表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
111/150

第32話-2 対セイゲツ対抗戦、先鋒・次鋒・中堅戦



 ハルトネク隊とデッガニヒが案内されたのは、セイゲツ校の奥まったところに立てられている板張りの道場だ。大きさはアグストヤラナの大食堂ほどもあるが、わざわざ訓練のために雨風の入らない環境を整えていることにアベルたちは驚いていた。



「おお、よう揃ったもんじゃ」



 清潔な道場を入って左手奥、神棚が祭られている壁際を中心としてセイゲツ側の生徒がずらりと正座して待っていた。何れも純白の胴着と黒い袴と呼ばれる股の割れた履物を身に纏い、普段着のアベルたちとは対照的にぴっちりした折り目正しさを印象付けている。



 天井には錬金具の明かりがいくつも設けられており、金の掛かり具合はアグストヤラナの比となるどころではない。



 デッガニヒが先に立って進み、その後に物珍しさできょろきょろするアベルたちがつく形で中央まで進んだところで、マジノーが一歩前に出た。



「さて、大まかに規則を説明しよう。本日これから行われる予定の個人戦は代表となる生徒五人による団体戦を行う。審判は各校校長と、代表生徒一人による計四人による。直接的な打撃・投げの使用は可能だが、明らかな過剰攻撃と魔法攻撃は禁止とする」


 その取り決めに、リュリュが顔を強張らせた。



 彼女の攻撃は主に火の天幻術頼り。それを制限されるとなると、かなり戦力が削がれてしまう。


 道場内で行うという点で嫌な予感がしていたのだが、残念な形で当たってしまった。



「ムクロとリュリュは大丈夫か?」


 アベルが心配そうに小声で尋ねる。リュリュはもちろんだが、ムクロも搦め手によく影を操るのでそれを懸念してのことだ。



「俺は攻撃に用いるわけじゃないから問題ないが…リュリュ、お前はあまり無理をするな。負けても他のみんなで取り返せば済むことだ」


 気遣うムクロに、リュリュは大丈夫と答えた。



「なんのなんの、このリュリュ様とクロコに掛かれば問題ない! それに、奥の手だってあるからね」


「それって?」


「今は秘密。それより二人こそ、そんなこと言って負けたりなんかしたら恥ずかしいよぉ?」


「ふん、言ってろ」


 その間にマジノーの説明は終わり、元いたところに腰を下した。



「それでは先鋒、前へ!」


 マジノーの大声に、リュリュが前に出ると同時に後ろの生徒が一人立ち上がる。



 まるで痩せた子供のような体躯で前傾姿勢を取っており、どことなく山猿を髣髴とさせるその男は、腰の短刀を抜き取っては刃を長い舌でべろりと一舐めすると頬を歪ませ笑った。その顔の鼻先と瞼にある豆粒大の疣が殊更目を引く。



「きひひっ…今日も暖かい血が味わえるぜぇ……小翅族なんてまた珍しい代物、こいつぁたっぷりと味あわせてもらわねぇとなぁ…きっひっひ」


「え? …あの、あなた保護者の方とかでは…」


 その甲高い笑い方などがどう見てもかなりの年配にしか見えなくて、アベルがつい尋ねたところ相手は真っ赤になって否定した。



「ふざけんな! どっからどう見てもお前らと同じ生徒だろうが!」


「えぇ……」


 見た目といい、とても自分たちと年が近いとはやはり思えない。だが余計なことを言うとまた怒り出しそうだったのでアベルは黙ることにした。



「う…や、やっぱし誰か代わってくんない?」


 一方、先鋒を担っていたリュリュが頬を引きつらせながら仲間たちに頼んでいる。



 もっとも、昨夜真っ先に出たいと名乗りを上げて騒いでいたため、彼女と代わろうという者はいなかった。



「うぅ…判ったよもう、こうなりゃさっさと終わらせてやる!」


 そう言ってクロコを呼び出し前に出る。セイゲツの生徒、ハルトネク隊どちらも後ろに下がり、道場の中央に結構な範囲の空間が確保された。



「礼!」


 突然マジノーがそういうと呼ばれた生徒はその場に正座した。



「え、なに? なに?」


 よく判らないリュリュを無視し、その生徒は一礼すると腰を浮かすことなく神棚の方を向き、もう一度一礼する。そこでようやく礼儀作法の一環だと気づいたリュリュも慌ててその動きを真似たが、セイゲツ側の生徒たちはくすくす笑い声を上げた。



「これだから田舎者は」


「そもそも不純物がのさばってるところだからな」


「あんな連中がのさばっているとか、たかが知れるな。女を五人もはべらせてるんだ、どうせ色仕掛けで台頭したんだろうさ」


「ああ。やはり、我らがセイゲツこそもっとも優秀な士官学校であることを各国に知らしめなくては」


「いいなぁお前は、あんなちびすけが相手で。楽勝だろ」


 リュリュの対戦相手も、肩越しに掛けられた声にへらへらと笑って答えている。


「まあな。これも俺の日ごろの行いのせいさ」



 アベルの顔がさっと紅潮した。


「…校長」


 人を呼びつけておいて自分たちの流儀を一方的に押し付け、それを知らない相手を嘲笑う。あまりにふざけたセイゲツの対応に、ハルトネク隊は一人の例外もなく顔を強張らせていた。



「うむ」


 デッガニヒも穏やかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。



「諸君……わしが許す。諸君らの、実際に命を賭した戦いを潜り抜けてきた全力をもってお相手して差し上げろ。あちらさんもそれがお望みのようじゃからのう」



 デッガニヒの許可に、マジノーが口元をゆがめた。


「そうしてもらえるとこちらとしても助かる。妙な言い訳をされて弱さを誤魔化されても困るからな」


 その言葉の裏には、自分の生徒たちへの絶対的な信頼が伺えた。



 しかし、アベルたちとて様々な修羅場を潜ってきている。そう簡単に負けてやるつもりは毛頭ない。



 互いに戦う意志を新たに固めた所で、一戦目の幕が切って落とされた。



「はじめっ!」


 マジノーが叫ぶや否や、相手の生徒とリュリュはほぼ同時に動いた。



 リュリュが抱えていたクロコを地に下すとほぼ同時に、セイゲツ生は右手をぐっと後ろに引き、二言三言呟いてからばっと突き出す。途端、手の先から蜘蛛の網状に影が放たれた。



「うひゃっ?!」


 リュリュ、そしてクロコが絡め取られたところでその生徒は勝利を確信したのだろう、にやりと笑みを浮かべる。しかし、優勢でいられたのはそこまでだった。



「…って、ざーんねん。考え方は悪くないんだけどさ…それ、二番煎じなんだよね」


 リュリュは慌てる様子もなく、自由な右手の先でぱちんと指を鳴らす。



 その直後、ハルトネク隊も含むその場にいた誰もが驚きの声を上げた。クロコの全身を一瞬にして炎が覆い、影を跳ね飛ばしたのだ。



「は…ははっ、馬鹿が! 自分の道具を燃やすなど…」


 引きつったように笑うセイゲツ生に、リュリュは見下げたように言った。



「そんなわけないじゃん。これは纏ってるだけだっての」


 言葉通り、炎はクロコの装束に乗る形で顕現していた。



 言うなれば、炎の甲冑のようなものだ。そしてその熱を受け、両腕の鉤爪が赤熱している。



 触れた傍から影の網を消し飛ばすその凶悪な見た目にセイゲツ生がひっ、と叫んで後ずさろうとする…が。



「どこにいくのさ」


 声が下から聞こえたと同時に、彼の膝がかくんっと曲がり腰が落ちた。膝裏に向けて、いつの間にか回り込んでいたリュリュが両足を揃えて飛び蹴りをくれたのだ。



「ひ、ひいいっ…」


 その淡々とした掛け声が見た目の可憐さと裏腹に不気味さを感じさせ、泡を食ったセイゲツ生は慌てて反撃する。



 しかし、冷静さを失って勝てるものではない。リュリュとクロコの連携によって散々に小突き回された挙句、脚をとられて尻餅をついたところで胸元にクロコに飛び乗られた彼の額へ、頭上から回り込んだリュリュの手がひたりと押さえつけられた。



「確か、術法を攻撃に使っちゃならないって話だったから使わないけどさ。この状態で使ったらどうなるか…判るよね? まだつづける?」


 仮に術を使わなくても、クロコの鉤爪が喉と目、両方の急所を狙っていて詰んでいる。セイゲツ生は蚊の鳴く様な声で参ったと降参した。



「やぁねぇ、リュリュ。あんまり本気出すもんだからセイゲツの皆さんがおびえちゃったじゃないのよ」


 出迎えたユーリィンがそういうと、殊更大きな声でリュリュは答えた。



「嫌だなぁ、非力なボクは他のみんなと比べて可愛いもんじゃないか。こんな程度でおびえるなんて情けないこと、あるわけないよ……ねぇ?」


 そしてちらりと後ろを流し見た。



 このときようやくセイゲツ生たちの中にも、自分たちとハルトネク隊との戦力に大きな差があるのではないか、という不安を兆した者が現れたようだった。



「さて、リュリュの言ったとおりこれはまだ前哨戦じゃ。マジノー、次じゃな」


 のんびりとした声のデッガニヒに促され、生徒たちと同じように呆然としていたマジノーはかくかくと頭を何度か振ると振り返った。



「ええい、小兵だと侮りおって、馬鹿者め! 次鋒! ソルギョン! お前は侮るなよ!」


 名を呼ばれて慌てて出てきた少女の獲物を見て、ユーリィンがふぅんと鼻を鳴らした。



「ねえ、レニー。すまないんだけど、代わってくれない?」


「ええ?」


 いきなりそういわれ顔をしかめるレニーに、ユーリィンは拝んでみせる。



「いやだって、あたしと同じ武器を使うみたいだもの。それなら、手合わせしたくなるじゃない?」


 なるほど、確かに相手もカタナを佩いている。学府には同じ武器を扱う生徒はいないため、気になるのだろう。



 レニーははぁと大きくため息を吐いた。


「紅苹果八個で手を打ちますわ」


「三個!」


「七個」


「ぬぐぐ…五個!」


「六個」


「アグストヤラナ側の次鋒、早く出なさい!」


 マジノーの苛立ち声に、ユーリィンはがっくり項垂れた。



「判ったわよ、六個!」


「毎度有り、ですわ」


 そう言って後ろに下がったレニーの傍を抜けたユーリィンはゆったりした足取りで向かいながらソルギョンと呼ばれた少女の所作を見ていた。



「あぁもう…」


 所定の位置に付きながら、六個の価値は無かったな…そう心の中で呟く。



 ほんのわずなかな身のこなし、目の動き。それだけで、すでにユーリィンは対手と自分との実力に大きな差があることを見抜いていたからだ。



(まあ、それならそれで戦い方を変えれば良いか)


 しかし、すぐに気持ちを切り替える。本来の目的は勝つことだ。だったら…



「お待たせ。それじゃあよろしく」


 先ほどのリュリュもがやった挨拶をおざなりに済ませ、ユーリィンはソルギョンと向かい合った。



「あたしはさっきのとは違うわよ!」


 言うなりソルギョンは眼光鋭く睨みつけ、相手を威圧しようと言う気迫を全身から溢れさす。それは背後で見守っているはずのセイゲツ生たちをも圧迫させるものだったが、当の対戦相手であるユーリィンはそれを真っ向から受けてなお臆することも無く自然体のままでいる。



 それこそが、二人の剣士としての器の違いそのものなのだが、ソルギョンにはわからない。どころか、臆したが故脚がすくんで動けぬと見て取った。



「はじめぃ!」


 合図と共にソルギョンが飛び出す。刀を振りかぶり、ユーリィンの頭蓋を断ち割る勢いで振り下ろす…が、空を切った。



「おお怖い怖い。あんた、力みすぎ」


 ユーリィンはというと刀を抜きもせず、手刀でソルギョンの体をそっと触れるようにしていなしたのだ。それでも果敢に切りかかりつづけるソルギョンを同じようにしてあしらうこと数回。



「ん、大体判った」


 そう言って、後ろに数歩飛びのきそこではじめて刀を抜いた。



「なにっ?!」


 その構えを見て、ソルギョンが驚きの声を上げる。



 いや、驚いたのは彼女だけではない。他の生徒たち、ひいてはハルトネク隊ですらだ。唯一、デッガニヒだけはほんの一瞬だが口元をほころばせた。


「まったく、あの性悪さは誰に似たんじゃろうな」



 ユーリィンは、構え、体の開き、顎の角度に到るまでソルギョンとまったく同じように模倣していた。今までのやり取りで盗んだのだろうが、付け焼刃にしては堂に入ったものだ。



「ふ…ふ、ふざけるなぁああ! この、猿真似しやがってぇえっ」


 ソルギョンも事ここに至りようやく自身との力の差に気づいたが、今まで優勢だと信じていた自身の矜持がそれを認めない。



 次の一閃は、殺意を十二分に篭めたものだった。マジノーも止めない…いや、止められなかった。



 だが、白刃が舞ったのは二条。



「な…」


「うそ、だろ…」


 生半な技量の生徒では見えすらしなかった今の閃耀(せんよう)とまったく同じ軌跡が、ユーリィンの手元からも放たれており、丁度二人の中間でがっきと刃が噛み合ったのだ。



「う、わぁあああああ」


 ソルギョンが吠えながら、剣を振る、振る、振る。



 それをユーリィンは同じようにすべて受けきる。



 鏡写しの攻防と思われたそれは、しかし程なくして拮抗を崩しはじめた。


「お、おい…まさか…」


 セイゲツの生徒が信じられないといった風に呟く。



「あ、ああ。まさかと思ったが…」


「ソルギョンの奴、押されてないか…?」


 そんなこと、当のソルギョンが一番よく判っている。



 同じ型、同じ攻めのはず。



 それが、段々と押されてきている。相手の攻めの方が、早い。



 技量が、違いすぎる。



「あっ、ああっ、ああああああっ」


 仕舞いには吼えているのか、喚いているのか、泣いているのかすら判らなくなりながらソルギョンは剣を振りつづけ、その都度抑え込まれ攻め手を失っていく。



 数分後。



「はい、詰み。参ったしたら?」


 喉元に刀を突きつけられ、声も出ないほどに困憊したソルギョンは涙も拭かずこくりと頷くと力尽きその場にへたり込んだ。



「うーわ、本気出しすぎて怯えさせたのはどっちよ。さすがに引くわー」


 リュリュの軽口に、ユーリィンは額の汗を軽く人差し指で弾いてこともなげに答えた。



「いやあね、あたしの動きに付いていけた人がいるんだしそんな対したことじゃないわよ」


 それを聞いたアベルは返事の代わりに苦笑いするに留めた。



「つ、次! 次だ!!」


 その間に心を完膚なく丹念に丹念にへし折られたソルギョンは別室へと連れて行かれ、おびえたような目を向けてくる生徒たちに苛立ちながらマジノーは額に青筋を浮かせ怒鳴った。



「ふむ、次は俺か」


 ムクロが数歩前に出る。と、ふと何か思いついたように振り返り先発の二人に言った。



「お前たち、さすがにやりすぎなんだよ。さすがに気の毒だろう。個人戦といっても、試合としては勝ちさえすればいいんだ。ここは俺がお手本を見せてやる、よく見てろ」


 そういうと意気揚々と所定の位置へ向かった。



「なんだろう、すっごくお約束な結果が待ってそうな予感がびんびんする」


「奇遇ね。あたしもよ」


 そんな話がリュリュたちの間で交わされているとも露知らず、ムクロは所定の位置に付く。



「魔人か…だがまあ良い、今までの二人は所詮雑魚」


 対戦相手は見るからに堂々たる偉丈夫だ。整っていると言えるその顔はしかし、どことなく品が無い。いったい何がそう思わせるのだろう…唇に紅を刷いているせいだろうか? それともだらしなく緩んでいる口元のせいだろうか?



 そうムクロがぼんやり不思議に思っているのを自分に興味を持ったと勘違いした対戦相手の男は、べらべらと聞いてもいないことを喋りはじめた。



「ふふっ…確かに貴様たちはなかなかにやるようだ。だが、ここからは“女帝”ドリスと“守護神”ザウェモン、そしてこの俺様“美しき”シュゴイネル。俺たち三人が立ち塞がる。俺様たちこれまでのようにそう易々とはやられんぞ」


 美しき、て。他の二人より大分おざなりな二つ名だな…ムクロはちょっと呆れたが、この後もっと唖然とさせられることになる。



「ふっ…しかし、俺様は心優しき男。見ればお前の見た目は魔人にしておくには勿体無いほどの器量良し。どうだ、俺の八番目の女となり、剣を捧げよ。そうなれば痛い目に会わずに済むぞ」


 そう言って身をよじり、腕を絡めあわせ、最後にその格好のままムクロに向けてばちこーんと片目を瞑ってみせる。その格好のまま、シュゴイネルは微動だにしない。



「…はぁ?」


 思わずムクロはあんぐりと口を開いていた。アベルたちも同様で、デッガニヒも大口を開けはしなかったものの、信じられないものを見たとばかりに目を数回しばたたかせ、弟の方をゆっくり向いた。



「あの……えぇと。あれ、なんじゃい?」


「……言わんとすることは判る。が、放っておいてくれ」


 マジノーは苦々しげに吐き捨てた。



「あれでも腕は確かなんだ、一応な。本当に、あれさえなけりゃな……」


 デッガニヒの、マジノーを見る目が不意に和んだ。



 一方、ムクロはというと無表情のまましばらく考え込んでいたようだったが、やがて返事が纏まったようで小さく頭を振ると口を開いた。



「俺は昔、任務じゃなければセイゲツとアグストヤラナ、どちらに通うか迷ったことがあったが…」


 何を言い出すか、不思議そうな顔をするシュゴイネルにムクロはむしろ哀れみすら感じさせる表情できっぱり言った。



「改めて、アグストヤラナに来て良かったと心底思ったよ。もしセイゲツに来ていたら、俺は人族を徹底的に馬鹿にして蔑んでいたかもしれない。それに気づかせてもらえた君には感謝する」


「んなっ…」


 舌鋒鋭く断られシュゴイネルは顔色を失う。



「だ、だが…そいつだって人族だろうが! あんな凡庸で地味な男よりもこの美しい俺様の方こそが…ひっ?!」


 アベルに向かって指を指して怒鳴り散らした途端、シュゴイネルをハルトネク隊の五人が人を射殺せそうな眼差しで睨んだ。あまりの迫力に、アベルが一歩リティアナたちから身を置いたほどである。



「見てくれしか誇るものの無いお前ごときとあいつを一緒にされるのは心底不快だ…おい、審判」


 ムクロが怒気を含んだ低い声でマジノーに促す。



「さっさとはじめろ」


 無論、マジノーに否やは無い。



「はじめ!」


 マジノーが叫ぶと、シュゴイネルが小さく呪文を唱える。次の瞬間、彼の体を炎が纏った。



「あっ、あれ! ボクの真似じゃん!!」


 リュリュが抗議の声を上げると、シュゴイネルは自慢げに鼻を鳴らした。



「そうだ、先ほどのを見て使ってやったのよ! これならば、俺の美しさを引き立てながらも強さを見せ付けることができる!!」


 そう言ってムクロを見やったシュゴイネルはそのまま固まった。



「…あれ?」


 いつの間にか、床が一面真っ黒になっている。



 厳密に言えば真っ黒ではなく、光が反射しない。



 うろたえるシュゴイネルに、ムクロが珍しく笑みを返して言った。



「お前のような身の程知らずには、地獄が相応しい…知り合った(よしみ)だ、俺の手で冥府へ送り届けてやろう。魔人の贄となることを光栄に思うがよい」


 珍しく芝居がかった台詞。


 ムクロの合図を皮切りに、シュゴイネルの足元からやせ細った人の腕を模した影がずるり、と伸びた――無数に。



 ハルトネク隊の術者の適正は、威力はリュリュ、総合力はリティアナ、繊細な扱いはレニーに軍配が上がる。ではムクロは?



 ムクロの場合、攻撃力には決定的に欠ける。その反面、捕縛や限定条件化での転送などの汎用性に突出しているのだ。



 シュゴイネルはリュリュの技を一回見た限りで真似して見せたことから判るように、確かに自分で言うようになかなかの力量の持ち主といえる。この場合、単純に相性が悪かった。



「ひっ?! な、なんだこれは?! これは術だ、所詮術なんだ! そうに決まっている」


「…さぁて、どうかな? 術ならお前の術で相殺できるだろう。試してみればいい…魔人の呪いをその程度で払拭できるかどうかをな」



 シュゴイネルの体に帯びていた炎が掴み掛かってこようとする腕を片っ端から焼き切る…が、処理しきる前に多くの無数の腕に絡みつかれ瞬く間に消し潰される。


 障害が無くなりなおも減るどころか増える一方の影の腕は、やがて剥き出しとなったシュゴイネルの手や足を絡み取り、影へと引きずりこんでいく。



 その光景はさながら、生者を地獄へ引きずりこまれようとする亡者の群れといったところだ。



「うわぁ…地味に引きずり込む力を調節してるよ……」


「本気ならとっくに捕縛して身動きできないようにしてるのに。あんな演出までして、よっぽど脅かしたいのねぇ」


「ムクロ、アベルを馬鹿にされたのがよっぽど腹立ったんだなぁ」


 呆れたように呟くリュリュたちの言葉通り、ムクロは本来ならあっという間に引きずり込めるのをあえて調節し、頑張れば退き解けるほどの力量で影を絡みつかせていた。そうすることで単なる術ではないと演出しているのだ。



「やめ、やめ…ひ、ひやぁあああっ! だ、誰か、わぷっ! た、助け…ごぼぉっ」


 一切の抵抗を許さずただずぶずぶと引きずり込もうとする、不気味な影の群れの前にこの世ならざるものを想起させられ半狂乱になったシュゴイネルだが、叫ぼうとする口にすら大量の影法師が入り込む。こうしてついに、シュゴイネルはかぼそい悲鳴一つあげて一面の影へと没してしまった。



 しんと静まり返る道場内に、場違いにのんびりした声が掛けられた。


「良いけどムクロ、殺したらその時点であなたの反則負けになるからね。心臓麻痺で死なれても同じだから、さっさと開放してあげなさい」


 審判でもあるリティアナにそう言われ、一端は不服そうに口を尖らせたもののムクロは判ってると答えるとすぐに影を普段どおり自分だけのものに戻した。



 こうして無様に股間のあたりを大きく湿らせたシュゴイネルを後に残し、仲間たちの元へ帰ってきたムクロをリュリュとユーリィンはにやにや笑いをもって出迎えた。



「いやぁ、さっすが。なかなかえっぐい真似をされましたなぁムクロさんや。ところでえぇと…なんでしたっけ? やりすぎ? お手本を見せる?」


「見事なお手本でしたわ、あたくし感動で震えが止まりません! きっとセイゲツ側の生徒も同様に、あなたの見事なあしらいっぷりに再起を誓っていることでしょう!」


「お前たちだって同じ立場だったら徹底的にやっただろ」


「し~ま~せ~ん~。リュリュならともかく、あたしはし~ま~せ~ん~」


「自分だけ関係ないみたいな顔してるなよ!」


 からかわれたムクロがふてくされ、戯れに拳を突き出すのを受けながらユーリィンたちはけらけら笑った。楽しげにきゃいきゃいはしゃぐハルトネク隊と対照的に、セイゲツ側はまるでお通夜の様相を呈している。



「さて」


 デッガニヒの堂間声が道場に響いた。



「ここまでで三戦三勝。そちらには勝ちの目はもう無いわけじゃが…」


 そういって(いささ)か気の毒そうにマジノーを見やる。確かに当初は無礼さが際立ったが、力量の差をこうまで顕著に見せ付けた後だと少々気の毒にもなってくるというものだ。



 ましてや、彼らはこの試合の様子を各国へ見せているのだ。来年以降セイゲツの新入生がどうなるか、他人事ながら想像するだに恐ろしい。



 そして無論、それはマジノーにも判っている。だからこそ、ここで止めてはただ痛手を蒙っただけで終わってしまう。



「まだだ、まだ終わらん! 今までのはまだ小手先、このセイゲツが誇る精鋭二人がまだ残っている!」


 半ば予期していた回答に、デッガニヒは小さく嘆息した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ