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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
121/150

第34話-3 グリューの感慨

 転送後、はじめて嗅いだ匂いに大半の者が思いっきり顔をしかめた。



「くっさ!」


「なにここ、腐った玉子の匂いがする!!」


 白い湯気のたちこめるあちこちで騒がれる中、アルキュスは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて深呼吸すらしている。



「ああいいねぇ、いいねぇ、やっぱりこの匂いがあってこその温泉だねぇ」


 他にも、グリューが感慨深げに頷いている。



「いやぁ、懐かしいなぁ」


「グリュー、この匂いは一体なんですの?! 鼻が曲がりそうですわ!!」


 不満がるレニーにグリューは口角を吊り上げた。



「何言ってんだよ。この匂いが強ければ強いほど、上質の温泉があるんだからありがてぇ話だろ」


「ふぅん? というと、動物の縄張りを示す匂いみたいなものかな?」


 アベルの疑問に、グリューが近いですと答えた。



 厳密には生き物という訳ではないが当たらずとも遠からず、薬効の濃い湯には必ず泡のようなものができる。その泡がこの匂いの発生源だと説明したグリューに、アベルは素直に感心した。



「へえ…良く知ってるなぁそんなこと」


 そういうと、グリューは照れくさそうに頭をかいた。



「ええ、村にいた俺の爺様がそんなことを色々知ってましてね。まあ口うるさいのが玉に瑕で、村にいたときは邪魔に感じてたもんです。アグストヤラナへ来るときも、他の連中が諸出をあげて喜んだのを一人懸命に反対したんで大喧嘩の挙句飛び出してきちまったんだが…こうして離れてみると、ちっとは気にかけてくれてたことに対するありがたみってもんを感じますね」


 そう呟くグリューにアベルは確かな成長を感じ取り内心驚いた。一年前のグリューなら、先人の言葉なぞまず鼻で笑い飛ばしていただろう。



「久しぶりに、戻ってみたいとは思わないのか?」


「うーん…正直に言えば、ありますよ」


 グリューは素直に答えた。



「でも、今はまだ戻る気はありません。飛び出した以上、何か成長したと言えるもんを身につけたい。…そんぐらいはしねぇと、啖呵を切った手前戻っちゃいけない気がするんです」


「そう思うのは君だけじゃないかな」


 アベルの言葉にグリューは一旦は口を開きかけたものの、すぐに閉じては苦々しげな自嘲の表情を浮かべるとすまなさそうに頭を下げて立ち去ってしまった。



 恐らく、その祖父は今のグリューを見れば納得するのではないか。だが、グリュー当人がまだ成長に納得がいってないのだろう。



 アベルは後輩の不器用さにもどかしさを感じていたが、


「ねぇ、ぱぱ、まだうごかないの? べる、ずっとたってるのつかれた…」


 いい加減痺れを切らしたベルティナに促され、気持ちを切り替えることにした。



「よし、それじゃあ今夜の野営地をまず決めよう!」


 以前の野営訓練のときと比べて更に人数が多いため、今回はまず男性と女性とに別れ、そこからさらに数人ずつに分けて天幕を張ることにする。



 尚、グリューから草木が無い、あるいは立ち枯れているくぼ地のようなところには決して近づかないように厳重に注意されている。この山は山頂から噴出す炎と地面とが近いため、高温を発しているところがあるからだそうだ。



 さすがにいずれの班もすでに偵察任務を何度も経験しているだけあって、どこも手馴れた動きで天幕をくみ上げていく。以前と比べて半分以下の所要時間でしっかりと組みあがった天幕を見て、メロサーが満足げに頷いた。



「これで時間が空きましたーね。でーは、さっそく本来の予ぉー定…と行きたいところですーが、さすがに人数が多すぎですーね。グリュー、そのオンセンとやらーは、全員は入れるほど広いんですーか?」


 メロサーの質問に、グリューは頭を振った。



「いやいや、まさか。半分でもぎりぎりだからさすがに全員は無理っすよ」


「ええ? うーん、それじゃどうしようかねぇ」


 アルキュスが考え込むと、ウォードがすばやく手を上げて発言した。



「はい、先生! ここは男女で分かれてオンセンに入ると良いと思います!」


「…うん、確かにそれが良いかもね」



 アルキュスが頷き周辺をざっと見渡す。木々は数えられるだけ、しかもいずれもひねたような小さなものばかりだ。


「植生をざっと見た限りじゃ、この辺では狩りが期待できなさそうだねぇ。少し離れる必要があるだろうから、そうなると時間がそれなりに掛かる。空いてる方が捕りに行くのが効率的だろうかね」



 反対する者は誰もいない。つづけてどちらが先に入るか、というところで再びウォードが今度は男が後、と提案した。



「ほう。そういう根拠は?」


 疑わしげにアルキュスがたずねる。



「そりゃあ、もちろん見目麗しいお嬢様方にいつでも輝いていただきたいと願うのは、世の男の望みですから」


 周囲の白い視線がウォードに集まる。彼がそんな殊勝な性格ではないことはすでに皆承知済みだ。



「ま、まあウォードの理屈はともかく、僕たちはそんなに無理して浸かりたいって訳でもないし。次にムクロにも入ってもらって、僕ら男性が最後でいいんじゃないかな。そうすれば一番手数が欲しい食事の支度にちょうど揃っていいと思うんだけど、どう?」


 アベルの提案に女性陣、そしてムクロが賛同した。



「それもそうね」


「ああ、俺もそうしてもらえると助かる」


「…おーい、さすがに態度違いすぎやしないですかねー…」


 ウォードが情けない声を上げるが、パオリンがばっさり切り捨てた。



「だって、あんたと違ってアベルなら裏が無くて真面目だから信用できるもの。あんたがこうやって親切にしてくるのって、なーんか企んでそうなのよね」


「そ、そんなぁ…」


「ま、日ごろの行いって奴よね」


 アベルは苦笑するほか無い。



 こうしてまず夕方までに女性が、その後ムクロが一人、そして最後は男性がオンセンに入ることと相なったのであった。

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