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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
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第6話-2 仕込みは上々?



 今日の料理は豪勢だった。



 前菜には野生の菜豆と刻んだ蕃茄(ばんか)を煮た物や、秋口にためておいた様々な茸の酢漬け、大口魚の身を色とりどりの秋野菜と煮込んだ汁物。 主菜は一角兎の肉を細かく砕いた乾し麦餅と溶き卵をまぶしてぱりっと焼いたもの(つけあわせは先ほど争論の的となった岩鳥の卵焼きだ)、そして焼いた紅苹果へ乾燥させた独特の甘みを持つ樹皮を細かく砕いて振りかけたものに、たっぷりした花の蜜を掛けた甘菓子がついてきている。



 明日への英気を養うと同時に、今回の協力体制についてひとまずの区切りをつけるために誰からともなく言い出したことだった。



 その夜の食事会は、いつにもまして満足のいくものだった――概ねには。


 アベルだけは自分の意見に賛同するものが結局、誰一人として存在しなかったことに内心納得できずにいた。



「さて、食べ終わったところで明日から始まる対抗戦について話しておきましょうか」



 食卓の皿を片付け、ユーリィンがリティアナ含めた全員分のお茶を杯に注ぎながら言うと、それまでの和やかな雰囲気が一転して引き締まった。



「その前に聞くけど、他の班もここにいていいの?」


 リティアナの確認に、アベルは頷いた。



「細かい戦い方は、これまでの模擬戦闘である程度お互いに知ってるからね」


 もちろん、すべてという訳ではないだろうがそれはお互い様である。


「そう。まああなたたちが良いなら、わたしからは言うことは無いわ」



「明日からはじまる対抗戦って、総当りで行われるんだろう?」


 唇を湿らせるために茶を一口飲んだのを待ってムクロが尋ねた。早速の確認に、リティアナはええと頷く。



「基本、数回に分かれて行うわ。だから、相手によってはあえて参加する人を減らして後日に余力を残したり、仲間を入れ替えて当たるという方法もあるわ」


「と言っても…」


「その選択肢は、無いかな。うちは代替が効かないから」


 アベルだけでなく、クゥレルやウォード、パオリンたちも頷いた。



「こっちはそもそも人員が限界すれすれだしな」


「余った戦力に余裕がないとできないことだよねぇ」


 リティアナも予想していたらしく、そうねとだけ答えて先をつづけた。



「ともあれ、なるべく疲れが影響しないように、連続で戦わないよう先生方も気をつけているけど、都合上どうしても連戦する場合もあるから。その調整もまたあなた方の技術として見ているわ」


「どういうこと?」


「あなたたちが冒険屋として生活するにしても、軍人として生きていくとしても、戦いはいつも規則正しい期間で行われるわけじゃない。そのときに体調を崩さないでいつでも戦えるようにするための訓練だと思ったらいいわ」


「なるほどね。お優しいことで」


 リティアナににらまれたウォードは軽く首をすくめ、見えないようにぺろっと小さく舌を出した。



「試験は一週間掛けて集計して、最終戦の翌日――月の最終日だから年越しの日でもあるから、大食堂で年越しのお祝いがてらそこで結果を発表することになるわ。いい成績を残した班は学府からも褒美が出るから、頑張って狙ってみるのも良いかもね」


「褒美ってなんだ?」


 ムクロの問いに、リティアナは自分の襟口を引っ張ってみせる。そこには銀に輝くアグストヤラナの徽章が輝いていた。



「これと同じものがもらえるわ」


「なんだ、金や飯じゃないのか」


 クゥレルの言葉に、リティアナは少し傷ついたようだ。



「確かに、そういうのではないけど…でも、卒業後に技術の保証になるわよ」


 登録するときに、多少は色がつくということだろう。



「次ね。舞台について幾つか説明していくわ」


 咳き一つ無い沈黙の中、リティアナの説明が淡々とつづいていく。



「一応遺跡とはなってるけれど、過去に掃討されて住み着いている獣の類はいないそうよ。一応野鼠とかは棲み付いているけど、無害なものね」


「魔法じゃんじゃん使ってもへーき?」


「細かい規則は当日先生方から話すはずだけど、使用可能よ。隕石を招来するならともかく、しっかりしてるところだから多少当たってもそうそう崩れる心配は無いわ」


 そっかぁと腕組みして考え込む素振りを見せるリュリュの次にムクロが質問した。



「俺たちはそこで何をしたらいいんだ?」


「これも言われるけど…簡単に言えば、大体一時間以内に相手の班長を倒すか、特定の持ち物――専用の灯りね――を破壊すれば良いわ。ただ、殺すことだけは駄目。そうしたら問答無用で反則負けになるわ。また、一時間以内に決着がつかない場合はどちらも負け扱いになる」


「なるほど…期限を設けられているときや、生け捕りの依頼の訓練も兼ねてるってことなのかもね」


 詳細を聞いてアベルは目を瞑って考え込んだ。



「でも、そんな短時間で終わるものなの?」


 リュリュの質問に、リティアナは穏やかに答えた。


「やってみれば判るわ。それ以上はお互いに気力も体力ももたないって」


 それからもしばらく、蝋燭の灯りが尽きるまで質疑応答はつづいた。



 いい加減瞼がくっつきたがる頃合になり、リュリュが一際大きなあくびをしたところでようやく一同は解散することにした。



「さあ、それじゃあ大暴れするか」


「最終日は全員揃って祝勝会としゃれ込もうぜ」



 クゥレルが首をごきごき鳴らし、ウォードも腕を大きく回しながら部屋を出て行く。


 他の生徒たちも続々出て行き、最後に部屋を後にしようとしたパオリンが途中まで出かけたところで戻ってきた。



「ありがと、アベル。あなたたちのおかげで、あたしたちも色々助かったわ。おかげで明日がこんなに心待ちになるなんて思わなかった…本当にありがとうね」


 両手を取って大きく上下に振りながら感謝の意を伝えるパオリンに、アベルは思わずどきまぎしてしまう。



「あ、ああ、うん。お役に立てたようでよかったよ」


「ここまで手助けしてもらえたお礼にあたしたちも頑張るから、アベルたちも頑張ってね!」


 にっと笑うパオリンに、釣られてアベルも笑顔になってしまう。



「こちらこそ。お互いいい勝負をしよう」


「ふふっ、あたしたちも簡単には負けないわよ? それじゃ、また明日ね」


 満面の笑顔でそういうと、パオリンは戸口で一度振り返って片目を瞑ると部屋を後にした。



「それじゃあ、おやすみなさい!」


 班員たちと楽しそうに黄色い声をあげながら遠ざかっていくパオリンの声が聞こえなくなるまで、何人かは白い目でアベルを見ていた。



「さ、みんなも片付けて…?」


 早めに寝よう、そう促そうと振り返ったアベルは妙に室内が険悪な雰囲気に包まれてることに遅ればせながら気付いた。



「…あの、何か…」


「…別に。何でもありませんわ」


 真っ先に硬い声をあげたのはレニーだ。



「アベル、あなたまだ元気が有り余ってるようね。それならせっかくだし、みんなの残した杯を洗っておいたらどうかしら」


 リティアナからは穏やかでこそあるが有無を言わせぬ迫力を感じ、アベルは思わずたじろいだ。何せ残された食器は全員分、十や二十はきかない。



「え、でも…」


「あら、いい案ですわね。そういうことでしたら、後はよろしくお願いしますわ」


 レニーもにっこり笑って退路を断ってくる。笑顔で微笑み、アベルが何か言葉を返す前に部屋を出て行ってしまった。



 「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 慌てて呼びかけるアベルの肩を、ムクロが軽く叩く。


「そういうことで後はよろしく」


 それだけ言ってこれまた出て行ってしまった。



「じゃああたしたちも行くわね。というわけであと、よろしく~」


「待ってくれよ、ユーリィンも自分の物くらい自分で」


 慌てて引き止めるアベルに、ユーリィンはにやりと笑った。



「寝た子を起こすのと、大人しく洗うのとどちらがいい? 好きなほうを選んでいいわよ」


「…おやすみ」


 アベルの選択に満足してユーリィンも満面の笑みで退室した。



「はぁ。しょうがない、さっさと片付けるとするか」


 諦めの吐息を大きく吐きながら、アベルは食器を片付けはじめる。そんなアベルに、最後まで残っていたリティアナが声を掛けた。



「あー…押し付けたようなもんだし、やっぱりわたしも手伝うわ」


「どうもありがとう。…でも、あのとき追い討ちを掛けないでくれたらもっとありがたかったんだけどな」


 リティアナはアベルの非難を肩をすくめてかわした。



「あのときは一言差し挟むのがとても良いように思えたのよ。それに、どちらにしろ誰かが片付けないとならないでしょ」


「それはまあ、そうだけど…ああ、そうだ」


 食器を重ねる手を止めて、アベルはリティアナに向き直った。



「一つ、確認しておきたいことがあるんだけど。いいかな」


蕃茄ばんか:ナス科ナス属の植物、またその果実のこと。多年生植物で、赤く熟した果実は食用として利用される。すっぱみの中にコクをもち、煮詰めて出汁をとる地方もある。


一角兎:角をもち攻撃性を増した兎。狼と同程度に危険とされるが、肉が普通の兎より一回り大きく発達しているため食用として好んで狩る者も多い。

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