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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
20/150

第5話-3 他班との交流



 班対抗戦の告知が生徒たちに発表されたのは、レイニストゥエラがアベルたちの班に参入して間もなくのことだった。



 二月後の雪篭月の末日――年終わりの日を前に、それまでの授業の総仕上げという形で各班ごとに対人戦を行う。その際には魔法の対人使用も許可されると聞き、これまでの授業に手ごたえを感じていた生徒たちは一様に盛り上がっていた。



 特にルークは周囲に威嚇して自らの班がもっとも優れていることを事あるごとに主張していたが、そうしている間彼が自分の姿を探していることにアベルは気付いていた。



「おおっと、寄せ集め班のアベルじゃぁないか。どうした、こんなところで」



 今日も、採取学の授業を終えて廊下に出たところで、アベルはばったりルークに出くわした。



「のんびり死肉漁りのお勉強なんてしてる暇なんてあるのかな?」


「その間俺たちは確実に強くなってるんだぜぇ?」


「まあ所詮は田舎者上がりのはぐれ者集団、寄せ集めは寄せ集めらしく頑張ってゴミ漁りの技術でも身につけて国へ帰るんだな」



 ルークは採集関連については毛頭興味が無いらしく、コツラザールの採取授業に一度も出たことが無い。その時間はメロサーの元で戦技の特訓にいそしんでいるという噂をアベルも聞いたことがあった。



 取り巻きのファルシネとムーガンもここぞとばかりに口を挟んでくる。


「班対抗戦でたっぷり力の差を見せ付けてやる。今から泣いて国へ帰る支度でもしておいたほうがいいんじゃないかね?」



 どうやらルークたちはよほど自分たちの陣容に自信があるらしい。


 周囲には騒ぎを聞きつけ、授業を終えた生徒たちが何事かと集まりはじめてくる。



 甲高い声でせせら笑いしながら廊下の真ん中に立つルークに内心腹を立てながら、アベルも努めて穏やかに言い返した。ヴァンディラの件があったばかりなので、余り目立つような真似はしたくなかったのだ。



「あいにくだけど、君たちに心配してもらうことなんて何一つ無いさ。陸王烏賊の化獣より君たちが強いとも思えないしね」


 それでも陸王烏賊のことを口にした途端、周囲がどよめいた。



 どうやらかなりの難敵であったことがこの数日で伝わっていたらしい。たじろくムーガンを押しのけ、その場を立ち去ろうとしたアベルだが、ルークがしつこくも無遠慮に肩を掴んできた。



「そんなに強いんなら、なおのこと是非手合わせ願いたいねぇ。勿論君の輝かしい評判を断じて疑うわけじゃないが、我々もそれなりに技量があると自負しているのでな」



 押し付けがましい態度にため息を漏らしながら、アベルはきっぱり断った。


「残念ながら僕にはその気は無いよ。この後まだ出なければならない授業があるんだ、その手を離してくれ」



 言いながら肩の手を払いのけるが、ルークはなおも引き下がらない。ムーガンたちと行く手を塞ぎ、アベルが先へ進めないよう邪魔をする。



「なぁに、メロサー先生に話してその辺りはこちらが何とかしておくさ。さあ、早速校庭で手合わせといこうじゃないか」



 いい加減しつこさに苛立ったアベルが殴り倒すという選択を真剣に考え出したところで、バゲナン先生が通りがかった。



「ん。君たち、ん、私闘は禁じられていますよ。ん」


「せ、先生…僕らはそんなつもりないですよ」



 誤魔化しながら離れるルークは「対抗戦で決着をつけてやる」と小声で言い残すと足早に立ち去っていく。バゲナンも立ち去り、後に残されたアベルもやれやれとため息を吐いて歩き出したところで野次馬の一人が横に並び歩きながら声を掛けてきた。



「頑張れよ、俺たちは応援してるぜ」


「えっ?」



 声の主とは先の時間で一緒になっていた記憶がある。クゥレル=グエンジーとかいう、ずんぐりむっくりとしたぎょろ目が印象的な男で、お世辞にも優秀とは言えない生徒だったとアベルは思い出した。



「えぇと…」


「俺のことは知ってるよな。コツラザール先生の授業で何度も会ってるし」


 頷くアベルに、クゥレルは後ろについている二人の友達も紹介した。



「こっちの赤毛がウォード=アクソーズ」


 手を差し伸べてきたのはひょろりとした体の上に糸瓜のような頭を乗せた男だった。



「で、こっちはパオリン=デグリン」


 紹介された、栗毛の髪をくしゃくしゃに伸ばしたそばかすの女の子も、薄汚れた薄青の貫頭衣から痩せ細った手を伸ばして握手する。



 いずれも、アベルと同じか年上なのにくたびれきったような雰囲気を纏っているのが印象的だ。アベルはあえてそのことではなく当たり障りの無いことに触れることにした。



「…驚いたな。僕たちのことを、他の人族は皆嫌ってると思ってた」


 ルーク以外にも『はぐれ者隊』と嘲弄している者がいることはアベルも知っている。



「まあ最初はな。でも今はそうでもないぜ」


 恥ずかしそうにクゥレルは鼻の頭をかいた。



「お偉い貴族連中やそいつらのおこぼれに預かりたい奴は今でもそうだけどよ。俺たちを含めたそうじゃないのは、いい加減ルークの偉ぶった態度にゃげんなりしてるんだ」


「だから、あんたたちがあいつらの高くなった鼻をこてんぱんに叩きのめしてくれることを期待してるって訳」



 ウォードの言葉に、パオリンも頷く。しかし、アベルにはやはりよく判らない。


「…応援してくれるのはそりゃあありがたいけどさ。君たちだって班対抗戦に出るんだろ? だったら自分で…」



 アベルの問いに、パオリンは悲しそうに首を振った。


「駄目。あいつら、めぼしい生徒がいたら金と飯で釣っていくんだから。あたしたちのようなところは細々やっていくしかできないの。班対抗戦の結果によっては、ここを出て行くしかないわ」


「ちぇっ、レイニストゥエラのときと同じか…やり口が汚いな」


「訓練するにしても、それ以前にまともに飯食えてねぇからな…最近は腹減りすぎて身が入らねぇ。あいつらみたいに金がありゃ装備も飯もなんとでもなるが、田舎貴族の三男坊の俺みたいな連中は無い無い無いの無い尽くしだからな。ルークとの一対一ならともかく、班対抗戦じゃまともに相手にならねぇよ」


 クゥレルもまた首を横に振る。



「…それじゃ普段どんなもの食べてるんだ?」


 彼らの言葉に興味を持ったので教えてもらったが、それを聞いてなるほどとアベルは納得した。



 コツラザールの授業に出ていたクゥレルはまだ野芋の素焼きを食べられている分だけましで、そうでないウォードたちとなると晩飯は大抵適当に摘んできた野草をお湯に浮かせ、塩をかけただけの代物が精一杯なのだそうだ。


 そうなってしまったのは、採取学の授業がコツラザールの気弱な性格につけ込んだ貴族の子弟が傍若無人に振舞うせいで野芋の探し方といった基礎的なところまでしか進められないせいだ(これもまたルークたちが嫌われている一因となっている)。


 アベルの班は仲間のおかげで食卓が豊かになったが、知識の無い他の生徒はどうにもできない。



 ともあれ、これでは確かに戦闘技術を身につけるどころの話ではあるまい。ルークの引き抜きに応じる者が出るのもやむを得ないと言えよう。



 少し考えたアベルは、改めてクゥレルたちを見渡した。


「もしよければ、放課後僕たちの教室に来られないかな?」



 まだ、具体的にははっきり何をしたらいいという案はない。それでも、もしユーリィンたちと組めていなかったら、きっと彼らの中に自分も混じっていただろう――そう思うと、アベルはこれ以上彼らを見てみぬふりすることができなかった。



「ん? 何するんだ?」


 まだ具体案が無いので、アベルはその場で言及するのは避けておくことにした。



「そうだね…こうやって知り合えたことだし、よければ色々話し合いたいんだけど…どうかな」



 クゥレルは怪訝そうにパオリンたちと顔を見合わせたが、


「まあ…ほかにやることも無いしな。行くよ」


「あたしも構わないわ」


「なら俺も行くよ」



 ウォードたちに異論が無いことを見て取り、クゥレルも立ち寄ることを約束した。


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