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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
129/150

第35話-2 ヴァンディラの異変



 準備自体はそう時間が掛からなかったものの、起きてきたベルティナがついてくると言うのをどうにかなだめすかし、ようやく転送の準備が整った頃には昼前になっていた。



「でもベルティナには後で謝らないとな…本当は今日も採取に付き合う予定だったし」


「そうね…」



 アベルとリティアナが表情を曇らせる。仕事とはいえ、折角久しぶりに愛娘と過ごせると思っていただけに残念なのだろう。そんな二人を、


「長くても三日なんだからいい加減気持ちを切り替えてよ。あんまりうじうじしてるとベルティナに情けない姿さらしてたって言うわよ」


これまで目を(すが)めて眼下に広がるヴァンディラの街を見下ろしていたユーリィンが振り返り嗜めたことで、ようやく二人も気持ちを切り替えた。



 ヴァンディラの異変とやらが内部で起こっている可能性を考慮し、ハルトネク隊とジーン先生は以前降り立った広場の高い石階(いしばし)ではなく、ヴァンディラを一望できる傍の小高い丘の上に転送してきていた。


 こうすることで無用な注目も避けられると判断してのことだ。



「どうですの、ユーリィン?」


 ユーリィンの表情があまり芳しくないのを見て取ったレニーが声を掛ける。



「…ぱっと見た限りでは何か変化があるようには思えないけど…でも、確かに何か違和感があるのよね。ね、誰でもいいから他の人も確認してみてくれる?」


 言われ、レニーが荷物から遠眼鏡を取り出し覗き込む。時折水鳥のものだろう、長閑な鳴き声の聞こえる中しばらくあちこちを見ているとやがてあっと声を上げた。



「人がいませんわ」


「なるほど、それだわ」


 ユーリィンがぽん、と両手を打ち合わせた。


 街並み自体は綺麗だが、そこを行き交う人の姿が殆ど無い。たまに出てくる者も身を屈め早足と、極力目立たないようにしているようだ。



 街の外の畑にでも出ているのかと思ってあまり深く考えなかったが、それでももう少し活気があっても良さそうなものだ。



「しかし、かといってそれだけで異変と断定するのも難しいかな」


 一同はその後一回りジーン先生を含めた全員でも確認したが、他には特にこれと言った異常を見つけられない。



「そうだな。後は妙に、市民が周囲を警戒しているようなのが気になるところだが…」


「そんなところへ、部外者が下手に声を掛けたら一層口が堅くなりそうだよね」


 ムクロの言葉をリュリュが補足する。



「それなら、関係者に話を聞いてみればいいでしょう?」


 ジーン先生の言葉に、アベルたちが驚いて振り向いた。



「関係者…誰か、ご存知なんですか?」


「そりゃあわたくしはこの街の出ですもの。ですけど、この場合もっとうってつけな人物がいるのではなくて?」


「それって誰さ?」


 ジーン先生の視線が一人に向けられる。遅れて、仲間たちも彼女と同じ視線の先、レニーを見た。



「彼女、パルドールシェム家は元々ヴァンディラの街も収めていた領主のはずですわよ? わたくしが子供の頃、フェイラス子爵の領に含まれていたはずですわ」


「…フェイラスは確かに私の祖父ですが…」


 そう言いさしたレニーが眉根を寄せる。



 その様子に、アベルは彼女がかつて一人井戸で泣きじゃくっていたときの様子を思い出していた。



「やっぱり! でしたら話は簡単、子爵に話を伺えばいいんですわ! さあ、行きましょう!」


 レニーの様子にまるきり気付かないジーンは自分の思いついた考えの素晴らしさに興奮し、さっさと立ち上がると街に向かいずんずんと歩き出す。仲間たちも彼女を放置しておくわけにも行かず、手早く荷物を纏めると同じように後を追っていく。



 その中で一人、アベルは敢えて荷物を纏めるのをもたつかせて最後尾になると、憂鬱そうにその前を歩き出すレニーにのんびり声を掛けた。



「あ、レニー」


「…なんですの?」


「何があったか良くわからないけど…言いたくなかったら言わなくて良いよ」



 最初何のことかと不思議そうに見ていたレニーだったが。


「アベル、あなた…何を知ってるの? 校長に聞いたりとか…」


 思いがけない疑いに、アベルは慌てて頭を振った。



「ち、違うよ。そうじゃなくて…一年のとき、校長と模擬戦したときがあっただろ? あのとき、保健室から帰る途中で見たんだ。その…君が、一人で井戸の傍ですすり泣いてる所を。そうしたのって、多分寮の同室の奴に見られたくなかったからじゃないか、そう思ったんだ」


 それを聞き、しばらくレニーが記憶を探る。



「…あぁ、あれね。つくづくアベル、あなた間が悪いと言うか何と言うか…」


 すぐに思い至ったようだ。



「ご、ごめん」


 慌てて頭を下げるアベルに、レニーはふぅっと小さく嘆息した。



「まあ、あなたに今更言ってもはじまりませんわね。それに…」


 ちょっと間を置いて言おうか言うまいか逡巡したものの。


「気遣ってくださり、ありがとう」


 そういって、にっこり微笑んだ。



「え? あ、ああ、どういたしまして」


 普段と違ったレニーの柔らかい表情に、思わずアベルは足を止めて見とれてしまった。



「どうかしまして?」


「…な、なんでもない」


 妙に上ずる口調に気付かれていないかと心配したアベルだが、幸いレニーは彼の変化に気付いていないようだった。



「アベル! レニー! 遅れてるよ!」


 リュリュの怒鳴り声で、アベルたちは互いの顔を見合わせると駆け足で追いかけた。


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