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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
二年目
52/150

第15話-2 なんでだよ!



「お昼休みの鐘が鳴る前に帰って来れたわね」


 教室で出迎えたリティアナが満足そうに頷いた。



「見た所、誰も罠の解除に失敗して行動不能にされた様子も無さそうだし、かなりいい評価がもらえると思うわよ」


「ありがとう」


「今日のハルトネク隊の試験はもうこれで終わりだから、ご飯食べたらゆっくり休みなさい。疲れてるでしょ」


 アベルたちは一様に頷いた。


 やはり緊張を長時間強いられるせいだろう、何度体験しても遺跡に潜ったあとはどっと疲れが出る。



「お言葉に甘えてそうするよ。ユーリィンは?」


 リティアナの表情がわずかに曇った。



「報告が終わり次第、もう一度探しに行くわ」


「…そうか。お願いするよ」


 心残りではあったが、今から彼女を探しに行く元気はアベルたちにもさすがに無い。



「ええ、判ってるから後のことはわたしにまかせておいて。あなたたちは次の試験に備えて、体調を整えることを第一に考えなさい」


 リティアナも快く了承し、五人は揃って部屋を出た。



「さて、これからどうしようか」


 教員室に向かって立ち去ったリティアナを見送ったアベルが考え込む。



 空には雲ひとつ無い快晴だ。太陽は真上に差し掛かったばかり、さすがに寝るには幾らなんでも早すぎるだろう。



「食べ物の作り置きしてあったっけ? さすがに料理するのは疲れて嫌だし」


「うぅん、そうだけど…ほとんど残って無かったんじゃないかなぁ」


 リュリュが指折り数えて答える。



「確か茸の油漬けは少し残ってたはず。あとは、干した蕃茄が五個あったよ」


「先日捌いた白身魚をソイユの実に漬け込んだのがあったな。少し早いが、食べられなくは無いはずだ」


 ムクロも思い出したように付け加えた。



「私、今日はお肉が食べたい気分ですわ。しっかりした物が食べたい気分ですの」


 レニーの要望に、アベルも頷いた。



「そうだね、僕もかな…あ、でも岩鳥の干したのはもう食べちゃったし…しょうがない、今日は大食堂での食事にしようか」


 反対する者は誰もいなかった。



 ユーリィンに対する心労が物憂げさと相まって、とにかく今は体を休ませたい。そう考えたアベルたちはとろとろした足取りで大食堂へ入っていった。



「おや、誰かと思えば」


  先客がいた。


 大食堂へ足を踏み入れた途端、アベルたちは来るんじゃなかったと後悔した。


 


 アベルたちを素早く認め、久しく見なかった赤毛の掛かった茶髪の下にニヤニヤ笑いを貼り付けながら、奥の食卓に陣取っていたルークが楽しそうに立ち上がる。



「掃き溜め隊じゃあないか。珍しくここへ何しに来たんだ? 屍肉や残飯を漁るなら裏手に回ったほうがいいんじゃないか? 裏手にまだ新鮮な生ゴミがあるはずだぞ」


「私たちにはハルトネク隊という名前がありますわ。それに、立派な図体にもなっていつまでも親に寄りかかりつづけてるほうがはるかにみっともないのではなくて?」


 レニーの痛烈な皮肉に、ルークの顔がさっと朱に染まる。が、すぐに下卑た笑いを浮かべて勝ち誇ったように言った。



「その無礼な物言い、本来ならば決闘を申し込むところだが今日の僕はとても気分がいいのでね。許してやろうじゃないか」


「許してもらわなくても知ったこっちゃ無いけどね、えっらそうに」


 リュリュの言葉を聞こえない振りしてルークは喋りつづけた。



「実は今日、我々は新しい仲間を迎えてね。そのおかげで、試験もすぐに終わったんだ。…そうだ、いい機会だし君たちにも紹介しよう。君たちも興味あるだろうしね」


 そういうと、一歩ひいていつのまにか後ろに回り込んでいた人物を押し出した。


 その人物はなるほど、確かにアベルたちの興味を引くに足りた。



「ユーリィン?!」


 真っ先に叫んだのはリュリュだ。他の三人は、大きな衝撃の前に口をあんぐり開けたまま言葉が出ない。



 驚愕するアベルたちを愉快そうに見つめながら、ルークはべらべらと一方的に喋りつづける。



「いやぁ、僕らも実に驚いたよ。何しろ反目する君たちの班員が、自ら我が班に入れてくれと頼み込んできたんだからね。何度も断ったのだが、必死に頼み込まれたのでやむなく入れてあげたわけだ。こう見えても僕は寛大な男だからね、実力がある者は正当に評価して重用することにしてるんだ。それにしても、地に頭をこすりつけてまで頼み込むとは…どうやら余程君たちと一緒にいるのが苦痛だったんだろうねぇ。まあ考えてみれば当たり前か、いつまでも地面に落ちてるものを漁る乞食のような真似は志ある者にとってみれば辛いだろうからさ」


 ルークがのべつ幕無しに語り続けている間、ユーリィンは斜め前の床を見たまま決して視線を上げようとしない。その様子に耐えられなくなったのか、リュリュが叫んだ。



「ユーリィン! そんな奴に好き勝手言われて良いの? そんなに、そんなにボクたちといるのがいやだったの?! 答えて、答えてよユーリィン!」


 ユーリィンは、反応しない。


「当たり前だろう、誰だって美味いものを食いたいし楽したいものなんだよ」


 そんならしからぬ態度、そしてルークが差し出口をたたいたことが一層激しくリュリュの怒りを掻き立てた。



「この…っ!」


 素早く魔素を練り上げ、小規模の火の玉を作り出しルークへ向かって放った。


 命を奪うほどではないが、やはり当たれば痛い。突然飛んできた火の玉にルークはひっと情けない声をあげてその場に屈みこんだが、一歩前に進み出たユーリィンがカタナを振り、巻き起こした旋風で消し潰した。



「ユーリィン…どうして……」


 まさかルークのことを庇うとは思いしなかったリュリュが呆然と呟く。そこへ、ユーリィンが新しく生み出した追撃の旋風をぶつけられ、リュリュは吹き飛ばされた。



「リュリュ!」


「大丈夫、気を失ってますが怪我はしてないようですわ」


 空中で受け止めたレニーがほっと安堵の吐息を漏らした。



 その間、ユーリィンは一度も表情を崩さない。


 恐らく何か弱みを握られて、しぶしぶながら従っているのではないか…そんな都合の良い期待はあっさり打ち砕かれ、アベルは知らず声を荒げさせていた。



「ユーリィン、どういうつもりだ!」


 アベルの詰問に、ユーリィンも正面から見据えて答えた。



「どういうつもりもこういうつもりもないわ。今見たとおり…あたしはあたしの目的のため、あなたたちの敵になる」


 普段のおちゃらけた言動を取り払った冷たい表情のまま鼻先にカタナを突きつけられ、かっとなったアベルは思わず叫んだ。



「何故だ!」


「…アベル、この間あなたに聞いたわよね。そのときの答えを覚えてる?」


 何のことか判らない仲間たちは黙って二人の動向を見守っている。



「…ああ」


「あたしの答えを教えてなかったわね。あたしは」


 きっぱり告げるユーリィンのまなざしは鋭い。



「あたしも、戦う。例え…大切な仲間を相手にしたとしてもね」


 これまでに見知ってきた彼女とは思えないその険しい表情に、アベルは眼前にいるユーリィンが自分達の知る存在か一瞬判らなくなる。だが、脳の冷静な部分は、二人の間でしか知らないやりとりを知っていることこそ間違いなく当人の証左であると無情に突きつけていた。



「アベル、同じ考えのあなたならわかるでしょ?」


「それは…」


 同意したものかどうか、迷うアベル。ユーリィンは答えを期待していないのか、そのまま喋り続けている。



「それこそが、あたしがここに来た…そして、これまで生きてきた使命だから。だから、あたしは迷わない」


「ユーリィン…」


 ユーリィンのカタナを構える人差し指が、僅かに揺れ動く。



 不意に、彼女が目の前にいるにも関わらずアベルの耳元でユーリィンの声が聞こえた。


 ユーリィンが風の天幻術を使い、彼だけに聞こえるよう声を伝達しているのだ。



「アベル、あなたも言ったわよね。仲間がおいそれと殺されるのを黙ってみているつもりは無い…って。それなら守ってみせるのね」


 それだけ言い残すと、ユーリィンはカタナを下し鞘へ戻した。そのままルークたちを一瞥することも無く身を翻すと、大股で大食堂を出て行ってしまった。



「あ、ちょ、ちょっと君ぃ?! ま、待ちたまえ…あ、そうそう、数日後に我々と君たちとで戦技試験を行うそうだ。今度こそ君たちに身の程というものを教えてやろう。今から楽しみにしていたまえ、はーっはっはっは!」


 慌ててユーリィンの後を追ってルークたちが出て行った後、残されたアベルたちは呆然とその場に立ち竦んでいた。


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