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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
28/150

第7話-2 羂



 ムーガン率いる部隊がムクロによって無力化させられたそのころ。



 ファルシネの部隊はムーガンより多い二十人の兵を半数に分けて道を塞ぎつつ進軍し、今は二つ目の三叉道の先の部屋で部隊を合流させていた。



「あぁ…めんどくせぇなぁ…」



 薄暗い通路は生徒たちが各々持ち込んだ普通の蝋燭の灯りに照らされている。



「おい、ここでじっとしていていいのか?」



 腰を下ろし、皮水筒の中身で唇を湿らせていたファルシネに近寄ってきた生徒が尋ねた。



「ん? ああ、かまわねえよ」


「だが、のんびりしていたらこちらの場所がばれて逃げられるんじゃないのか?」


「どこへさ?」


 その問いに、ファルシネは逆に聞き返した。



「俺たちは三つの部隊に分けてこの遺跡をしらみつぶしにしてるんだぜ。逃げるなら逃げるで好都合、合流するムーガンらとまとめて袋叩きにしてお終い、ってなもんだ」


「だが、他の奴に手柄を取られてもいいのか?」


 心配そうに言うその生徒に、ファルシネは空いてる手をひらひら振りながら答えた。



「実際に誰がアベルをぶちのめしたとしてもルークの手柄になるのは判りきってることだろ。なら、こちらは疲れない程度に頑張ればいいんだよ。どうせお前さんたちの誰かが倒したとしても、数が多すぎて誰が倒したかなんて判りっこないんだし」


 そう言われ、生徒はふんと鼻を鳴らした。


「まあ…確かにそうだな」



 ファルシネはそこでその生徒に笑いかけた。


「もう少し待ってな。調べに向かった連中が居場所を確認してるから、動くならそいつらが戻ってきてからで十分だ。その間休んでおけよ」


「ん…判ったよ」


 大人しく戻っていった生徒の後姿を見ながら、ファルシネは心の中で舌を出した。



 表向きはああ言ったが、ファルシネは自分こそがアベルを討ち取る気でいる。



 もちろんルークが自分の手柄にするだろうと言ったのは本心からだが、その後の地盤固めのためだ。


 今はファルシネもルークに大人しく従っているが、どちらかといえば愚直で素直なムーガンの方をルークは気に入っている。今後卒業まで無能なムーガンに遅れをとり続けることなど、 ファルシネは真っ平ごめんだった。



(どうせあの馬鹿のことだ、えっちらおっちら全部の穴倉覗き込みながらのんびり進んでるんだろうよ。その間にこちらは距離を稼いで詰めておいたから、後はこのまま逃げられないようにしてアベルを倒せば良い。そうなりゃルークだって、俺の方を評価せざるを得まいさ)



 ファルシネはムーガンと違い、盲信的にルークを恭敬するつもりはさらさらない。自分が好き勝手やるのに、権力を持つ後ろ盾としてちょうど良い相手だから従っているだけだ。



「今、偵察が戻ったぞ」


「おお、判った。連れてきてくれ」


 偵察から戻った生徒たちから、発見した獲物の位置がそう遠くないと聞いたファルシネはにんまりした。



「よし、行くぞ!」



 早足で目的地の前の曲がり角まできたところでファルシネは部隊を止めた。


 曲がり角で身を潜めたまま剣先だけを突き出し、刃先を傾けて壁の向こうを覗き見る。



「いるな」



 遠目で良く見えないが、天井の高い部屋の中央で長い蒼い髪をした天人の女と、とても小さな赤髪の少女が仄明かりの中で何か話しこんでいるように見える。 他は岩陰にでもいるのか、よく見えない。



 どうせわき道から急襲するつもりだったんだろうが、自ら逃げ場の無い袋小路に身を潜めるとは間抜けなことだ…



「灯りを消して少し目を閉じろ。三つ数えたら突撃の合図を出すから、それにあわせていくぞ」


 指示に従い、灯りが消される。そして三拍後、短い合図の声を皮切りにファルシネの部隊は部屋へ向けて流れ込んだ。



「叩きのめせぇっ」


 剣の抜きつれる音と怒号が入り乱れる。ばちゃばちゃという水を蹴る足音が、広間に集中する。



 最初の違和感は、部屋の中の空気がひんやりと冷えていることだった。



 もし、ファルシネの部隊に空を飛べる者がいれば、反面天井付近が息苦しいほど蒸し暑いことに気づけただろう。


 どうしてこの部屋だけが? その答えに到る前に、激しい爆音が部屋を揺るがし床が爆発した。



「うわっ、なんだっ?!」


「げほっげほげほ、目が見えねえ…」


「こんちくしょう、小細工してんじゃねえよ!」



 突如現れた霧に視界が奪われたことで喧騒が激しくなる。殴る音を皮切りに、混乱が広がった。



「いてえ、殴るな! 馬鹿野郎、俺は味方だ!」


「お、おい、あいつらいないぞ?! どこ行きやがった!?」


「落ち着け! 薄目で周りを確認しろ! それまで武器を振るな!」



 自ら率先して歩を進め、周囲を注意深く見渡したファルシネは、ようやくそこで部屋の中の物に気付いた。



「なんだこれは…皮袋、と氷?」


 天井まで届く巨大な氷の塊が、部屋を斜めに横切るようにして鎮座しているのが特に全員の目を引いた。



 一部は先の喧騒で砕けてしまっているが、末広がりになっている下のほうはしっかり残っている。奇妙なことに、ファルシネたちが飛び込んできた通路側の面は綺麗な平らになっており、またかなり薄く仕上がっていた。明らかに自然にできたものではない。



「何だこりゃぁ? 何のためにこんなものを…」


 首を傾げていると。


「お、おい、出口がふさがれてるぞ!!」


 後方からの声に、ファルシネは慌てて振り返る。見れば、今さっき入ってきた入り口はいつの間にか氷の塊で塞がれてしまっていた。破壊して抜け出すには相当の時間が掛かるだろう。



「こりゃあ…レイニストゥエラか!」


 こんな真似ができるのは、水の天幻術に長けた彼女しかいない。


 何故、覗き見たときに二人しかいなかったのか。 そして灯りが何故緑色ではなかったのか。



「くそっ、出口を探すんだ!」


 ファルシネは自分達が罠に掛かったことに気付いていた。



 アベルたちはこの狭い部屋のど真ん中に、巨大な鏡代わりの氷を置いたのだ。


 そして火の天幻術が得意なリュリュも残り、仄明かりを灯す。


 そうすることで入り口のすぐ傍にいた二人の姿が、部屋の中央にいるよう反射させていたのだ。


 二人は空を飛べるから、混雑する中をすれ違いで逃げるのも容易なことだった。



「ちくしょう、やられた…」


 出口が無いという報告を聞きながら、ファルシネは自分が早くも今回の班対抗戦から脱落したことを悟っていた。


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