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アグストヤラナの生徒たち  作者: Takaue_K
三年目前期
100/150

第29話-6 己の心に気づいた乙女たち



「はぁあ?!」



 湯気こもる浴室内。


 そこで、髪に湯を掛けたばかりのユーリィンの声がわんわん反響する。



「グリザの実、アベルを助けるのに使っただぁあ?!」


「しーっ! しーっ!」


 リュリュが慌てて飛び上がり、ユーリィンの口を抑え付ける。そのまましばらく様子を見るが、どうやら隣の男湯には誰もいないことがわかってリュリュはほぅと胸をなでおろした。



 昨夜の遭難のせいで体が冷え切っているだろうと判断したアルキュス先生の計らいにより、捜索に向かったユーリィンたちを含めリュリュは浴室を使わせてもらっている。



 普段浴場は昼には使えないためほぼ貸しきり状態になっているが、一番聞かれたくない相手も同じ状況なため隣にいる可能性を危惧したのだ。



「もうっ、大声出したらせっかく秘密にしたのにばれちゃうじゃん!」


「悪い悪い。てか、アベルには秘密にしてるのはなんでよ?」


 湯船に再び浸かったリュリュは、顔を赤くして沈み込んだ。



「…だって、ボクの身勝手でアベルが気に病んだら…嫌じゃん」


「ふぅん」


 ユーリィンは、ほんのちょっと見ない間に大人になったねぇ、と言いかけて止めた。



 リュリュの性格からして、それを聞いた途端図に乗るに決まっている。



「でもさ、良いの? グリザの実って、あんたら小翅族が他の種族と結婚するために必要な薬の材料でしょうに?」


「…うん、判ってるよ」


 成人した小翅族は、グリザの実を精製して抽出した魔素を使用することで他種族に併せて体を大きくして契りを結べるが、そのためグリザの実を手に入れ加工することを儀式と称している。



 グリザの実を失うということは、他種族との結婚ができないことを暗に示しているのだ。



「でも、それでもいいんだ。ボク、結婚できないよりアベルに死なれる方がずっとずっと嫌だもん」


「…いいの? 辛いわよ? 今のアベルは…」


「うん、判ってる」


 そう答えるリュリュの声は沈むでもなく、嘆くでもない。むしろ、どこか吹っ切れているようにも感じられる。



「アベルが、今はボクのことを見てないことも、ずっとリティアナのことを見てきたことも知ってるよ。だって、ボクはずっとアベルのこと見てきたんだもの」


「リュリュ…」


「あはっ、そんなに心配することないって」


 リュリュは明るい声で答えた。



「きっと、何とかなるよ。要するに、代わりに高濃度の魔素の結晶体があれば何とかなるってことじゃん。仮に見つからなくても、クロコのときの要領を生かせば、ぼんきゅっぼんって色気たっぷりの体になれるかも知れないし!」


「はぁ~…あんた、そこまで楽観的になれるなんて感心するわ」


 掛け湯してから湯船にゆっくり浸かったユーリィンは呆れたように言ったが、逆に出てきたリュリュは傍の縁に腰掛けながらあっけらかんとした笑顔で友を見上げた。



「あはは、そっかな?」


 そうよ、と笑いかけたものの、ユーリィンは今一度真面目な顔に戻って確認する。



「不安に思うことは無いの?」


 その優しさに、リュリュは穏やかな微笑をもって返した。



「…そりゃあ、ほんのちょっとは思うよ。でも、それ以上に嬉しいんだ」


「嬉しい? 何がさ?」


「ボクが、アベルの役に立てたんだってこと。あ、それと昔の御伽噺の人たちの気持ちがちょっとわかったことも、嬉しいかな」


 そう返した友を、ユーリィンは誇りに思う。



「…うん、やっぱり大人になったんだねぇあんた」


 その言葉をふと漏らした直後。



「え、ホント?! ホント?!」


 ユーリィンは間を置かずして己の失言を後悔した。



「ボクから大人の魅力溢れちゃってる? いやぁ~、前々からそうじゃないかと思ってたんだよねぇ~。えへへぇ、やっぱり隠しきれないかぁ~、大人のみ・りょ・く♪」


「だああぁっ、もううっとおしい!」


 調子に乗ってぶんぶん周囲を飛び回るリュリュに苛立ち、ユーリィンはべしんと叩きつける。ぷかぁと一旦水没したリュリュは浮き上がると、勢い良く顔を跳ね上げた。



「ぶはぁあっ! し、死ぬかと思った!! ボクの羽は水に浸かると駄目なんだってば!」


「んなことで死ぬような殊勝なたまじゃないでしょあんたは」


 摘み上げられたリュリュががぁがぁ文句を言うのを聞き流し、ユーリィンは自分の頭の上に載せると再度ゆっくり湯船に浸かった。



「…ま、なんにせよ、あんたが自分の気持ちに気づいたのは喜ばしいことだわ。そこは素直に祝福してあげる」


「ユーリィン…」


 素直じゃないが、それでも喜んでくれているのがリュリュにも伝わった。



「でも、油断しちゃだめよ。昨日変化が起きたのはあんただけじゃないんだから」


 しかし、すぐその喜びに水を差される。



 声音こそ沈痛そうな趣ではあったが、その目をよくよく見れば愉楽の煌きが目の奥で輝いていたことに気づけたかもしれない。だが、友の珍しく温かい言葉に感激していたリュリュは残念ながらそれに気づかなかった。



「…え? どゆこと、何があったの?」


「実はね…」


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