第39話-5 ベルティナ
「さて、時間だ。最後の返事を聞かせてもらおうか」
アベルたちが向かう最深部ではそのとき、セプテクトがベルティナに向かい話しかけている最中だった。
「大分痛い思いをしたのだ、そろそろ賢い選択もできるだろう?」
ベルティナは一糸纏わぬ姿で磔にされている。半日の間にリティアナたちと同じくらい成長しており、そのすらりと伸びた四肢の先端と細い頸に絡み付いた光の輪を支点として宙にぶら下げている。白い肌のあちこちに、痛々しい蚯蚓腫れの痕が無数についていた。
「“光の鍵”よ、私に従え。自在に魔素を操れるようになったお前ならば、一柱のみならずすべての神々を呼び覚ますことも可能だろう。神々の力をお借りして地上を我が物顔で占有する肉虫どもを一匹残らず駆除する。そして私とお前とで新たな種族の祖となり、神代を再来させる――それこそが、我々神々への奉仕種族に与えられた定めなのだ!」
「…い、や……」
力弱くもはっきりした拒絶の意思にセプテクトは顔をゆがませた。どこからともなく現れた柳の枝のような細い鞭が音を立ててしなり、ほっそりとした白い太腿を強かに打ち据えられたベルティナの顔がひき歪む。
「もう少しアクセスができればもっと直截に苦しめることができたのだがな…地蟲の十匹二十匹を潰すなど造作も無いが、罠すら起動させられんとはどういうことだ、くそっ!」
いつも同様の単調子な物言いだが、言葉の端々からもセプテクト自身抑え切れない苛立ちがにじみ出ているのが判る。
“製造”された際彼の知覚領域に記述されていなかったためセプテクトは誤解しているが、ディルの山奥深くに造られたこの遺跡は学府地下のそれと同じで、元々神を封じるために作られたものだ。そのため施設全域を自由に使用できる権限は神、或いは同等以上の権限を持つ存在にしか設けられていない。従僕が管理・操作するための施設ではないため、できることには制限があるのだ。
結果、本来自分を迎え入れるはずの(ものと彼が一方的に思い込んでいた)遺跡をすら、思い通りに動かせないことがセプテクトの苛立ちに拍車を掛けていた。
「同列の存在だからと下手に出ていればいい気になりおって…そうまであの下等種族どもに義理立てするか」
「…ぱぱ…まま…」
憔悴しても尚、抵抗の意志を見せるベルティナにセプテクトは鼻で笑った。
「愚かなことを…あやつらは貴様の親ではない。ただの遺伝情報のコピー元、原本にすぎん。いいか、お前は奴らを根絶やしにするために生まれたのだ…この私と同じようにな。さあ、その貴い使命に従うのだ」
「ちがう…」
ベルティナはそれまで項垂れていた頭を辛そうにもたげ、セプテクトを見上げる。
「ベルは…ぱぱと、ままのこ、だよ……。おまえなんかと、ちがう…」
怯えや怒りは無く、ただ哀れむような眼差しにセプテクトはかっと思考回路が熱を覚えるのを感じた。
「おのれ…っ、この鍵風情が!」
気持ち膨らみかけたばかりの胸を無造作につかまれ、ベルティナは小さくうめいた。
「人の姿を真似したことで自分も人間になったつもりか! ただの木偶の分際が!!」
怒りのまま握り締められた、ささやかな膨らみが爪を立てられた先から赤い鮮血を滴らせていく。ベルティナは今、自らの体の中を人そのものに限りなく近く作り変えていた。
「作り物の血、作り物の体がそんなに惜しいか! 下らん!! 折角の鍵が使い捨てになるのは惜しいがもういい、そのすべては神のためにあるものだということを私自らはっきりさせてやろう!!」
ぶわり、とセプテクトの髪が逆立つ。長い裾を持ち上げるようにして下から姿を現した無数の細い鋼索がセプテクトを中心にしてばらりと広がり、鎌首をもたげた蛇の群れのように先端をベルティナへ向けている。
「こうなれば貴様はもういらん。その肉体も核鋼も虚空に帰せ!」
一斉に鋼索が全身到るところに突き刺さり、ベルティナは悲鳴をあげた。
髪、爪、皮膚、ありとあらゆる部分が鋼索の触れた先から光の粒子となって爆ぜていき、虫食いのように肉体を削り取っていく。ひとつひとつは小さくても、鋼索の数が多すぎるため瞬く間にベルティナの小さな肉体に虫食い穴が広がっていった。
「ぁあああーーーっ! ぱ、ぱぁ…まぁまあっ!!」
肉体と共に分解されつつあるベルティナは声帯を失っても尚、父母を呼びつづけていた。




