第39話-4 邪神の眠る地へ
再びディル皇国領内へ戻ってきたアベルたちがアリウスの教えてくれた遺跡へ通じる王宮内の隠し通路を抜け、監視を警戒して岩陰に身を隠しながらユーリィンを先導に木立の影をすり抜け進んでいく。
そうして目的地へと到達したときですら、ディルの山間には無数の剣戟の音が木霊していた。夜空には星が瞬きはじめたにも関わらず、戦火の灯りが夜空に照り映えている。
「この音…」
「ああ。きっとみんなが戦っているんだ」
「負けられないわね」
ユーリィンが呟くが、皆思いは同じだった。一様に頷きあい、扉の残骸を踏み越え遺跡へ入った。
中には星明りがまったく届かず、微かに淀んだ匂いが鼻をつく。手早く灯りをつけると、二列縦隊で進んでいくハルトネク隊。
何匹かはぐれたらしき化獣や罠と遭遇したが、いずれも危うげ無く片付けながら遺跡を奥へ、奥へと進んでいく。
幸い、人間の形を残した帰りの足跡が一つしかなかったので、追跡するのは比較的容易だった。
十階層ほど下っただろうか。
剣先に灯りを灯しても尚暗い遺跡の中、やや開けた場所に出たところでこの先の道を確認するためムクロとリュリュが先行して偵察に行ってもらっている間、アベルはふと気になっていたことを尋ねた。
「そういえばリティアナ」
「うん?」
「出掛けに一人だけ、理事長と話してたみたいだけど…何を話してたんだ?」
転送陣に乗る前までリティアナは何かを考え込んでいたが、直前で二人だけで相談したいことがあると誘ったのだ。相談自体はすぐに終わったものの、リティアナがどこか吹っ切ったような反応になったこと、そして逆に別れ際まで理事長が思い悩んだような表情を見せていたのが妙に気になっていた。
「別に、ちょっと思いついたことがあったので確認しただけよ。大したことじゃないわ」
リティアナは視線を反らし言った。その先にはリュリュが置いていったクロコがある。
「そうか」
彼女が何か隠しているらしきことはすぐに気づいたが、アベルはあえてそれ以上踏み込むことは避けることにした。すべて終わった後にでも聞けば済むことだ。
「ただいま~」
「戻ったぞ」
「お帰り、様子はどうだった?」
ほどなくして偵察から戻った二人から報告を聞く。彼女たち曰く、少し見た限りでは取り立てて警戒されている様子は無いし、化獣兵が組織的に潜伏したり徘徊している気配も無さそうに見える。
「二人はどう見る?」
「外に大半が釣り出されたか、或いはベルティナに専念していてまだ気づいていないか…じゃない?」
「さすがにそれは楽観過ぎるだろう。何か罠が仕掛けられているのかも知れん」
どちらの意見もそれなりに説得力がある…が、どちらにしろ推測の域は出ない。ここから先がどうなるかは現状判断のしようが無かった。
伏兵に関してはこれまでどおり適宜対応することにして、次にアベルはリュリュへ確認できる範囲内で錬金術を使った罠があるか尋ねた。
「罠も、遺跡に依存するものはこの辺になると動いてないみたい。魔素がまったく感知できないことから見て多分機能自体が死んでるんだと思う」
「そうか。それはありがたいけど、どこまでその幸運がつづくかな」
ため息を吐くアベルに向かい、ユーリィンが慰めた。
「他の遺跡を探索するのと同じことよ。むしろ途中までの情報がある分幸運だと思わなきゃ。そしてその情報を当てにしすぎないようにしないと」
「それもそうだね」
気持ちを切り替え、アベルは立ち上がった。
「よし、それじゃあそろそろ進もうか。リュリュ、ムクロ、また案内を頼む。殿はユーリィン、頼んだよ」
指名された三人が真剣な面持ち頷く。張り詰めそうな緊張を孕んだまま、一行の探索行は再開された。




