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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
一年目
11/150

第3話-3 敗北と共感と



 アベルが保健室の寝台で目を覚ましたときには、すでに夜も更けていた。



 気づいたアベルに、傍の机で書き物に勤しんでいた妙齢の美女から呆れたような声が投げかけられた。



「あ、起きたんだ。お前さ、やる気があるのは結構だけどほどほどにしとけっての」



 おぼろげながらに思い出せたのは、十数回目に立ち上がったところまでだった。



「あの髭達磨のきまぐれなんざ、肋骨数本へし折られてまで付き合うようなもんじゃないだろ?」



 保険担当のアルキュス先生は、美しい黄金の髪を頭上で纏め上げ、白衣と白翼の似合う美しい天人だ…が、生徒の大部分に図抜けて口が悪く、おまけに重度の博打好きの守銭奴で残念美人として知られている。



「あたしの天幻術やここに用意してある薬には限りがあるんだよ。無駄死にするならあたしに有り金残してから死にな」


「有り金ってそんな、無茶苦茶な…」


「死んだら金の使い道ないんだからそれくらい構わんだろ。なぁに、ちょうど必勝法を見つけたんだ。ちゃんと倍にして薬代に還元するから安心して遣しな。というかさ、お前何でそうまで勝ち目の無い戦いに拘ったんだ?」


「それは…」


 言いよどむアベルを見て、ようやくアルキュスは思い出したようだ。



「あぁん? …そういえばあんた、どっかで見たと思ったら初日にいきなり校長に切りかかった生徒だったね」


「え、ええ…まあ」



 小言を言われるかと身を硬くしたアベルだったが、アルキュスの反応は意外だった。



「あっはっは、あんときゃあホント傑作だったよ。ガンドルスのびっくりした顔なんてそうそう拝めやしないからね。久々に腹抱えて笑わせてもらったっけ。でもさあ、あんたなんであんな真似をしたんだい?」



 怒られたりしなかったのはともかく、どう答えていいかわからずアベルは黙りこんだ。やがてはぁ、と小さな吐息がアルキュスの口から放たれる。



「ちぇ。酒のつまみにと思ったけど、そこまで言いたくないならもう良いわ…めんどくさい。けど、命を粗末にするような真似はするなよ。それは校長もだし、あんたもだ」


「……はい」


「というかだ。大体、冒険屋になるにしろ軍人になるにしろ、命は一つしかないんだ。それを弁えて行動できてこそだな、一人前なんだよ。だが最近の新入生どもはそこをわきまえず…」



 喋るうち火がついたのか、気付けばアルキュス先生のお説教がはじまってしまった。



 長かった蝋燭が燃え尽きるまでたっぷり絞られた後放り出された廊下にはすでに人気が無く、しんと静まり返っている。



 目を覚ました直後はまだ悔しさや、明日以降のルークたちの反応を考えたときの憂鬱が尾を引いていたが、アルキュス先生の長きに渡るお説教のおかげで今はただただもう眠い。



 重くなった足を引きずり、自室へ戻ろうとした最中。



「…ん?」



 ふと、何か聞こえたような気がした。立ち止まり、もう一度耳を澄ましてみる。



「…やっぱり」



 今度は確かに聞こえた。



 しん、と静まり返っている中、すん…すん…と石壁に反響してわずかにしゃくるような音だけが聞こえてくる。



「き、気味が悪いな…」



 アベルは学府内の噂話などに詳しくはなかったが、それでも幾つか不思議な話を小耳に挟んだくらいはある。



 曰く、かつて卒業を間近に控え不慮の死を遂げた生徒の霊が徘徊して己が死の原因をさがしている。



 曰く、誤って実習中に死んだ生徒の霊が我が身の不幸を嘆き、それを聞いた者を同じ境遇に引きずり込もうと憑り殺す。



 そんな頭の片隅に残っていた与太話の記憶が否応無く呼び覚まされる。



「そ、そんなのある訳がない…決まってるさ」



 自らにそう言い聞かせるが、身体はまるで冬場のように寒気で小刻みに震えていた。



 このまま部屋に駆け戻るか一瞬迷ったが、


(…後ろから追いかけてこられたら嫌だし、せめてどこから聞こえてくるかだけでも確認しよう!)


 そうと決めたアベルは覚悟を決めた。



 大粒の唾を飲み干し、耳を澄ませながら泣き声のするほうに向かって音を立てないよう気を払い歩き出す。声は、保健室からほど近い井戸の間から聞こえてくるようだった。



(ここか…ようし…)



 足音を立てずに壁に身を寄せるとアベルは耳を研ぎ澄ませた。岩壁から伝わる冷気が染みてきて、ぶるっと大きく身震いする。



(やっぱり、泣き声だ)



 ここまでくれば、人の泣き声だとはっきり判った。だが、誰がこんな夜更けに?



 ええいままよと好奇心を堪えきれずそっと覗き込むと、そこにいたのは学府共有の井戸にもたれかかるようにして屈み込み、槍を力の限り握り締めるレイニストゥエラだった。



(あいつ、こんなとこで何をしてるんだ?)



 ほっとしたアベルがふと興味を持ち、よく見てやろうと目を凝らしたところで。



(あっ)



 頬を滴る大粒の雫が月の光を反射して零れ落ちていく。そこでようやく、アベルは彼女が声を殺して泣いていたことに気付いた。



 アベルは一旦は話しかけようと思ったが、すぐに思いとどまるとその場を後にした。



 彼女も何か理由があって、力を求めている。


 そしてそれが甲斐なく届かなかったことがこの上なく悔しいから、泣いていた。



 自分と同じなのだ。


 いつしか彼女に共感めいた感情を抱いていたことに、アベルは自分でも気付いていなかった。






 アベルが保健室を出た頃、校長室に呼ばれたリティアナが顔を出していた。



「来たか…お、それは」



 ガンドルスが目ざとくリティアナの髪留めに気付く。銀製のそれは、以前ガンドルスが出張で出かけたときの土産として与えた物だった。



「うむ、よく似合っておるぞ」


「ありがとうございます」



 ほんのり、リティアナの顔に朱が走る。だが余計なことは言わず、室内に入ると用意された椅子に腰掛け用件をさっそく切り出した。



「話は聞きました。…彼と立ち会ったそうですね」


「立会いって程大げさなものでもないがな。じゃれあいだよ」



 そういう間、ガンドルスが笑みを浮かべながら顎をずっと撫でていることにリティアナは気付いた。



「顎、どうかしたんですか?」


「ああ、最後の最後に掠られてな。傷とも言えんもんだが、触れられたのも久しぶりだ。まあ奴さん、最後は意識無いまま剣を振っていて、そのまま倒れ掛かってきたから多分知らんだろうがな」



 実に嬉しそうに言うのを、リティアナは冷めた目で見返している。



「…止めて下さい、そういう危険な真似は。この学府は、あなたがいてこそなんです」


「前にも言ったがそのためのドゥルガンだ。いい加減俺も楽隠居したいしな」



 リティアナが僅かに眉をひそめた。



「限度があります。今日の確認も、本当はメロサー先生の役割だったじゃないですか」


「まあそうだがな。覚えてるだろ、入学式の夜の」



 そういうと、ガンドルスはリティアナをじっと見据えた。



「あの小僧が何のために切りかかってきたか見極める…忘れちゃおるまい?」


「…ええ。忘れようとしても忘れられません」



 リティアナは窓外に視線を向ける。彼女をちらと見たガンドルスは、のんびりとした口調を崩さずずばり聞いた。



「リティアナ、彼が何のために来たか気付かないお前ではあるまい?」



 リティアナは顔を背けたまま答えない。



「あいつは、お前のために来たんだよ」



 その言葉に、リティアナの肩がぴくりと小さく揺れた。



 無論彼女だって知っている。直接聞いたのだから。



「面白い奴だな。俺もじっくり見るまでは思い出せなかったが、今日改めて殺気ばった顔を見てようやく思い出した。あいつはブレイアが滅ぼされた日、お前を助けようと飛び掛ってきたんだ」


「わたしを…?」



 ぽつりこぼしたリティアナを横目で見て、ガンドルスが頷く。



「そして五年経った今尚、お前の面影を追ってここまできた…と俺は視た。いやはやまったく、そこまで慕われるとは女冥利に尽きるってもんじゃないか、なぁ?」


「…さあ」


「さあ、ってことはあるまいに」



 リティアナは答えない。俯いている彼女がどう思っているかは、さすがにガンドルスにも判らなかった。



「やれやれ…まあ、良い。とりあえず、そういう事情だから俺は問題無さそうだと判断する」


「ですが!」



 腰を浮かしかけたリティアナにガンドルスは片手を挙げて制した。



「まあ聞け。あいつにあの日何があったかを説明してやれば問題あるまい。そうだろう? やましいことは何も無いのだから」


「それは…そう、かも知れませんが」


「それでもまだ尚納得せんようなら、そのとき改めて対処を考えることとしよう。まあ、見た感じでは素直な子のようだからそうなる可能性は低そうだがな」


「では…?」



 うむ、とガンドルスが頷く。



「明日の夜ここに来るよう、君から伝えておいてくれんか」



 リティアナはまだ文句を言おうと口を開きかけたが、やがてふぅとため息を吐くと諦めたようにわかりましたとだけ答え辞去した。


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