第32話-3 対セイゲツ対抗戦、副将戦
「副将、アベル。前に」
アベルもこれ以上の戦いに意義を見出せなかったが、呼ばれては仕方がない。嫌々ながら前に出ると、同じく気乗りしなさそうに進み出たザウェモンと目があった。
「君が相手か」
「ああ。聞けば君も守りに関してはかなりのものだと噂に聞いている。こんな形でというのは不本意だが、剣を交えられればという期待もあった。盾騎士として、それが適ったのは幸いだ」
そういうとはにかみ笑いするザウェモンに、アベルも微笑んだ。
「こちらこそ。お互い、いい試合にしよう」
そして互いに礼を行い、立ち上がると構えた。
マジノーの合図と同時に、二人が動く。互いに無言のうち盾をかざし、剣を振り合う。
彼らの戦いぶりは拮抗していた。
アベルの戦い方とは違い、体格に秀でたザウェモンはしっかり受けて堅実に返す、きちんとした剣術に則ったものだ。一方のアベルはその剣の性質故変則的にならざるを得ないが、ザウェモンの動きが型に正確なため同じくきっちりして見える。
二人の攻防はさながら長年息のあった相方同士で舞う剣舞のようですらあり、誰もがいつしか言葉を失い見ほれていた。
しかし、何れ終わりはやってくる。凄まじい集中力が途切れたのは、手数を読みきられねばならないアベルの方が先だった。
「ええい、ザウェモン何を遊んでいる! さっさと倒せ!!」
数え切れないほど剣を交えても何らの進展も見せないことに業を煮やしたマジノーが、アベルが自分に背を向けたのを見計らい怒鳴ったのだ。視覚外から声を掛けられたことでアベルの緊張に張り詰めていた心が破られ、受けようとしていた次の一撃に僅かに遅れる。
しかし、アベルもじっとしていない。しくじったと判った途端反射的に飛び込んだことでザウェモンに剣を引かせ、胸元で互いに剣を交錯させ互いに鼻息のかかりそうなほど密着する。
ザウェモンは、上からぐぐ…と力を込め、アベルを引き剥がそうとする。
しかしアベルは、磁石になったように相手の剣に吸い付き、体を寄せた。
お互いに差し引きするだけのこう着状態となった。
止むを得ないこととはいえ、アベルは内心焦っていた。
こうなると、後は純粋な力比べだ。押し負けた方が体勢を崩し、格好の隙を相手の前にさらけ出すことになる。意地でも離れるわけにはいかない。
一方のザウェモンも、アベルとの力比べで驚いていた。
目の前の少年は決して大柄ではない。むしろ小兵と言っても良いだろう。
しかし、まるで小山を相手にでもしているようにびくりともしない。これまでの自分の剣に合わせてきた卓越した技術といい、なるほど恐るべき相手だと気も新たに引き締める。
そのまま数分が経ち、ザウェモンは疲れの色を滲ませていく。
(こうなれば…一か八か、打って出るしかない)
覚悟を決めたザウェモンは、今一度アベルの目を見た。刹那目があった二人だが。
ザウェモンが、息を吐く。そして、右に身を捻る。
誰もがあっ、と声を上げた。
ザウェモンと時を同じくして、アベルもまた左に身を捻っていた。螺旋の軌跡を描いた剣は二人の腰の高さでかち合い、そのまま体の捻りに巻き込まれてまったく同じ瞬間手から離れ飛ぶ。
くるくると宙で回転した剣は、アベルのはデッガニヒ、ザウェモンのはマジノーの足元に突き刺さった。
「今の勝負…引き分け!」
束の間の沈黙の後、わっと生徒たちが学校の区別なく沸き立った。
疲れきり、思わず膝をついたアベルに、先に立ち上がったザウェモンが手を差し伸べる。そして、引き上げてやりながら他に聞こえないよう小声で尋ねた。
「今の勝負…わざと相打ちに持って行きましたね?」
その表情は、喜んではいない。どころか屈辱に塗れている。
だが、アベルは大きく頭を振り言った。
「まさか。攻撃の拍子は合わせたけど、こうなったのは偶然だよ。運が良かった」
「運が良かった…ね」
ザウェモンは気づいていた。
あの時、目があった瞬間。
アベルが更にあの後、自分の利き腕の肩へ視線を滑らしたことを。
今まで自分の攻めを防ぎきった相手だ。ほんの僅かなひと時のこととはいえ、焦りで意識してしまった攻め手を最後の瞬間だけ読めなかったとは到底思えない。アベルは、明らかに自分の攻撃に合わせて引き分けに持っていったのだ。
しかし、とザウェモンは頭を振る。
情けを掛けられたのは釈然としないが、そもそも先にマジノーが余計な口出しをしたことで追い込んでしまったのが問題なのだ。むしろそこから、更に対等以上にまで渡り合ったアベルの力量こそ認めるべきだろう。
大きくふぅと息を吐いたザウェモンは、アベルの手を握り言った。
「完敗です」
アベルは一寸困ったような顔をしつつも、それ以上口を挟むことなく力強く握り返した。




