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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
132/150

第35話-5 レニーの本懐



「それでは、プラングウェルの処置はお任せしますわ」


 翌日までの間にプラングウェルの身柄確保、及びかどわかされた人々が救出されたという噂は瞬く間にヴァンディラに広がった。



「はい、お任せください」


 ミーゼスが力強く頷く。街の人たちの手を借りて助け出したときに判ったが、彼はヴァンディラの町長だった。


 一晩しっかり休養をとったおかげで、今の顔色は大分回復している。



 今は彼の自宅の応接間で、肘掛付きの立派な長椅子に座るアベル(とその左右にレニー、リティアナ)と差し向かいで話し合っているところだ。リュリュたちは退屈だからという理由で席を外してセリラナの監視をしている。



「しかし、まさかこの街にまでディル皇国の手が伸びていようとは…」


 ミーゼスはしみじみ嘆息する。



 彼は有能な男なようで、救助直後から色々指示を出した結果さまざまなことが一日のうちに暴かれた。



 プラングウェルは五年前、レニーの父でもあり自身の兄でもあるテリオスを殺害。その後無実の罪をでっち上げ家督を奪うと、王宮に入り自身の立場を補強することに腐心していた。


 その際ディル皇国と内々に通じ、資金を工面してもらう代わりに化獣化させた兵を配属させてきたことが判明。


 また、ここ一月はディル皇国からの命令によりヴァンディラの市民を売り渡したという情報もある。


 後日ディル皇国を攻めるときには、ヴァンディラの市民の開放も目的に含まれることとなるだろう。



「あなた方の話では、ディル皇国の侵攻は単なるフューリラウドの統一が目的ではないと言うことですが…確かに、はるかに離れているはずの我が国にまで関わってきているとなると信じざるを得ませんな。城内にもあちこち根付いているようですし…」


「今は手元にありませんが、我々は人に変身している化獣を暴く錬金具も用意できます。学府に戻れば、それをお渡しすることはできると思います」


 アベルの提案に、ミーゼスは深々と頭を下げた。



「助けていただいただけでなく、そんなことまで気遣っていただけるとは…しかも、以前陸王烏賊のときにも助けていただいて…。まさにあなた方は我らヴァンディラの民の恩人です」


「そんなかしこまらないでください。色々偶然の結果が重なっただけですし」


 照れくさそうにそういうアベルへ、ミーゼスはゆっくり首を振る。



「いいえ。お恥ずかしいことながら、我々天人族はこれまで他種族のことを見下していた部分が少なからずありました。陸王烏賊のときも、確かにたまたま助けていただいた、そういうことも出来ましょう。ですが、あなた方は今回も我々の窮地を救っていただいた。しかも彼女…」


 そういうと、ミーゼスはこほんと咳払いした。



「『うそつきジーン』の予言を信じてくれたという。あなた方が素直な心持ちで対応してくれたからこそ二年前も、そしてこのときもわたしたちは救われたのです。これは決して偶然などではありません」


 彼自身は別段特別なことをしたつもりはまったくないため、熱っぽく語るミーゼスの言葉にアベルはたじろいだ。



「わたしたちは、あなた方に永遠の信頼を誓いましょう。種族を超えた友として」


「は、はぁ…」


「まあ、それはそれとして…」


 どう返していいか困るアベルに、リティアナが助け舟を出した。



「ミーゼスさん、セリラナさんはこれからどうなるんですか?」


 セリラナの名を出したのには、他に思わず腰を浮かしたレニーへの気遣いもある。



 大体、彼女は今回の捕り物劇の立役者でもあるのだ。



 一昨夜、セリラナは大人しく捕まり、事情を説明してくれた。



 レニーの推測どおり、屋敷前での対応は地下下水道への誘導が目的だった。


 今まで奴隷も同然で使われてきたが、ついには街の人々にまで手を出したことにいい加減嫌気が差していたところだったという。



 そこにレニーが現れた。



 彼女が引き連れたちぐはぐな連中こそ、陸王烏賊を退治した一団だと気付いたセリラナは彼らが打倒してくれることに賭けたというわけだ。


 そうしたことも鑑みて、情状酌量の余地があればと思ったのだが…



「…身寄りの無かった彼女が、テリオスに引き取られていたのは知っていたが…彼が亡くなってからの経緯は知らなかった。家政婦長とは名ばかりで慰み者にされていたことは気の毒に思う。しかし、今回の件で町民の誘拐に携わっていたことに関して、何もお咎め無しと済ますわけにはいくまい」


 苦渋に満ちた顔でミーゼスが答えると、レニーが顔色を失い喘いだ。



「そんな! 彼女には選択する権利が無かったんですよ?!」


 アベルが反論するが、それをリティアナが腕を引いて止めた。ここはヴァンディラであって学府ではない。ヴァンディラの住人の問題は、ヴァンディラの住人が解決することなのだ。



「しかしだ」


 そんなアベルの反論などどこ吹く風で、ミーゼスが続けた。



「残念ながら誘拐犯は覆面を被っていたため、わたしは彼らの正体を知らない。もちろん捜索隊は出すことになるだろうが、それはそれとして主の凶行を知らなかった使用人たちに余計な罪を背負わせるつもりはない。彼らも被害者だからね」


 その言葉に、アベルたちの表情はほころんだ。



「良かった!」


 レニーも喜色を露にしている。



「プラングウェルがどういう男か、見抜けなかったわたしにも問題はある。ならば、今はお互いを責めるのではなく、何ができるかを見据えて行くべきだ。特に、これからは新しい領主を迎えるのだから、内情に詳しい人物は確保しておきたい。そういう打算もある」


「なるほど、そういうことでしたの。でもさすがですわね、新しい領主をもう手配するなんて」


 尋ねるレニーと、怪訝そうに見上げたミーゼスの視線がかち合った。



「何を言っとるんだね。君のことに決まってるだろうが」


「…………はぁ?!」


 頓狂な声を上げるレニーに、ミーゼスが説明する。



「元々プラングウェルは兄を殺害して不当にその地位を奪ったのだ。ならばその権利と義務は当然、テリオスの一人娘である君に回ってくるのは当然だろう」


「で、ですが私はまだ学生の身分で…」


「それについては、わたしが当分の間代理として就くつもりだ。卒業しても尚興味が無いというならそれはそれで構わない。しかし、こういう地位というものはそう簡単に手に入れられるものではない。地位があるからこそできることというものもある。父上の遺産として、跡を継ぐというのも悪くは無いと思うがね」


 そう言われてはおいそれと断ることもできない。結局、レニーは考えてみますとだけ答えて保留することにし、少し離れたところで考えに専念することにしたようだ。



「ともあれ、これであとはわたしたちにできることは何も無いわね」


 ひとまず報告を聞き終わったところでリティアナがまとめに入った。



「それじゃあまず、学府に戻ったら校長たちに報告します。その流れで、化獣を暴く錬金具についても報告しますので、恐らく明日か明後日にはお届けできるかと」


「ああ、すまない。それが届き次第王宮へ向かい、今回の顛末を伝えることとする。そのときの報告も学府に伝えればいいかね?」


「はい、それでお願いします。あとは…」


 リティアナとミーゼスが今後の処理について相談している間、アベルは考え込んでいるレニーのことがふと気になり、立ち上がると彼女の傍へ近づいた。



「あのさ、レニー」


「はい? なんですのアベル?」


 一旦躊躇したものの、アベルははっきり告げることにした。



「もしお父さんの後を継ぐため、ハルトネク隊を抜けるとしても構わないからね。僕たちのことを気にしないで、自分のしたいようにしてくれ」


 その言葉に、レニーは目を丸くする。



「アベル…あなた、私のことが邪魔になったと…?」


 アベルは慌てて首を振った。



「違う違う、そうじゃないって。ただ、ミーゼスさんも言っていたけどすごいことらしいし…僕は良くわからないけど、元々それを取り戻すためにアグストヤラナへきたんだろ?」


 だから彼女が抜けるならそれはそれで仕方ない、そう思っていたアベルだったが。



「ああ…そういえばそうでしたわね」


 存外あっけらかんと答えられ、アベルは拍子抜けした。



「え、そうでしたわねって…」


「…二年前なら、確かにすごく悩んだと思いますわ」


 レニーがあごに指を当てて答えた。



「ですが、先日に改めて考えて気付いたことがありますの」


「それって?」


「今回の申し出に関してもですけど…意外と気になりませんのよ」


「ええ? でも、前は…」


「そう、ですわね。自分でもだから、驚いたものですわ。…まあ、すぐに理由は判りましたけど」


「そうなの? その理由って…」


 レニーはぴたりと口を(つぐ)むと、アベルをじっと見つめる。



「…なんだよ、勿体つけてないで教えてくれよ」


 それを焦らしていると受け取ったアベルが促すと、レニーはあっさり答えてくれた。



「きっと、本当に私が手にしたかったのは違うものだったからなんでしょうね。そして、それはすでに傍にあった」


 アベルはもう少し詳細な答えが知りたかったが、レニーはにこにこ微笑むばかりでどうやら答えを教えてくれそうに無い。



「どういうこと? ちゃんと教えてよ」


「残念ですが、今教えて差し上げられるのはここまでですわ」


 レニーは微笑み、告げた。


「あなたはもう少し、女心を忖度することを覚えなさいまし。これからは貴族の礼節と一緒に、私自らじっくり教えて差し上げますわ」



 アベルは殉教者めいた表情を浮かべ天を仰いだ。


ジーン先生と占い:元々彼女の言う占いに関しては、技術という物は一切ありません。単にジーンの好みや雰囲気で構成されています。

つまり、過去にリュリュたちが時間の無駄だと判断したとおり、彼女の授業では一般生徒には何の効用もなく、占いの技術を体系付けて学ぶことはできません。

だのに何故彼女の占いが当たるのかというと、それは単に『異常なまでの強い思い込み』の為せるわざだったりします。ジーンは「自分の占いは間違いなく理論にかなったものだ」という思い込みのせいで、自分でもそうと知らず魔素を使い叶えているのです。

しかし、魔素もそう常日頃から反応するわけではありません(さもなければ道行く人が己の願いを適えまくる状態になってしまいます)。偶々濃かったりしたとき、或いは郷愁が強くなったときにのみ反映されるため、思い込みの強い彼女であっても不安定になる…という訳なのです。

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