が強いとかじゃなく、僕はただその…みんな可愛いと思って…」



 照れ隠しにアベルは二人を怒鳴りつけたが、その言葉にリュリュはにやりと意地悪く笑った。



「へぇ? ボクたちの格好、そぉんなに魅力的なんだぁ? じゃあさアベル、中では誰が一番?」



 嬉しそうに言いながら肩に飛び乗ってきたリュリュに、アベルは顔を真っ赤にして言った。



「そっ…そんなの、答えられないよ」


「んっふっふ~、それで逃がすとでも? さぁて、どうしよっかなぁ~」



 尚も意地悪するリュリュを見かねて、パォリンが助け舟を出した。



「ほぉら、リュリュもあんまり意地悪しないの。さ、それじゃ海で遊びましょうか」



 ようやく開放されたアベルがほぉっと吐息をついたところで最後まで遅れていたクゥレルたちの班員たちも合流し、アベルたちはそろって遊ぶこととなった。



「さて、と…何をしようかな?」



 ぐるりと辺りを見渡せばリティアナは入念に体をほぐし、本格的に泳ぐつもりのようだ。レニーはパオリンと一緒に少し離れた岩場に行き、貝を探すことに決めたらしい。



 アベルはまずはリティアナのところに行こうとしたが、


「ねぇアベル、ボクと一緒に遊ぼうよ!」


 そういって腕を引っ張るリュリュに押し切られた。



「判った判った、何をするのさ」


「そうだなぁ…ボク、沖へ行ってみたい!」


「え? でもそれなら一人でも…」



 アベルの無神経な言葉に、リュリュはぷっと頬を膨らました。



「あのねぇ、あんなとこまで一人で飛んで面白いとでも? 泳ぐにしたってこの翅は濡れると飛べなくなるし」


「…つまり、僕に連れて行けってこと?」



 満面の笑顔でリュリュは答えた。



「うん! だからアベルにお願いしてるんじゃん!」


「お願い…うん、お願い、ね…。それじゃリティアナは? 彼女は僕より泳ぎ上手かったはずだけど」



 リュリュは真面目な顔に戻って首を振る。



「そうなんだけどさ…実は昨日お願いしたんだ。最初は面白かったんだ、頭の上に載せてもらってさ。でも、泳いでいるうちにボクのこと忘れてね。すっごく速く泳ぐから、途中で叩き落されて。…死ぬかと思った。怖かった」



 さすがに言いすぎだろうと思って視線を移すと、リティアナがそれはもう生き生きと泳いでいるのが遠目にも見えた。


 恐らく遠くの小岩を目指しているのだろうが、同じ場所を目指していると思われるクゥレルとウォードよりはるかな先を泳いでいる。その光景は、まるで大型の魚のようですらあった。



「…なるほど、確かにあれは怖いなぁ」


「でしょ?」


「仕方ない、そういうことなら判ったよ」


「やったぁ、アベル大好き!」



 二つ返事で引き受けると、リュリュが飛びつく。普段では有り得ない露出の多い彼女に、アベルの耳は真っ赤に染まり手が抑えられないほどに震えた。



「はいはい。それで、どうするんだ?」



 ぎこちなく視線を反らしながらも、自分ではどうやらいつもどおりに振舞えたとアベルは思った。



「えっとねぇ…」



 暫く相談した結果、リュリュの乗れる大きさの大芭蕉の葉に紐を括りつけ、それをアベルが泳いで曳航することにした。



「アベル、泳げるの?」



 さっそく泳ぐ段になり、リュリュが思い出したように尋ねる。



「あの三人くらいは無理だけど、のんびり泳ぐぐらいならできるよ。お爺さんに習ったから」



 そう言って水面に顔を付けたアベルは、少し身体を海水にならしてからゆったりと泳ぎはじめた。



「うわぁ、きっもちいい!」



 滑り出しは実に順調だった。



 しっかり縛った大芭蕉の葉の根元を握りながら周りの景色を堪能しているリュリュだったが。


「アベル、待って。待って、…ぎぼぢわるい……」


 しばらくして、死にそうな顔で訴えてきた。


 どうやら酔ったようだ。



 中断して陸へ戻ったアベルは、木陰に大芭蕉の葉を敷くとぐったりしたリュリュをその上に休ませてやった。



「大丈夫か、リュリュ? なるべくゆっくり泳いだつもりだったんだけど…」



 川まで行って汲んで来た冷たい水を渡してやりながらアベルが心配そうに尋ねると、それを飲み干したリュリュは済まなさそうに頷いた。



「ごめんね…ボクからお願いしたのに…」



 さっきまでの勢いはどこへやら、完全にしょげ返ってしまっている。



「いや、酔ったらしょうがないさ。このまま少しじっとしてなよ。僕も傍にいるから」


「うん、そうする…」



 普段よりしおらしいリュリュの傍に腰掛け、ぼんやり海を見つめるアベル。考えてみれば、こうして穏やかな時間を過ごしたのなんていつぶりだろうか…そんなことをぼんやり考えていると、レニーがひょっこり顔を出した。



「アベル、こんなところにいらしたのね」


「ああ、レニーか。どうかした?」


「さっきちょっと見かけたけど、あなた泳いでましたわね?」


「うん。…そのせいでリュリュが酔ったけど」



 アベルの返答に、レニーは不思議そうに首を捻った。



「アベルが泳いでリュリュが酔った? …どういうことですの?」


「なぁ、なんでもない、なんでもないよ!」



 自分で誘っておいて酔ったなんて情けない事情を聞かれたくないのか、リュリュが慌てて遮る。レニーはまだよく判らないという顔をしていたが、それ以上聞くことを止めてアベルに向き直った。



「まあそういうならいいですけど…アベル、実はあなたにお願いがありますの」


「また僕に?」


「また?」



 ちらと見ると、リュリュが口に立てた人差し指を当てている。



「いや、なんでもない。それで、お願いって何さ?」



 レニーはしばらくもじもじしていたが、やがて意を決したように口を開いた。



「その…私に、教えてくださいませんこと? 水練を」


「水練ってことは…ええと、泳ぎ方?」


「…ええ」



 レニーが小さく頷いた。



「その…実は私、昔羽が水を吸ったせいで沈みかけたことがありまして…そのせいで、どうしても怖くて……でも、水の術法が得意なのに使えないのは恥ずかしいというかその……」



 喋っていくうちに聞き取りにくくなっていく。



「…それで、僕に教えてもらいたいと?」



 こくり、レニーは頷いた。彼女の耳の付け根が気の毒なほど真っ赤になっているのにアベルは気付いたが、あえてそ知らぬふりを通すことにした。



「うぅん…僕は構わないけど…」


「ボクは平気だから行っておいでよ」



 アベルの困ったような視線に気付いたリュリュが努めて明るい声を出した。



「良いのかい、リュリュ?」


「うん、ボクはアベルのおかげで大分楽になったから。だから、今度はレニーと行ってきなよ」


「そう? それじゃあ判った。行ってくるね」



 連れ立って砂浜を歩き出した二人を見て、不意に激しい寂しさを覚えたリュリュは反射的に呼び止めていた。



「…あ、やっぱりアベル待って!」


「ん?」



 いきなり呼び止められ、不思議そうに振り返ったアベルの顔を見て、リュリュは馬鹿なことをしたと後悔した。


 だけどもう遅い。



「え、あ、…そうだ! 約束!」


 用もなく呼び止めた気恥ずかしさを誤魔化そうと考え込んだリュリュは先刻まで考えてもいなかった言葉を思いついた。



「え、何?」


 口に出してしまった以上、止まらない。



「前に約束したでしょ! 勝手に野営決めたときのことで」


「え……あ、ああ、うん」



 思い出すのにちょっと時間が掛かったようだが、アベルはしっかり頷いた。



「それ、なんだけど…良かったら、夜、ここで会えない?」


「うん、構わないよ」



 当惑しながらも了解したアベルに、リュリュは思わず顔をほころばせた。



 ちなみに夜にしたのは特段何をしようとかの考えがあってのことでは無く、単に他の邪魔が入らないだろうからと考えただけのことだ。



「それじゃあ、月が真上に差し掛かった頃、ここで待ち合わせね!」


「うん、判った。それじゃあまたね」



 そう言うアベルを見送るリュリュは知らず知らず顔がほころぶのを止められない。約束を取り決めたときの自分を見たレニーのにやにや顔も、まったく気にならなかった。


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