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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目後期
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第30話-3 アベル、すねる



「ということで、ガンドルス校長の意識は戻ったが、依然として重態なため面会謝絶であることには変わりは無い。よって、校長はわしデッガニヒがこれまで同様臨時校長を務めるでな」



 大食堂に集められた全校生徒たちは校長がこん睡状態を脱したと伝えられ、喜びと安堵の声が一斉に沸き上がる。それはリティアナからも話を聞いていたハルトネク隊――すでに事情を話して戻ったムクロも含まれる――も同様だった。



「良かったぁ!」


「ええ、本当に…」


 中でもリティアナは、アルキュス先生に付き添われて教室に戻ってきたときからぼろぼろと大粒の涙をこぼしている。



 ずっと心配していたからこそその喜びが大きいのは判っていたが、それでもアベルは素直に喜べない自分が心の片隅にいることに気づいていた。



「…みんな、今は発表に集中しようよ。まだ話があるみたいだし」


 アベル自身すら思いもよらぬ硬い声に、仲間たちは一様にぎょっとした。



 しかし、言うことはもっともだと気持ちを改め、教師陣の話に集中する。



「そういうわけで、現状諸君らのうち三年生、及び契約冒険屋の諸君に与えられた役割は原則変更無しとなる。そうでない者には、各担当監督生を通じ仔細を知らせるのでそのつもりでおるように。くれぐれも軽はずみな行動を取らぬように」


「ふぅん、変わらないのかぁ」


「まあそれもそうか。校長、まだお腹の傷治りきってないんでしょ?」


 ユーリィンに尋ねられ、ようやく涙の止まったリティアナがうなずく。



「ええ。わたしが確認した限りでは大きな変化は無かったはずよ」


「うへぇ、凄い話しだよねぇ。さすがは校長って感じ」


 リュリュまでもが感心したような声をあげたことが、とうとう最後の一押しとなった。



「うるさいな、静かにしてくれってば!」


 急にかんしゃくを起こしたアベルに、リュリュたちは驚きの目を向けた。それに気づいたアベルは気恥ずかしさを覚え、逃げるようにして顔を背けた。



「どしたのアベル、突然」


 彼を気遣おうとしたリュリュを、ユーリィンが制した。黙って首を振ったのを見て、リュリュもこの場は黙っておくことにした。



「おぅい、ハルトネク隊! ちょっとこちらへきとくれ!!」


 気まずい空気のまま教師陣の説明が終わり、他の生徒たちと共に自分たちの教室に帰ろうとしたアベルたちを、デッガニヒが呼んだ。



「はぁ、…何ですか?」


 微妙に、空気が悪い。


 さっと一同を眺め渡し、そうと見て取ったデッガニヒはかすかに眉を寄せる。しかしそれをおくびに出さず、普段どおりの呑気な様子でリティアナに向き直った。



「まずはリティアナ。確かお前さんが看てたときに吹き返したんじゃったな。ガンドルスも気にしておったし、今から顔を出してやりなさい」


「え、でも…面会謝絶では…」


 困ったように尋ねるリティアナに、


「そりゃ『部外者』は、な。お前さんとガンドルスの関わりはわしもアルキュスも十分知っておる、部外者とみなしたりはせんよ。ほれ、そんな気兼ねをせんとさっさと行ってくるがええ。出撃は来週じゃったろう、それまでにたんまりと面倒を掛けられた苦情でも聞かせてくるがええ」


 デッガニヒは片目を瞑った。もちろんこれは互いに心配していることをわかった上での軽口だ。



「そう…ですか。それではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございました」


 リティアナは深々と頭を下げ、保健室に向かって駆け出していった。



「…いいんですか?」


 アベルの問いに、デッガニヒはじろりと睨んだ。



「親子のような二人じゃ、当たり前じゃろうが。それともお前さんには彼女を引き止めるに足る権利があるとでも思うのかね?」


 低い声。その剣幕に、アベルはたじろいだ。



 普段明朗なこの老人にしては珍しく、怒っていた。



「い、いえ…そういうつもりじゃ…」


 デッガニヒは鋭い視線のまま、のんびりとした口調で教え諭した。



「アベル、お前さんがリティアナに対し尋常ならざる想いを抱いてきたことはわしならずとも知っておる。じゃが、相手が自分の思うように動かんからといって、仲間たちにまで不満をぶつけてはならんよ。そんなことは子供っぽいし、何より不調法なことじゃ。わしの知るアベルは、そういう子ではなかったはずじゃ」


「それは…」


 ずばり心中を指摘されたアベルは、一旦は弁解しかけて言いよどんだ。



 確かに先刻の態度は自分でもよくなかったと考え直したアベルが仲間たちに向き直りごめんと謝ったのを見届け、ようやくデッガニヒは相好を崩した。



「まあ、わしも同じくらいの年月には同じようなことをしでかしたもんじゃ。じゃから二度とするななどと口はぼったいことは言わん。恋は大いに結構。男も女もどんどんするがええ。そうやって人生を楽しむことじゃ…アベルに限らずな」



 そう言い残し、かかと笑いながらデッガニヒは立ち去ってしまった。残されたアベルたちは、お互い気まずそうに顔を見合わせると、無言のまま自分たちの教室へと引き上げた。


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