第39話-1 友
夜闇に包まれようという時間になって尚、アグストヤラナの校庭は生徒たちでごった返していた。
剣を研ぐ者、鎧の傷を確認する者、仲間たちと配置の確認をする者。直接戦場に立たぬ一年であろうとも動ける者はその中に入り、先輩たちの手伝いに走り回っていた。特に生徒がひっきりなく出入りを繰り返している大食堂は今、緊急病棟に変わっており、負傷した生徒たちの呻き声がひっきりなしに洩れ聞こえてくる。
その入り口脇、大食堂の傍ではクゥレルたちが往来の邪魔にならないよう固まりながら今後の予定について話し合っていた。
「おい、聞いたか。陽動隊は志願制だってよ。うちの班員たちはみんな戦闘不能だが、俺はアベルに借りがあるから陽動部隊に参加するつもりだ…お前たちも似たような状況だと思うが、どうするよ?」
「俺も行きますぜ」
真っ先にグリューが応じる。
「先輩たちが死地へ飛び込むんだ。黙って見送るなんて真似できねぇ!」
パオリンが少し考え込んで言った。
「ねぇ、クゥレル。だったら、ここにいる仲間たちで隊を組むってのはどう? うちもみんな、班員が戦える状態じゃないし」
そういう彼女の右腕に巻かれた包帯には血がにじんで痛々しい。
「ふむ…そう、だな。みんながそれでよければ俺は構わんぜ。元々他の隊に拾ってもらうつもりだったからその方が俺はありがたい。」
クゥレルも同意する。この場にいる誰もが傷を負っているが、むしろ辺りを見渡してみても傷が無い生徒の方が探すのが難しいくらいアグストヤラナの生徒たちはいずれも消耗していた。
「あとはウォード、お前も来るだろ」
「…すまん、俺は学府に残る」
一緒に来るものだとばかり考えていただけに、ウォードの答えにクゥレルはちょっと驚いた。
「そりゃまたどうして?」
「なんつーか…」
顔を赤らめ、ウォードは頭をぼりぼり掻いた。
「俺、アルキュス先生が気になっててよ。相手にされる自信もねぇが、傍にいたいって思ってな…」
ウォードの返事にパオリンが目を丸くした。
「あんた、もしかして…」
その物見高い視線を避けるようにウォードは顔を逸らした。
「…わりいかよ。惚れちまったんだよ、アルキュス先生に」
「だけど、アルキュス先生って…」
クゥレルの言葉を遮り、ウォードはああと自嘲するように言った。
「…勝ち目ねぇのは知ってんだ。一生徒と教師、ただでさえ高めの相手なのに、校長、おまけに死人相手ってのは分が悪すぎるやな」
パオリンが驚きに目を丸くする。
「それって本当?」
「ああ」
真剣な表情でウォードは頷いた。
「この間の旅行のときに覗きに行こうとしただろ? そんとき水晶球一個オンセンの傍で落としてたのを帰る前に回収したんだ。映像は見られなかったが、音声だけ残っててよ。そこで聞いちまったんだ」
直後、パオリンは汚らしい害虫に向ける視線と均しいそれを向けた。さすがにグリューとクゥレルも空気を読んで呆れ顔だ。
「…先輩、この場でそりゃあんた、かっこつけて言ってるけど最低ですぜ…」
「う、うるせえ、それはそれ、これはこれなんだよ!」
ウォードはごほんと咳払いした。
「まあとにかくざっくばらんに言っちまうと、やっぱ惚れた女性放っていけねぇ、護りてぇってことよ。だから悪い、今回はお前たちの手伝いはできねぇ。すまん」
頭を下げるウォードだが、その肩をパオリンが叩いた。
「…馬鹿ねぇ、謝ることなんて無いっての。一緒に来ないでくれてあたしも助かるし」
「おう。…ん、最後なんて言った?」
「何も言って無いわよ?」
クゥレルが苦笑いしながら肩を叩いた。
「ま、良いから良いから。こっち気にしないでうまくやれよ!」
丁度そこで、防衛隊参加希望者の点呼確認の合図が鳴った。
「…すまねぇな。それじゃあ俺は行くわ。無事戻ってきたら飯おごるぜ!」
「じゃんじゃん食べてやるから、覚悟しとけよ!」
おう、そう返しウォードは駆けていった。
「さて、しかし当てが外れてたった3人か。ちょっと人が足りないがどうする?」
「適当な奴誘ってもいいけど、ウォードほどの実力がある奴が欲しいところだねぇ」
「なら、俺たちが入ってやろう」
後ろから声を掛けられ、振り返ったクゥロンとパオリンは驚いた。
「ルーク?!」
「それと…ネクロだったか?」
体中に包帯を巻きつけたまま鎧を着込んだルークと、同様に包帯塗れのネクロがお互い睨み合うようにして立っていた。
「あんたら、怪我はいいの?」
「こんな大騒ぎしてる状態でゆっくり寝ていられるかよ。さっさと終わらせてゆっくり休むためにわざわざ起きてきたんだ」
強がるネクロ。
「それに聞いたぞ、ムーガンたちの仇を取る良い機会だとな。だから力を貸してやる、ありがたく思えよ平民ども」
この期に及んでも居丈高なルークの態度に、クゥレルがかちんときた。
「おい、この班の班長は俺だ。それが納得できないなら他所へ行け。俺たちはお前の部下じゃないから従う気はねぇんだ。偉そうに喋るくらいならまだ構わんが、そこだけは絶対譲らん」
ルークは顔を真っ赤にしたものの。
「…判った、いいだろう」
間を置いてからそう答えたことに、クゥレルたちは驚いた。
「へえ。威張りくさるのが大好きなあんたが大人しく他人の下につくなんてどういう心境の変化?」
パオリンの嫌味に、ルークはふんと鼻を鳴らした。
「品性はともかく、お前たちの力は認めている。他の生徒たちよりもお前たちと共にいればそれだけ化獣どもを殺せる。ムーガンの無念を晴らすためならその程度は我慢してやるとも」
目をぎらつかせたルークの表情を見て、ぴゅうとクゥレルが口笛を吹いた。
「…いいじゃねぇかルーク。今のお前ならちったあ好きになれそうだ。んで、ネクロも来るってことでいいのかい?」
「ああ」
こちらは肩の痛みに顔をしかめながら頷く。
「俺も、将軍の敵討ちがしたい。だがハルトネク隊を直接支援できねえからな、だったらちょっとでもムクロが安全に進む手伝いをしてやるのが兄貴としての務めってな」
「…まあ、お前らがそれでいいなら俺たちも構わん。一つだけ、喧嘩だけはしてくれるなよ? それじゃあよろしく頼むな」
新人二人が揃って頷く
「んで話が決まったところで、俺から一つ提案があるんだが」
「提案?」
一同が怪訝な面持ちになるのを、ネクロがにやりと笑い返す。
「ああ。ただでさえ今回の戦いは大戦になるだろう。そこへでちょっと細工をしておこうと思うんだ。ただ、こいつぁ俺一人で何とかできることじゃねぇ。だからあらかじめあの爺さんとお前たちに話を通しておく」
クゥロンたちとルークが互いに顔を見合わせる。
やがて、クゥロンは肩をすくめて言った。
「何をする気か判らんが…面白そうなら乗るぜ」
ネクロはにんまり笑った。
「満足できるとは思うぜ」
「よし、乗った!」
そうやって新しい班が結成されたところで、デッガニヒが教師たちを伴い校庭にやってきた。




