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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
21/150

第5話-4 レイニストゥエラの知恵袋



「あ、ユーリィン。良かった、いてくれて」



 急いで戻った教室には、アベルが探していた人物がレイニストゥエラと何か話し込んでいた。



「あれ、君たち二人だけ? 珍しい組み合わせだね」



 どちらかというとレイニストゥエラはユーリィンと馬が合わなさそうに思っていたので、この取り合わせはアベルにとってちょっと意外だった。



「ああ、ちょっと戦い方について相談してたのよ。リュリュとムクロはまだ授業」



 レイニストゥエラもこくりと頷く。



「戦い方?」


 怪訝そうな面持ちのアベルに、ユーリィンが説明する。


「あたし今まで後衛じゃない? けど、中衛の彼女が今度から加わるなら前に出たほうが良いと思ってね」


「前に? 弓はどうするのさ?」



 驚いたアベルに、ユーリィンはちょっぴり肩をすくめた。



「ここにいる間は止めるわ。ここで弓に関して身につけられる技術はもう全部身についてる自信あるし。それに、この間のように弓が効きにくい相手に対しての対処法を覚えるのも悪くは無いでしょ」


「でも、だからと言って前に出ることは無いんじゃないか? 危険だよ」



 食い下がるアベルだが。



「ううん、むしろあたしは前に出たほうが多分いい。この前の戦いでもわかったけど、中衛や後衛は前衛が食い止められる力があれば安定するわ。でも、あたしたちの班は違うから」


「…ムクロや僕がいるじゃないか」


「ああ、ごめんなさい。別に非難してるつもりじゃないのよ」



 鼻白んだアベルに、ユーリィンは困り顔になる。変わりにレイニストゥエラが助け舟を出してきた。



「あなた方はいずれも、先日の陸王烏賊みたいな重い一撃を受けたら耐えられないでしょう? アベル、ムクロとの二人だけだと何かあって突破されたら総崩れになりますわ。さすがにああいう相手がそうそういるとは限りませんけど、彼女が加われば、攻撃を分散させることで更に仲間全体の負担を減らせる…そう考えてのことですわ」


「それは…そうだね」


 反論しようと思ったが適切な言葉が見つからず、アベルもしぶしぶ肯定した。



「それに、この間の戦いのときにはユーリィンも最後に矢が切れて何もできなかったそうですし…あのときと同じ気持ちを味わうのはもう嫌だ、そういって相談を持ちかけてきたのですわ」


「…判ったよ。そういうことなら反対できないね」



 彼女がそこまで悩んだ上での決断なら、アベルもそれ以上反対はできなかった。



「でも、無理をしちゃ駄目だよ」


「アベルにだけは言われたくないわ。でも、気に掛けてくれてありがとう」


 苦笑いを浮かべたユーリィンだが、それでも素直に礼を言った。


「もちろん、前線がアベルたちで何となるようならあたしも後ろに下がるわ。その方が効率的だものね。それで、わざわざあたしを探してたみたいだけどどうかしたの?」


「ああ、そうそう。ちょっと相談にのってもらいたいことがあって」


「あら。だったら私は席を外した方がいいかしら?」


 腰を浮かしたレイニストゥエラにそう言われたアベルはちょっと考え、首を振った。



「ん…いや、いずれ皆にも話すつもりだし、レイニストゥエラの意見も聞きたい」


「判りましたわ」


 レイニストゥエラも再び腰を下ろしたところで、早速アベルは先刻のことをかいつまんで話した。



「あんたねぇ…また相談も無く勝手なことをして」


 呆れ顔になるユーリィンに、アベルは慌てて謝った。



「勝手なことをしたのは謝るよ。でも放っておくのもあまり後味良くないし…」


「あたしからすれば自業自得だなとしか思わないけどねぇ」


 隣でレイニストゥエラは小さくなっているのに気づいたアベルは慌ててとりなした。



「ま、まあまあ。ともかく、何か良い考えは無いかな」


「と言われてもねぇ…」


 聞き終わったユーリィンが困ったように首を傾げる。



「あなたとしてはどうなさりたいの? 私たちでその人たち全員の面倒を見るつもりですの? 全員面倒見られるほどの蓄えはありまして?」


 代わりに率直に問うたレイニストゥエラに、アベルははっきり首を振る。



「いいや。僕は、僕らのように食べていけるようになる手伝いをしたいんだ。さすがに皆を養えるほどの蓄えなんてないし。それに学府の方針って言ったらそれまでだけど、今の状況は校長の目指してたこととは違うと僕は思うんだ」



「なるほど。そういうことなら簡単よ」


 それを聞いてユーリィンがうん、と頷いた。


「食材を教えてあげましょう。あたしたちが知ることを幾つか、実際に料理したりしながらね」


「ユーリィンはそれでいいのか?」


「別に構わないわよ。あたしだって村の大人から教わってきたのを伝えてるだけだし、彼らの班までで内緒にしてくれるならあたしらの取り分が無くなるって事は無いでしょ」


 ユーリィンの言葉に、アベルはほっとした。



「あ、でもこれからの季節だと厳しいんじゃないか? もう冬だから…」


「ううん、それも何とかなるわ多分」


「本当かい? 僕らはそれなりに保存も換金もしてあるから何とかなるけど…」


 不安そうに尋ねるアベルに、ユーリィンは胸を張って言った。



「ええ。今まで見てきたんだけど、ここでは食べられない植物はないし、何より季節関係なく生えているから、彼らが食いっぱぐれることは無いわ。ちゃんと見つけられれば、だけど」


 ユーリィンの言葉に、アベルは首を傾げる。



「そんなことってあるのか? 冬になれば大半は枯れるだろ?」


 ユーリィンは肩をすくめた。


「普通はね。でも、あたしの見立ては間違って無いって自信はあるわ。もちろん、こんな環境が自然に生まれることはないから、何らかの形で人の手が加わっているのは確かなんだろうけど…」


「誰が、何の為にどうやってるんだろう?」


「さあ、あたしが植えたわけじゃないしそこいらは全部お手上げね。ま、食べられる物に困らないんだから、それさえ知っておけばさしたる問題じゃないでしょ」


 言われて見ればそのとおりだ、とアベルは納得する。今は他に気を向けなくてはならないことがある。



「うーん…そういうことなら、ただ教えるのも勿体無いですわね。折角だし、お互い得する形にした方が良いと思いますわ」


 それまで考え込んでいたレイニストゥエラが意見を述べた。



「どういうこと?」


「まず情報ですが、ただで教えてあげるのは止めるべきですわ」


「お金を取るの?」


 ユーリィンの疑問に、レイニストゥエラは首を振った。



「そもそも、彼らはお金が無いのだから苦しんでるんでしょう?」


「なら…?」


「まず、当面は余った食材なり、交換材料になる素材なりを分けてもらうのですわ。そうすれば、私たちも自分達で集めるより楽に色々手に入れられるでしょう」


「それはそうだけど、みんなで同じものを集めてきても困るんじゃないかな?」


「ええ。だから、事情を説明した上で渡す情報は各班に応じて変えますの。例えば料理の情報や、それに使う調味料の情報など。そうしたら、お互いに必要なものを簡単に手に入れられやすくなる…というわけですわ。それにこれならお互い浮いた時間で鍛錬などにまわせる自由な時間もつくれるでしょう?」


 レイニストゥエラの意見にアベルとユーリィンは感心した。



「よくそんなこと思いつくなぁ」


「ただで教えてもらうのも警戒されるしね。こちらにも利点があると判れば相手も納得しやすいだろうし、実にいい手だと思うわ」


 誉めそやされて、レイニストゥエラは恥ずかしそうに耳たぶを掻いた。


「とはいっても私がすべてを思いついたわけじゃありませんわ。私の母方が教会に縁があるんですの。そこで幼い頃、教会が付近の農民に色々なことを教えていた代わりに、農作物や羊毛などを受け取っていたことを思い出しましたのよ」



 だが、それで評価が変わるわけでもない。


「なるほどねぇ…案外あんたもやるじゃない、レニー」


 肩を叩かれるまで、レイニストゥエラは自分のことだと気付くのに一瞬わからなかったようだ。



「…え、何ですって?」


思わず聞き返した彼女に、ユーリィンは悪戯っぽく片目を瞑って見せた。


「あなたの愛称よ。レイニストゥエラ、って毎回呼ぶのも堅苦しいじゃない?」


 アベルも同意する。


「そうだね。良い呼び名だと僕も思うよ」



 二人にそう言われ、レイニストゥエラは耳まで真っ赤だ。


「そ、そのような不躾な真似、本来は許せるものでもありませんが…今日はたまさか気分が良いから許可しますわ」


「え~、今日だけぇ?」



 ユーリィンの猫なで声に、レイニストゥエラは半目で答えた。



「…もう、勝手になさい」



 二人のやり取りを笑って見ていたアベルがぱんぱんと両手を打ち鳴らした。



「さ、そろそろ授業がはじまるよ。それじゃあ、授業が終わった後他の班の人たちも来るから、皆も遅れないようにね」


「判ったわ。ムクロにはアベルから伝えて。リュリュにはこちらから伝えておくから」


「うん、そうするよ。それじゃあまた後で」


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