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メガデレラ!  作者: れんか
1/7

1.ぐるぐる眼鏡のメイドさん

世界観はなんちゃって異世界です。






「きっと貴女を迎えに行きます!」

 

 ヤダヤダヤダ! 走って逃げながら振り返ると、脱げたガラスの靴の片方を手に王子が満面の笑顔で叫んでいた。怖いっ! どうしてそこまでわたしにこだわるのと、ぞっと背筋が寒くなる。

 

 彼はこの国、フォン・デュ王国の王位継承権第一位で国王陛下唯一の子、アルフレッド・エメンタール・グリュイエール殿下。トウモロコシの髭のように、金色のふんわりとした巻き髪。秋の空のように澄んだ蒼い瞳。艶やかな甘い声と、しなやかな体躯。

 乙女なら誰しも心奪われそうな外見の王子さま。

 

『貴女の平手に蹴りに、度肝を抜かれました。これはもう恋ですね』

 

 なんてうっとりとした目付きで言われて、『それは恋じゃありません。変態って言うんです』ってうっかり答えたんだけどね。

 

『辛辣な貴女の言葉に、身震いしてしまいます』

 

 なんて返されて、どうやら喜ばせてしまったらしいと気付いた。そんなド変態王子様なんて……。

 

「まっぴらごめんですわぁぁぁっ! って、待って! まだ鐘は鳴り終わってないじゃないのっ!」

 

 零時の鐘と共に、さっさと帰ろうとする借り物の馬車を追いかけながら、残った靴を掴んで裸足で全力疾走。どっかの国では継母に虐げられた女の子が、ガラスの靴で玉の輿に乗ったとか何とか。“真・デレラ”だったけ。名前忘れちゃった。

 

 そんな逸話があるからウチの能天気箱入り娘のお母様が、あやかってこんな柔軟性も何も無いガラスの靴なんて代物作っちゃうのよね。溜息をついて、ここ数年の怒涛の日々を思い返した。お父様とお母様は良い人だった。うん、それはもう本当に。

 

 伯爵家の貴族でありながら、身分に奢ることなく皆に分け隔てなくて。人を疑う事の知らない、善良な人間だった。そこに付け入るひとも当然いる訳で。身ぐるみはがされ一気に窮地に陥った。

 病気になったお母様の為にお父様があれこれつぎ込んで、更に状況が悪化した上お母様が亡くなって、失意のどん底でお父様も病に倒れて亡くなった。

 





「ねぇ、あなた今夜もその姿で舞踏会に出るの?」

 

 テキパキと今夜の準備をしているわたしに、お継母さまが声をかけてきた。ちょっと心配そうな、不満そうなそんな言い方にいつものように答える。

 

「もちろんよ、お継母さま。お継姉(ねえ)さま方を下半身のゆるいバカ男から、守らなくっちゃ」

 

 お父様が遺してくれたのは、しっかり者でやりくり上手の継母と三人の継姉たち。

 

「この渦巻きぐるぐる眼鏡があれば、相手の本音はまるっと見えますから!」

 

 エプロンのポケットから、眼鏡を取り出してチャキッと装着する。お母様が遺してくれたのは、ガラスの靴とこの魔法のアイテムだ。

 

「この伯爵家を牛耳ってるのは、お継母さま方。わたしは虐げられて引きこもり。まだしばらくは、これで行きましょう」

 

 伯爵であるお父様が亡くなってから、我が家を狙う奴らが押し寄せてきた。継母の再々婚相手になろうとしたり、彼女達を追い出してわたしの後見や夫になって牛耳ろうと画策したり。寄る辺のない女四人で肩を寄せ合い、支え合って生きているのだ。

 お継姉たちに向かってパンパンと手を叩いて、注意する。

 

「いいですか!貞操は守って下さいね? いざと云う時はわたしを呼んで下さい。

暗がりに二人きりになってはダメ。男の下半身を信用しちゃダメですからね!」

 

 パーティは重要な社交場だ。色んな情報収集の場でもあるし、出会いの場でもあるの。

 落ちぶれたとはいえ、古き血を引く由緒正しい伯爵家。継姉達は伯爵家の血を引いてないけども、その縁が欲しい人はたくさんいるのよ。

 

「これで相手の本音を見ますから、お継姉さま方は安心して下さいね!」

 

 ぐるぐる眼鏡のツルを持って、クイクイ上げながら睨みを利かせる。あ、わたしは社交しないのかって? 伯爵家令嬢は“傷心のあまり外に出なくなった”ことにしてあるので、身分を偽ってメイドに扮して潜入してるのよ。だってその方が便利なんだもん。

 

 眼鏡が無くったって、色んな人の本音は丸わかり。だってメイドごとき使用人に取り繕う人は少ないから。継母や継姉にこびへつらっていた人も、メイド相手には随分横柄な態度を取ったり、うっかり本音を漏らしたりもする。

 

「お前も大変だな。どこの馬の骨とも分からん女主人に使える羽目になるとは」

 

 市生の出である継母たちを、こんな風に揶揄する人も少なくない。大抵は我が家が困窮した時に、真っ先に手のひらを返した人とそれは重なった。

 人間なんて、そんなもんよねー。なんて(よわい)十六にして悟りを開いてしまっても、仕方がないわよね? なんて思いつつ継姉たちに声をかけてくる男の人を、選別してゆく。

  

「あなたの美しい声は、まるで船乗りを惑わすセイレーンのようだ」

 

 継姉の手を取り囁くこの子爵様の本音は、『下町訛りの話し方に育ちが出てるな』。

 

「この屋敷のバラが見頃だそうですよ。夜風に当たって酔いを冷ましませんか」

 

 この男の人の本音は、『暗がりに連れ込んで既成事実を作っちまえばこっちのもんだ』。こんなふうにぐるぐる眼鏡のお陰で、色んな人の腹が見えるのよ。

 

「おや。可愛いメイドさん、君もあちらで美味しいスイーツでも召しあがってきたらどうかな」

 

 これは、『お前がくっついてたらヤれるもんもヤれねぇじゃねぇか』だ。まったくみなさん、下心満載で困ったものだわ。“ぐるぐる眼鏡”この眼鏡を掛けると、相手の本音が見えてしまうという不思議アイテム。

 

「ナイロール子爵様、あちらで恋仲と噂のパット男爵夫人がお探しでしたよ。

ブリッジ伯爵家ご子息様は、先物取引の大失敗で謹慎中の身では?

テンプル男爵様、奥さまのお父上のノーズアーム伯爵さまがお見えでしたがよろしいので?」

 

 継姉を誘惑する不逞な男性たちを、毒舌で一掃してやるのがわたしの役目なの。この眼鏡に適った男性のみを継姉に許し、悪意をもつ者は排除するのよ。“伯爵家のグルグル眼鏡のメイド”として、わたしはちょっと有名なの。面白いでしょ。

 




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