第4話-4 いざ学外へ
「すみません、先生」
採取学の授業が開始して十分ほど経ったろうか、アベルが挙手した。
「どうしました、アベル君」
涼しくなってきているにも関わらず、額の汗を拭き拭き一角兎の巣穴にまつわる習性を説明していたコツラザール先生が、またおでこを一拭きしながら振り向いた。
「どうしても体調が優れなくて…保健室に行って来てもよろしいですか」
「あぁ」
アベルの顔の青痣を見て、コツラザールも納得したようだ。丸い顔の中に窮屈そうに押し込められた目鼻は心配そうに見つめており、裏切っているような気持ちになったアベルはいささかばつが悪くなった。
「いいでしょう。えーと」
「それでは俺が付き添います」
ムクロもすばやく手を挙げ、付き添いの意を示す。
「あなたは同じ班の…判りました。それではお手数ですが、よろしく頼みますよ」
手にした手巾で幾度も額を拭いながらコツラザールはアベルたちの退室を許可した。
廊下を抜け、曲がり角に差し掛かったところでアベルはムクロと顔を見合わせる。
「うまく行ったね」
「ああ。だが問題はこれからだ」
予鈴から本鈴が鳴るまでの間に、四人は行動の手順を決めていた。
アグストヤラナは海上にあるため、ヴァンディラに行くには転送球か転送陣を使った転移が必要となる。
鍵が教師によって厳重に管理されている転送陣は論外として。
転送球は手元にこそ無いが、課外授業などで表に出るときに使われる使い捨ての道具で、普段は教員室に保管されている。それは市場に出回っている、使用者が知っているところにしか飛べない安物などではなく、あらかじめ登録しておいた場所を指定して飛べる上物だ。
ジーン先生も使っているはずだから、問題なく転送できるだろう。
「この時間、いるとしたらアルキュス先生だと思うから、そのときは僕がひきつけるよ。ムクロは転送石のほうをお願いするね」
「ああ、判った」
教員室を覗いて見る。
「誰もいないようだな」
「うん。…でも無用心だな」
「確かに。といっても、俺たちが気にするのも変な話だが」
「ふふっ、違いないね」
お目当ての品はすぐ見つかった。入り口側の大戸棚、上から二番目に平たい正方形の木箱が設けられており、そこに普段転送石はしまわれている。
「おや?」
「どうした?」
「鍵が掛かってない…?」
確かに、普段は子供の握りこぶし大のがっしりした黄銅製の巾着錠が掛けられている。
だが、今は錠は外されてすぐそばへ無造作に置かれていた。本来ならムクロが開錠を試みるはずだったが、これで手数が省けたというものだ。
「どこかの授業で使ったのかな。なんにしろ、時間が節約できてありがたいよ」
絹の下地に載せられた使い捨ての転送石は箱の中に縦横三列に並べられており、五つ置かれている。四個足りないようだが、前に鍵を開けた誰かが持ち出したのだろうか?
ともあれ、四人なら行きと帰りで二個あれば事足りるので、アベルたちは二つ取り出すと箱を元あったように戻した。鍵はこのために用意した木屑を鍵穴に詰め込み、奥まではまり込まないようにして軽く引っ掛ける。これで後日補充のために開けるまでは気づかれないだろう。
無事任務を果たし終えたアベルたちは、同様に準備を終えて教室に戻っていたリュリュたちと合流した。こちらは武器を前もって用意してもらってきていた。仮に化獣と遭遇した場合のことを考え、身を護るために準備してもらっていたのだ。
「よし、時間が惜しい。さっさと行こう。転送石の使い方は…」
「大丈夫、ボクに任せて」
アベルの右手の上に載せた転送石に、リュリュが飛びより手をかざし操作を開始する。その間にユーリィンが空いた左手を握り、数珠繋ぎにムクロも手をつないだ。
「じゃあ行くよ。気を楽にして落ち着けててね」
軽く目を瞑り、小声で何かを呟く。アベルは耳の奥に響くような唸りと大気がうねるような動きを感じた。
一拍の間を置いて、転送石を中心として眩い光が部屋に溢れる。光が四人の全身を包み込み、収まった後には四人の姿は消えうせていた。




