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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
30/150

第7話-4 新たなる力



 アベルがルークの取り巻きたちをひきつけていたちょうどそのとき、彼らを監視していたドゥルガンの下へ意外な来客が現れた。



「おや…デッガニヒさん」



 たっぷりした腹を揺らしながら扉を開けた来客に、ドゥルガンは一瞬驚いたように凝視した。だが、それもすぐにいつもの態度に取って代わる。



「ここへわざわざお越しとは…珍しいこともあったものですね」



 そういうドゥルガンの口調には、どことなくよそよそしさが含まれている。



「まあのぅ、ちょっと今回の試験の様子が気になってのぅ」


 そんなドゥルガンを意に介さず、デッガニヒはぼりぼりへその下を掻きながら水晶玉に顔を寄せた。



「あなたが? 珍しいこともありますね。大方賭けの行方でも気になったというところですか?」


 鼻を差すようなつんとくる饐えた臭いにドゥルガンは顔をしかめた。



「ほっほ、無論それもある」


 皮肉をあっさりかわしたデッガニヒの続けての言葉に、再びドゥルガンは驚かされた。


「じゃが、それよりはわしの弟子のことが気になってのぅ」


「弟子?! あなたが?!」


「うむ、そうじゃよ」


 その驚き振りがよほど楽しいのか、デッガニヒは嬉しそうに目を細めながら腹を揺らし笑った。



「どれだけ校長に頼まれても授業を受け持とうとしなかったあなたが何故…」


「何故、か。うーん……まあ強いて言えば…美味い魚が食えたこと、かのぅ」


「はぁ?」



 不思議そうなドゥルガンをよそに、デッガニヒは適当な椅子を持ってきては対面に座り込む。どうやら本気で試験の様子に興味があるようだと判断したドゥルガンは、大きなため息を吐いた。



「…仕方ありませんね。それで、誰の様子を見たいのですか? ルークですか? その班の誰かですか?」


「わしがあの連中に与するように思えるかね?」


「…それでは、アベルとかいうはぐれ者ですか」


「惜しいが、違うのぅ」


 かか、と笑ったデッガニヒは言った。


「ユーリィンが、わしの不肖の弟子じゃよ」





 時は少しさかのぼる。



「あの粗陋(そろう)な下衆が、ふざけた真似を…」



 ルークもきびすを返して逃げ出したアベルを追いかけようとしたが、ものの数歩も行かないうちに走るのを止めた。


 考えてみればこういうときのためにこそ手元に残しておいた取り巻きであり、アベルが勝つためにはどちらにしろ蝋燭を持っているルークの元に来なくてはならない。ならばここは待ちの一手だ――本当は鎧が重すぎてこれ以上追いかけたくなくなったからだが――そう結論付け、ルークはその場に腰を下ろした。



「まあ良い、後はあいつらが倒すのを待つだけで俺の勝利が決まるんだ。それまでのんびりしてればよかろうさ」



 言いながら腰を下ろしかけたルークは、ふと取り巻きたちが出て行った先からこちらに向かってゆっくり歩を進めてくる人影に気付いた。



「お前は…」


 その輪郭から女だとはかろうじてわかる。もしかしてエルディナでも戻ってきたのかと思ったが、少し近づいてきたところで長い耳に気づいて違うとわかった。



「確か、あいつの班にいた森人の…無事だったか」


 慌てて腰鞘から剣を抜き放つ。だが、駆け出す前にルークは相手の動きの異変に気付いた。



「…怪我でもしてるのか?」


 ユーリィンは、ゆらゆらと上体を揺らしながらゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。その様子を、ルークは負傷して意識が朦朧としているせいだと侮った。


 その腰に落とし挿しにしている長物らしき影が少し気になったが、それよりも弓を持っていないことがルークをほくそ笑ませる。



「アベルじゃないのは残念だが、得意な弓も持ってないようだしちょうどいい…俺が自ら降してやろう!」


 剣を大上段に振りかぶりながら駆け寄っていくルーク。自身の剣が届く間合いに入るや否や、力の限り振り下ろす。



 だが、その刃風の下にユーリィンの姿はすでに無い。 直後衝撃が二回、続けざまに走った。


「…あれ? あれ?」



 いつの間にかユーリィンはルークの脇をすり抜けて左後方にいた。


「あれ、れ、れ」


 ぐるんぐるんと辺りを見渡し、そしてようやく背後にいると気付いたところで振り向いたルークは、そこでついに白目を反転させてどうとぶっ倒れた。



 いつの間にかユーリィンの腰から抜き放たれていた片刃の剣、カタナは峰を返してある。ほんのわずかな今のやり取りの間に、彼女は一撃をすれ違いざまに脇へ、次いで背後から首筋へお見舞いしていた。



「こんな感じ、かしらね」


 ふうと息を吐くとカタナを立て、改めて見る。



 刀身は反りが少なく肉厚で、夜の海のような底知れぬ漆黒の地肌へ、春に舞い散る可憐な花びらが如き無数の細かい沸えが刃先に向かって踊っている。



 こちらで切っていれば、ルークの首など音も立てずに落とせていたであろう。何より、こうして今持っていても重さを感じさせない納りの良さ。



「カタナ…ねぇ。つくづく癖が強いけど面白い剣ね。確かに私好みだわ」


 言葉とは裏腹に嘆息しながら刀を鞘へ納めたところで、試合終了の合図が響いた。


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