73話 『〝答え合わせ〟 その1』
ここからしばらくネーアの一人称視点が続きます。
「……ん……」
どのくらいか……。
恐らくほんの数秒足らずではあるが、気を失ってしまっていたようだ。
ボクはうつ伏せになっている体を起こし、状況確認をしようとあたりを見回す。
確かレルレに背中を押されて、あの黒い渦の中に……。
「……暗い」
そう、暗い。
見渡す限りの真っ暗闇――中心世界と同じ、何も見えない世界。
しかしはっきりと〝違う〟とわかる。
何故なら、あの世界に充満しているハズの〝管理者に奪われた存在たち〟を感じ取ることができないからだ。
つまりここは本当に中心世界とは似て非なる空間ということ。
「……〝答え合わせの時間〟…………」
ボクの背中を押す直前、レルレが耳元で確かにそう囁いていた。
先ほどまでの流れを踏襲するのなら、この渦が何なのかの答え合わせ……ということになるのだろうが、それならわざわざボクを渦の中に入れたりするだろうか。
「いや……考えるだけ無駄、か」
レルレは何をするのか本当によくわからない。
考えていることが判らない者の行動理由を考えるなど無意味に等しい。
だったら今、ボクがやれることは一つ。
―――前に進む。それだけだ。
中心世界でも、前に進めば必ず何かしらの道が開けた。
あの渦が世界の果てでなくとも、その回答が50点ということは、この先に何か答えが待っているという可能性はそれなりに高い……ハズだ。
「……すーーー…………はぁーー……」
覚悟を決めるように深い深呼吸をしてから、ボクは最初の一歩を踏み出す。
グラッ――。
「へ!!???」
(落ちッ!?)
地面がない!!
ボクの体が大きく体勢を崩し、落下する際のソレと全く同じ感覚を覚える。
真っ逆さまに、ただただ下へと向かっていく中、何も見えないからこその恐怖心が同時に襲い掛かってきた。
「おああああぁぁぁああああぁあぁぁあああぁーーーー!!!!」
めくれあがってくるスカートを押さえつけ、あふれ出てくる恐怖の涙を紛らわすかのように大声を上げる。
もし仮にこれが遊園地のアトラクションか何かで、写真撮影のオプションでもついていたとしたら、もう目も当てられないようなだらしのないカオになっているに違いない!
そんな落下時間が軽く数分間続く。
まさかこんな真っ暗闇の空間で、パラシュート無しのスカイダイビングをすることになるとは!
「こ、これ!! いつまで続――――ふぐぅぉッ!!!」
落下速度が急激に落ち、いろいろ大事なモノが出てしまいそうになった。
気持ち悪い……どころじゃない、死ぬ!!!
咄嗟に空いている片手で口をおさえつけ、吐き気に抗おうとする。
しかしその後はゆっくりと落下速度が落ちていき、まもなくして足が地に着く感覚を覚えた。
すると―――。
「―――!!!」
片足が付いた瞬間、そこを起点に真っ暗闇だった空間に光が宿り、見覚えのある風景が広がった。
大理石とレンガが目立つ街並み、その一角に建つ一軒家。
ボクがこの世界に来てから初めて夜を過ごしたその家――。
「メルオンさんの家……ミネルバの町…………?」
なぜミネルバの町が現れたのか……?
それを考える前にラウルスティン家の扉が開き、その中からフル装備を身に纏い、大荷物を持った男──メルオンさんの背中が姿を見せる。
「じゃあメリィ、留守の間頼んだ。多分ひと月もすれば帰れると思う」
「あいあいさー!!」
メルオンさんの奥……陰になっている場所からメリィが答えた。
何かの依頼だろうか。
その場所にボクがいる気配はない。まあ、こんな場面は記憶にないから当たり前ではあるのだが。
ではこの光景は一体……?
そんなことを思ううちに、メルオンさんががメリィに背を向け、ボクの方へ歩いてくる。
「あ! あのっ……!!」
「じゃあ、行ってくる!」
「―――!!」
「行ってらっさー!」
思わず声をかけてしまったが、メルオンさんはボクの体をすり抜け、町の東門へと向かって歩いて行った。
どうやらこの空間は出現したものに対して自分から干渉することはできないらしい。
これから何が待ち受けていようとも、ボクは見ていることしかできないということだ。
……と、そうこうしているうちにメリィが家の扉を閉めようとしている。
ボクは急いで家の中に入ろうと足を踏み出すが、あと一歩というところで完全に閉まってしまい、バタンという物音が青空に響いた。
この場所にでたからには、おそらくメルオンさんかメリィのどちらかがカギを握っていると思うのだが……諦めてメルオンさんを追った方がいいのだろうか?
メルオンさん……?そういえばさっきすり抜けてった。
「……もしかしてすり抜けられるんじゃないの。これ」
そう思いたち、すぐに扉に手を伸ばすと、思い通りすり抜け、中に入れそうであった。
しかしご丁寧に階段やらは実体化している……とんだご都合主義もあったものだ。まあ、半身が家の床下に埋もれるよりはいいと思うけれども。
ゆっくりと、一応慎重に扉の内側へと体を通していく。
こうしてみるとものすごく不思議な感覚だ。
「ははは……まるで幽霊みたい」
扉に埋もれている腕を見てそう呟くと、すこしずつ、目を瞑りながら全身を扉の向こうへと渡らせる。
そして全身が無事扉を超えて目を開けてみると、そこには見慣れた玄関が――――待ち受けてはいなかった。
「!? んん!?」
確かに家の中に入ったはずなのに、目の前には全く別の光景が姿を現した。
一体全体どういう仕組みになっているのやら……まあ、おそらく答え合わせとやらが進んでいるのだろうと思っておく。
「……ここ、どこだろ? 図書館……なのかな? もしくは書店?」
本棚がたくさん並んでいるからどちらかであることは間違いない。書斎というには広すぎる。
お城の書庫とか言われたらそれまでな気がするけれども……。
「話し相手が増える魔法……ですか?」
「うん……ご主人、一か月で帰るって言ってたのに全然帰ってこないのさ……それでオイラちょっと寂しくて……何かいい魔法あったりしないさー?」
「ふむ……」
「……メリィ!!」
近く……すぐ後ろから彼と、あと誰か知らない人物の声が聞こえた。
ボクは後ろを振り返ってみると、カウンターらしき場所で受付のお姉さんとメリィが話をしている。
やはりここは図書館……ということであっているらしい。
お姉さんはメリィの問いかけに頭を悩ませながら、幾重にも重なる窓を手で動かし、何か検索をかけている。
見る限り図書館内の情報端末の役を担っている魔法……のようなのだが、まるでPC画面がリアルに飛び出ているような近未来的風景に、思わず目を奪われてしまった。
「ああ、ひとついい魔法書がありましたよ」
「!! 本当さ!?」
何かを見つけたらしきお姉さんがメリィに微笑みながら答え、窓の中に縦並びになっている項目の一つをタップする。
「えっと、一番奥の、左から2番目の棚ですね。光っている本が目印です。貸出出しておきますから、持って行ってください。」
「ありがとさー!!!」
お姉さんの言葉を聞くや否や、メリィは指定された棚の方へとすっ飛んでいった。
ボクも慌ててそのあとを追っていくと、一足先に棚へたどり着いたメリィが青白い光を放っている一冊の本を手に取る。
そして小さな手にその本が収まると、本から放たれていた光が失われ、真の姿をあらわにした。
明らかに年代物という風格を見せる、ボロボロの赤黒い表紙をした魔法書。
メリィは早速その本を広げ、目的の魔法が書かれている場所を探す。
ボクも後ろからその様子を覗き込んでいると、ある項目でメリィが手を止め、嬉しそうに満面の笑みを露わにする……が、ボクはそれを見て、自分の目を疑った。
「え!? こ、これは……!!!」
「これさ! あったさー!」
だってこれは……いや、でも間違いない。
記憶にある文字と、この本に書かれている文字は完全に一致しているのだから。
すべての元凶ともいえる……そう、この魔法の名は―――。
「召喚魔法!?」
「召喚魔法!!」
つづく
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