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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
136/150

第36話-4 ガンドルス、死す



 時は少し遡る。



 廊下の最奥、広まった小部屋。



 苦々しげに吐き捨てたセプテクトの声が響く。意識の無いベルティナは無造作に足元へ投げ捨てられていた。


 そのすぐ傍で、頭蓋を無残に断ち割られたダーダが骸を晒している。



「くそっ」


 彼の様子をディル皇国の兵が見たら誰もが驚いたことだろう。



 珍しく…いや、この朽ち果てることの無い肉体を得て以来、セプテクトははじめて思考を乱し苛立ちというものを感じていた。



 それというのも、構造上最後と思しきこの扉がどうやっても開くことができないためだ。そばの壁に埋まる操作盤を弄り回し、次いでは魔素を直接送り込んできたがどうあっても開かない。いや、本来ならとっくに開かれているはずが、開いたそばから片っ端から鍵を掛け直されている。



「えぇい…なぜだ!」


 ついには拳を固め、轟音を立てて扉を打ち付ける。



 山犬の化獣程度なら貫通させるほどの力で殴りつけるが、壁には傷一つ付かない。



 まるで、遺跡そのものがセプテクトの行為を邪魔しているようであり、それがまた苛立ちを助長する。



「なぜだ! 何故私を受け入れん! あなた方が統べる世界を夢見て、この日のために私は下等な猿共の元で耐え忍び、鍵を用意してきたというのに!!」


 叫びながら操作盤に拳を打ち付ける。その様子は、どこか子供が駄々をこねて泣き叫んでいるようにも見えた。



「なぜだ!!」


「そんなことも判らんのか、愚か者めが」


 後ろから静かな声が掛けられ、セプテクトはばっと振り向いた。



「貴様は…」


「はじめまして、というべきかな…その姿で会ったのは。恐らくお前がアリウスの言うセプテクトか。嫌っていた割りに人間の真似事が得意なようだ」


 ガンドルスがまるで茶飲みに誘うかのような呑気な口調で尋ねる。だが、その瞳は鋭く険しい。



「…そうか、貴様が何かしたんだな?!」


 セプテクトが喚くが、ガンドルスは静かに首を振る。



「ただの人の子である俺にそのような力が無いのは、貴様だとて知っておろうが」


「じゃあ何故…」


「簡単なことだ。何もかもがお前の独り相撲だったというだけの話だ」


 その言葉に、セプテクトは言葉を失った。



「いい加減目を覚ませ。“彼女”はお前の言う、世界の浄化も新たな世界の支配者となることも望んではおらんのだ。俺が()()()()()()ときも、今も、そしてこれからも…」


「嘘だっ!!」


 セプテクトが激昂する。



「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、そのような世迷言があるわけが無い! 私は、神にお仕えするためにこそこの命を与えられたのだ! その私が、間違っているなどあるわけがない!!」


「…違う。お前に命が与えられたのは、ただの過ちに過ぎん。本来、お前の役割ははるかな昔に終わりを迎えていた。産み落とされなかった卵が、孵るはずのなかった存在が幾つもの偶然の末たまたま孵ってしまったのがお前なのだ。お前のしたこと、することを、“彼女”は望んでおらん」


 諭すように、ゆっくり語るガンドルス。その表情にはなぜか、憐憫すら伺える。



 しかし、セプテクトにはその真意、想いは伝わらない。



 ガンドルスの言葉を捻じ曲がった怒りに変え、セプテクトの狂気がむき出しになる。



「嘘だっ!!! この汚らしい肉人形風情が、よくも私の崇高な使命を穢してくれたものだ…思えば貴様には幾度と無く煮え湯を飲まされてきた。今まではドゥルガンにやらせようとしたが、そのせいでこのざまだ。所詮下等生物に任せたのが間違いだったのだ、今度こそこの手で貴様を縊り殺してやろう」


「それはこちらの台詞だ。そう生まれ付いてしまったことは気の毒だとは思うが、だからといってお前のしてきた罪は重すぎる。お前にはここで死んでもらい、その少女を返してもらうぞ」


 ガンドルスも、もはや言葉は不要と見て戦斧を構える。しかし、セプテクトはにやりと口元を歪めた。



「おっと、貴様には先に別の相手をしてもらおう。たかが猿とはいえ、貴様の能力は侮れんからな」


 そういうと、ぱちりと指を鳴らす。



 もぞりとセプテクトの影が盛り上がった。



「む…お前は…!」


 影から這い出てきた男の姿にガンドルスに見覚えがあった。



「ムクロ…いや、違うか」


 一瞬間違えたのも無理は無い。だが、それでも漂う雰囲気から違うと即座に断定したガンドルスは斧を構えた。



「そいつは私を裏切っただけでなく、愚かにも更に探りを入れてきたのでね。こんなときのために捕まえておいたのだよ」


 セプテクトの声に嘲るような響きが含まれる。



「ラシュバーンの調整に時間をとられたせいで肉体改造することまではできなかったが…それでも、外付けで操ることくらいはできる…このようにな」


 その言葉を皮切りに、ネクロがガンドルスへ飛び掛った。



 ガンドルスが斧を縦に構え、柄で短刀を防ぐ。だが、防がれたと見るやネクロは宙にあるにも関わらず変幻自在の動きで蹴りを繰り出した。


「ぐっ……確かに化獣ではないようだが、この動きは一体…?!」


 何とかそれらを防ぎきったガンドルスだったが、腹の痛みに思わず顔をしかめてしまう。



「ほお、どうやら貴様…深手をおっているな?」


 ガンドルスが思わず右手で腹を押さえたのを見やり、セプテクトが声を弾ませた。



「腹を狙え」


 ネクロは応ずるようにくぐもった短い吼え声を一声あげると、再び飛び掛った。


 空中で身をひねり、遠心力をしっかり乗せた蹴りを放つ。受け止められても、縦横無尽に短刀や蹴りをお見舞いする。その動きはいずれも人体の限界を無視したものだ。



「ええい、人の鼻先でぶんぶんぶんぶんと…邪魔臭いっ!」


 長柄武器の特性上、超至近距離での差しあいは分が悪いとガンドルスはぶぉんと音を立てて戦斧を大きくなぎ払う。それを交差した両手の短刀で防ぐネクロだが、勢いを殺しきれずくるくる切り揉みしながら吹っ飛ばされる。そのとき、ちらとだがガンドルフは確かに捕らえた。



「背中の…なるほど、()()で操っておるか」


 ガンドルスが吐き捨てるように言ったあれ、とはネクロの肩甲骨の中心に位置取っている金属製の物体の事だ。



 首の付け根辺りから背中にまで覆いかぶさっている、不恰好な蜘蛛を想起させるそれは明滅する光源を有する本体から放射状に針染みた金属の足を伸ばし、ネクロの後頭部・両腕・背中へぐさりと突き刺さしている。



「そう、そいつは外部からの情報伝達用モジュールだ。だが、それが判ったところでどうなるものでもあるまい。そいつが取り付いている間は、何があろうと私の命令に従う――肉体の本来の持ち主がどうなろうとな。仮に手足がもげても命ある間は止められんぞ」


 そう告げると、セプテクトはあっさり背を向けて操作盤に向き直った。



「下らん真似を」


 セプテクトの狙いを悟りガンドルスが渋い顔をする。



 時間を稼ぐつもりなのだ。



 だが、ガンドルスは如何な操り人形といえど、セプテクトの誘いに乗っておいそれと殺すつもりは無い。今の彼は兵士ではなく、校長なのだから。



 なれば、まずはネクロの攻撃を耐えしのぎ隙を窺う。



 幸い、“彼女”はそうそう篭絡できるものではない。それくらいは何とかなろう。



「人の手を借りるなぞ、お前にとってもっとも唾棄すべきことじゃないのかね?」


 今後の算段を終えたガンドルスの皮肉にセプテクトはお得意の仏頂面のまま答えた。



「廃品を利用しているのだ、賢いと言って貰いたいね」


 そう言い捨てると、再びセプテクトは解錠作業に戻った。



 ガンドルスはネクロの矢継ぎ早に襲い来る攻撃を防ぎながら隙をうかがう。


 本来ならとっくに疲労や痛みが現れているはずの苛烈な攻撃にも関わらず、依然攻撃の速度が衰えない。それはとりもなおさず、ネクロの筋肉が崩壊寸前まで酷使されていることを意味する。



「ふむ…こうしてみると中々有用な道具だったようだ。早いうちに処置しておくのもよかったかもしれんな」


 セプテクトのその言葉を証し立てようとするように、ネクロの動きが更に迅くなる。



 高速の突き、蹴りを繰り出す度に口や鼻、体中の傷口から搾り出された熱い血がガンドルスに降り注ぐ。



 このままでは、ネクロの命は物の数分ともつまい。



 ガンドルスはぎり、と奥歯を噛み締めた。想定はあるがまだ情報が足らないため上手く行く保証は無いが、これ以上躊躇している猶予は無い。



「そこだっ!」


 ネクロが頭を狙って短刀を突き込んだのをひきつけ、ガンドルスは上体を横に傾ける。ずぐり、と根元までガンドルスの右肩に突き刺さった。



「放さんよ」


 そして短刀を上へ跳ね上げようとするのを収縮する筋肉で挟み込み、僅かな隙を作り出す。じたばたもがくのを右腕で抱きかかえるようにして捕らえると、ガンドルスは空いている手でネクロを操る背中の装置をがっしと掴むと力任せに引っこ抜いた。



「ぐがっ」


 途端、ネクロが一言獣染みた咆哮をあげると白目を剥いて大きくのけぞった。



「神経に無理やり接続していた物を引っこ抜くとは、なかなか残酷な真似をする」


「そうさせたのは貴様だろうが!」


 ガンドルスの非難を聞き流しながら、セプテクトは勝ち誇ったようにつづけた。



 セプテクトがあえて見える範囲へ制御装置をむき出しにしていたのは、そうすることで相手に助けようと尽力させるためだ。そうすれば、下手に殺されるよりもはるかに時間を稼ぐことができる。



「重要なのは過程より結果だ、そうだろう? どう言おうと貴様はそこで私の手ごまによって痛めつけられ、ただでさえ損傷していた肉体を更に損壊させた。どうだ、その肩の傷ではもはや思うようにその棒切れも振れまい」


 悔しいが、その指摘は当たっている。それでも、ガンドルスは少しでも近寄り次第ありったけの力を込めてぶん殴るつもりだった。



「だが、私は貴様を侮らない。下等な猿の分際で、お前は何度も何度も私に煮え湯を飲ませてきたのだからな。だから…」


 そう言うと、右の手を開いて向けた。



「お前だけは、ここで必ず殺す」


 向けられた掌が、かしゃりと軽快な音を立てて上下に滑り開く。中心にある眼球ほどの水晶体が、まばゆい光で輝き出した。



「いかんっ!」


 何をする気か判らないが、このままではまずい。嫌な予感に、ガンドルスはネクロを庇うように抱え込んでセプテクトに背を向けた。



「死ねいっ」


 収束した光が臨界を向かえ、一点に向かって放出される。



 ガンドルスの心臓を貫いた光の刃がそのまま右肩へと抜けていくのを、ようやく走り込んできたリティアナたちは目の当たりにした。



「いやああああああっ」


 リティアナの悲鳴に顔を上げたガンドルスが、振り向こうとして後ろによろめく。



 何か言おうとして口を開いたが結局言葉は出ることなく、そのままゆっくりと倒れた。



 次の瞬間、ほんの僅かなひと時の間に色々なことが起こった。



 アベルが真っ先に飛び込み、数瞬遅れてユーリィンとムクロも後につづく。


 あわせてリュリュが巨大な火の玉を撃ち込んだ。


 その真後ろに同じくらいの長さをもつ鋭い氷塊が張り付き、セプテクト目掛け飛んでいく。レニーがわざと術の発動を遅らせ、リュリュの炎を目くらましにして打ち込んだのだ。


 そして間をつめたアベルとユーリィンが左右に駆け抜けながら切り掛かり、同時に道の中ほどで屈み込んだムクロが裂帛の気合と共に両手を大きく横に振った。


 それによってまるで細波が起こるように足元の影が隆起し、三日月状の刃となってセプテクトの脚を切り裂こうとする。



「羽虫がぞろぞろと…下らんな」


 しかし、いずれの攻撃も効かない。



 アベルとユーリィンの攻撃は避けようともしないセプテクトの表皮を滑るように流され、無造作に振った手がムクロの攻撃を払い落とす。右手側から飛来する爆炎と氷塊はセプテクトの肉体に触れる前で壁にぶち当たったように爆発、消失してしまった。



「なっ…今のはなんだ?!」


「魔素の障壁で弾かれた…?」


 動揺するアベルたちをセプテクトは憎々しげに見やったが、すぐに無表情に戻り舌打ちした。



「邪魔が多すぎるな…潮時か。どうやら今回は諦めるしかないようだ…が」


「ベルティナ! その手を離せ!!」


 セプテクトはなおも切りかかろうとするアベルたちを軽い手つきで殴り飛ばすと、足元に倒れているベルティナに腕を伸ばして無造作に引き寄せた。



「すぐに“神”は復活する。貴様らはそのときまで最後の平穏を楽しむがいい」


 三度飛び掛ったアベルの手がベルティナに届くより先に、二人の体は魔素の粒子と化して虚空へ消えてしまった。



「くそっ!」


 取り逃がしたことに地団太を踏むアベルだったが。



「レニー! お願い、手を貸して!!」


 必死なリティアナの叫びに、校長たちの元へ駆け戻った。



「校長! ダーダ!!」


「兄さん!!」


「だめ、ダーダはもう…それに」


 すでに二人の上着は手早く脱がされ、上体の傷が露にされている。



 ガンドルスに庇われたネクロは気絶しているだけのようで、肩口を大きく裂かれているものの幸い命に別状はなさそうだ。



 しかし、ガンドルスはというと。


「そんな…酷い」


 鼻からは諾々と血が溢れつづけ、腹の(きず)は無残に大きく広がっていた。他にも体のあちこちに擦り傷や切り傷、打ち身があり、無数に骨折の様子も伺える。とどめに心臓から右肩まで焼き切られていた。



 どう見ても助からないのは誰の目にも明らかだった――ただ一人を除いて。



「お願い、レニー! はやく、校長を…父さんを、助けてあげて! 今ならまだ、まだ助かるはずだから! お願い、急いで水の天幻術を使ってよ!!」


「いい、んだ…もう」


 必死にすがり付いて訴えるリティアナに、意識を取り戻したガンドルスはただ黙って小さく首を振る。



 リティアナは、呆然と校長の傍に屈み込んだ。



 急速に冷えゆく体の前に、アベルたちは何もできず見守るしかできない。ガンドルスの頭を膝に乗せたリティアナの頬を伝う涙だけが、唯一時の流れを無常に示していた。



「アベル」


 ガンドルスの掠れる声に、アベルは顔を上げた。



 懸命に頭を上げようとするガンドルスと、尊敬する偉大な男の死に様に顔を青ざめさせたアベル二人の視線が交錯し、万感の思いを重ねる。



「リティアナを…」


 頼む。



 そう言い遺す前に、ガンドルスは目を閉じて一つ息を吐き――それきり息絶えた。



 リティアナはもう二度と動くことの無いガンドルスの胸に身を投げ出すと、声を上げて泣き出した。


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