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メガデレラ!  作者: れんか
5/7

5.生しらすは生姜とめんつゆで食べると美味しい






 パーティー会場に着くなり、主宰側のため仮面を付けていないアルフレッド殿下が、なぜか真っ直ぐにわたしの元へダンスを誘いに来た。トウモロコシの髭のような、金の巻き毛。澄みきった空のような蒼い瞳の美男子。

 

 ーーああ、やっぱり。

 

「まぁ。どちらのご息女様かしら。羨ましい事ね」

 

「くっ。殿下が相手では……」



 デビュタントとして社交界にデビューした時に一度だけダンスを踊った事があるから、いくら田舎者でも顔は知っているのよ。ああ、でも。やっぱりそうだったんだ。

 

「ワルツを一曲」

 

 ホストにそう願われて、断れる人間などいない。ホストでもあり主役でもある彼が踊らない限り、この夜会の参加者は誰ひとり踊る事が出来ないのが、社交界のルールだから。

 

「美しい貴女とこうして夢のようなひと時を過ごせるなんて」

 

「……」

 

 暗がりでしか見たことがなかったから、まさかとは思っていたけれど……甘く囁くその声も。

 

 ーーあの鼻眼鏡の彼のものじゃないの。

 

 なんだ。彼は誰にでも甘いセリフを吐くんだ。わたしがどこの誰かは、分からないはずだから。鼻眼鏡の無い彼はどこか遠い存在に思えて、なんだか胸がズキンと痛い。曲が終わってお辞儀をして。泣きそうになるのを抑えて、その場を辞そうとするけれど。

 

「曲が変わりますよ」

 

 今度はアップテンポな曲に変わり、そのままダンスを続行されてしまう。二曲目はみんなもフロアに躍り出て、それぞれが相手とつかの間の夢を楽しむ。

 次の曲も終わり、これが最後とお辞儀をするけれど、次の曲もその次も殿下はわたしを離そうとはしなかった。同じ相手とダンスをずっと踊り続けるのはマナー違反。ましてや相手は、独身のアルフレッド殿下。

 

 ーーああ。

 

 痛いの。嫉妬に狂ったご令嬢の視線が。その親御さんの憎しみの込められた瞳が。

 

「見慣れない方だから、きっと社交界の常識をご存じないのね」

 

 いいえ存じてますとも。だったら助けて欲しいわ。ガラスの靴で踊り続ける足は、もうとっくに悲鳴を上げているんだから。仮面を付けていても、顔見知りかどうかは分かる社交界の恐ろしさ。

 

「貴女は僕に身を任せて下されば好いのです」

 

 ええ、そうさせてもらいますとも。必死で彼にしがみついて、解放される時をひたすら待つ。そんなわたしの視界の端にチラチラ映る、美味しそうな料理の数々。

 

 王家主催とあって、王家禁制の食材なんかも使われている。解禁になった鮎の塩焼き、(はも)は湯引きに天ぷら、お吸い物まで用意されてるみたい。フルーツも丸ごとスイカのフルーツポンチ。踊りながらも視線はそこに釘付けだった。

 

「水ナスは生のままサラダに。カツオのカルパッチョの他、牡蠣づくしフルコースも用意してありますよ」

 

「……牡蠣のどて焼きもご用意下さるのかしら」

 

 キューキュー鳴っているお腹のせいで、誘惑に負けたって仕方のない事だと思うの。

 

「もちろん。お米は厚釜で炊いたものをご用意しております」

 

 雲ひとつない空の様な蒼い瞳を細め、蕩けるような笑顔で彼は答えた。ふらつくわたしの腰を支えて皆が驚愕の眼差しを向ける中、裏庭へといざなうのだった。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。生しらすをもっと乗せて下さるかしら。桜えびも」

 

 山もりご飯に、生しらすと生桜えびを掛けてもらい、付け合わせの焼きナスをつつく。連れられた裏庭には、これでもかと言うほどのご馳走の用意が整えられていた。

 牡蠣のどて焼きの味噌の焦げたところを必死でこそいでいると、アルフレッド殿下が声をかけてきた。

  

「食べ終わったら、貴女の部屋にご案内いたしますね」

 

「……はい?」

 

 突然意味の分からない事を言われる。王宮にわたしの部屋があるわけなんてないじゃない。何を言っているのかしら。

 

「僕と続き部屋になっている、妃の為の部屋でこれから過ごしてもらいます」

 

「え……なぜ?」

 

 驚くわたしの頬に手を伸ばし、ごはん粒をつまんで微笑んだ。

 

「あの夜は新月でしたね」

 

「ぶはっ」

 

 まさかダンスを踊った相手がわたしだとバレてるの?いえいえ、彼が気付いたのは新月の夜にダンスを踊った相手。決してぐるぐる眼鏡のメイドのわたしでは無いわよね。うっかり出た溜め息を、牡蠣と共に飲み込んだ。

 

「お人違いではないかしら?」

 

「……は?僕が貴女を見間違えるとでも?」

 

 一瞬の沈黙のあと、急に声のトーンを下げて彼が問う。あら嫌だ、五度ほど気温が下がったんじゃないかしら。別の意味での寒気に、ゾクゾクと身体が震えてしまう。

 

「あの……わたし」

 

「今日は三つ編みじゃないんですね。それに胸の開いたドレス……」

 

 蒼い瞳が、スッと細められた。嘘っ! もしかしてまるっとバレてるの?

 

「こ、これは家の者が」

 

 ってどうして言い訳しなきゃなんないのかしら。

 

「ローズ・マリーベル・フォン・ド・ボー伯爵家令嬢。ぐるぐる眼鏡のメイド姿も、先日の髪を下ろした姿も、もちろん今宵のドレス姿も全てが愛らしい」

 

 バレてるわ! まるっと全てバレてる!





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