3.ボーンステーキはかぶりつく派です
「またお逢いできましたね、レディ。
月夜に照らされる貴女の淡雪のような白い肌に、イチゴのツイストドーナツのように編まれた、ストロベリーブロンドが素晴らしい」
まぁ、褒めすぎだわ。これは単に外に出なくて色白なのと、多毛で剛毛なのでお下げに結うと縄みたいになるだけよ。
「あなたも暇ね。ご令嬢とダンスを踊らなくて良いの?」
「踊って下さるのですか!?」
隣に座る鼻眼鏡が、食い気味にわたしの顔を覗き込んできて、ついのけぞった。
「もうっ、近いですわ。あとわたしと踊ってどうするの」
「……押し倒すのもダメなんですよね?」
「ふふふ。うん、ダメ」
チョビ髭の眼鏡で言うもんだから、可笑しくってたまらない。ガックリ肩を落とす彼が可哀想になって、つい声を掛けちゃった。
「葡萄と梨のタルトと、淡雪モンブラン、かぼちゃのクリームドーナツが食べたいわ」
空になったお皿を彼に渡すと、「分かりました!」と元気に叫んで料理を取りに走って行った。
ーーへーんなの。変なひと。
ぐるぐる眼鏡で本音が見えないくせに、どうみても思ったことをそのまま口にしているように見える人。腰かけたまま足をブラブラさせて、彼を待ちながらひとりクスクス笑う。
「貴女はいつも美味しそうに食べるんですね」
「だって美味しいもの。ご馳走がたくさんあるのに、興味無くて?」
「僕にとってのご馳走は貴女ですよ。ぐるぐる眼鏡のメイドさん。水蜜桃の様なピンクの頬に、ふっくら野苺のようなくちびる。いつだって食べちゃいたいと、思ってるんです」
「……もうっ。そんなことばっかり言うんだから」
甘いセリフを吐くのは、チョビ髭鼻眼鏡の金髪紳士。ハの字型の髭がふるふると揺れている。でも褒められて嬉しくないわけはないので、自分でも頬が熱くなるのを感じた。きっと顔が赤くなってるわね。
「生きるために食物を摂取する事はあっても、“美味しい”と云うのが僕には理解出来ません」
彼は「だから」と言って、わたしの顔を覗き込んで続ける。
「貴女が美味しそうに召し上がる姿を見て、僕はひと目惚れしたんです」
あら、どうしよう。鼻眼鏡の紳士に告白されてしまったわ。
「わたし、メイドよ?」
「そうですね。ぐるぐる眼鏡の可愛いメイドさんです」
「あなたは金の巻き髪の鼻眼鏡紳士ね」
ドーナツを食べ終わり、指に付いた砂糖を舐めながら切り返した。
「僕も食べて良いですか」
クスッと笑ってわたしの手を掴むと、あろうことかその指先をぺろりと舐めた。舌の柔らかさと、ぬるりとした感触にびっくりした。本当に舐めた、この人!
「~~っ!」
「うん、美味しいです」
「なっ!?」
「次はそのくちびるの甘さを味わっても良いですか?」
距離を詰め、顔を傾けてちょびヒゲを震わせながら、くちびるを寄せてくる。
「わっ、やっ!」
ーーパシンッ。
とっさに手を振りほどいて、そのまま彼の頬に平手をお見舞いした。その衝撃で彼の顔から鼻眼鏡が落ちて、身体を傾けながらも彼はわたしから目を離さない。
驚いてわたしを見ている彼のその瞳は、夏の空のように吸い込まれそうな、真っ青な色だった。
ーーまぁ! 何て素敵な瞳をしてるのかしら!
それにしてもこの顔はどこかで会ったような……と、ついつい食い入るように見てしまった。
ーーゴーン、ゴーン
零時を知らせる鐘が鳴り響き、我に返る。もうそんな時間? 急がなくっちゃ。
「やだっ!ごめんあそばせ」
とっさに身を翻してその場から逃げた。人件費をケチって馬車の御者もわたしがやってるから、お継母さま達が馬車に戻る前に準備しないといけないのよね。あれこれ自分に言い訳しながらも、ウルサイくらいに鳴る心臓を感じていたのだった。
社交シーズンとあってほとんど毎日のように、どこかしらでパーティがある。今夜もとあるお屋敷でのパーティ。
またもや裏庭にひそんで、ボーンステーキにかぶりつきながら呟いた。
「今夜は新月ね……」
いつも現れるくらいの時間なのに、チョビ髭紳士は現れていない。月の出ない夜は来ないのかしら。ステーキを置いて、そっと自分の指を舐めてみる。
「指なんて美味しくなんかないじゃない」
ーー本当に変な人だわ。
貴族のクセに、ぐるぐる眼鏡のメイドに告白してきた鼻眼鏡。し、しかもわたしにキスしようと……! 彼の甘い囁きと眼鏡の下の綺麗な蒼い瞳を思い出して、頬に熱が一気に溜まる。
『愛する人を見つけられる魔法の道具よ』
ふいにお母様の声を思い出し、掛けていた眼鏡をそっと外した。二つに結ったお下げも解き、エプロンとヘッドドレスも外して誰も居ない夜の庭に出てみる。
今宵は新月。月の無い夜なら、誰に見られる事も無いだろう。
「クイッククイック、スロースロー」
昔教えてもらったダンスのステップを、相手を仮想して一人で踏んでみる。屋敷内からかすかに聴こえる音楽を聴きながら、曲に合わせてターンを踏んだその時。
「!!」
誰かが背後からわたしの手を取って、優雅なリードでステップを踏んだ。