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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
138/150

第37話-2 セプテクトの目的

 ぱっと光に包まれた次の瞬間。



「おお…ハルトネク隊?!」


 仰天したような聞き覚えある胴間声。



「デッガニヒさん!?」


 辺りを見るに、どうやら会議中の校長室に飛ばされたらしい。それまで議論していたらしいデッガニヒが椅子を蹴立てて立ち上がった。



「おお、お前たち無事じゃったか。いや…」


 中央に横たわる遺骸に気づき、息を呑んだ。



「ガンドルス!!」


 アルキュスが、血相を変えて縋り付いた。



「アルキュス先生…」


 気丈なアルキュスは、周囲の目を憚ることなく声を上げて泣いている。


 その光景に、一同は声もなく見つめることしかできない。



「お前さん、もしや…」


「おっと、いまのわらわは“理事長”だ。そちも良しなに頼むぞえ」


 理事長はというと、沈痛な面持ちで向き直ったデッガニヒに構わず、腕組して壁に寄りかかったまま黙って事の成り行きを見守っていた戸口前の男に目を向けた。つられるようにしてそちらを見たリティアナは、その人物に驚きの声を上げた。



「アベルのお爺さん?!」


 アベルの祖父ディアンはしぶっ面を崩さず淡々と答えた。



「…久しぶりだな、リティアナ。手紙で生きていて再会したと聞かされたときは驚いたぞ。息災そうで何よりだ」


「お爺さんはどうしてここへ?」


「そいつに頼まれてな、先ほど到着したところだ。まさか化獣に出迎えられるとは思わなかったぞ。ここはいつから軍学府から動物園になった?」


 デッガニヒがぶっきらぼうなディアンの答えを補足した。



「ガンドルスが意識を取り戻した日に、彼へ文を送るよう頼まれておったのじゃ。到着までに間が空いてしまったが、お前さんのおかげで学府の被害は思ったより少なく済んだ。改めて礼を言うぞ、ディアン」


 それを無視しディアンはちらと生徒たちを一瞥するも、視線を理事長へと向けた。



「それはそうと貴様、何が理事長だ。若作りにもほどがあるだろうが」


「ほほほ、そういうディアン、そなたは大分年をとったのう。苦みばしった良い面構えになったものじゃ」


「抜かせ。…それでどういうつもりだ。久しぶりに起きてわしの孫の精気でも奪うつもりか」


「それも悪く無いがのぅ。此度は止めておこうぞ」


 ころころ笑う理事長にディアンがはじめて口元をほころばせるが、すぐに二人とも真剣な表情に戻る。理事長が室内を見渡し口を開いた。



「旧交を温めるのはここまでじゃ。事態は恐らく、のっぴきならない状況にある。この子らも連れてきたのは、今後について改めて話し合うためじゃ。ここにお主らがおるのが判っておったでな」


 部屋の中央に寝かされたガンドルスの傍に立った理事長はそこで一旦区切り、今室内にいるハルトネク隊、デッガニヒ、アルキュス、そしてディアンをゆっくりと見渡した。



「まずは、わらわの動きが遅れたことについて詫びよう。少し前に起きたは良いが、あやつ――セプテクトのアクセスはわらわが思っていたより強力だった故、しばらくは隔壁の閉鎖に集中しておかなくてはならなかったのじゃ。もし鍵を連れて進入しておったなら、わらわの意図に構わず強制的に目覚めさせられるところであったであろう。あ奴め、どうやら想定していたより上位に位置する僕従であったらしい」


「では…」


 アルキュスの問いに、理事長は深く頷く。



「このままでは、奴の本命――愚弟へアクセスされるのもそう遠いことではあるまい」


 頷きあう教師陣に対し、リティアナたちはまだよく判らないことが多い。



「あの…何が起こってるんですの? それに、どうして私たちはここへ?」


 レニーの質問に、理事長は呆れたような顔を向けた。



「なんと、そなたたちはまだよく判っておらんのか? …いや、知識レベルが伴っておらぬのか。ふぅむ…よし、そなた。じっとしていよ…そなたの魔素から読み取る故な」


 そういうと細い手をそっと伸ばし、レニーのこめかみにそっと触れた。



「ふむ…ふむ。大体そちらの把握していることは理解できた。それを踏まえて説明してゆこう。何より、この者たちにはそれを知る権利も義務もある。異論はあるまい?」


 問われたデッガニヒ、ディアンは黙って頷いた。アルキュスはガンドルスの遺体の傍に屈み込んだまま顔を上げようともしない。



 そんな彼女を無表情に見やった後、理事長はハルトネク隊へ向き直った。


「では、まず本質からにしよう。さて諸君、学習の時間じゃ。そなたらはこの学府が何なのか、考えたことはあるかの?」



 生徒一同は唐突な疑問になんと答えればいいか困った。


「え? それは…もちろん、軍学府、じゃないの?」


 リュリュの回答に、理事長は鷹揚に頷く。



「表向きはそうじゃ。じゃが、そちらもかつて疑問を抱いたことは無いか? 例えば、あの地下遺跡の存在。侵入における不便さ。軍学府というなら、何故船で行き来する先にあるのか」


「それは…」


 言われてみれば確かにそうだった。



 人を預かるにしては、何故か出入りが不便すぎる。他国が出資する学校であれば尚のこと、もっと往来の便利な方が向いているだろう。



「それはの、この学府が設立されたのには本来の目的が別にあったためじゃ。軍学府と言うのは、世間を欺くための体裁に過ぎん」


「世間を欺くため? 何のために?」


「尋ねる前に考えよ。そなたならば推察できるであろ? ガンドルスが苦心して世界から隠そうとしたものを」


 そこまで言われ、リティアナははっとして自分の胸を抑えた。



「まさか…邪神?!」


 理事長が寂しげに微笑んだ。


「世においてはそういう呼ばれ方もしておるな。まあ、一面とはいえ正鵠を射ておる」



「なるほどね」


 そこで得心がいったとユーリィンが納得した。


「みんな、以前あたしが疑問に思ったこと覚えてる? ここの植生が奇妙だって話」


「そういえば、そんな話もしたような…?」


 リュリュたちは記憶を探る。



 確かに、かつてそんなことを話した気がする。当時は結局何も分からないため、あいまいなまま打ち切ってしまったわけだが。



「そりゃあ採る傍から成長するわよ、しないでか。神を苗床にしてるんだからありあまる恩恵を受けられるはずよね。ここは神の体の上に築かれた島なんだわ。違う?」


 ユーリィンの言葉に、理事長は微笑む。



「そなたは面白い観点から見ておるのう…正解じゃ。植生については、取り立ててそうするつもりは無かったんじゃがのぅ。元が膨大なだけに、抑えておっても無意識で溢れる魔素はどうしても外へ影響を与えてしまうのじゃ」


「へえ…さすがはユーリィン」


「視野は広く持つほうがいいという見本じゃな」


 感心するリュリュに理事長は微笑みを浮かべた。



「さて、話を戻すぞ。あやつ、セプテクトは、手違いによって生み出されてしまった僕従であろうな」 


「じゃあ、理事長があいつを!?」


 気色ばむリティアナに答えたのは、理事長ではなくディアンだった。



「それは違う。今のこいつに僕従を生み出す気は無い。ありもしない過去の栄光にしがみつく愚かな純血主義者たちが、朽ち捨てられた古代遺跡を使って生み出したのだろう」


 理事長が頷く。



「弟とわらわは旧態にこだわった父者たちと違い、戦と法の古き名と体を捨て、闇と光の神となりて母神と戦ったのじゃ。すでに神々の時代に未練はない」


「神々? え、でもその神々って邪神と創造神の…」


「ああ、そこから話さねばならぬか。まあよい、心して聞くがよい」


 彼女は滔々と神代の物語を話し出す。


 最初にオルシオンとエリルーヤが顕れ、ミュルオーナとシュミリック、アクナムを生み出した。

 五神はやがて寂しさから数多の命を生み出すこととした。


 世界の元素を司る火・水・風・地の四神をオルシオンとエリルーヤが。

 時間の移り変わりを概念から事象にするための光と闇をミュルオーナとシュミリックが。


 大地に棲まう命をアクナムが生み出した。その中でもアクナムの生み出した生き物たちは多岐に渡り、その働きに感動した他の神々は祝福を与えることとした。


 各神は幾つかの生き物から気に入ったものを選び出し、自分たちに似た姿を与え、『人』と呼称したのである。


 人々は神々の寵愛を受け、数を増やし、文明を築き上げていく。


 しかし、当時死という概念が無かったため増えすぎた人々はやがて荒廃し、争いが耐えなくなった。それを嘆き哀しんだアクナムは母神に相談し、エリルーヤは死の神を生み出すこととした。


 死の神を産んだのは、死することで他を傷つけることの戒めとしてもらいたいがため。


 しかし人々はその想いを汲まず、人々に絶望し滅ぼそうとしているためと受け取った。


 また、ニアフロス・サリュ・フィル・タモルジョは他の神々と比べ人々とより密接に関わっていたため絶望しきっておらず、そのため母神の行動を身勝手なものと受け取った。


 神々の主張は二分され、後に邪神と呼ばれる上位五神とプロヴァを除く下位五神とに別れると互いを信仰する人々を巻き込んだ大戦が引き起こすこととなる。


 百年を超える戦いの後、勝利したのは守護神たちであった。


 強大な力を持つ創生神たちに対抗するため、ニアフロスたちは己の見込んだ種族に力を分け与え、共に戦った。中でも、別ち身を与えた者たちの力は神単体のそれを超えたのである。


 守護神と、彼らとともに戦った戦士たちはオルシオンたちを封印、決着が着いた。


 だが、その結果スダ・ザナ山脈や、死霊の顎と言ったように大陸に大きな疵を残り、また力の本流が周囲の海域にも影響を及ぼしてしまった。


 そのため自らも無用な影響を及ぼすことを懸念した守護神たちは、自らを封印する形で表舞台から姿を消すことを決める。傷ついた大地を癒すため彼らは大量の魔素を放出し、世界の各地で永の眠りに就いた。


 残された人々は守護のために戦った戦士たちを神魔と呼び、守護神とともにその業績を讃えることとしたのであった……


 それは微に入り細を穿つ物語詩であり、世に知られる神話伝承では語られていないことにも触れられていることから鑑みても彼女が正しく神代よりの生き証人であることを示していた。



「すべてが終わった後、世界は深く傷ついておった。それ故、我らもまた自ら眠りにつくことを選んだ。わらわたちの力が下手に利用されようものならこの星の生態系をいとも容易く壊せるからのぅ」


 寂しそうに締めくくる彼女の言葉に、確かにとリティアナも共感をもって同意する。


 そこにいる、というだけでも途方も無い力を持つ相手まらば、利用しようとする者は必ず出るものだ。



 重苦しい沈黙を破ったのはリュリュだった。


「そういえば気になったんだけど、アベルのお爺さんと校長たちとはどういう関わりがあったの?」



 ディアンは一旦嫌そうに眉をひそめたが、それでも答えてくれた。


「…あいつとわし、そしてアルキュスは元々ある国に仕えていたんだ。ガンドルスが将軍、アルキュスは司祭。そしてわしは宮廷錬金術師としてな」


「おじさんが宮廷錬金術師?!」


 はじめて聞いたアベルの祖父の過去に、リティアナは目を丸くした。



「なるほど、それでアベルは文字とか剣の使い方とか色々知っていたってわけね。どっちも一介の猟師がもてる知識じゃないもの」


「…剣は昔取った杵柄という奴で、基礎の基礎程度しか知らんがな」

「お前が納めてるのが基礎なら、普通の騎士は受精卵にも達しておらんことになるぞ」

「…まあ、こんなところに来るだけなら問題なかろう。儀礼用の知識は必要あるまい」


「え、とするともしかして貴族様!?」


 驚くユーリィンへ、苦々しげにディアンは吐き捨てる。



「元、な。今はすでにその国も無いから今更関係ない話だ」


「へえ~。でも、箔がつくからいいこともあるんじゃないの?」


 感心するリュリュに、ディアンは首を振って言った。



「貴族など下らん。あらゆる言動に責任が伴う。宮仕えなどするものではない――ましてや王が暗君であれば尚のことな」


 その言葉に、特に反応した一人がいた。



「私も貴族の端くれ、そのような言葉は聞き逃せませんわ。確かに責任は伴いますが、誇り高い貴族もまたいくらでもいますわ。それだけ嫌うなんて、あなたに一体何があったんですの?」


「お前も貴族か。ならば尚のこと、責任の重さというものを理解できようが…まあいい。何があったか、か…」


 ふぅ、と大きく息を吐き、ディアンはゆっくりと話し出した。ここまできたらすべて話してしまおうと腹をくくったのだ。



「わしがまだ祖国の正義を信じて疑わなかった時分、邪神の復活を阻止するためというお題目の元でガンドルスと肩を並べて戦っておった。だが、実際には邪神を復活させ、その力をもって世界を征服しようと目論んでいたのはわしらの国だったのだ。攻め込んでくる相手を打ち倒すためというお題目は、正義の名の下に何も知らない国民たちを熱狂的にさせたよ。一方で、その動きは周辺国に強く警戒させることとなる。彼らからすれば、被害者面して力を蓄えておるのだから警戒するのは至極当然のことだろう。やがて警戒は牽制、そして先制と代わり、戦いになった」

 ディアンはふぅ、と小さく息を入れる。

「正義を標榜する者同士のぶつかり合いは、人に退くことを許さない――退くということは、自分たちの過ちを認めるということになるからだ。そうしてとうとう追い詰められた挙句、戦いを支持していた貴族連中はそいつを開放した。結果、その力に巻き込まれる形で、その国は周辺国を巻き込んで滅んだのだ。まったく、愚かな話だという他は無い」



 はっと息を呑む声とともに、ハルトネク隊の視線が一点に集まる。その中心にいた理事長は哀しそうに顔を俯かせた。


「そいつを責めるのはお門違いだ。神々が目覚める際、その意識を呼び覚ますためには大量の魔素が必要になる。その魔素を集めて、起爆するのが“鍵”なのだ。鍵が使われた時点で、神々の意思と関係なく復活させられる」



 鍵は一旦使用されると魔素として弾け、更に周囲の物質や大気を瞬時に新たな起爆剤の元となる魔素へ変える。それらは延々と連鎖しつづけ、一定量となったところで神々の動力として吸収されるまで繰り返される。



 彼女自身、どうにもならないことだったのだ。



「一部の欲呆けどものせいで大勢の民が犠牲になった――わしの息子夫婦もその一部だ。すべてを知ったわしは、国家や戦争というもの、そして愚かにもそれらに振り回され人々をあたら無為に死地へと追いやった自分につくづく嫌気がさした。だから国自体が無くなった事をこれ幸いと過去を捨て、孫だけを連れて妻の故郷だったブレイアの山奥へ隠遁することにしたのだ」


 そうした理由があったればこそ、アベルが学府に入学すると言った時彼は烈火の如く怒ったのだ。


 父母を戦で失ったのに、孫までが兵になると言い出したディアンのことを思えば、頑なな態度になるのも致し方あるまい。 



「ガンドルスとはそのときに喧嘩別れしたのさ。あの馬鹿が臆面も無く軍学府を造ると抜かしおったからな、そんなに戦が好きなら勝手にしろと言い置き、わしは縁を切った。…切った、つもりだった」


「…もしかして、校長が封印の手伝いを頼むつもりだった相手というのは…」


 ムクロの推察をディアンは肯定した。



「まず間違いなく、わしだろうな。自慢じゃないが、わしの錬金術における腕は当代一だった自負がある。ここで働いているバゲナンを一から鍛えてやったのもわしだ」


 ほんの僅か、一瞬昔を懐かしむように口元に笑みが刷かれた。



「ともかく、わしはわしの力を再び戦に利用されることを避けて山の中に住むことにしたのだが…そのせいで逆にリティアナ、お前さんの家族と故郷を失う羽目になってしまったことはすまないと思っている」


 そういうと、リティアナに向かって頭を下げた。



「いえ…別に、ディアンさんのせいではありませんから」


 そう、誰が悪いわけでもない。



 ディアンも、ガンドルスも、お互いに最善と考えたことをした結果に過ぎない。



 その思いが伝わり、ディアンはありがとうと答えた。


「過去はともあれ、今度は手を貸してくれるんじゃろうな?」



 デッガニヒが真剣な顔で問いかける。


「流石に今回は傍観するわけにも行くまいな。こいつらが――」


 理事長を横目で見ながら、ディアンは大きくため息を吐いた。


「その気が無くても、神が開放されれば国のひとつやふたつは軽く吹っ飛ぶ。下手をすればこの大陸全土が焦土になりかねんなら、わし一人だけ引っ込んでいるわけにもいかんだろう。手伝うさ」


 心底うんざりしている体だが、ともあれディアンの助力は確約できた。



「それでは早速じゃが、ここへ呼ばれた目的を果たしてもらえるかの」


「え、目的って?」


 ディアンはじろりとリュリュを睨んだ。



「聞いておらんのか?」


「うん、何も」


「そうか」


 ディアンは今度はデッガニヒを眼光鋭く睨んだ。



「おいおい、そう怖い目で睨んでくれるなよ。ガンドルスから聞かされたときは、二人で相談した結果学府の成り立ちや神々について話しておく必要はないと判断したんじゃよ…混乱を招くのは間違いないからのう。ただ、推測が甘すぎた。今となっては完全に裏目にでてしまったわい」


「その落ち度はこれから返上するんだな」


「もちろん、そのつもりじゃとも」


 そういうとデッガニヒはハルトネク隊に視線を移した。



「さて、その目的じゃが…実は諸君らにも手伝ってもらいたいことがある。それは…」


「大変でーす、校長ーぅ!」



 デッガニヒが何か言いさしたちょうどそのとき、特徴ある語調とともにどたどたと廊下を勢い込んで駆けてくる足音が聞こえてきた。校長室の前で止まったかと見るや、叩く間をすら惜しむ勢いで扉が開け放たれる。



「どうしたんじゃ、メロサー先生。そんなに血相を変えて…」


「どうしたーも、こうしたーもありませーん!」


 興奮からだろう、普段より更に抑揚がおかしくなっている。



「ディル皇国からーの緊急連絡でーす、城の奥から突然出現した化獣兵たちーが大量に暴れまわっているーと。投降したディル皇国兵にーも襲い掛かっておーり、現状彼らと協力しーた連合軍との戦闘が再開しているそうでーすが五分五分だそうでーす!」


 その一報に、デッガニヒは顔色を失った。



「なんと…一体どれほどの兵が化獣兵にされたんじゃ…」


「まだ嬉しく無い知らせがあるぞ」


 理事長が淡々と告げる。



「先ほどから、わらわの領域内への頻繁な不正転送アクセスがある。恐らくセプテクトが転送陣で片っ端から兵を送り込むつもりのようじゃ。今はわらわの力でブロックしておるが、数が多すぎて対処し切れそうに無い」


「どれくらいもつ?」


「転送自体の阻止はあと一時間くらいはもつ。転送される兵力の規模、これは今までアクセスを掛けておるものの圧縮容量から推察するに、恐らく何とか学府内の残存戦力でも対処は可能であろうが…問題はそこではあるまい。これは次の一手…恐らく、戦神の復活までの時間稼ぎでしかなかろう」


 理事長がしばし目を閉じて考え込む。



「あの“鍵”はわらわの属性下で生み出されたから、同属性のわらわと違い弟を覚醒させるためには一度ベースコードの一部を弄って管轄権から書き換えねばならぬ。その時間は奴のハッキング能力から逆算するに5482sec…凡そ今から一時間半というところじゃな。あとは、あの鍵が自身で耐えるばかりじゃが…こればかりはどれほど持ちこたえられるか読めぬ」


 それを聞き、ディアンがちっと舌打ちした。



「突貫で作業してぎりぎり間に合うかどうか、というところだな。これ以上無駄話をしている時間はなさそうだ。デッガニヒ、俺はこれからすぐ仕事場にこもる」


 言うなり返事も待たず理事長の方へ向き直る。



「おい、お前も手を貸せ。そうすれば調整用の時間は稼げるはずだ。どこかに工作用にあつらえた部屋くらいあるだろう。そこへ連れて行け」


「うむ、元よりそのつもりよ。じゃがその前に」


 理事長も頷くと、さっと手を一振りする。その手には、いつの間にか二つの転送球が現れた。



「ひとつはディル城内、もうひとつは学府へ戻る球じゃ。特製じゃぞ、受け取れ」


 それをデッガニヒへ無造作に放ってよこす。受け取ったデッガニヒは、一旦考え深げに眺めてから机の上にそれらを置いた。



「なぜ転送球をわざわざ?」


 ユーリィンの疑問に理事長は嫌な顔ひとつせず教えてくれた。



「奴も馬鹿ではあるまい、諸君らが使った転送陣はもはやふさがれておろうが、それを使えば身体に付着した残留魔素からデータを読み取って同じ転送陣へ飛べる…一回分だけな」


 言い換えるならば、現状セプテクトを追撃できるのはハルトネク隊しかいないということだ。しかも一回こっきりの片道切符である。



「そんなぁ、神様なんだからちょちょいっと作れないの? 弟さんのそばにすぐ転送できる道具とかさぁ」


 リュリュの言葉に、理事長がむすっとした。



「神と呼ばれようと、できないことは幾らでもある」


「でも、ボクらより凄い力を持ってるじゃない」


「そういうならば、お前がまずディル皇国へ飛ぶための道具をここに用意せい」


「できないよ、そんな力無いもの」


「術を使える素養を持たない者からすればそなたも力ある者じゃろうて。なれば、そなたがわらわにできないことを押し付けたのと何が違う?」


 すかさずそう言われ、返答に詰まったリュリュにこれ以上構うことなく理事長はデッガニヒに向き直った。



「デッガニヒ、それらの使い道はお前に一任する。彼らに任すならば、お前から説明してやれ――懸念についてもな。さ、待たせたな」


 そうして理事長はディアンの手を掴んだ。空いている手を大きく振ると二人の姿が一瞬にして光に包まれ掻き消える。



「校長ーぅ、我輩ーぃは…」


 指示を求めるメロサーに、デッガニヒはしばし考え込んでから命令を下した。



「うむ…追撃を嫌がって兵を送り込んだ可能性は高かろうが、一方でそう思わせておいて再度法神――理事長を狙う可能性もある。決してこちらもおろそかにできる状況ではない。連合軍が混乱している以上、援軍は望めなかろう……今学府内にいる戦力だけでもう一踏ん張りしてもらわねばなるまいて」


 メロサー先生も頷く。



「コツラザール先生やバゲナン先生ーに、そしーて動ける生徒たち全員と協力して戦いに備えましょーう。動けるもの全員ーに声を掛けーて、校庭に集めておきまーす」


「うむ、頼んだぞ。時間が無い、急いでな」


「バゲナンのところはあたしが行く。ついでに保健室で強壮剤や傷薬を用意してくよ。あいつには必要だろうからね」


 泣き腫らした目じりを拭いながらアルキュスが立ち上がる。



「お前さん、もう少し休んでおっても構わんぞ」


 気を回したデッガニヒに、アルキュスは寂しそうに首を振って答えた。



「…ここで泣き喚いてても生き返りゃしないよ。まだこいつが愛したこの学府を守るために動くほうが(はなむけ)にならぁね」


「うむ…うむ、そうじゃの。…ガンドルスはしばらくそこで寝かせておくとええ。あいつにとってこの部屋は馴染み深かったからのぅ」


「ああ…頼んだよ。それじゃ行ってくる。ほらメロサー、ぼけっとしないで付いてきな!」


「は、はい~!」


 メロサーが意外にしっかりした足取りで部屋を出たアルキュスに伴われ校長室を出て行ったのを見送り、デッガニヒは最後に残されたハルトネク隊を見た。



「さて、そういう訳じゃ諸君。追撃できる条件がある以上セプテクト討伐任務を諸君らに依頼することになる…が、それについて予め説明せねばならんことがある」


 重々しく告げるデッガニヒの表情は、彼にしては珍しく硬い。どうやら言いにくいことなのだと一同は察した。



「恐らく、君たちは連れ去られたベルティナを追うことにもなるじゃろう」


 仲間たちが一斉に大きく頷く。



「それを見越した上で、わしらは君たちに託す。……ベルティナを、殺す役目を」


 息を呑む声だけが部屋に響いた。


「そんなこと…!」

「…どうして、ですか」


「それには、あの少女のことから説明せねばならん」


 かすれ声で尋ねたリティアナを、デッガニヒは辛そうに見やった。



「お前さんたちは地下遺跡に行ったことがあったそうじゃが…」


 突然地下遺跡について触れたことにリティアナは驚いたものの、頷く。



「そこで、何か変わった遺物に触れんかったか?」


 しばらく考え込み、リティアナはええと認めた。確かに、ネクロと戦った後アベルと共に妙な物に触れた記憶がある。



「けれど…それが何か、リティアナと関係するのですか?」


 デッガニヒが頷く。



「セプテクトの動向でようやく判った。ベルティナは、邪神を蘇らせるためにリティアナとアベルから造られた、生きた鍵なんじゃよ」


 校長室がしんと静まり返る。やがて、リュリュが笑い飛ばそうとするようにあははと笑い声を上げた。



「またまたぁ。デッガニヒのおっちゃん、こんなときにそんな冗談いらないから」


「冗談などではない!」


 むっつりとデッガニヒは返した。



「あれは、幼子の形をしておるだけで人ではないんじゃ」


「だ、だからそんな冗談はいらないって…」


 引きつらせた笑みを浮かべようとするリュリュに、デッガニヒは強張った顔で淡々と返すのみ。


「本来真っ先に思い至ってしかるべきじゃったが、あまりに情動が人らしくあったが故わしらも気づかなかった――いや、気づこうとせんかった。じゃが、先だってのことを思い出してほしい。化獣の正体を現すための魔素をただの茶杓に与えるなど、普通の生き物ではできん。ダーダが懐いたのも、高濃度の魔素の結晶体なら従わせるのは簡単なこと。化獣は通常の動物より強く魔素の影響を受ける。リティアナの持つ力と同じ理屈で従わせることができたのじゃろう」


 もはや誰も異論をさしはさむ者はいなかった。



「…ベルティナが人で無いことは判りましたわ。ですが、それがどうつながるんですの?」


「今言ったじゃろう。リティアナと同じだ、と」


 その言葉にリティアナがはっとした。



「それじゃあ、ベルティナは…わたしに埋め込まれたのと同じ…」


 デッガニヒが頷く。



「ベルティナは、脳といえる核鋼と、超高純度の魔素の結晶体から為る素体が組み合わさってできた錬金具なのじゃ…わしらの知識や技術では、再現どころか解析すらほとんどできないほどの高い技術で生み出された、な。当初はセプテクトとやらの狙いがわからなかったから、わしらはベルティナの存在の奇異さに気づきながらも、他人に害を為さねば構わぬと考え存在を受け入れてきた。じゃが、今はそれは失敗だったと断言できる」


 デッガニヒが射るような視線でリティアナをじっと見つめた。



「リティアナ、お前さんに埋め込まれたのは掌大の黒い宝石だったそうじゃが、それこそが魔素の流れを調節する核鋼じゃったのではないかとわしは見ておる。ガンドルスはその当時のことを詳しく話したがらなかったが、恐らくベルティナと同じような者に会い、破壊したのじゃろう。そしてその中から核鋼を持ち帰った…」


「どうしてそんなことを?」


「邪神を蘇らせんためじゃ」


 デッガニヒはきっぱりと答えた。



「“鍵”は、先もディアンが言ったようにその身を構成する魔素を起爆剤とし、核鋼が有縛を引き起こすための制御を司るのじゃろう。じゃから核の方が重要なんじゃ。器とされる力自体は、条件が厳しいとはいえ大量の魔素で替りが効くからのぅ」


 デッガニヒの言わんとすることをいち早く察したリュリュが顔をこわばらせた。



「え?! で、でもそうなると…ベルティナは……」


「そうじゃ。あやつの目的が邪神の復活なら、ベルティナの起爆を阻止せねばならん」


「で、ですがそれらは全部、デッガニヒさんの憶測に過ぎないのではなくて?」


 デッガニヒがレニーの希望的観測を沈痛な面持ちで否定する。もし彼が立っていたならば悔しさに地団太を踏んだことだろう。



「ベルティナが化獣を見破ったという報告が流れていないとは到底思えん…我が校と接触した直後、各国に潜ませておいた化獣兵と突然連絡がつかなくなったんじゃからな。じゃがそれを無視してまであやつが今まで大人しくしておったのは、それより重要なことを為すための準備を整えておったと見るべきじゃろうて。引き際の鮮やかさといい、考えれば考えるほど――もはやベルティナは、もう救出できん可能性が非常に高いと思われる。楽観視できる要素がまるでないんじゃ!」


 そんな、という声を誰かが発する。しかし、つづく反論は出なかった。



「それ故、わしらが君たちに望むのはベルティナの救出ではない。彼女の核鋼を取り戻す。さもなくば――破壊して欲しい」


 沈黙が校長室を支配する。



 しばしの間をおいて、リティアナが掠れる声で尋ねた。



「それは…命令、ですか」


「――そうじゃ」


 デッガニヒの丸い目が、リティアナを正面から捉えている。



「あの子と家族同然に接してきた諸君らの苦悩は察してもあまりある。じゃが…ずるい言い方になるが、今この任務を遂げられそうな人材は君たちしか残っておらん。セプテクトの狙いが何であれ、奴の元で神が蘇れば再びこの世界は崩壊の危機を向かえることになるじゃろう。そうならんためにも、フューリラウド大陸の人々を守るために、あえて君たちに…頼む」


 デッガニヒが頭を下げる。



「……嫌だ」



 だがその頼みは、それまで唯一沈黙を守っていた人物に拒まれた。


 デッガニヒ、そしてハルトネク隊は一様に息を呑んだ。



「アベル…?」



 振り向いた先、部屋のはずれで一人佇んでいた少年は、今や憔悴しきって幽鬼のようにすら見える。


 ガンドルスの死は、誰よりもアベルの心を深く傷つけていたのだ。



「僕たちが…僕が、ベルティナまで殺さないとならない? 冗談じゃない…もう、嫌だ。セプテクトのせいで、校長やダーダも死んだ。ブレイアの人々だってそうだ…何故、あいつのために僕の大切な人たちが傷つき、いなくならないとならないんだ……そうだ、セプテクトだ。許さない……あいつだけは、絶対に許さない……」



 焦点の定まらないままぶつぶつと呟く彼の声には、その場にいる誰もがぞっとする響きが含まれていた。



「ねえ、どうしちゃったの、アベル…」


「いやだ…もう、いやだ。ブレイアも、リティアナも、校長も…そして今度はベルティナまで! 大切な人を奪っていく! セプテクト、あいつがぁあ!」


 リュリュの声も届かず、アベルは自分の紡ぐ言葉だけに捕らわれ慟哭する。硬く握り締められた拳からは鮮血が滴り落ち、彼の涙の代わり絨毯へと降り注いでいった。



「アベル…」


 仲間たちも、アベルの哀哭の前に言葉が出ない。遠巻きに見つめる衆目の中、アベルはゆらりとデッガニヒのほうに歩き出した。



「絶対…手を、出させない。誰が相手だろうともだ! もう、僕の大切な人を奪わせるもんか…誰にも……手を出させない!!」


「じゃがな、アベル…」


 忿怒を迸らせるアベルに、あのデッガニヒすら掛ける言葉を失っている。そうこうしているうちにアベルは机の前に立ち、机上の転送球を奪い取った。



「なら、セプテクトを殺せばいいんだろう! ああ、やってやる、やってやるともさ! 今すぐに後を追いかけて、あいつを殺してやる! 何をしようと、あいつだけは必ず殺してやる!」


 怒気を孕んだ似つかわしくない言葉がアベルから発される。そのときの顔を、リティアナははっきり見た。



「アベル、あなた…!」


 数年の学府生活の中で取り戻した、気弱さすら感じる朴訥で穏やかな普段のアベルはもういない。



 そこにいたのは、正気を失い始業式の日に校長に飛び掛ったのと同じ復讐鬼だった。



 そして、その瞬間リティアナはジーン先生に言われた言葉を思い出した。反射的に手を振り上げる。



「アベル!」


 もう少しで、転送球を使われるところだった。



「ぐっ…リティアナ?!」


 掲げ持ったアベルの手を光の鎖で締め上げ、溜まらず落とした転送球を奪い返されないようリティアナが素早く駆け寄り蹴り飛ばす。そして、空いている手で懐を探ると別の転送球を取り出した。



「リティアナ、何をするつもりだ! 離せ! 僕は、ベルティナを助けに行くんだ!!」


 抜け出そうともがくアベルの怒声を無視し、暴れるのを全力で抑えつけながらリティアナはさっと仲間たちを見渡す。その視線がリュリュで止まった。



「時間を!」


 その短すぎる言葉に怪訝な面持ちを浮かべたリュリュだったが、すぐに何か思い至ったようだ。



「一時間!」


 たった一言のわずかなやり取りだが、二人は互いに目配せしあった。



「ありがとう!」


 礼もそこそこに、リティアナはアベルを鎖で絡め取ったままどこかへ転送されてしまった。



「リュリュ、今のはどういうこと?」


「アベルとリティアナはどこへ?!」


 矢継ぎ早の展開の前に思考が追いつかない一同は、唯一今のやり取りの意味を理解していそうなリュリュへ詰め寄った。



「まったくもう…あんな思い切りがいいなんて、厄介だよほんと…」


 リュリュはというと、何故か心底憮然とした顔だ。



「お、おいリュリュ、リティアナは一体何を考えとるんじゃ?! ありゃどういうことじゃい?」


 デッガニヒにまで問いただされ、リュリュは大きく嘆息した。



「んとね…デッガニヒさん。出発の予定を一時間待ってもらえないかな」


 リティアナは、リュリュに時間を稼いでくれと頼んだのだ。



 出発の時間が長引けば長引くほどベルティナの助け出せる確率は下がるし、連合軍や生徒たちの被害も増える。



「それは…いや、学府やディル皇国については大人の踏ん張りどころじゃな。生徒の方はわしが何とか発破を掛けよう。じゃが、君たちこそそれで良いのかね?」



 デッガニヒの問いに、リュリュは己を鼓舞するように小さな拳を握り締めて言った。



「やけっぱちになったアベルを多少早く連れて行くよりは、ちょっと遅れてでも冷静になった方が断然良いと思うよ。大丈夫、アベルならきっとすぐに立ち直ってくれるはず――あのリティアナがついてるんだしね」

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