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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
二年目
39/150

第9話-4 再戦



 ついに、アベルとグリューの再戦の日がきた。



 いつ振り出してもおかしくない曇り模様の中、気の早い生徒たちは始業開始の鐘の前から校庭に現れてはメロサーに追い散らされている。朝っぱらから走り回っていたメロサーは、額に大量の汗をだらだらと滴らせていた。



「すごい盛況だな…」


 ムクロたちも見学に来た他の生徒の中に混じっている。



「そりゃあまあ、ねぇ」


 ユーリィンが肩をすくめる。



「グリューの高慢ちきな鼻をへし折ってもらいたいって一年生はかなりいるみたいだし」


「二年生は二年生で、アベルが痛めつけられるところを舌なめずりして待ち望んでいる下衆がいるようですわね」


 レニーの冷たい視線の先にはルークの一団が見える。



 班対抗戦後、ハルトネク班に負けたことで大分勢いを落としたとはいえ、まだ大きな勢力であることに変わりは無い。ムーガンやファルシネをはじめとした取り巻きたちは良く見える場所を占拠してくすくす笑いを堪えている。



 その視線が時折、ちらちらとムクロたちに向けられているように感じるのは決して気のせいではなさそうだ。


「ルークからすればどちらが負けてもせいせいするってところか。あいつらしいな」


「いっそ決闘じゃなく、また班対抗戦でやらせてくれればいいのに」



 ユーリィンが憤慨して言うと、


「そうしたらあのいやらしいにたにた笑いを思いっきりゆがませてやりますわ!」


 レニーも頷いて同意を示す。



「みんなは、どうしてそんな風に思えるの? ボクは心配だよ…」


 それまで大人しく黙っていたリュリュに、ユーリィンが声を掛けた。


「アベルのこと、そんなに心配?」


「…うん。何か、ここんとこのアベル、変だったもん」


 その言葉に、誰もが黙り込む。



 誰もが、ここしばらくのアベルの異変には気付いていた。



「ボク、最近よく夢に見るんだ…アベルが腕を切り飛ばされたときのこと。それからアベル、すっごく怖い顔して…ずっと、一人で悩んでた」


 暗い顔をしてぽつぽつ話すリュリュを見て、ユーリィンも親友の苦悩に今更ながら気付いた。


 リュリュだけはこの中で唯一、純粋にアベルの身を案じていたのだ。


「もっと、ボクたちがアベルのことを気にしてたら、あんな大怪我しないで済んだかも知れない。ううん、今回だって、もしかしたらまた…!」



「大丈夫よ」


 声が掛けられ、ふりむくといつの間に近寄ってきたのかリティアナが立っていた。



 ムクロたちが少し場所を空けてやると、リティアナも会釈してからそこに入り込む。


 リュリュが肩に腰掛けているユーリィンとレニーの間だ。一番背の高いムクロは彼女たちの後ろについた。



「怪我はもう問題ないはず。それに、勝つための修行を受けているともドゥルガン先生から話は聞いてるわ」


 断定したリティアナの態度を、冷たいとリュリュは感じたようだ。



「けど、はっきり見たわけじゃないんでしょ? 他人事だと思ってるからそんな気楽なこと…」


 文句を言おうとしたリュリュだが、先にユーリィンがさりげなく指摘した。



「リティアナ…目元、隈が酷いわよ。眠れてないんじゃない?」


 それだけではない、目元も赤く腫れ上がっていることに気づきリュリュは責める言葉を失ってしまう。そんな親友に、ユーリィンはそっと声を掛けた。



「リュリュ、心配しているのはあなただけじゃないわ。リティアナも……それにあたしたちだって。きっと、逆の立場ならアベルも心配したと思う」


「…うん」


「そんなアベルがあたしたちに相談しなかったのは、彼が自分で乗り越える必要があると思ってたからなんじゃないかしら。彼がそう決めたなら、今のあたしたちにできることは祈ることしかないと思うわ」


「それはそうかも知れないけど……ぐすっ、そんなの…寂しいよ」



 まだ納得しきったわけじゃないのだろう、リュリュが悔しげに顔をうつむかせる。何か慰めの言葉を掛けようとユーリィンが口を開こうとしたところで、ムクロが遮った。


「来たぞ」


 鋭い視線の先、全員が注目する。



 一年の壁を掻き分け、見覚えのある巨体がこちらに向けてやってきている。


「グリューネル…!」


 生徒たちがどよめく。



 グリューの全身いたるところに真新しい傷が散見され、自信に満ち溢れた貫禄が今は更に研ぎ澄まされているように見えた。


「上級生相手に真剣で鍛錬していたって噂だけど、まんざら嘘じゃなさそうね」



 メロサーに促され所定の位置についたグリューはきょろきょろと視線をめぐらすが、すぐにお目当ての人物を見つけたようだ。大仰に腕を振り上げたり、片目を瞑ってみせるが、リティアナはすげなく無視している。



「どうも奴さん、注目が足りないと思っているようだな」


 ムクロが言ったとおり、グリューは遠くからでは自分の魅力を伝えられていないと判断したのか、傍にいたメロサーに二言三言話すと大股で歩み寄ってくる。緊迫した空気の中、グリューはリティアナの前に仁王立ちした。



「よお、先輩。今日こそはしっかり見ててくれよな、俺の雄姿」


 リティアナの目が細まった。


「そうね、楽しみにしてるわ。あなたが負けて自分の身の程を弁えるところを」


 かかっ、とグリューが笑う。


「面白い冗談だ。この間、まるであいつが枯れ枝でも吹っ飛ばされたようにあっさり倒されたのを目の当たりにしただろうに。何かドゥルガンの奴と一緒にちょこちょこしていたようだが、人族程度がたった一週間で何ができるもんか」


「そうやって馬鹿にしていたドゥルガン先生にあっさりのされたのはどこの誰だったかしら?」


 抑揚の無いリティアナの一言に、周囲がざわめいた。



 はじめて顔をしかめたグリューは詳しい事情を聞こうと耳をそばだてた野次馬連中を一瞥して黙らせると、作り笑いを浮かべた。


「…あいつが強いのは認めるさ。けど、今日戦うあのちびすけはまた別だろう?」


「さあ、どうかしらね。少なくとも、前回ほど簡単に決着はつかないと思ってるわ」


 そう答えるリティアナは精一杯胸を張っている。その足が震えていることに、グリューも気づいていた。



「ああ、やっぱり良いぜ先輩は。そこいらの連中よりよっぽど良い」


「褒めてくれてありがとう。他の人からならもっと良かったのだけど」


 リティアナの皮肉を聞き流し、グリューはごほんと一つ、咳払いをした。



「なんにせよ、もう少しすれば判ることさ。それでだ、話は変わるんだが、こういった催しには勝者へ何かご褒美があってしかるんじゃないか」


「…何が言いたいの?」


「率直に言う。これで俺のほうが強いとわかったら、今後あんたはあいつとじゃなく、俺と一緒に組んでもらいたい」


 一瞬、リティアナの眉がひそめられる。



「本当は先輩、あんたに俺からの愛を受け止めてもらいたいんだがな。見るにどうやらまだそれは性急らしい。だったら、少しでも一緒にいてもらって、俺の力を見せ付けたいんだ」



 リティアナは大仰に嘆息する。


「まるで我侭な子供ね。わたしが受けないとならない理由はないんじゃなくて?」


「そうだな。だから受けたくないならそれでもいいぜ。少なくとも、俺は先輩とは対等の立場でいたいからよ、無理やりが嫌だっていうんならその流儀に従うまでだ」


 周囲がどよめく中、意外にもグリューも納得してみせる。


「だが、俺はきっと受けてくれると思ってるぜ。この間見て判ったが、あんたは俺と同じ、優れた力の持ち主だ。そういう奴は、同じくらい強い奴と一緒にいた方が結局は周りにとっても幸せだ。……そう、俺は思ってるからよ」



 周囲の視線を集める中、しばし考え込んだリティアナは判ったわと答えた。


「…いいでしょう。その条件を飲むわ」


「リティアナ、本気か?」


「よし、そうこなくちゃな!」


 驚くムクロたちを意に介さず、グリューは満面の笑みで元の場所へ戻っていく。



「い、いいんですの? あんな約束してしまって」


 レニーの問いかけに、リティアナはええと抑揚の無い声で答えた。


「…ええ。彼の言うことも一理あるわ。きっと、わたしみたいな危険な存在は大切な人の傍にいない方が良いから…」


 リティアナも、あのとき自分がうかつに声を掛けたことがアベルの敗北に繋がったこと、そして彼の前で暴走しかけたことをずっと後悔していたのだ。だからこそ、グリューの提案を受け入れたのだが。



「勝手なこと言わないでよ!」


 小さな体に似つかわしくない怒声が校庭に響いた。



「リュリュ?」


 暴走しかけたことを知らないリュリュにとっては、リティアナの捨て鉢とも見える決断は納得できるものではない。何よりアベルの気持ちを思えばこそ、到底許せる言葉ではなかった。



「アベルはそんなこと気にしない! 気にするはずがないよ! そんなことアベルが思う訳、無い!!」


 小さな少女がはじめて見せた激しい激情に、リティアナは驚いた。



「会ってからまだ一年とちょっとしか経ってないけど、それくらいボクだって判るもん! ずっと、ずっとアベルは頑張ってたんだ! ボクには何が原因かは結局わからなかったけど何かに焦ってて…けどいつもいつも逃げず、誰かのせいにもしないで取り組んでた! そんなアベルがリティアナのせいだとか言う訳が無いじゃないか! 自分が逃げる理由にアベルを使わないでよ! 卑怯者!!」


「そこまで。さすがに言い過ぎですわリュリュ」



 リュリュがようやく自分たちに向けられている衆目に気付いたのは、一息に言い切りレニーに窘められた後だった。


「え…あ……」


「リュリュ、あなたがアベルを心配するように、リティアナも彼を心配したからの選択ですわ。あなたがリティアナの立場なら、きっと同じことをしたのではなくて?」


 そう諭され、リュリュもぎこちないながらも同意する。



「判っていただけて何よりですわ。それじゃあ、仲直りの前に謝りなさいまし」


 さすがに言い過ぎたと自分でも思ったのだろう、リュリュはおずおずと頭を下げた。


「ボ、ボク……ごめん…」


「…そうね。アベルを持ち出したのはずるかったかも知れないわ。ごめんなさい」


 神妙な面持ちでこちらも頭を下げたリティアナにリュリュはこれ以上どう答えていいか判らず、決まり悪そうにもごもご呟いたに留まった。



「お前たち、戦いが始まる前から悲観的になるのはそこまでにしておけ。どちらにしろ、まだアベルが負けると決まったわけじゃないだろうに」


 口を挟んできたムクロに、ユーリィンも頷いた。



「そうよ。それに、言い争う時間はもう終わり」


 そう言って一方を指差して皆を促す。


「主役のお出ましよ」


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