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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
113/150

第33話-1 対セイゲツ対抗戦、大将戦



 満足げに健闘を終えたばかりの二人を見つめていたデッガニヒが視線をマジノーに転じる。だが、マジノーはそれに気づかず右の親指の爪を噛みながらぶつぶつと何事かを呟いており、デッガニヒは小さくため息を吐いた。



「どうやら、最後までやらんと納得できんようじゃの。昔から変わっておらんな」


 翻り、マジノーは瞳に怒りの炎を点し怒鳴った。



「ドリス! 貴様だけでも勝つんだ! セイゲツの誇りはもはやお前の双肩にかかっている!」


 言われたドリスはというとマジノーを汚いものを見るような目つきで一瞥くれるだけに留め、すでに出てきている眼前の対戦相手――レニーを鋭く睨んだ。



「別にあたしはセイゲツの誇りがどうとかまったく興味ないけどさ。ただ、このまま舐められっぱなしってのも性に合わないからねぇ」


 そういうと、手にした棘付き鎚矛をだらりと下げる。



「その綺麗な顔、ぶっ叩かせてもらうよ。あたしの気が済むまでね」


 そして、開始の合図の前に鎚矛を持つ左手を振り上げた。



「屈んで!」


 次の刹那、ユーリィンの切諌(せっかん)が飛んだ。



 レニーは言葉の意味を探るより早く、言われたとおり身を低くする。直後、後ろ髪を何かが触れたのが判った。


「ちっ」



 ドリスが舌打ちしたことで、彼女が何か知らの攻撃を仕掛けたのだとレニーは判った。


 顔を上げると、彼女の持っていた鎚矛の先端から鎖が伸びており、その先端の鉄球を手繰り寄せているところだ。



「ふぅん、鎚矛ではなくて鎖物って訳ですのね。ずいぶん姑息な道具を使うこと」


 強がりを言うレニーの額を冷や汗が一筋伝った。


 相手の武器が棍棒なら、自身の槍の方が長い分有利だ。そう思っていたが、ここに来て間合いが逆転してしまった。



「そういうこと。ま、安心して顔で受け止めな。あたしは水の天幻術も使えるんだ、怪我しても治してやるさ。ま、元通りって訳にはいかないけど…よっ」


 特に厄介なのが、先端にある棘付き鉄球だ。風を切って振り回されるたび太陽を模したそれは遠心力を伴い、幾度も床に大きな穴を空けていく。そんなものを下手に槍で受けようものならあっさり砕かれてしまうだろう。



「お断りですわ!」


 その破壊力を警戒したレニーは、だから気づかなかった。



 ドリスは右手を後ろ手にしたまま、器用に鎖分銅を操りレニーの意識をそちらに向けている。



 そして、攻撃に転じようと太ももに力を入れたところを見計らい、いつの間にか腰袋から取り出しておいた竹筒を彼女の眼前へと放った。



「え、なに?!」


 反射的に槍で薙ぐ。竹筒はあっさり二つに別れ、その中に収められていた水がレニーへと降り注いだ。



「あははははははっ、それを待っていたんだよ!」


 そういうなり、素早く呪文を唱えるドリス。


 レニーが身を引いて逃れるより早く、彼女の全身を氷が覆っていく。



「あっ……」


 驚きに手を口元にやったところで、天人の氷像が完成した。セイゲツの生徒たちから、驚きと畏怖の声が上がり、それに気を良くしたドリスが高笑いを上げた。



「くくっ…あーっはっはっは! どうさ、ざまあないねぇ。さて、ここまで作ったけど、実はまだ残った作業があるんだよ」


 そういうと、ドリスは鉄球を叩きつけるべく振り仰ぐ。



 このときもう少し彼女が冷静だったならば、ハルトネク隊が誰一人として焦っていないことに気づけたかもしれない。しかし、それに気づけたのは振り下ろした後だった。



 がしゃり、氷が砕ける音が鳴り響く――そう思っていたドリスだが。



「……え? なんで?」


 ぷにょんという感触だけが手に返ったが、その前に視覚が脳へと送り込んだ情報にドリスは混乱していた。



「やれやれ、危ないところでしたわね」


 はっきりしたレニーの声。



 彼女を覆っていたはずの氷は水に戻り、緩やかに螺旋を描いている。鉄球は、顔のすぐ傍、半ディストンほどのところで水に絡め取られたままだ。



 術者は命令を口にすることで術を発動する。そのため、凍らされる前にレニーは口元を手で覆い、呟けるだけの空間を確保したのである。



「私で無ければ、苦戦したかも知れませんわね。ユーリィンの気まぐれに感謝ですわ」


 その言葉にユーリィンがふふんと豊かな胸を張った。



「さて、あなた。ずいぶんと水の天幻術に覚えがあるようですわね。面白いですわ、私への挑戦と受け取りましてよ」


 そしてドリスを睨みつけたまま呪文を唱えると、二人の間を繋ぐ鎖を伝い冷気が襲い掛かった。



「うあっ?!」


 痛さすら感じる冷気に、ドリスは武器を取り落とす。


 だが、これでレニーの反撃は終わったわけではない。



「折角ですし、面白いものをご覧に入れて差し上げましょう」


 そう言って指を鳴らすと。



「な…」


 誰もが唖然とする。



 レニーの身の傍をつかず離れずたゆたっていた水が、ゆっくりと馬の姿を象っていく。仔馬をかたどった水の固まりは、実際のそれのようにレニーの手の甲へ愛おしそうに鼻面を擦り付けている。



「魔素を調整して、表面だけに冷気をとどめることで水を思ったように形成させましたの。そして」


 命じられ、水の馬が蹄を蹴立ててドリスに襲い掛かる。その攻撃をかわしたと思ったドリスだが。



「な、なんでっ?! 避けたはずなのに?!」


 脚が焼け付くような感覚を覚えた。慌てて見たドリスは、それが良く見慣れた症状――凍傷を負っていることに気づいた。



「あら、まだ終わりではありませんわよ」


 レニーは呑気に相手を放置するつもりなど無い。慌ててドリスは再びの水馬の攻撃をかわす…が、やはり触れていないはずの後れ毛が何故か凍りつき、動いた反動で折れ砕けた。



 見えない攻撃に、ドリスは総毛だった。



 何かをしているのは間違いない、だが何をしているのかがまったく判らない!



「きっ、貴様どんな手を?!」


 水馬の攻撃を転がり大きく回避しながらも、焦ったドリスが怒鳴った。



「あら、ご存じないの?」


 レニーがわざとらしく聞き返す。



「何がだよ! 勿体ぶらずさっさと聞かれたことに答えろ!!」


「まあ。質問するにも口の利き方がなってませんことね」


 やや大きめの声でレニーが答えて言った。



「その子を見て、何か気づくことはなくて?」


「気づくこと、だぁ?」


 そう言われ、振り返って見る。



「…あれ? こいつ、こんな大きかった……か?」


 そして気づいた。



 はじめは子馬ほどの大きさだった水馬が、いつしか軍馬のごとき巨大な体躯と化していたことに。



 足回りなど自分の腰すら超える太さで、踏み砕かんばかりに振り下ろす蹄を避けるので精一杯だ。



 そして、両者に巻き込まれない位置までいつの間にか下がっていたレニーがのんびりと説明した。



「私、あなたが掛けた水以外にも術を使ってますのよ」


「嘘だ! そんな動き、無かった! 大体、どこにも術は掛かってない! はったりはよしな!!」


 ドリスの否定を無視し、レニーはつづける。



「嫌ですわねぇ、嘘なんて吐きませんわ。今、私の周りに漂うごくごく小さな水に、ですもの。見える訳無いじゃありませんか。さて、その術で生み出された水は…いま、どこへあるかご存知?」


 その言葉で、ドリスははっと気づいて見上げた。


 水馬が、更に大きくなっている。



「そう、その馬に流れ込んでますのよ。そうして巨大になることで、表面から放たれる冷気が更に強化される。その結果更に周辺の魔素が水へと代わりやすくなり、更に取り込まれる量が増えていく」


 今では、たっぷり離れているはずのマジノー、そしてセイゲツ生たちも皆歯の根がかち合わないほどの寒さを感じていた。



「さて、私は空を飛んで距離を離すこともできますけれど…あなたはどこまで我慢できまして?」


 中心にいるドリスはもうあまりの寒さの前に、声をあげることすらできず泣きそうな顔でレニーを見上げるしか出来ない。そんな動けない彼女にゆっくりと水馬は両足を振り上げると覆いかぶさり。



 レニーはぽんと両手を合わせ言った。


「あら。期せずして、ウィベルにあったサリュの像みたいになりましたわね。黙っていた方が品が良くなりましてよ、あなた」



 レニーの声は、もはや氷像の中で助けを請おうとしたまま固まっているドリスには届いていなかった。


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