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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
109/150

第31話-2 ハルトネク隊、突撃部隊に編成



 翌日、転送球で学府へ戻ったアベルたちはその足で校長室へ向かった。すでに授業に出ている以外の教師陣が待ち受けており、そこそこの広さを持つはずの校長室は大分手狭になってしまっている。



「これが今回の報告となる」


 アリウスからのまとめを聞き終えたデッガニヒは、ふぅむと頷く。



 その傍では、ベルティナに適当な匙に付与してもらったものをバゲナン先生が鑑定していた。こちらは特殊な事例なため、先に説明して確認してもらっていたのだ。



「ん、なるほど。確かに、ん、驚いたことですが錬金化してるのです、ん」


 バゲナンは件の茶匙を天井の灯りに透かしたり翳したりしながら何度も頷いている。



「能力は言ったとおりで間違いないのかの?」


 デッガニヒの問いに、バゲナンは小刻みに卵型の頭を揺すって同意した。



「ん…そうですな、実際変身している化獣がいればそれが一番でしょうが…ん、試すだけなら、恐らくダーダで十分でしょうな」


「どういうこと?」


 リュリュが小首を傾げるが、他の仲間たちもよく判らない。そんなハルトネク隊に、バゲナンは振り返った。



「ん、これで掬った水には、要するに、ん、魔素を暴走させろという命令が含まれるのですな。ん。それにより、浴びた化獣が魔素を使って見た目を変えていた場合変身が強制的に解かれるわけです、ん。ダーダの場合は、ん、酔っ払うような感じになると思いますよ、ん」


 それを聞き、デッガニヒがふむと頷いた。



「なら、後で校庭に連れて行ってから試してみてくれんかの。ここ、校長室で酔っ払って暴れられた日にはわしがガンドルスに殺されかねんからの」


 そういうと、デッガニヒはさてと話題を切り替えた。


「話は変わるが、今回の会談で得られた情報により状況は逼迫したと言えよう。話に出てきたユーデルという化獣化した男じゃが、オルデンでは第三執政補佐官というかなり重要な役どころに就いていた者じゃそうじゃな。ぽっと出の文官ではない、そんな重鎮ですら化獣にされておったとなると、かなり問題じゃ」



 アルキュスが補足する。


「ルークの話によるとルトヴィネアの前線基地が瞬く間に崩壊したのは、モラディエに扮したディル皇国軍に不意を突かれたからだそうだよ。モラディエ側に気づかれる前にどうやったらそんなことができたのが不思議だったが、仕官が摩り替わってたとしたら救援部隊をひそかに殺して摩り替わることも容易だったろうね」



 そういう展開が今後増えるとなれば、一層戦局は悪化するだろうことはアベルたちにも容易に推察できる。なんとしても今の段階で食い止めなくてはならない。



「そこで今後についてじゃ。わしらはベルティナの用意した匙を持ち、現在ディル皇国と戦闘状態にある、あるいは今後予定される国々へと回る。そこであらかじめ定めた日時に潜り込んだ間者を叩くと同時に、一斉にディル皇国へ攻め入ろうと思う」


「でもそんなことをすればディル皇国が…」



 心配そうに尋ねるアベルに、アリウスは小さく頭を振った。


「余もこの戦、ディルの民が一滴の血も流すことなく治められるとは到底思っておらぬ。余にできることは、可能な限り騒乱を早期に鎮め、フューリラウド全体の被害を出来うる限り抑えることのみだ」



 デッガニヒがちらりと窓外の鈍色に広がる空を見た。


「ディル皇国の上層にも、化獣が食い込んでおることじゃろう。軍の体裁を取っておる以上、指揮する頭さえ叩けば下が無駄に巻き込まれることもなくなるはずじゃ。その方が被害は抑えられるじゃろうて」


 そういうことなら、アベルたちにも異論は無い。それを見届けたデッガニヒが満足げに頷きつづけた。



「そして、かねて王子が言っておったディル皇国へ突撃して王位を簒奪する予定についてじゃが…その一番槍にアグストヤラナからは――ハルトネク隊。諸君らに出てもらう予定じゃ」


「僕らが?!」


 驚くアベルに、デッガニヒの視線を向けられたアリウスが一歩前に出て答えた。



「うむ。デッガニヒ臨時校長と以前から相談しておったのだが、この作戦は外部でオルデンを中心とした連合軍がディル皇国軍をひきつける。その間に、本命を余がネクロたちと会う際利用しておった専用の転送陣で直接乗り込む…というものだ。この転送陣はラシュバーンが用意してくれたものでな、父上ですら存在を知らぬ。場所も余の私室からそう遠く離れておらぬ故、直接父上の元へ向かえるにはうってつけと言えよう。ただ、元々私用で使っておったものなので大人数は運べぬ。なれば、選りすぐりの兵と共に飛ぶということになるわけだが…」



「他の兵ではだめなんですか?」


 さすがにアベルは自分たちより適した者が他にいるのではないかと考えたが。


「謙譲は美徳なれど、過ぎたればそれは嫌味となろうぞ? 信がおけるかどうかという問題もあるが、それだけで語る訳でもない。余から見てもそなたたちの戦力は高いものと評価しておる。故、そなたらが余と共に来てくれるなら心強いのだが…」


 小さな皇太子は、真剣な表情でアベルを見上げていた。デッガニヒがそれを後押しする。



「ショルパーズ大公からも推薦があってな。諸君らの対応の果断さを気に入られたそうじゃ。実際の話、化獣との戦闘経験について言えば諸君らは正規兵になんら劣るものではあるまいて。無論、無理強いはせぬが、諸君らの力は自分たちで思っておるよりも評価されておることは知っておくとよかろう」



「…アベル、俺からも頼む」


 そして、ムクロも頭を下げた。


「我侭とは分かっているが、ラシュバーン将軍がどうなったのか俺は知りたい。恐らく国王ならば知っているはずだ。いずれにせよ戦いは避けられないのならば、直接聞き出したい」



 アベルは仲間たちを見渡す。


 彼らの表情に迷いは無い。その意を汲み取り、アベルも覚悟を決めた。


「そうだね。僕らにとっても化獣、そしてディル皇国とは縁が深い。その任務、謹んで受けさせてもらいます」


 その言葉に、アリウスの表情が明るくなった。



「よし、話が決まったの」


「出撃はいつに?」


「一週間後を考えておる。何故その日に、と思うじゃろうが、周辺国へ手回しして同時に攻め入る手はずを整えておく必要があるでな」


「え?! それじゃあ、協力はこれから取り付けるつもりだったんですか?!」



 驚くアベルたちに、デッガニヒはにやりと笑った。


「なぁに、ただ和平交渉を持ちかけるだけならば断られる可能性が高かったが、これからはそうはなるまい。恐らく、わしらが持ち込む匙は各国でも喉から手が出るほど欲しかろう。安穏と腰を落ち着けていられるほどの余裕もあるまいし、勝算は十二分に跳ね上がっておる」



 ルトヴィネアの悲劇はすでに周辺国に伝わっている。そこへ、重臣に紛れ込んだ化獣を暴く手段があると判れば一も二も無く飛びつくはずだ。



「その間、何か僕たちにできることはありますか?」


「うむ。それなんじゃが…一つ、諸君らに依頼を出す予定じゃった」


「え、僕たち限定ですか?」


 不思議そうにアベルが尋ねると、デッガニヒは頷いた。



「うむ。実はの、今回の作戦には他国の軍だけではなく、他の軍学校にも協力を要請しておるんじゃ。人手は幾らでも欲しいからのぅ」


「おお、ちゃんと働いてる!」


 リュリュがそう言うのに、デッガニヒは首を振り振り言った。



「そう胸を張って言えれば良かったんじゃがのぅ」


「と言うと?」


 アルキュスが説明する。


「その軍学府――セイゲツ士官学校というところなんだけど――は、兵士を輩出する学校機関としては二番手につけてるところでな。以前から色々うちとは確執があるところなんだよ」



 デッガニヒが後を継ぐ。


「それでな、わしらがアリウス王子を擁していることを知ったセイゲツの現校長はそれが気に食わんようでな。要するに、戦の旗印を抱くのは自分たちこそが相応しい、そう主張しておるんじゃ」


「はぁ…それで、僕らの依頼とはどんな関わりが?」


「そうじゃな、話を元に戻そう。彼らは、協力するための条件をつけおったのじゃ。『生徒の身を預かる以上勝ち目の無い戦いには出せない。そのため、自分たちが納得できる戦力を提示しろ。それができない、或いは自分たちより劣るようならアリウスの身柄は自分たちが預かる』ともっともらしい理屈をつけてな。仮に拒否した場合、自分たちは元より、他の軍学校や自分たちの卒業生が身を置く国の軍へも参加しないよう働きかける――そうも抜かしおった」


 ようやくアベルたちも話が飲み込めた。



 要はセイゲツの要求を突っぱねるため、相手と力比べをしろということだろう。



 呆れた様子を隠そうともしないユーリィンが代表して尋ねた。


「はぁ…その力比べはいつ?」


「三日後の早朝、転送陣を使って先方にわしと諸君らで向かう。それから二日掛けて団体戦と個人戦を行うことになっておる。希望としてはどちらも勝利して欲しいが、最低片方だけでも勝って貰わねばならん」


「相手はどんな連中ですの?」とレニーが尋ねるが、デッガニヒは首を振った。



「判らん。だが恐らく、諸君らのような秘蔵っこであろう。決して油断はするなよ」


「油断するつもりは無いけど…別に、相手の顔を立ててわざと負けてあげてもいいんじゃないの? 聞いた感じどうやっても根に持ちそうだし、王子の安全さえ保障してもらえればどこにいてもいいじゃんって思うんだけど」


 面倒くさそうに言うリュリュに、デッガニヒはそうもいかんと嘆息していった。



「尚、その戦いの様子は遠見の水晶で観られ、そして彼らと繋がりのある国々へとも流される。もし負けようものなら、協力を取り付ける予定の各国に動揺が生まれかねん。連中にとってはただの宣伝のつもりかも知れんが、ディル皇国からすればまたと無い時間稼ぎになってしまう。決して負け越すわけにはいかんのじゃ」


 そうすることでセイゲツとしては各国へ向けてアグストヤラナの名を落とし、かつ自分たちの存在を大きく売り込むつもりなのだろうが、巻き込まれる側としてはたまったものではない。



「馬鹿馬鹿しい。そんなことをしてる場合じゃないだろうに…」


 深々とため息を吐くムクロに、デッガニヒが大きく頷く。



「まったくじゃ。あ奴はいつも、わしに嫌がらせのような真似ばっかりしてくる。お互いいい年じゃ、身分だってある。いい加減大人になれというに…」


 その言葉に、ユーリィンが首を傾げた。



「んん? その言葉からすると、セイゲツの校長と師匠とは知り合いってこと?」


 デッガニヒは答えた。



「セイゲツの現校長は、わしの弟じゃ」


ベルティナの匙:匙自体は文中にもあるとおり、そんじょそこいらにあるのと同じものです。

魔素は意志によって変質する元素であり、ベルティナの強力な魔素操作能力によって元々匙に含まれていた魔素が変質・変化したために起こりました。

我々の世界で言えば、ただの金属片に強力な電流を流して磁石にした結果、そのまま磁石としての性質が定着したようなものでしょうか。

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