第39話-3 人々の戦い
ディル皇国、ベンナグディル城前の広場ではアグストヤラナに先んじて激戦が再開していた。
「五番隊、七番隊、馬車を倒せ! ええい、水はもういらん捨て置け! どうせ突っ込んでくる奴が全部化獣だ、残った部隊は馬車を盾に食い止めて援護しろ!」
デザムがひっきりなしにがらがら声で指揮を出している傍で、兵士たちが水を積んできた馬車を片っ端から横倒しにして城門とつなぐ道を塞いでいる。彼らは今、広場に集まりベンナグディル城の城門前を封鎖してあふれ出ようとする化獣たちをせき止めているところだった。
「ええい、こんなことなら部隊を下げさせるんではなかった! まったく手が足らん!」
デザムが吐き捨てるように言う。
事実、彼らは元の三分の一以下の数で化獣兵の群れと戦っていた。敵の数は当初より格段に減っているものの、自軍も弱体化しているため戦力は拮抗…いや、若干押されている。
アベルたちが学府へ戻った後、両軍は戦力を大幅に減らしていた。
目標であるレラザールの弑逆が無事成った以上、ディル皇国の進軍は当然止まる。オルデン公国軍はデザムが平和協定を取り決める際の後ろ盾として――どの国に対してかはともかく――大部分が残っていたが、あまり影響を受けない他の国としては戦闘が終わった以上兵を無為に残す将兵はいないのは当たり前な話で、必要最低限の兵だけ残し大部分は自国へ帰還してしまっていた。残された、転送玉を持たない部隊はディル公国の転送陣を当てにして、城下を下ったところに各国陣を敷いて休んでいた。
一方、デザムは(可能性は低いと踏んでいたが念には念を入れて)町の人々による夜襲を警戒していた。部下たちを周囲が良く見渡せる広場に集め、露営の準備に取り掛からせていたのだが、それが幸いして敵の初動に迅速に対応することができたのである。
よもや城内から化獣兵の新手が現れるとは思わなかったため、幾つかの部隊は不意を突かれた結果残念ながら壊滅してしまったが、もしデザムが他国同様自軍の兵を下げていたならば夜の森に紛れ込んだ無数の化獣兵を相手しなくてはならないところだった。仮にそうなっていた場合、被害は数倍、或いは数十倍になっていたことだろう。
「援軍要請はどうだ!」
「今向かっているところであります!」
「えぇい糞、肝心なときにいないとは…良いかお前たち、決して化獣を広場から先に進ませるな! ディルの民に被害が広がる前に、押し留めねばならん! 踏ん張れ!!」
デザムの声に、兵士たちが声を上げて応える。しかし、戦いは気合だけでどうにかなるものではない。
「ぎゃあっ」
七番隊で馬車を抑えていた最後の兵士が悲鳴を上げた。立てた馬車に背を預ける形で抑えていたが、荷台部分を噛み破った化獣兵にばっくり背中を食われて絶命している。
「くっ、誰か!」
「駄目です、もう手隙の者がいません!!」
「ええい、仕方ない!」
デザムが剣を抜き、荷台から顔を覗かせている化獣兵の口吻へ突き込む。そして蹴り飛ばすが、この隙に仲間の屍を踏み台にして乗り越えてきた新手が左手側に降り立ち飛び掛ってきた。
「むっ」
反射的に左手で振り払おうとする…が。
「しまった!」
少し前の戦闘で、肘から先を失っていたことを忘れていたためその攻撃は空ぶってしまう。体勢を崩し、体を大きく開いてしまったデザム目掛け化獣兵が大きく口を開いた。
後ほんのわずかでデザムの喉笛を食い千切るはずだった化獣兵はしかし、そうする寸前で頭が後ろに跳ねた。
デザムの背後から飛来した矢が、化獣兵の眉間に深々と突き刺さったためだ。
「ご無事か!」
年若い王の声で、ようやくデザムは援軍がきたことに気付いた。
アリウスが指示すると付いてきていた兵士たちが散開し、デザムの部下たちと入り混じり化獣兵たちを押し戻す。
「おお、アリウス王。おかげで命拾いしましたぞ」
「なんの、こちらこそ。将軍が時を稼いでくれたおかげで、兵士たちを集めることができた。他の国々の兵も遅ればせながらやってくる。そうなれば後は押し切るだけだ」
「よし! 頼んだぞ、皆の者!」
「おうよ、任せとけ! その代わりちゃんと報酬は弾んでくれよぉっ」
そう叫び飛び出した者たちが全員魔人だと知り、デザムは驚いた。
「王子、彼らは…」
「うむ。彼らは我が国の暗部で働いてきた魔人たちだ。ある男の尽力があって協力を取り付けることができた」
「しかし…宜しいのですか?」
デザムも、ディル皇国における魔人族の扱いがどんなものかは知識程度ではあるが知っている。だが、アリウスは力強く頷いた。
「無論。むしろこのときこそ、彼らが認められる好機。各国の民がハルトネク隊を中心にまとまった。なれば、我が国も古き因習に囚われることなく先に進まねばならぬ!」
「なるほど、確かにその通りでしょうな…む?」
助け起こされたデザムが、はっとした表情で耳飾りに手を当てる。
彼の耳に提げられている赤い石の耳飾りは、遠くにいるものと双方向で会話するための錬金具だ。デザムはしばらく顔をしかめて話を聞いていたが、聞き終えたところで一つ頷くと剣を突き上げ声高に疾呼した。
「全軍、聞け! 今、アグストヤラナよりセプテクトの狙いがわかった。奴は、どうやら最奥の遺跡に潜り込み、邪神を蘇らそうとしている。邪神の力を借りて我々フューリラウドに住まう民すべてを一掃するつもりだ! ことはもはや化獣兵に侵食されたディル皇国だけの話ではない!!」
兵士たちに動揺が走る。しかし、その声を掻き消す声量でデザムはつづけた。
「うろたえるな! 今このときもハルトネク隊がセプテクトを追撃しておる。ここで突然化獣兵が現れたのは、それを阻止するためだ。もはや心配は要らん、彼らならばきっと阻止してくれよう。我らが戦いは、彼らを支える戦いと知れ!」
魔人たち前方からだけではない、背後からも鬨の声があがる。天人族をはじめとした援軍たちも無事合流したのだ。
それを知り、アリウスもデザムに向けて頷くと彼につづき剣を天へと突き上げる。
「この反撃は所詮謀反人セプテクトの最後の足掻きに過ぎぬ。ここまでは奴にしてやられたが、余が王位に着いたからにはこれ以上彼奴の好きにはさせぬ! 兵たちよ、今こそ種族、国の垣根を乗り越え、互いに隣人を補い合い、化獣兵の侵攻を食い止めよ! これ以上セプテクトの好きにさせるな!」
すでに戦っていた兵たちも、気勢を上げ盛り返した。
「どこにいるか判らぬが見ておれ、セプテクト。余らは貴様なぞには決して屈しぬ。人々の力、思いを侮り、踏みつけにしてきたことを今宵思い知るが良い」
兵たちのどよめきが化獣たちを飲み込んでいく。
アリウスは戦火に照らされるベンナグディル城を見据え毅然とした面持ちで呟いていた。




