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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
29/150

第7話-3 蝟集の寄手



「ええい、遅い! 遅すぎる!!」



 転送された場所で腰を下ろしていたルークはいらいらと足を踏み鳴らしている。



「ムーガンも、ファルシネも何をやってるんだ一体! 何故戦勝報告が来ない!!」



 周囲にいる生徒たちは互いに顔を見合わせるが、もちろん答えられるはずもない。



「くそっ、何をもたもたしてるんだあの愚図どもめが!」



 いらいらと足を踏み鳴らしているルークのかんしゃくに巻き込まれたくない取り巻き連中は遠巻きにして見ている。時折物分りの悪いのが一人二人、なだめようと近づくがその都度蹴り飛ばされて追い散らされていた。



 いい加減疲れて足踏みの速度が落ちてきた頃合になって新しい情報が舞い込んできた。


「アベルがこちらに向かってきてる! 一人でだ!」



 その報告にルークは最初呆けたような顔をしたが、やがて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



「どうやらムーガンたちは他の雑魚に手一杯で倒しきれなかったらしいな。だがまあいい、相手は一人だ。こうなったら俺が直々に倒してやる」


 遺跡内の空気に冷やされた手先を揉み解しながら立ち上がると、居並んでいる手駒たちに向かって怒鳴りつけた。



「何してる、さっさと行くぞ!」


「お前一人で行くんじゃないのかよ…」


 不満げなささやき声がした方ををルークはにらんだ。



「雇われている間は諸君は俺の手であり足だ。手足は頭の言うとおりに動くもんだ…そうだろ? なんなら手足が離れても動けるか、お前たちので実際に試してみるか?」


 言いながら剣を抜き放つ。それ以上、不平の出ることは無かった。



「よし、お互い納得できたところでこの戦いに終止符を打とうじゃないか」


 残忍な興奮に目をぎらつかせながら、ルークは敵を迎え撃つために大股で歩き出した。






「ようやくご到着か」



 アベルとルーク、二人が対峙したのは大きな広間だった。ほぼ同時に正面の通路から出てきた相手に、アベルは負けじと声を張り上げた。



「そういう君こそ、大人数で昼寝でもしてたのか? たった五人しかいない僕たちにだいぶ苦戦しているようじゃないか」


「言うじゃないかアベル。そういうお前の仲間もどうした?」



 質問をアベルは肩をすくめてやりすごす。


「さあてね」


「話す気はないってことか。一々生意気な奴だ」



 剣を抜こうともせずアベルは威圧するかのように抜き身の剣をぶらぶらさせているルークの様子を見やり、つづけて辺りを視線だけで見渡した。



「別に君に気に入られたいとは思わないからね。ついでに言えば、僕は君を喜ばせるなんて真っ平ごめんだと思ってるし、逆に君をもっと悔しがらせてやりたいと思ってるんだ…こんな風に」



 言うなりきびすを返し、元来た道へ駆け戻っていく。その思い切りの良さに、じりじりと包囲しようとしていた他の生徒たちはあっけに取られた。



「追え! 逃がすな!」


 ルークの怒声に弾かれたように、あわてて取り巻きたちは後を追いかけはじめる。



 追いかけっこは思ったより長く掛からないで済んだ。


「よし、この辺でいいかな」



 もと来た道を駆け戻ったアベルは、二股に分かれた枝道を更に約30ディストンほど進んだところで反転し追っ手を待ち受ける。そこは道幅が狭くなっており、ちょうど人二人がぎりぎり並べるくらいしかない。



「さあ、僕はここだぞ! そら、倒せるものなら掛かって来い!」


 こんこんと剣の柄で壁を叩いて誘き寄せる。



 最初に追いついたのは獅子鼻の中肉中背の男だった。


 駆け寄りながら手にした槌を振り下ろすが、今まで素早いムクロの動きに付き合ってきたアベルにとっては止まっているも同然だ。体勢を崩さない程度に身をのけぞらせてかわすと、大振りになってしまっている相手の側頭を剣の背で強かに打ち据える。



 「ぎゃっ」という悲鳴を上げてその場に屈んだそいつを、背後から蹴り飛ばしながら新手が飛び込んできた。短槍を繰り出してくるが、アベルは剣と盾で器用に裁きながら逆に鋭い突きを肩にお見舞いしてやる。その後ろから、息つく暇もなく新手が立ちふさがった。



「ええいどけっ、ここは俺がやる!」


 言いながら出てきた男は短弓を手にしている。弓を手にしていると気付くなりアベルは考えるよりはやく盾を構えたまま踏み込んでいた。放たれた矢が盾に弾かれ明後日へ飛んで行ったのを尻目に、アベルはそのまま構えたままの盾で相手をつき転ばした。



 ようやくここで一対一では分が悪いと見たのか、追っ手はその場で二の足を踏んでいた。


「一人じゃ駄目だ、二人で掛かるぞエルディナ!!」


「判った、マイト」



 その声に、角ばった顔をした短刀使いのマイトが前に出るともう一人、エルディナと呼ばれたあばたの女が彼の背後に立つとぶつぶつ呟き始めた。



「術使いか!?」


 はじめてアベルがうろたえた。マイトが腰を落とし、すり足でにじり寄りながら間合いを計りつつ呟いた。



「本当は一人相手にこんな姑息な手は使いたくなかったんだが…そんな余裕も無いしな。悪く思うなよ」



 素早くエルディナに駆け寄ろうとするアベルだが、それを庇うようにマイトが割って入る。アベルがけん制に剣を横薙ぎに大振りしてみるが、マイトはそんなあからさまな誘導に引っかかることなく落ち着いてかわしては逆に剣を握る手元を狙って短刀を振るってきた。



 ならばとマイトへ狙いを絞り、短刀の届かない間合いを維持して突きを繰り出していると手元や足などに小さな火花が破裂する。リュリュの《火》の天幻術とは威力も規模も比ぶるべくも無いが、ひるませるには十分すぎる効果があった。



 どうやら彼らは今までの連中と比べてもなかなかのやり手のようだ。アベルの焦りを見て取ったのか、マイトが口元をゆがめる。


「諦めて降参したらどうだ?」



 無言のままアベルは答えない。マイトもまた、返答を待たず喋りつづけた。


「今はこうしてにらみ合っていられるが、俺の仲間も直に立ち直る。そうなったらお前に逃げ場は無いぞ。そうなる前に降参したらどうだ? 今ならそこまで痛い思いをしなくても済むぞ」


「お断りだね」


 きっぱり答えながら、アベルは剣を持つ手をしっかりと握りしめる。



 大きな傷こそ避けているが、その手だけでなく、太ももや肩、頬と体のあちこちに細かい切り傷や火傷のあとがある。一方相手は疲労や怪我が蓄積したら後ろで待ち構えている仲間と交代してしまうだろう。このままでは明らかに不利だった。



「俺たちとしてもあんまり気持ちのいい勝ち方じゃないからこんな戦い方はしたくないんだ。どうせ結果が判りきってるなら、さっさと片付けたほうがお互い時間の無駄にならんだろ?」


「そんなこと…できないっ」



 先ほど交代した槍使いが突き込む槍の穂先を盾で跳ね上げながら、アベルはなおも剣を振りつづける。動きすぎて顔は青紫色になり、額を流れ落ちる汗は止まらない。



「ただの対抗戦じゃねえか…何そんなにムキになってやがんだよ…」


 構えこそ忘れていないがぽつりと洩れ出たマイトの心情は、その場にいたエルディナたちも抱いた疑問だった。



「何でそこまで頑張るんだお前? そんなにルークに負けるのが嫌なのかよ…くっだらねぇ」


 アベルはぐいっと口元を引き締めると、意外に力強い言葉で返した。



「ああそうともさ、僕はあいつが大っ嫌いだ。だけどそれ以前に、仲間が頑張ってくれている…僕一人があきらめるわけにいくもんか!」


 いつ相手が飛び掛ってきてもいいように、後ろ足にもしっかりと力が入っている。



 気息奄々のアベルだが、その眼光は未だ光を喪っていない。


 追っ手たちはアベルの気迫に飲まれ、攻めあぐねていた。


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