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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
143/150

第39話-2 アグストヤラナの生徒たち

 何事か、怪訝そうに見つめる生徒たちの視線の中をデッガニヒはでっぷり太った腹を揺らしながらゆっくり横切り、唐突に戦いに巻き込まれた生徒たちの泣き言や罵声をたっぷり浴びながら学府校舎の正面に立つ。



 そこで眼前の生徒を見渡し、一つ咳払いしてから口を開いた。



「諸君!」


 怒鳴っているわけでも無いのに、胴間声が学府全体をびりびりと震わせる。



 校庭にいる生徒たちを一望したデッガニヒはその場にいるものの注目が集まったのを見て取ると、普段見せたことのない真剣な面持ちでつづけた。



「まず、突然の戦闘に巻き込まれ、ようやく一息ついたところをこうして集められたことについて何事かと不安に思う生徒が多かろう」


 生徒たちがどよめく。



「俺たちを巻き込むんじゃねぇ!」


「学府はあたしたちを守ってくれるんじゃないの?!」


 そう騒ぐのを聞き、ネクロが肩をすくめて小さく嘲笑った。



「呑気だねぇ、まったく。自分たちこそ誰かを守るためにここにきたんじゃねぇのかよ」


 ルークはというと苦々しい面持ちで黙っている。



 そんな生徒たちの恨み言を無視してデッガニヒはつづけた。



「急にこの学府が襲われたことで、何故自分たちが襲われねばならんのかという不満を持つのは当然のことじゃ。じゃが、それについて、わしはかつてないほど重要なことを伝え、そして今諸君に今一度剣を手に取り立ち上がってもらうために来た。それを聞くのも聞くのも聞かぬのも自由じゃ――わしらは諸君らを止める術を持たぬ。死ぬのは誰でも怖いことじゃからのぅ。しかし、聞かずにこの場を立ち去るものは一年後、或いはもっと早くに焼き尽くされた故郷をさ迷いながら死ぬ寸前まで己の選択を後悔することとなろう。それでも構わぬという者だけ、()()ぬるがよい」



 ざわざわと生徒たちが互いの顔を見合わせる。


 やがて何故自分たちがこのような理不尽な目に会わないとならないのか、その混乱を象徴するような質問がぶつけられた。



「ハルトネク隊がディル皇国の王子をかくまったと聞いたぞ! 学府が化獣に襲われたのはそのせいじゃないのか!!」


「ベルティナという餓鬼だって怪しいぞ!」


「違う。むしろ逆じゃよ」


 デッガニヒは遠くにいる生徒にも伝わるよう、穏やかだがはっきりした声で否定した。



「仮にアリウス王との関わりが無くとも学府は狙われておった。なぜなら、敵の狙いは学府の地下深くに眠る邪神にあったのじゃ。邪神を蘇らせ、世界を滅ぼす…そのため、邪神を蘇らせる生贄としてベルティナが(さら)われた」


「邪神だって? はっ、そんなもの御伽噺じゃないか。何より、とうの昔に死んだはずだろ」


 先ほど野次を飛ばした生徒が嘲笑う。だが、すぐにその顔が引きつった。



「ほ、ほ、なるほどなるほど。そなたは齢十幾つにしてこの世の深遠と(ことわり)を知ったと申すか。わらわとて為し得ぬ事を遂げるとは、なかなかに興味深い」


「ひいっ?!」


 ぬらりと細い指で顎下をなぞられ悲鳴を上げた生徒は、突然背後に現れ自分を艶然と見下す相手に情けない悲鳴をあげた。人垣が二人を中心にわっと離れ、円形に空き地ができた。



「さて、わらわがその死んでおったと決め付けたものじゃが…どうしたら納得できるかぇ? 邪神の呼び名に相応しく、そなたの顔を切り離し、背中にでも張りつければ判ってもらえるかや?」



 そう囁きながら、指先に小さな光の球を作り出す。どれほどの熱量を持っているのか、豆粒より小さいそれに触れた自身の剣の飾りがしゅっと音を立てて消滅したのを目の当たりにした生徒は言葉を失った。



「やれやれ…理事長、時間が無いんじゃ。そのような戯れは控えてくれんかのぅ」


 止めるように注意するデッガニヒだが、その瞳は満足げだった。理事長は艶然と微笑みながら一足に飛び上がると、デッガニヒの後ろに降り立ち生徒たちを睥睨(へいげい)する。



「さて、時間が無いから、神の存在証明について納得できん者は改めて別の機会に後ろにいる理事長と二者でゆっくり話し合ってもらうとして…この場において重要なことは、今まで秘されておったが、ここアグストヤラナは世界を滅ぼそうとした一柱、法神ミュルオーナを封じる役割をもって造られた、ということじゃ。そして、同じくして別の神――戦神シュミリックがディル皇国にも封印されておった。わしらを襲った敵は、そのどちらか――あるいはどちらも手に入れようと画策しておる」



 そこで一旦区切り、デッガニヒは今度はやや硬い口調でつづけていく。


「ディル皇国も、そやつに体よく使われたに過ぎん。八年前…いや、おそらくはもっと前から雌伏しており、ディル皇国を隠れ蓑として己が野心のために策謀してきた…実に恐ろしく狡猾で、かつ残忍な奴じゃ。ディルの先代国王は文字通りの傀儡とされ、オルデンやルトヴィネア、ニーアセンドといった周辺各国も、いや、それどころか遥か離れた地であるヴァンディラにまでその魔の手を伸ばしておった。しかし、(いず)れもハルトネク隊とベルティナが暴き、防いできたのじゃ」



 そこまで聞いた一部の学生たちがざわめく。


 オルデンを中心として連合軍が形成されたという情報は伝わっていたが、政情に明るい一部の生徒はその動きが異様に早いことを知っていたようだ。



「判ったかの? ハルトネク隊がこの問題を引き寄せた訳ではない。むしろ彼らこそが世界を救わんと戦ってきたのじゃよ」


 ざわめきが一際大きくなる。しかし、デッガニヒは更に声を張り上げ弁舌をふるった。



「ひとまず話を戻そう。我々の敵は邪神を蘇らせるため、ありとあらゆる手を使ってきた。時には国の廷臣、時には一国の王、時には我らが学府の教師までをも手に掛け、手勢とした」


 幾人か、勘の鋭い生徒が息を呑む声が聞こえた。



「じゃあ、ドゥルガン教頭も…」


 その機を、デッガニヒは逃さない。



「そう、その通り。諸君らの敬愛したドゥルガン教頭も、きゃつの手に掛かり、命を落とした。そして先ほども、ガンドルス前校長の命を奪いおった!」


 生徒たちの間に、明らかな動揺が走った。



「現在我々は、一大戦乱の真っ只中におる。それは、傍目には我々とは関わり無い戦いであったように見えよう。それに巻き込まれた、不遇だ――そう嘆く生徒もおろう。じゃが、その実は違う。この戦いの首謀者は――罪無きディル皇国を化獣兵の温床と変え、各国を巻き込んだ戦争を巻き起こし、古の邪神を蘇らせ、フューリラウドに息づく民草を遍く焼き尽くそうとしておる。この戦いは、一人の男によってはじまった、フューリラウド大陸に存するすべての国家・民族・種族、あらゆる者を巻き込んだ一方的な殲滅戦なのじゃ!」


 もはや、デッガニヒの弁舌の前に(しわぶ)き一つ無い。



「神を封ずるアグストヤラナにとっても不倶戴天の敵――そいつの名はディル皇国元宰相セプテクトじゃ。化獣を使いブレイアという村を滅ぼし、ヴァンディラを壊滅させようとし、ディル皇国を矢面にして手駒を増やし邪神の復活を目論んだ――ただ一人でじゃ。まこと、恐ろしい相手じゃ。じゃが、そいつの策略を(ことごと)く食い止めた者たちがおる。今一度言おう……それこそがハルトネク隊なのじゃ」


 そこで一旦区切り、デッガニヒは生徒たちの反応を見る。そしてここからはしばらく声の調子をやや落とし、生徒たちの注意をひきつけた。



「ブレイアが滅ぼされた後、一人の少年が真実を知るためアグストヤラナへ来た。そこで彼は信頼の置ける仲間たちを得て、ヴァンディラの蹂躙を阻止した。また、傀儡とされた副校長の魂を開放してやり、ディル皇国の未来を憂える真の王を救い出した。そして、これからはフューリラウド大陸に住む民草の命を守るため、邪神復活の阻止に赴く。その少年は、英雄ではない。諸君らと同い年の、ただの少年なんじゃ。幾度も傷つき、打ちのめされ、それでもなお大切な者を守るために立ち上がりつづけただけの、何も変わらん同輩じゃ……諸君らは、それを聞いて何とも思わんのか!」


 デッガニヒの叱声に、生徒たちは静まり返る。もはや、不平を漏らす声はぴたりと止んでいた。



「よいか諸君、改めて言おう。この戦いは決して避けられる、息を潜めてやり過ごせる不幸などではない――アグストヤラナの、いや、フューリラウドに住まうすべての民が、これからも生きていくために受けて立たねばならぬ挑戦なのじゃ!」


 デッガニヒが勢い良く拳を天へ突き上げる。生徒たちの視線はその動きに釘付けになっていた。



「諸君らには今ひとたび、半時後にこの学府に攻め入る化獣兵の群れと戦えとわしは命じなくてはならぬ。二度と剣や杖を振れない不具にされるやも知れん。あるいは本懐適わず命を散らさねばならぬやも知れん。辛いじゃろう。恐ろしいじゃろう。詫びて済むことではないと判っておる。じゃが…ここでわしらが負けたならば、セプテクトが蘇らせた邪神はフューリラウドを焦土に変えよう。そのときはこの学府だけではない、諸君らの故郷の家族も、友も、幼馴染も、愛する者も、いずれも等しく灰燼に帰す。それを許せる者はおるか? 戦わずして死を望む者がおるか! 死線で戦う同輩より先に諦めることを是とする者がおるか!!」


 そう言いながらデッガニヒは生徒たちを一瞥する。


 生徒たちのは今、誰もが鋭い眼差しでもってデッガニヒを見上げていた。



「諸君らがこの学府に入学したときの気持ち、そしてそのときの教師たちから伝えられた言葉を今一度思い出して欲しい」


 デッガニヒは一旦区切り、今度は静かに語りかける。



「ガンドルス前校長、そして大食堂にて痛み苦しむ友たちは諸君らを生かすために戦った。気高く散った校長の願いに報い、名誉の負傷を追った同輩を守れるのは、生きておる諸君しかおらぬ。彼らの後を継ぎ、あるいは彼らを守ることができるのは後に残されたわしらの責務なのじゃ」


 生徒たちに、さざなみのように言葉が走る。



 だが、それは動揺ではない。



 互いに鼓舞し、支え、或いは奮起する生徒たち。



 興奮の波が落ち着くのを見計らい、デッガニヒはぐっと顎を引き腹に力を込め、よく響く声で生徒たちに問いかけた。


「さて、改めてわしは諸君らに問う。諸君らは率先して戦う気があるか。黙って死することを良しとするか! はたまた世界のために命をささげる勇気があるか! 国や種族と言った狭い範疇に拘ることのない、大切な者を護ることのできる一人の存在となる。それこそが、このアグストヤラナにおける理念じゃ。そして、諸君らはハルトネク隊同様、一兵一兵がその理念を体現できる誇りある者たちである――わしは、そう信じておる」



 生徒たちは一斉に立ち上がり、手にした剣を、杖を、斧を天へ向けて突き出す。


 その様子を見ながら、デッガニヒはやれやれと額の汗を拳で拭った。



「やれやれ…進軍前の演説など十年近くご無沙汰じゃったが、どうやら上手く行ったかのぅ?」



 どよめきが鯨波(げいは)となってうねっている。こうして今、アグストヤラナは最後の敵を迎え撃つ準備が整った。

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