第7話-1 やあ
狭い通路に十人ほどの足音が澱みなく響いている。
生徒たちの持つ明かりによって生み出された影が狭い路地に映し出され、装飾の崩れ落ちた壁を二色に彩っていた。
「よし、このまま進むんだ。急げ、ファルシネに手柄を取られるな!」
道中の枝道を覗き回ったせいで大分進軍が遅れているのだ。時間からして自軍よりの枝道にアベルたちがいるはずはないのだが、そこまで考えが回らないのがムーガンらしいといえよう。
ムーガンの号令に、舌打ちの声が幾つも洩れる。が、彼が振り返ると誰もが下を向いた。
「ちっ、なんであんな奴が俺たちに指図してやがるんだよ…」
「しっ…聞かれたらうるせえぞ」
「けどよぉ…」
埃の舞う狭い遺跡の中を二列行進させられている他の生徒たちの不満は止まらない。なにせ、彼らを率いるムーガンの力量は中の下もいいところなのだから。引き抜かれたのはそれなりに腕に覚えのある生徒たちばかりであるため、問答無用で腰ぎんちゃくのムーガンの下に就かされたことに不満を持つ者は多かった。
「ふふん、聞こえてるぞ」
当のムーガンもそれを理解している。その上で、嫉妬と羨望のまなざしを集めることに愉悦を覚えているのだ。
故郷では図体がでかいだけの味噌っかすとして馬鹿にされてきたが、このアグストヤラナでは自分より腕の立つ生徒たちを多数従えている。そう考えると、身震いするほどの喜びが湧き上がるのだ。
しかも今回の対抗戦、相手はこちらの半分にも満たないたったの五人。
他に出口の無い遺跡の中、相手がどんな手を使ってこようがこの人数で推し包めばまず負けるわけは無い。化獣を倒した相手に勝ったとなれば箔もつこう。そうなれば卒業後は引く手数多でより取り見取り…
そんなことを夢想していたからムーガンは、床に伸びる自分以外の生徒たちの影が、背後から伸びたより大きな影に飲み込まれたことに気付けなかった。
最初の異変は後ろの方で起こった。
「うわっ」
「なんだっ?!」
最後列にいた生徒たちは、不意に足元が喪失したような感覚を覚えた。まるで階段を踏み外したように足が宙に投げ出され、がくんっと体勢を崩して前のめりになる。
「おい馬鹿、押すな!」
前にいた者はたまったものではない。
後ろから押されたと同時に、彼らもそれまで立っていた足場が沈み込んでいく。いきおい、暴風が朽木の群れでもなぎ倒すようにばたばたと倒れた。
「な、何してる貴様ら! さっさと立て!!」
驚いて振り向いたムーガンがそう怒鳴りつけるが。
「た、立てねぇ?」
「腕が…抜けない!」
地面についたはずの腕や、さっきまで自由に振り下ろししていた足が、地面を満たす影に半ディストンほど沈んでいる。おまけに影自体ががっちり掴んでいるように、一度沈んだ部位は引き抜こうとしてもびくともしなかった。
「な、なんだよこれ…なんだよ!!」
全員がその場にひざまずくような形で身動きが取れないのを、ムーガンは呆然と見つめるしかない。
手元の蝋燭の小さな灯りだけが、唯一人自由に動ける彼の動きに追随して揺らぐ。自分の置かれた立場に怯えたムーガンは反射的に壁を背に負う。
その背後、灯りが生み出したムーガンの影から、まるで木片が水面に浮かび上がるように音を立てず一本の腕が浮かび上がった。
「むぐっ?!」
不意に強い力で口元を抑えられたかと思うと、ムーガンは首元に冷たい物を押し付けられたことに気付いた。
「やあ」
背後から聞こえたのは、さげすんでいた魔人の声だった。




