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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
3/150

第1話-1 出会い



「はぁ…すごいなぁ」



 町の中央にある見事な彫刻を見上げながら、感に堪えぬ風にアベルはほぅと吐息を漏らした。



 水の牡馬に寄り添う少女像――至高神ニアフロスの妻にして家事や医療の神でもある、慈愛溢れる水神サリュ――の手にした壺からこんこんと流れ出た水が、幾つもの支流となって水道を通って街中へ流れ出ている。



 アベルはそのうちもっとも大きな支流に沿ってのんびり坂を下って行く。



 岸側には船員の集まる場である酒場や刺青を施す家、簡素な宿屋や古色溢れる古着屋、倉庫などが所狭しと並んでいる。みんな赤、青、白、黄と色とりどり鮮やかに塗られていて、魚臭さと併せていかにも港街らしい彩りを見せていた。


 道々、特色のある被り物を身につけた魚売りの老婆たちとすれ違う。天秤をそばに下ろし、色とりどりの大振りな魚をかごからまな板に取り出しては、えら下に刃物を当てるとぼろ布を添えたまま両手で力任せに皮をはいでいく。その光景を傍でおこぼれを狙う海鳥たちが見ていて、手の動きにつられてぴょこぴょこ頭を動かしているのが面白い。



 アベルも獲った鳥獣を売るため祖父に付き従い山を降りたことは度々あるが、行ったとしてブレイアが存在しない今では近場の小さな山村が関の山だ。


 とにかく、山育ちのアベルの目には港町のウィベルは何もかもが目新しい。



 道中教えてもらったとおり突き当たりにある石段を下っていくとふわっと風が吹き、嗅ぎなれない、けれど不快ではない香りを孕んだ潮風がアベルの前髪を揺らす。


 海に出る桟橋だ。



「ここを降りて待ってればいいんだっけ…うわっ」



 木製の桟橋に向かって降りようとしたアベルは後ろから突き飛ばされ、横に押しのけられた。



「邪魔だ、どけ!」



 肩を怒らせ、乱暴に突き飛ばしたのはアベルより少し年上らしい栗毛の青年だった。煌びやかな金糸で意匠を施した外套、輝く新品の鎧を見るにどこぞの有力な貴族の子弟だろうか。整った顔立ちだが、あらゆる相手を見下すようないけ好かない雰囲気が目元に漂っている。



「…ふん。なんだ、田舎者か」



 アベルを一瞥しては詰まらなさそうに鼻を鳴らすと、何事も無かったようにすたすたと歩み去っていく。さらに数人がぞろぞろと後をついていく間、アベルはぽかんとしていた。



「なんだよあいつ…!」



 むっとしたが、ちょうど桟橋の先で周りにある漁船より二周りほど幅広な平屋の船がゆっくり接岸したのを見てアベルは気を取り直した。あれが目的の連絡船のはずだ。



 桟橋の先には先ほどの連中以外にも、すでに何人かがいて船に荷物を積み込んだり話し込んだりしている。アベルも最後尾に並んで搭乗の順番を待っていたのだが。



「どけどけ! 一々このルーク様が下民たちと一緒に待っていられるか!」



 先ほどの青年が肩をそびやかし、並んでいる人たちを押し分け我先にと船へ乗り込んだ。その拍子に一団の一人が先に並んでいた栗毛の女性に背後からぶつかり、さらに玉突きのように体勢を崩した彼女が傍の何やら小さなものにぶつかってしまう。


 結果、それがぼちゃんと海へ転げ落ちたのをアベルは目の端に捕らえた。



「リュリュ!」



 唐突に栗毛の女性が大声を上げたことで、さっさと船の中に乗り込んだ男たち以外の人々が驚いて振り返る。水面を見ればふんわり広がる赤い何かが水面から浮き上がろうとじたばたもがいているが、思ったように動けず苦しんでいるようだ。



「待ってて、今助ける!」



 ぶつけられた彼女が血相を変えて棒らしき物はないかと周りを見渡すも見当たらない。周りの人々は係わり合いになりたくないとばかり、何事もなかったようにすぐに視線を戻した――アベルを除いては。



「どいて!」



 アベルは荷物を放り投げ、彼女の傍を駆け抜けると飛び込んだ。泳ぎは昔湖でリティアナとよく泳いでいたから体が覚えている。



「ぷあっ…な、何これ!? しょっぱっ! でもこれなら…」



 はじめて口にする海水の塩辛さに一瞬戸惑ったものの、すぐ立ち直ったアベルはまだもがいている赤っぽい何かをむずと掴むと自身の頭の上に乗せ、できるだけ顔を沈めないよう気をつけて桟橋まで戻った。



「リュリュ! ああよかった!」


「けほっこほっ…た、助かったぁ…翅が水に全部浸かっちゃったから飛べなくて焦ったよ…」



 桟橋から差し伸べられた栗色の髪の女性の手をよじ登っていったことで、アベルは溺れていたのが小動物などではなく小さな小さな女の子だったことにようやく気付いた。


 頭から足先までが大人の肘から手先までくらいしか無く、背中から薄くて小さな羽が二対生えている。先ほど赤く見えたのは、水中で広がった髪の毛だったのだ。



「君もありがと! ボクもう駄目かと思ったよ~、ユーリィンも泳げないしさ!」



 遅れて桟橋によじ登ったアベルに、赤毛の少女が翅を震わせて水気を飛ばしながら明るい声でお礼を言った。生来の気質だろうか、駄目かと思ったという割りにはあっけらかんとしている。



「ほら、ユーリィンも…およ?」



 一方ユーリィンと呼ばれた女性は鋭い視線のまま小さく会釈すると、リュリュを両手に掴んだままふいっと身を翻して船に乗ってしまった。



「…何なんだよ一体…」



 立て続けに不躾な対応をされいささか憮然となったアベルに、


「おうい、お前さん。乗るんかい、乗らんのかい。アグストヤラナ行き、もう出るぞ。学費兼渡し賃は5ルゼイニーじゃ」


 でっぷりした腹をした赤ら顔の禿げ上がった船頭の爺さんから、のんびりしたしわがれ声が掛けられた。気付けば他の人はすでにもう乗り込んでおり、残るは自分だけだった。



「あ、乗ります!」



 アベルは慌てて荷物を拾い上げ、彼に金を支払うと乗り込んだ。これで文無しである。



「おう、すぐ出発するからこれで頭でも拭いてな」



 爺さんがよく乾いた手ぬぐいを投げてよこした。言われたとおりアベルが頭を拭いているうち、その間にとも綱を解いていく。


 自由になった船は再びゆっくりと海原を動き出した。



「ありがとうございました」



 拭き終えて手ぬぐいを返すと、老人はにかっと笑んだ。



「おう、気にするでないわ」



 つるっとした禿げ頭にちょこんと申し訳程度の眉が乗っており、その下にはつぶらな瞳にたるんだ頬。その造作がどこと無く頬垂犬にそっくりだと、濡れた外套を絞りながらアベルは口に出さず思った。



「しかしお前さん、珍しいのぅ。見たところ人族のようじゃが、小翅(こはね)森人(もりびと)のために動くとは」



「小翅…?」



 そう言われてアベルは赤毛の子に小さな翅があったことを思い出す。


 アベルは閉鎖された環境にいたため、これまでに人族以外の種族と接することが無かったのだ。



「ほ。なんじゃ、よくわかっとらんかったのか」



 呆れたように言われアベルは恥ずかしさで顔が赤くなったが、老人の目は細められ、にこにこと相好を崩した。



「ああ、言い方が悪かったのぅ。責めとるんじゃない、ちょっと不思議に思っただけじゃ。大抵の人族はまずああいったことはせんからのう。だが困ったときはお互い様ってもんじゃ、そうじゃろ?」



「ええ、そうですね」



 満足そうに何度も頷きながら老人は鼻毛を引き抜いている。



「ふんむっ! …ところでわしの名前はデッガニヒ。お前さんの名前は?」



 大量の収穫物をぷうっと海風に吹き散らしながら、老人はのんびり尋ねた。



「アベル=バレスティンといいます」


「アベルか。よろしくな」


「はい、よろしくお願いします」



 再び頷きつつ、もう片方の鼻に指を突っ込みながらデッガニヒはこれまでと同じ口調で尋ねた。



「ところでお前さんは何を求めてアグストヤラナに向かうのかの? 見たところ、他の連中のような力や強さ、あるいは箔を求めてではないようじゃが」


「……それは……」



 言われてなんと答えようかしばし迷ったアベルをちらと見て、デッガニヒはのんびり言った。



「…ああ、どうやらまだはっきりした答えが出ておらんのか」



 デッガニヒの洞察の鋭さに、アベルはぎょっとした。



「形のないものに名前をつけるなぞ無駄なこと。ちと意地悪な質問をしたようじゃな」



  にこにこと笑い続ける彼が何を考えているのか、アベルには分らない。



「それはそうと。お前さん、燻製とか作ったことはあるかの?」


「へ? …え、ええ…まあ」



 いきなりな質問だったが、アベルは頷いた。



「ほ。それはよかった」



 デッガニヒはいたずらっぽく片目を瞑ってみせる。



「え?」


「と、さすがにこれ以上はずるか。まあ、あとは自分で体験してみてのお楽しみ、じゃよ」


「は、はぁ…」



 どういうことかよく飲み込めずにいたアベルだったが、デッガニヒは彼に構わず視線を外に向けた。


 同じように向けば、船に併走するように海鳥たちが飛びながら鳴き交わしているのが見える。


 そうしているうち吹き抜ける風の心地よさに、いつしかアベルはしばしの船旅を楽しんでいた。絞ったとはいえ水気を含んだ服が風に吹かれて熱を奪うが、それも寒い山育ちのアベルには我慢できないほどではない。



「さて、そろそろ潮目が変わる頃じゃの。ここだとちょっと揺れるかも知れんから、しばらくは向こうに行っておくとええ」



 日が中天から降り出した頃、デッガニヒがようやく動いた。



「は、はい」



 腕まくりをして立ち上がったデッガニヒの邪魔をするわけにもいかず、アベルは船首に向かって歩き出した。



「うん?」



 舳先に向かって歩いていくと、がやがやいう喧騒の音がアベルの耳に飛び込んできた。



「何だろう?」



 興味を持ったアベルは近寄り、人の壁の隙間を縫って確かめる。 どうやら六人ほどの男たちが、船首にいる一人を囲んでいるようだ。



 囲まれているのは、緑髪を下げ髪に結った華奢な体つきの少年だった。


 薄い素襖という服装こそ簡素だが、特異な文様を施された、目元だけを覆う仮面が殊更衆目を引く。


 年はアベルと同じくらいだと思われるが、落ち着いた雰囲気と、頭一つ抜きん出ている長身もあってとても比べ物にならない威圧感を漂わせていた。



「あっ、あいつは!」



 対して囲んでいるのは騎士の集団だった。


 その中心は忘れようはずも無い、ルークと名乗った男だ。



「おい、貴様のような魔人風情がが何をしにいくんだ」


「化獣崩れが、高名なアグストヤラナに入る資格があると思うなよ」


「分ったらさっさと帰りな!」


「今からなら飛び込めば何とかなるんじゃねえかぁ?」



 嘲る笑い声が響くが、渦中の魔人は一瞥もくれずに腕組みをしたまま背を向け水平線を見やったままだ。その超然とした態度に馬鹿にされたと感じたのか、一人が剣を抜いて喚いた。



「無視するな、この無礼者が!!」



 言うなりそいつが切りかかった。誰もが後ろからばっさり切られると思ったが。



「ひぎゃあっ」



 情けない悲鳴を上げたのは騎士の方だった。いつの間にか体を入れ替えられ、後ろを取られた形で腕を捻り上げられ情けない悲鳴を上げている。



「お、折れ、折れられ…」


「て、てめえ!」


「離しやがれ!」



 同じように絡んでいた取り巻きたちが抜剣し切りかかるのを見て、



「いけない!」  



 アベルは考えるより早く割って入り、真っ先に切りかかった相手を体当たりで突き飛ばす。そいつは予想外の闖入者の攻撃にごろごろともんどりうち、残された連中が怒鳴った。



「何だぁてめぇは!」


「お前たちこそ武器も持たない一人に多勢で襲い掛かるとはどういうつもりだ、卑怯者!」



 アベルの言葉に男たちは口ごもる。代わりに答えたのはまだ腕を捻り上げられたままの男だ。



「そ、そいつは魔人族だぞ! そんな奴の肩を持つのか!!」



 言われた方は弁解どころか口を開こうともしない。それを見て、後ろで腕組みをして見ていたルークが薄ら笑いを浮かべた。



「ふん、見たところお前も人族じゃないか。どうせ食いつめ者が立身出世を夢見て入学するつもりなんだろう? なら、このルーク様の仲間になれ。俺とくればいい思いが出来るぞ?」



 どうやら一連のアベルの行動を、売り込みだと思ったようだ。


 アベルにはルークの言葉の意味がはっきりとは理解できなかったが、彼の表情には無性に不快感を覚えた。



「興味ないね」



 一言の元に切って捨てると、断られると思っていなかったルークは気色ばんだ。



「な、なんだと…?!」


「どんな相手だろうと数で囲むような卑怯な真似をするお前たちの仲間になるつもりはない! もしまだやるというなら、僕はこちらに助太刀させてもらう!!」



 アベルがそのまま向き直り、手首を返すと抜いた剣を右肩に構え腰を落とし左半身を向ける。それを見て、魔人がかすかに眉を動かした。



「ふん、田舎剣術など恐るるにたらん!」



 一人が怒声をあげた。



「相手は一人だやっちまえ!」



 剣を抜き、飛び掛ってきたがその動きはディアンのそれと比べるべくも無い。


 アベルが素早く踏み込み剣を振り下ろすと、剣脊(けんせき)で左肩を強かに打ち据えられた騎士は鎧を浸透してきた衝撃にぎゃっと叫んで無様にひっくり返った。



「な、何をしてる! さっさと叩きのめせ! 田舎者に侮られるな!」



 ただの山出しと見くびっていた相手にあっさりやられたのをぽかんと口を開けて見つめていた取り巻きたちが、ルークの喚き声で我に返り一斉に剣を抜きつれた。



「ちくしょう、やってやれ!」



 加勢はルークたちだけではなかった。



「ボクも加勢するよ!」


「しょうがないなぁ…もう」



 どこからともなく先ほど助けたリュリュがアベルの傍に飛び寄り、その後を追って立派な複合弓を手にしたユーリィンまでもが嘆息しつつ、包囲していた野次馬の肩を身軽に飛び抜けると弓を構えながら反対側に降り立った。



「二人とも危ないよ!」



 予想外の援軍に驚いたアベルがそう言うが、



「あれだけの人数に考えなしに飛び出したあんたにだけは言われたくないわ」


「そうそう。それにあいつがいけすかないのはボクも同じなんだからね。駄目って言われても戦うよ!」



 威勢よくそう言われ、なんと反論するか迷っていたアベルだがすぐにその必要は無くなった。



「うわっ」



 それまで対して揺れなかった船ががくん、と大きく沈み込んだのだ。


 次いで間髪いれず大きく船が跳ね上がったことで、思わずアベルは片膝を突いてしまう。



 アベルはまだましなほうで、ルークたちや野次馬のほとんどは剣や荷物を放り出して無様に転がっている。しっかり立っていられたのはユーリィン、そして下げ髪の男といったごく一部だ。



「おいおいガキども、人の船の上で切った張ったのおいたは止めとくれよなぁ。年を取ると掃除するのが大変なんじゃ」



 のんびりした声が船尾から聞こえてきたことでデッガニヒが何かしたのだとアベルは気付いた。



「元気なのは結構じゃがな、そろそろアグストヤラナに着くから船を降りる準備をしとくれ。まぁたウィベルに戻りたいならそのままでも構わんがのぅ」



 水を差されたことで一触即発だった空気が変わり、起き上がった連中は文句を言いながら荷物を引っつかむと蜘蛛の子を散らすようにして去っていく。 最後に残ったルークが、憎々しげにアベルたちを見渡した。



「覚えてろよ、お前たち…特に貴様。あとでほえ面かいても知らんからな」



 捨て台詞を残して立ち去ったのを見届け、アベルは下げ髪の男に向き直った。



「えーと…僕はアベル。アベル=バレスティン。君は…」



 どう話し掛けようかと迷ったアベルに、自分の荷物を拾い上げた男はちらと一瞥をくれた。



「余計なことをするな」


「あはは…ごめんね」


「ムクロだ。俺には関わるな…ああいう手合いにまた絡まれたくなければな」



 それだけ言うとムクロは風のようにアベルの横を抜けて船尾に向かっていく。



「変わった奴だなぁ」



 しみじみ一人ごちていると、それまで少し離れて傍観していた二人が近づいてきた。



「あのねぇ…。アベルだっけ? 変わってるのはあんたのほうよ」



 弓に番えた矢を矢筒へ戻しながら呆れたようにユーリィンが言うと、リュリュもアベルの周りを飛び回りながらにぎやかに同意した。



「そうだよ! 人族でしょキミ? それなのにボクやあの魔人くんも助けたりしてる。変だよ!」


「え、変? …そう、なのかなぁ…?」


「変よ。それもとびっきりね。その調子だとあたしのことも森人だって気づいて無いでしょ」



 呆れたような笑みを浮かべるユーリィンの耳がとがっていることにアベルは今更ながら気付いた。



「あ、そうだ。リュリュ助けるためにさっき飛び込んでくれたでしょ。ちょうどいい、これあげるわ」



 そういってユーリィンがアベルに何かを放ってよこす。慌てて取り落とさないよう両手で受け取ったそれは、小指のつま先ほどのまっ黒い殻斗果だった。



「これは?」


「ハルトネクの実よ。ちょっとシブいけど、それ食べれば体がぽかぽかするから。あんたさっき、リュリュを助けるために飛び込んでくれたでしょ」



 どうやらそのお礼ということらしい。



「殻を割って中を食べるんだよ! 力いっぱい噛んで殻ごと食べないようにね!」


「ん…こんな感じかな?」



 リュリュの忠告に従って注意深く歯を立てると、かりっという小気味良い音を立てて殻が割れた。中には乳白色の乾いた実が入っており、匂いは無い。



「じゃあ、いただきます…」



 二人がこちらを見守ってる中、ぐっと噛み潰す。



「んぐ!!」



 直後、口の中になんともいえぬ渋みとえぐみがじんわりと広がり、思わず顔をしかめてしまう。 そんなアベルの様子を、二人はどことなく楽しそうに伺っていた。



「ん…」



 しばらくえぐみが引くのを待って、嚥下するのを待ち構えていたユーリィンが問いかけてきた。



「どう?」


「…その…独特のお味で…えほっ」


「あははっ、そうだよねぇ~」



 掠れ声に、リュリュがユーリィンの肩の上でけらけら笑い転げている。



「でも体が温まるのは事実だから。栄養も豊富で、あたしらの部族では非常時に食べるのよ」



 言われて見れば確かに、急速に身体の奥底から熱が湧き上がってくる。とうに体は温まっていたが、今は暑いくらいだ。



「ハルトネクだっけ? すごいんだねこれ。でも、はじめて聞いた名前だ」


「そりゃあそうよ」



 額の汗を拭き拭き感想を述べるアベルに、ユーリィンが嬉しそうに頷いた。



「あたしの部族の住む森で一番奥に生えてる神木なんだけどね。はるか昔から生えてて、すごく大きいけど回りに同じ木が無いの。たった一株でずっとそこにい続けてる、頑固で変わり者の木」


「へぇ…頑固かぁ。僕もおじいさんによく言われたっけ」



 アベルがしみじみそういうと、リュリュがぷっと吹き出した。



「頑固で変わり者! すごい、アベルにぴったりじゃない!」


「そんなことないよ! …と思う、けど…」



 憮然とするアベルに



「そうね、確かに似てるかもね」



 ユーリィンもにやにや笑って同意した。


至高神ニアフロス・水神サリュ:フューリラウド世界において信仰される神々。

ニアフロスは原初の火を司り、鍛冶・生産の守護者とされる。象徴は火の鳥。

サリュは水の馬と共に描かれる慈愛溢れる女神で、家事・医療の神の守護神とされる。


小翅族こはねぞく:過去に作成された生体兵器から世間に根付いた、比較的新しい種族。

 身体はとても小柄で、成人しても成人男性の手先からひじ先程度までにしかならない。その背中には昆虫のような翅が生えていて、空を飛ぶことが可能。背中に薄く細長い翅を持つことからそう呼ばれる。

肉体的に膂力は全種族でダントツ低いが、代わりに肉体を浮かすのに使いつづけていることから魔素の扱いが種族を通してとても巧みという特性がある。

その見た目の可愛らしさからペット、ひいては剥製にして飾ろうとする好事家が一定数おり、一時期は小翅族狩りで大陸中の小翅族の姿が消えた時期があった。今はそうした手合いから逃れるため、同じ自然豊かな環境を好む森人族の協力を得て隠遁することが多い。


森人族もりびとぞく:森をメインフィールドとして生活する人々。特徴としては耳が長く伸びていることと、五感が全種族でもっとも優れていること、とても長命かつ人間の三分の一くらいの速度で成長することが挙げられる。

反面、その肉体の影響で新しい技術文化に対して警戒心が強く、また他種族との寿命の違いから独立独歩の気風がとても強い。そのため、森の奥深くに隠れ住むことが多く、ゆっくりとしかし確実に人口減少の一途を辿ってしまっている。

尚、森人の部族の中でも神代より連なる由緒ある家系は巫女としての任を代々受け継いできた。それがどのようなものかは不明。


魔人族まじんぞく:魔素との親和性が(小翅ほどではないにしろ)とても高く、また闇や影を相性の問題上好んで使うこと、またある特性から不純な人ならざるもの=化獣とのあいのこ、という誤解を受けてきた種族。そのため、大半の人族・天人族などからは穢れた種族として蛇蝎のごとく忌み嫌われてきた。

魔人族は小翅などのように人社会に出ないということはないものの、基本汚れ仕事か雑用、或いは雑兵にしか就けず、社会的地位も低いためその結果として社会風紀を乱すことも多く、それが更に悪循環を引き起こすという社会問題にもなっている。

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