第6話-3 班対抗戦、開始
夜が明けた。
冷たい空気が、深く吸い込んだ肺の隅々までいきわたる。
前もって貸し与えられた皮の胸当てと小型の円形盾、そして使い慣れた剣を身につけたアベルが校庭の集合場所についたときには、すでに仲間たちは揃っていた。
「準備は…いいみたいだね」
返事を聞かなくても各人の表情を見れば判る。きっと自分もそうなのだろう。
「それは?」
レニーとユーリィン、ムクロが大きな皮袋を三つ。肩に背負っているのを見てアベルが尋ねると。
「これは奥の手ってやつよ。昨日あの後、ちょっと三人で相談して用意したの」
片目を瞑ったユーリィンになおも尋ねようとしたところで、何度も聞いた何度聞いても嫌な声が後ろから掛けられた。
「逃げずに来たみたいだな」
離れたところに固まっていた群れの中から、ルークがにやにや笑みを浮かべながら近づいてきた。豪奢な意匠を施した板金鎧に身を包んではいるが、どこかよたよたしていて着こなしているというより着られているという印象を受ける。
他の生徒たちもぴかぴかと光を跳ね返す真新しい装備に身を固めており、使い古された装備を纏っている自分達の格好を見てくすくす笑っているのが一層アベルの闘争心に火をつけた。
「何故逃げなくちゃならないんだい? そういう君こそ、金にあかせてあくどい真似してるけどこれで負けたら格好つかないんじゃないかな」
「勝てばいいのさ、勝てばな。そしてお前らは俺たちには勝てない。絶対にな」
「奇遇だね。僕も君に同じことを言うつもりだったよ」
正面から受けてたった二人は視線を戦わせるが、
「そう言ってられるのも今のうちさ。どうせ無様に這い蹲らせてやるから楽しみにしてるんだな」
メロサーに呼ばれたルークは鼻で笑うとそのまま一団を率い、別室に向かった。
これからアベルたちも別の部屋に向かい、舞台となる遺跡へ転送されることになる。
「さて、こちらも来ましたか」
アベルたちの受付はドゥルガン先生のようだ。部屋の向かい、壁際に木製の机と椅子が置かれており、机の上には赤子の頭ほどもある水晶球が柔らかい布に載せられている。
足元には巨大な魔法円が描かれており、これを使って遺跡に送り込むのだろう。
「さて、揃いましたね」
一同の顔を値踏みするように見渡してから、椅子に腰掛けたままドゥルガンは切り出した。
「大雑把に説明しますと、まずあなた方は出口が二つしかない遺跡へ転送されます。一つはあなた方、もう一つは対戦相手の出入り口ですね。ここまではよろしいですか?」
アベルたちは黙って頷いた。
それを見て頷いたドゥルガンは、傍の木箱から何かを取り出しテーブルの上に置いた。中に入っていたのは鈍色に光る小さな燭台で、中央に緑色の細い棒が突き立っている。
「制限時間はこの蝋燭が燃え尽きるまで。特殊な製法で作られたものですので倒したり風が吹きかけられる程度では消えません。現地についてから火をつけてくださいね」
早速興味を示して飛び寄っていくリュリュを横目で見ながらドゥルガンが制した。
「下手に弄らない方がいいですよ。折れたら即失格となります」
触れる直前でリュリュの手がぴたっと止まった。
「冗談…だよね?」
「そう思うなら、試してみたらどうです」
穏やかに答えたドゥルガンだが、糸のように細められた目の奥は笑っていない。
引きつり笑いを浮かべたリュリュは大人しく引き下がった。
「つづけて説明していきましょう。あなた方はその遺跡に潜り、相手の班長、或いは相手の所持する蝋燭を破壊、あるいは奪取するのが目的となります。そのための手段として武器は勿論、魔法や道具の使用などは原則としてすべて許可します」
「原則として、とは?」
質問したレニーにドゥルガンは穏やかな口調で説明した。
「例外は二つ。一つは、遺跡全体を潰すような強力な魔法を放たない。まあ、これを為せる一年生は今のところいませんからほとんど気にすることはないでしょう。もう一つは、故意の殺人」
「殺人って…」
「武器を使うことは構いませんからね。怪我などは想定の範囲内ですし、命に関わる大怪我をする場合もあるでしょう」
「危ないのではありませんの?」
「あなた方が目指すのはなんですか?」
硬い声に、レニーは思わず身を硬くした。
「安穏とした生き様を求めるなら、今すぐこの学府を辞めなさい。それがあなたのためです」
「申し訳ありません、ドゥルガン先生。そういうつもりで言ったのではないのです」
かすれ声で言いつくろったレニーに、ドゥルガンは一瞥してから再び口を開いた。
「今回の試験ではアルキュス先生がいつでも動けるように別室で待機していますから、思い切り戦ってきなさい。ただし、例えば動けない相手に止めを刺すような真似をした班はその場で失格となります。我々は殺人鬼を輩出したいわけではありませんからね。あまりに悪質な行為を採る場合は退学もありえるのでそのつもりで。私たちは遠見の水晶であなたたちのことを看ています」
ドゥルガンの宣告に、各人神妙な面持ちで頷いた。
「さて、ここまでで質問は何かありますか? 無ければこれで送ります」
立ち上がると、アベルたちを送り出そうと歩み寄ってくる。
その手の内の転送球の輝きに呼応して足元の転送陣も放つ光の強さを増している。すぐに、傍にいるはずのドゥルガンの姿が光に埋もれて見えなくなった。
「ドゥルガン先生が全部やるのか…」
こういうことはジーン先生やコツラザール先生が担当とすると思っていたアベルの呟きを聞き取り、ドゥルガンが淡々と答えた。
「他の先生方はルーク君の部屋にいます。何せ、大人数の転送は一苦労ですからね」
「…えっ? そ、それってどういう…」
ドゥルガンの最後の言葉をアベルが聞き返すより早く、五人の姿は部屋から消えうせていた。




