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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
二年目
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第15話-1 二年目の総合試験



 麦蒔月も半ばを過ぎ、二年目の総合試験の日がついにやってきた。



 未練たらしく校庭で素振りする者や、教室で採取できる野草や鉱石の名前を必死に諳んじている者が朝っぱらから散見されていたが、試験開始を告げる鐘の音が鳴ると各人自分の教室へと散っていく。二年生は生徒の数自体が減っていることと、個人の力量だけに留まらない授業が増えたため、班ごとに行われることになっているためだ。



 初日、アベルの班には遺跡探索の試験が割り当てられていた。



 これは罠を避けたり、仕掛けを解きながら規定時間内に遺跡の奥に辿りつき、最深部に置いてある水晶球に触れてくるというものだ。


「施された罠などは、これまでに訓練で入った遺跡での経験をしっかり把握していたら後はその応用で何とかなるから、あまり気負わない方がいいわ」


 リティアナがそう忠告するが、集合場所に集まっているアベルたちの顔は暗い。



「…来ませんわね」


 レニーの独り言に、リュリュがびくっと身を震わせる。



 ユーリィンだけが、試験開始寸前だと言うのに姿を現さないのだ。



「リュリュ、ユーリィンは朝どうしていたんだ?」


 ムクロの問いに、リュリュは頭を振った。



「…判らないんだ。起きたらもう、寝床空っぽだったんだ」


「一人で出かけたってことか…何か急な用事でもあったのかなあ」


「ボク、最近ユーリィンとちゃんと話してなくて。ここんとこちゃんと話そうとしても、いつも塞ぎこんで忙しい忙しいって言ってたから、あんまり話してないんだ。こんなことなら、もっとちゃんと話しておけば良かった…」


 そういうリュリュは今にも泣き出しそうだ。



「大丈夫、きっとすぐ来るって」


 そう慰めたが、結局試験開始を告げる鐘が鳴ってもユーリィンは来なかった。



「リティアナ、この場合はどうしたら…」


 アベルが尋ねたリティアナは、今回試験の手伝いと言う位置づけで来ている。リティアナはわずかに眉根を寄せたまま少し考え込んでいたが、やがてきっぱり告げた。



「仕方無いわ。今回、ユーリィンは不参加ということにします」


 リュリュがあわてて飛び出した。



「そんな! ユーリィン置いてくなんてできないよ!」


「じゃあ全員不参加ということにするの?」


「それは…」


 言い返そうとしたリュリュだったが、レニーたちの視線に気付いて口をつぐんだ。



「あなたがユーリィンのことを心配する気持ちはわかるわ。けど、開始時刻まで来ないということは何かあったんだと思う。それを今から調べる時間はあなたたちには無い」


「うぐ…」


 リュリュの目尻に大粒の涙が溜まっていく。それが溢れて零れ落ちる前にリティアナが続けた。



「だから、代わりにわたしが調べておくわ」


「リティアナが?」


「ええ。そのための手伝いでしょう?」


 リティアナはアベルにそう言うと、リュリュを見やった。



「さすがに今回の試験に合流するのは難しいだろうけど、事情によっては後で追試験を受けられるかも知れない。だから、まずは自分達のことをがんばりなさい」


 しばし迷ったが、他に手はない。結局リュリュもそれで納得せざるを得なかった。



 早足で遺跡へ転送する転送陣の上に乗り込むと、光が一行を包んでいく。へそを裏側から後ろに引っ張るような感覚を伴いながら、アベルたちは試験会場となる遺跡へと飛ばされた。





 足先に再び硬い地面の感触が戻り、周囲に明かりのないことを確認すると、アベルは素早く頭陀袋を下すと中から採取などに使い慣れた小刀と火口箱、先のほつれた荒縄を取り出した。火打石をこすり付けて飛び散らした火花を荒縄の先で受け止め、ちょっと息を吹きかけて火を灯す。



「あら…?」


 転送された先、一見何もないように見える小部屋は見覚えの無いところだった――三人には。



 只一人、レニーだけが目をぱちくりさせて記憶の糸を手繰っていた。


「ああ、やっぱりそうですわ」


 駆け寄って壁をすう、と人差し指で一撫でしたレニーは確信を持った。



「ここは、私が落ちた遺跡にそっくりですわね」


「それは本当か?」


 問い返したムクロにレニーははっきり頷く。



「触ってみると判りますわ。この、石とも鉄ともいえない肌触り…他に同じような遺跡があるのかもしれませんが、少なくとも私がこの間落ちた遺跡も同じ材質で出来ていましたわ」


 そう言われアベルたちも触ってみる。確かに、なんともいえない不思議な手触りだ。



「じゃあ、すでにレニーがここを知ってるなら試験楽勝じゃん! やったね!!」


 リュリュが無邪気に喜ぶが、レニーはすまさなそうな顔をした。



「それが…こことは違うかも知れませんの。少なくとも、私はこのような小部屋は見た覚えありませんわ。もしかしたら、地下遺跡の別の場所とかかも知れませんわね」


「そうなんだ…」


 あからさまにがっくりするリュリュに、アベルは苦笑した。



「まあまあ。どっちにしろ一から調べていこう」


「むぅ…」


 残念そうなムクロをアベルが慰める。


「それに下手なことしたら減点されるかもしれないからね。それじゃあ行こう」


 一同は先へ進むことにした。



「これか…」


 早速ムクロが左手の突き当たり、壁の隅に抜け穴らしきものを見つける。遠目には判りにくいが、屈まないと気づかない高さの一区画が横にずらして開ける引き戸になっているようだ。



「この場合はどこか、近くに扉を開けるための仕掛けがあるはず…」


 言葉通り、すぐ近くに転がっている石の下に見つけた突起物をムクロが押し込むと、音もなく扉が開いた。



「これでよし」


 どうやら正解のようで、扉の先には道がつづいている。



 まっすぐ進む一行の前に現れた次の扉は、学府で見かけるそれに一見よく似ていた。


「…なにこれ?」


「なんか…急に雰囲気が変わったなぁ」


 それまでの無機質な壁の中に、ぽつねんと見慣れた様式の扉がある光景はなかなかに違和感が激しい。



「油断を誘うという意味もあるのかも知れん。また調べてみるから、みんな壁際に横一列で並んでいてくれ」


 狭い通路上で、鍵穴から何か撃たれることを想定しての注意だ。



 指示を出すとムクロは扉に極力触れないように罠の有無を調べ、鍵が掛かっていることを確認する。


 屈みこんでから愛用の短刀を取り出すと、平らになっている鎬地に鍵穴を映しこみながら空いている左手に持った二本の針金をそこへ差し込んだ。



「ふむ、この感触なら…この辺か」


 器用に指先の動きだけで中の構造を確かめる。そうして動く針金は、まるで独自の意思を持ってうごめいているようにも見えた。



「こんなものだな」


 数分と経たずに金属を弾くような甲高い音が鳴り、遅れてかちりと鍵の開くかすかな音がする。



「はぁ~、たいしたもんだ」


 開始して五分と経っていない早業に、アベルは感心したように嘆息した。



 ムクロは荷物を仕舞い込みつつ立ち上がり、取っ手に手を掛ける。


 扉は音を立てて開いたが、後ろを見ると鍵穴の部分に何かの仕掛けがぶら下がっていた。うかつに鍵穴を弄ると何か飛び出すようになっていたのかもしれない。



「やるじゃないかムクロ!」


 そういってアベルが肩を叩くと。


「…ふん」


 荷物をしまいこんだムクロは返事を返さず、そそくさと先に進んだ。


「なんですの、あの態度!」


 レニーがむっとしたが、アベルは笑って言った。


「照れてるんだよ、珍しく」



 次の部屋はだだっぴろい広間だった。その中央には、これまたレニーにとっては馴染みのある物が置いてある。


「これは…あのときと同じような像かしら」


 グリューたちと一緒に遭遇したときと同じ格好で座しているのは、戦士の彫像のように見える。



 ただその大きさはアベルたちの二倍程度しかない。また、様相も違っており中でも一際大きな手足、そして管状の鼻とその根元左右から生える一対の牙を持つ顔が目を引く。その牙は右側が途中で折れている。


「これって…大地神タモルジョの副手で乗り物のンガ=イルかなぁ? 片牙が欠けてるし…」


 リュリュが興味深げに呟く。



 ンガ=イルとは、元は暴れまわる悪神だったのがタモルジョに打ち負かされ、以来その乗り物となることを誓ったとされる伝説上の存在だ。片方の牙は敗北したときに折られたもので、その一幕は市で行われる劇の演目としては非常に人気が高い。



「前に見かけた像を思い出しますわ、まったく嫌ですこと…」


「んん? …ということは、もしかしてこれも動く?」


 リュリュが言い終わる前に、ンガ=イル像が意外にすばやい動きで立ち上がると眼前を飛び回っていたリュリュ目掛け拳を繰り出した。



「うひゃあっ?! あ、あっぶないなぁ!」


 リュリュに不意打ちを避けられたンガ=イル像が、今度は各々武器を構えたアベルたちに向き直る。



「来るぞ!」


 ンガ=イル像は鈍重そうな見た目より素早い動きで襲い掛かってきた。


 アベルは考えるよりも早く剣を回し、ンガ=イル像の拳を逸らす。大きさは以前レニーたちが相対したものより大分小さいため威力こそ低いが、その分機動性が高い。



「むんっ」


 その腕を脇からムクロが切り下げようとするが、あっさり弾き返されてしまう。像の表面も、洞窟と同じ素材で出来ているのだろうか。



「刃が通らない…こんなのを叩き割ったとかつくづくとんでもない奴だな、グリューは」


「こいつもやっぱり術も効き難いですわ!」


 空へ舞い上がり、顔を凍結させようとしたレニーが叫ぶ。顔面にまとわりついた氷をものともせず、ンガ=イル像は暴れまわっている。



 この調子で相手しつづけていると幾ら時間があっても足りない。


「術…ん? 待てよ?」


 ふと、リュリュが何かに気付いたようでその場で考え込む。



「リュリュ、危ない!」


「うわっとっとっ!?」


 アベルの警告に慌ててリュリュが翅を羽ばたかせる。すぐ傍をンガ=イル像の拳が巻き起こした風が唸りをたてて吹き抜けた。



「戦闘中だぞ、気を抜くな! 意識を集中させろ!!」


「えへへ、ごめ~ん…って、もしかして…!」


 ムクロの叱声にリュリュははっと閃いたものがあったようだ。



 一端ンガ=イル像の腰元まで沈み込み、ンガ=イル像の視線を惑わすように素早い動きで背後に回りこむ。さっと縦に視線を動かしたリュリュは自分の推察の確証を得た。



「やっぱり! お願いみんな、ちょっとの間こいつの気を引いてて!」


「何をするんだ?」


「止められないか試してみる!」


 そういうとリュリュはいったん天井すれすれに弧を描いて飛んで一旦相手の視線を切ってから、ンガ=イル像の首筋へと取り付いた。



「なんだか判らないけど、任せた! 僕らはあいつの注意をひきつけるんだ!!」


 アベルの決断に伴い、残った二人も散開して気を引くように声をあげる。狙い通り、ンガ=イル像はアベルたちを追うことに集中しはじめた。



「…やっぱりね!」


 首筋に向かい、そこにあるものを見つけたリュリュは勝利の笑みを浮かべた。



 首の付け根辺りに、はしご状の橙色の淡い発光帯が数列並んでおり、その筋に添って時折脈動するように上から下へと青い光が流れている。錬金具には必ず術者が命令を送るための器官がどこかにむき出しになっているものだが、リュリュはそれを見つけたのだ。



「もしかしたらと思ってたけど…大当たり! こいつ、クロコと同じ仕組みだ! 錬金具だよ!!」


 早速取り付き、魔素を練るリュリュ。



 まずは従うようにしようかと思ったが、下でアベルたちが回避に専念しているのを見て改めた。複雑な命令を新しく組み込むのは時間が掛かるので、簡単なものにする。



「『止まれ』!」


 たった三文字の命令に従い、それまで激しく拳を振り回していたンガ=イル像が目に見えて緩慢な動きになり、そして止まった。



「ふぅ…やったな、リュリュ!」


 アベルのねぎらいの言葉に、リュリュは満面の笑みを浮かべて応えた。



「えへへ、ムクロの言葉で気がついたんだよ!」


「…俺が? 何か言ったか?」


 不思議そうに訊くムクロに、リュリュが説明する。



「あのね、ンガ=イルって確か『戦場での理性』を守護する守護獣なんだ。ここであんなのを正攻法でやっつけるとなるとどれくらい時間が掛かるかわからないじゃない? 多分、『冷静になって他の対処法を見つけろ』って謎掛けの意味でもあったんだと思う。バゲナン先生らしいよ」


 そう言うとくるりとンガ=イル像の後ろを回る。



「ほら、やっぱり。ここにも弱点みたいなのがあった!」


 そう言われて着いていくと、リュリュは左足のかかとを指差していた。



「良く見れば判るけど、ここにもなんか押せそうな突起物があるよ。多分これを押せば動きとめられるんじゃないかな」


「練金学科がいない班向けってことか?」


 リュリュが頷いてみせる。



「多分ね。戦闘技能はみんな基礎として学んでるはずだから。後は気付くかどうかかなぁ…ンガ=イルがかかとを切られてやられたって、普通劇で知ってるだろうし」


「なるほど…リュリュ、やるじゃないか」


 そう言ってムクロが褒めると、リュリュは嬉しそうに目を細めた。



「んふふ、このリュリュ様にまっかせっなさ~い! アベルも、もっともっとボクのこと頼りにしていいからね!!」


「ああ、頼りにしてるよ」


 褒められて図に乗るリュリュにアベルは苦笑した。助かったのは事実だし、今回くらいは多目にみよう。



「この先…かな?」


 次の入り口は意外と簡単に見つけられた。



 人二人が並んで通れるくらいの幅の広さが、手にしている明かりより向こうへずっとつづいている。部屋、というよりは連絡通路のようなところだった。



「注意して行こう」


「ボクに任せて! クロコ、出ておいで!」


 こういうときこそ出番だとばかりにリュリュがクロコを呼び出す。



 命令を与えられたクロコがとことこと先頭を歩き出し、その後ろをムクロ、アベル、リュリュ、そしてレニーという隊列で歩調を合わせてゆっくり付いていく。こういうところに罠が仕掛けられていた場合、技工士学科を受講しているムクロが頼りだ。



 そして、やはり罠があった。


 ようやく向こう側の出口が見えた頃、クロコの身体がわずかに沈みこむ。それと一緒にかちり、という音が静かな廊下に聞こえた。



「何の音かしら?」


「危ない!」


 レニーが言い終わるより早く、ムクロがいつの間にか抜いていた短刀を素早く振り、何かを叩き落とす。


 飛来したのは矢だ。ことごとく篦の中ほどで断ち割られており、ムクロの優れた動体視力に救われた形だ。



「こちらからも!」


 後ろの方でレニーが慌てた声で警告を発しながら、腰の左右に下げていた皮袋を背後へ放り出す。瞬く間に中からこぼれ出た水が通路を覆う水の盾となって後ろからの矢を防いだ。



「ムクロ、リュリュ、ここは僕とレニーとで抑えるからその間に解除するための仕掛けを探してくれ」


 ムクロの前に出て次々飛来する矢を盾で弾きながらアベルが指示すると二人は頷き、手早く周囲を探った。



「灯り!」


「助かる!」


 リュリュが手短に術を唱え、斜め上へ邪魔にならない程度の小さな炎を飛ばした。これで飛来する矢が少しは見やすくなる。


 どうやら対面の入り口付近の左右の壁に発射口が設置されており、矢はそこから打ち出されているようだ。


「だめだ、この辺に解除するための仕掛けは無さそうだ」


 周囲を探し終えたムクロが断言する。



「もしかしたら戻ったところにあるかもしれない。誰が作成したかは知らんが、さすがに真正面において力技で突破されるような簡単な手は使わないだろう。レニー、手伝ってくれ」


「判りましたわ。どうしたらいいですの?」


 矢を防ぎながら下がってきたレニーに、ムクロが手早く指示を出す。



「このままだと戻れないから、まず塞いでいる氷をどかしてくれ。その後で俺と一緒に来て、移動しながら盾を作り出して欲しい」


「お安いご用ですわ」


 さっと手を一振りさせ、地面から水の柱を立ち昇らせる。



「これで後はこう…、と」


 それまで守っていた氷の盾を左右に残し、真ん中だけ水に戻す。


 空いたところを二人が歩き出すとその速度に併せて水の盾も移動するため、その光景は波を蹴立てて床の上を進む船の舳先のようだ。



「よし、ここまでくれば…そこと、そこだ。頼めるか」


「任せてくださいましな」


 矢の射出口を見て取ったムクロの合図で、レニーが盾にしてきた波を二つに分断する。そのまま射出口へ絡ませ凍らせると、矢は発射されなくなった。



「これで作業しやすくなったかしら?」


「ああ、実に申し分無しだ」


 ムクロが手早く周囲を探る。すぐに入ってきた入り口の上に仕掛けがあることを見破った。



「ふむ…これをこうすればいいのかな」


 これ見よがしに存在する突起物をぐっと押し込むと、かちりと手ごたえがあった。ためしに射出口から氷をどけてもらったが、いずこからも矢は出てこない。



「よし、これが正解のようだな。リュリュ、向こう側の出口の上にも何か押せる仕掛けが無いか調べてみてくれ。あったら多分それで矢を止められるはずだ」


「うん、わかったー」


 遠くでリュリュが返事する。しばらくして、「あったよー、押したよー」という返事が返ってきた。



「これでここは良いみたいね」


「そうだな」


 再び水を皮袋に戻し終えたレニーがムクロと連れ立ってアベルたちのほうに向かっていた途中、あと小さく声をあげた。



「どうした?」


「これなら、後ろを氷でふさいだまま強行突破すれば手っ取り早かったのではなくて?」


「…あ」


「そういわれてみれば…」


 しばらく気まずい沈黙が仲間たちの間に流れる。


「まあ、こういうこともあるさ」


 ムクロは肩をすくめた。



「ここが最後、遺跡の最深部かな?」


 通路の先にあるのは、ンガ=イル像のところより二回りほど小さな部屋だった。


 部屋を一望したアベルにムクロが頷く。



「そうみたいだな」


「でも…ここも、簡単に終わらせるつもりは無いみたいですわね」


 レニーが言ったのは、中央の床にある格子のことだ。



 中央には石段があり、その中心の台座には水晶球がこれ見よがしにおいてある。 他に出口らしきものは見当たらないし、それが試験終了の合図を伝える鍵なのだろう。



 問題は、その周囲の床をぐるりと格子で囲んであることだ。 更にその外周の床には、幾つもの丸い穴が規則的に並んでいる。



「あれって…」


「多分…」


「十中八九、」


 アベル、ムクロ、レニーが唱和する。



「「「槍だよね」な」ですわね」



 あまりにもあからさまではないか。


 それまで比較的うまく切り抜けてこれたこともあって、一同は完全に気が抜けてしまった。



「そういうことなら、ボクに任せて!」


 制止する間もなく、リュリュが羽ばたいていく。



「あ…まあ、いいか」


 ムクロ、そしてアベルもリュリュに任せておくことにした。



 槍が飛び出ると判っているなら空から行くのが一番手っ取り早い。


 アベルはそんなことをのんびり考えていたものだから、一拍遅れてレニーが飛び出したのには驚いた。



「駄目ですわ! リュリュ、下がって!」


「な、何だ一体?」


 驚いたのはムクロもだ。理由を問おうとしたが、答えはすぐにわかった。



「ひゃああっ?!」


 リュリュが穴の上に差し掛かった途端ごごご…と鈍い音が部屋全体に響き渡り、それと平行して彼女の小さな身体が急に浮き上がった。



 その身体がどんどんと天井へと近づいていくのだが、見ればその先には、漏斗のような円錐形の吸い込み口が大きく口を開いており、その中で先ほどまで動いていなかった大きな羽が回転しているのが見てとれた。



 アベルたちは床の穴に気を取られていたため、天井にそのような装置があることに気づいていなかったのだ。



「な、何これ?! う、上手く飛べないよぉお!」


 必死に翅をばたつかせるが、あっという間に漏斗のところに引き寄せられる。漏斗に吸い込まれかけた直前、レニーの手がかろうじてリュリュの足に届いた。



「ま、間に合ってよかったですわ」


 リュリュをぎゅっと引き寄せると、レニーはしっかりと羽ばたいてその場を離れていく。風は強いといっても、天人まで飛ばすほどの力は無いようだ。


 その間リュリュは顔を青ざめさせてレニーの腕にしがみついている。



「大丈夫か、リュリュ?!」


 飛び戻ったレニーの元へ駆け寄って慌てて尋ねるアベルに、リュリュはこくこくと何度も頷いた。震えが止まらず、声も出せないようだ。相当驚いたらしい。



「しかし、何のために風を?」


 注意深く近寄り、格子の下の穴を短刀を反射させて覗き見たムクロが首を捻った。



 穴からは槍が出る気配はまったく無い。代わりに強い風が上に向かって絶え間なく吹いている。



「恐らく…小翅族向けの罠だと思いますわ」


 上を指し示したレニーの言葉に、なるほどとアベルは思った。



 天井には吸い込み口があるが、回っていた羽根は今は動きを止めている。下から吹き出す風と連動していたのだろう。


 もし吹き飛ばす風がもっと強ければ、そしてもし上で回っている羽がもっと鋭く速く回っていたなら……その想像に、ぞっとしたアベルは慌てて頭を振りその考えを追い出した。



「よく気付いたね…」


「たまたまリュリュのほうを見上げたおかげですわ。部屋に入ってきたものは中央に目が釘付けになる、おまけに足元に穴があればそちらに気を取られる…まったくもって、実に巧い罠ではないですこと?」


「まったくだ…油断した。さっきもだが、面目ない」


 ムクロがすまなさそうに頭を掻いていうのをアベルは慰めた。



「いや、引っかかったのは僕もだ。完全に下から追い払うための罠だと思い込んでいたけど、まさか小翅族に絞った罠があるなんて思いもしなかったよ。むしろここは気付いてくれたレニーに感謝するべきだね。ありがとう」


 レニーは誇らしそうに笑った。



「これで先ほどの汚名は返上できましたわね」


「もちろん。ともあれ、これで終わりなのかな? はやく触ってみよう」


「全員で行ったほうがいいかもな」


 格子に施された罠の確認を終えたムクロに促され、レニーたちも同意した。リュリュは吹き飛ばされないようしっかりレニーにしがみつき、全員で台座の上に立つ。



「よし、それじゃあ全員で触ろう。せーの!」


 アベルの言葉を皮切りに、四人が水晶球に触れる。頭の中で、声が鳴り響いた。



『アベル=バレスティン、ムクロ、リューリュ=ノイ=シュタイルヘッツ、レイニストゥエラ=フィン=パルドールシェム。四人の試験終了を確認。転送します』



 足の下にある硬い台座の感触が遠のくと同時に、再び高所から飛び降りたような感触を腹に感じる。周囲の背景が台座に向かってすぼまったかと思うと、少し前まで待機していた教室の風景が入れ違いに吐き出された。


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