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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
18/150

第5話-1 アグストヤラナの理念 



 学府へ帰ったアベルたちを見る他の生徒たちの視線は冷たかった。



 ルークのように隠す気が無い者は別としても、大半がアベルたちを見てはひそひそ話に興じている。勝手に授業をすっぽかした五人に対しどんな厳しい処罰が下されるのかがもっぱら話題の中心らしい。



 叱られるだろうことは想定していたが、それでもこうまで急速に話が広まり見世物のように晒されるのは予想外だった。武器を取り上げられたアベルたちは、教師陣に連行されまるで囚人になったような惨めな気持ちで教員室へ誘導された。



「まったく! まったく! まぁったーく!!」



 真っ先に口を開いたのはメロサーだった。


 後ろ手で荒く扉を閉めると振り返るのももどかしそうに怒りの声をあげた。ただでさえ細く吊りあがった目が更に横へ引き攣れ、目が開いているのか判らなくなる。



「あなたたーち、なんーて勝手な真似ーを! 授業を勝手に抜けだーし、学府の備品を私事で使うとーは! ゆるせませーん!!」



 アベルたちは壁際に横一列に並ばされていた。



 その前に立ち口から泡を飛ばしながらひっきりなしに怒鳴っているメロサーの背後に、ドゥルガンは腕を組んで腰掛けている。うつむいているせいで何を考えているのか良く判らない。


 翻って少し離れたところには、おろおろしているジーン先生と額の汗をせわしなく拭いているコツラザール先生、落ち着き無く何度も頷くバゲナン先生、顔をこわばらせているアルキュス先生もいる。まだ戻っていないのか、ガンドルスの姿は見えない。



「あなたたちのようなーぁ、不良生徒がぁ、我がアグスぅトヤラナの風紀をーぉ、著しく乱しまーす! そのような者をーぉ、置いておくのーは、他の生徒のためになりませーん!!」



 リュリュが息を呑む声が聞こえた。



「他のみんなは関係ない! 僕が巻き込んだんだ!!」



 アベルの宣言に、メロサーはにやりと口元をゆがめた。



「もちろーん、君には相応の責任を取ってもらいまーす! ですがーぁ、それは他の者の責任とーは、別問題なのでーす! 言うなれーば、止めなかった責任がーぁ、存在するのですからしてーぇ…」


「いいえメロサー先生、私がその責を負いますわ」



 思っていたより重い処分になりそうな雰囲気に茫然自失としていたレイニストゥエラもようやく我に返り、それでも胸を反らしてメロサーに訴えかける。



「レぇイニストゥエラぁ君、君には失望しましーた。君はもう少しーぃ、賢い子だと思ったのですーが…実に残念でーす」



 大仰な動きで首を振るメロサーだが、その嬉しそうに細められた目を見る限りアベルにはとても心からの台詞には思えなかった。



「ともかーく、今回の件は校長に逐一報告させてもらいまーす。まず間違いなく退学処分になるでしょうかーら、各自自室に戻って荷物をまとめておくといいのでーす。あ、あと転送球の弁償もしてもらいまーす」



 ここまでか、そう諦めかけたアベルたちを救ったのは思いがけない相手だった。



「ああ…少し待ってもらえますか、メロサー先生」



 それまで黙って聞いていたドゥルガン先生が口を開いたのだ。彼はこちら――アベルは自分ではなく、隣にいるムクロに視線がいったような気がした――をちらり、と見た。



「なーに、ドゥルガン先生のお手を煩わせることーも、ありませーん! 報告書はーぁ、我輩がまとめーて…」


「メロサー先生」



 止まらないメロサーに、ドゥルガンはゆっくりと良く通る声で呼びかけた。



「少し待ってもらえますか。私はそう言ったんですよ」



 穏やかだが、有無を言わせぬ迫力にようやくメロサーはぴしゃっと口をつぐんだ。



「さて、まず幾つか聞きたいことがあります。少し気になることがありましてね…アベル君」


「は、はい」


「最近の君は非常に真面目に授業へ向き合っているように見えました。そんな君が、突然気まぐれに授業を抜け出し、そこでたまたま化獣に遭遇した…ちょっと偶然が過ぎるように思えましてね。まず、どうしてそんなことをしようと思ったのか、正確に聞かせてもらえませんか? 判断するのはそれからでも遅くないでしょう」



 次いで視線をレイニストゥエラに向け、



「それが終わったら、レイニストゥエラ君にも正確な話をお願いします。まずは彼の説明を聞いてからになりますが、よろしいですね」



 一度口を開きかけたレイニストゥエラだが、余計なことを言うのは得策で無いと判断したのだろう。ひとまずはい、と答えるに留めた。



「では、聞かせてもらえますか」



 このままでは全員まとめて退学処分にされかねない。


 そう判断したアベルは、校長との話に連なる『扇動者がいるらしい』という考えを除き正直に答えた。リュリュが立ち聞きした件りでドゥルガンの顔が一瞬険しくなったが、こうなればもう仕方が無い。



「ふむ…では二人の話をあわせると、こういうことですか。ジーン先生の占いの話を聞き、あなたたちはその予言が信憑性のある物だと感じた。それで自分達で勝手に化獣の生態を観察しに向かった…と」



 尤もではあったがその乱暴な言い分にアベルは内心腹を立てた…が、傍にいるムクロが警告するように微かに頭を振ったのを見てかろうじて押さえ込む。



「…はい」


「そしてレイニストゥエラ君はその際、彼らが話していることを立ち聞きして先んじた…と言う訳ですか」


「…そのとおりですわ。故郷の危機と知りいてもたってもいられなくなり…軽率な真似をいたしました…」



 レイニストゥエラはもう、ドゥルガンの反応のために見るのも気の毒なくらいしょげていた。



「ふむ。そうですね…君たちにはここでの授業以前に、基本的な道徳をまず身につける必要がありそうです。ですが、それは今は置いておきましょう。アベル=バレスティン」


「は、はい」



 突然名前をフルネームで呼ばれ、顔を上げたアベルはドゥルガンと目があった。



「あなたは、何故我々に相談せず化獣がいると思しきところへ行こうと思ったのですか?」



 ドゥルガンの黒い瞳はアベルの心を見透かすようにじっと見据えている。アベルはこの質問こそ、彼がもっとも聞きたいことなのだと直感した。



「…時間が無いように思えたからです」


「それはどうしてですか?」



 ちらり、とアベルはメロサーのほうを見た。メロサーは怒りからか、顔を青白くしている。



「その…ありていに言って、先生方も…ジーン先生の占いを、あまり信用されていないように感じたからです。校長なら信じてくれたかもしれないと考えましたが、いないと聞きました」



 なるほどとドゥルガンは頷いた一方、ジーン先生は目を丸くしている。



「それはそうでしょう。実際、私もまたかと思っていたでしょうね」



 その言葉に、ジーン先生がかっと顔を紅潮させたが口を挟むことはしなかった。



「ですが、ならば尚のこと動くことに結びつかなさそうですが。それでも行動した理由は何でですか?」



 どう答えるか迷ったアベルだが、ひとまず嘘をつかないことを心がけた。



「…僕は過去に、化獣によって大切な人を喪いかけました。ここに来たのは、そのときの後悔を忘れられなかったからです」



 教師たちに、微かなどよめきが生まれた。



「今回、同じような目に合っている人がいるかも知れない。そう思ったとき、僕は動くべきときだと思ったんです」


「なるほど」



 しんと静まり返る中、少しの間を置いてから再びドゥルガンが尋ねた。



「…もしや、校長に切りかかったのも、そのことに関連しているのですか?」


「はい。…といっても、誤解だったと今では判ってますけど…」



 今度はたっぷりした間をおいてドゥルガンは大きく息を吐いた。つられて周りの何人かからもふぅという吐息が聞こえてくる。


 気まずい沈黙を打ち破ったのは、またしてもドゥルガンだった。



「私たちはあなたに対して誤解していたようですね」



 そう言うドゥルガンがはじめて見せる、柔和な笑みにアベルは驚いた。



「校長が何も言わなくなったことを見る限り、あなた方の間にあった誤解が解けたらしいことは感づいていました。その上であなたのここしばらくの変化を見ていましたが…どうやら、あなたは当初私が想像していたより、余程この学府向きの人間だったようですね」


「それじゃあ…」



 ドゥルガンはうなずいた。



「ええ。今日はもう消耗しているでしょうから、アルキュス先生に診てもらってからゆっくり休みなさい。今日一日は自主訓練も禁じます」


「ですが…」


「はいはい、ドゥルガン先生の言う通りだよ。今はまだ実感が湧いてないけど、実は相当疲れてるからね」



 アルキュス先生にまでそう言われ、アベルは大人しく引き下がることにした。



「結構。今日はしっかり寝ること。レイニストゥエラ君も含め全員、明日の授業は遅れないように。転送球の弁償に関しては、君たち専用の依頼を設けますので、通常の依頼と平行して返済してください」



 これで実質、退学は免れた訳だ。


 途端、リュリュたちがわっと喜びの声をあげた。 レイニストゥエラも嬉しさの余り、隣のユーリィンに抱きついている。



「ちょ、ちょぉおおっとまってくださーい!」



 すかさず反論したのはメロサーだ。



「か、彼らがお咎めなしだなんーて、おかしいのではないですーか?!」



 ドゥルガンの目が、すぅっと細まった。



「おや…妙なことを言いますね。メロサー先生は何が納得できないのです?」


「このようーな、規則を護らない輩はーぁ、校内の風紀を著しく乱すのですーよ!?」


「ええ、ええ、この子達が規則を破ったのは事実ですわ」



 それまで黙っていたジーン先生がはじめて口を挟み、アベルたちは何を言い出すのかと身を硬くして待った。



「ですが、それがなんですの? この子達は、私の、この私のっ! 予言を信じて行動してくれました! 私を信じてくれたわけですわ!!」



 信じてくれたことがよほど嬉しかったのだろうか、興奮と歓喜の念に彩られた眼差しを熱っぽく注ぎながら、ジーンはまるで役者のような大振りでアベルたちの前に庇い出る。アベルはそれまでの心細さから一転し、こそばゆくすらあった。



「こほん。えー…ジーン先生のお言葉はともかくとして。メロサー先生はこの学府の理念をお忘れですか?」


「理念ですってーぇ? それがーぁ、どうかしたとでーも…」



 冷たいドゥルガンの口調に、メロサーがそこまで言いさして止めた。



「戦うだけしかできない兵士ではなく、国や種族と言った狭い範疇に拘ることのない、大切な者を護ることのできる一人の存在として育てる。それこそが、我がアグストヤラナ、そしてガンドルス校長の提唱する理念です。ならば、今回の件はどうみます? 彼らは少なくとも自分達で考え、判断し、自らの力を振り絞り、信念のために立派に戦い抜いた…違いますか?」



 メロサー以外の教師たちも、静かにうなずいた。



「無論、結論に至る考察の過程や、戦闘技術などまだまだ未熟です。ですが、それらは後々教育していくことができます。そのためにこそ、我々教師がいるのですよ」


「ぐ、ぐぐ…」



 それまで黙っていたコツラザールも、額を拭き拭き口を挟んだ。



「それに、考えて見れば今後の実戦を前倒しで経験したと思えば有意義な時間を過ごせたともいえるんじゃないでしょうか」



 瞬く間に劣勢に追い込まれ顔を青ざめさせるメロサーに、ドゥルガンは殊更哀しそうに頭を振ってみせる。



「そもそも、大本を言えばあなたとジーン先生が生徒の聞こえるところで予言の話をしたことがすべての発端でしょう? どうしても彼らに責任を取らせるというならば、まずはあなた方にもそれなりに重い責任を負ってもらうのが筋というものでしょうね」



 ひゅいっと息を呑んでメロサーがぴったり口を閉じたのを機に、こうしてアベルたちの処置に関する議論は終結を迎えた。



「それでは解散して構いません。ああ、誰か一人は詳しい話を聞きたいので…そうですね、ムクロ君。君は私と共に来なさい」


「…判った。じゃあアベル、みんな。また後で」


「うん、後はよろしくね」



 そうしてムクロを残し、アベルたちは職員室を後にする。



「やっと出てきたようだねぇ」



 出てきたアベルたちをにやにや笑いで出迎えたのは、教員室の前にたむろっていたルークたちだった。



「…何のようだい」



 立ちふさがるルークへむっとしながらアベルが口を開く。



「いやなに、今後の君の割り振り方について提案があってね」



 ルークは嬉しそうに口元をゆがめて続けた。



「君がどこから来たにしろ、また国へ戻るのは中々肩身がせまいだろう? 僕も同輩がそのような目に合うのは少々心苦しい」



 苛立ちを覚え、アベルは真っ向からにらみつけた。



「回りくどいな。何が言いたいのかはっきり言ってくれ」


「なぁに、君を僕の仲間に加えてあげてもいいという提案をしにきたんだ。生徒としては無理でも、使用人ということなら僕からメロサー先生にお願いすればきっと何とかなる。君だってその方がありがたいだろう? もっとも、先に君が今まで僕に働いた無礼を謝罪してもらう必要があるけどね」



 どうやらアベルたちが退学するのは確実だと思っているらしい。そうと気づいたアベルはひとまずありがとう、と口にした。



「よし、なら…」



 勢い込んだルークをすばやく制し、本題に入った。



「その気遣い僕は嬉しいよ。だから、この言葉を送らせてくれ。『糞っくらえ』」


「な…?!」



 アベルはきっぱり言った。



「大人しくなんでもいうことを聞く下男が欲しいならよそをあたってくれ。あいにく僕はそんなことしたくもないし、する必要も無いんだ。用件がそれだけなら失礼させてもらうよ」



 目を白黒させているルークを軽く肩で押しのけ、アベルたちはさっさとその場を後にすることにした。



「ちょ、ちょっとお前、そんなこと言って…」



 反論しようとするも意表外の力に体勢を崩し、尻餅をついたルークの傍をつづけてユーリィンがにやにや笑みを浮かべながら通り過ぎていく。とどめにリュリュがべえと舌を出してから飛び去った。


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