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 幕間 『つかの間の休日』★

「メリィ、何してるの?」


 休日。

 明確にそう意識して外出するのはいつぶりだろうか。

 この世界に来てから学校には行っていないからか、休日という概念そのものが自身の中で薄れつつあった。

 ……といっても一時的に元の世界で行ってはいたのだが、正直あまり実感がないというのが本音だ。

 あの時のことは長い夢というか、不思議な感覚だがそんな感じで記憶の中にとどめている。


 で、そんなつかの間の休日にどうしているのかというと―――。


「うー……オイラのお小遣いじゃ足りないさー」


「? ドレス……? メリィ、こんなの欲しいの?」


「ネーアに似合うかと思って」


「――――――」


 ネーア、メリィ、アネラの3人でスイレンの町を散策している。

 この町にとどまれるのも今日で最後、しばらく来ることは叶わないだろうから町を回っておきたいとネーアが提案したのだ。

 アルフェトラではその暇がなかった分なおさらにその意志が強かった。


「うーん、それよりもこっちの方が可愛いわよ」


「――――――」


「そうさー? オイラはこれの方が似合うと思うさ!」


「じゃあこっちはどう?」


「―――ねえねえ、ボク着ないよ?」


 ファッション店前の展示ガラスではしゃいでいる2人に、ネーアが平静に一言挟みこむ。

 その一言を聞いたメリィとアネラは、まるで電撃が走ったかのように口をあんぐりとさせてネーアの顔を見た。


「な……何? ボク何かまずいことでも……」


「ネーア……」


 アネラが何か物申すとばかりにずいずいとネーアの目の前に立ちふさがる。


「あ、アネラ……? ――ほえ!?」


「来て! いや、来なさい!!」


「いや、ちょっと!?」


 そしてネーアの腕をガッチリとつかむと、戸惑うネーアに有無を言わせず店の中へと足を踏み入れて言った。


「……オイラも入るのさ?」


 店内に入っていくネーアとアネラ。

 メリィはそれを見送った後に少し上――看板を見上げて呟いた。

 看板に書かれている店の名は《レディース》。その名の通り、女性服専門店だ。


 =========


「……ねえアネラ」


「んー、何? これもいいわね」


 既にいくつか服を抱えた……正確には抱えさせられた状態のネーアがアネラに語り掛ける。

 一応聞くようなそぶりを見せるアネラだが、物色する手を止める気はない。

 完全にスイッチが入ってしまっているようだった。


「ボク、あんまりこういうお店は……その、苦手っていうか、慣れてないというか……」


「何言ってるの ハイコレも 貴女、聞いたところじゃその服一着しか持ってないんでしょ? これも 私の驕りでいいからいくつか買っていきましょうよ ハイ」


「い、一着じゃないよ! 同じのを三着――ひぅん!」


 アネラさん、尻尾をつかむのは反則だと思います。

 屁理屈を言ったのもあると思うが、どうやら本当に有無を言わせる気がないらしい。


「せっかくスタイルいいんだから勿体ないじゃない! ほら立ってー」


 力が抜けて落ちそうになった服をアネラがキャッチしつつ、試着室を指さしながらそちらの方へとネーアの腕を引っ張る。

 もう完全にアネラのペースに乗せられてしまっているネーアは、彼女に抗うことを半分諦めつつも、誰か助けてくれないかなーなどど思い辺りを見回す。


「……おや?」


 そんな2人からは丁度影になる位置。

 何かを見たらしき女性もまた、試着室の方へと足を運んだ。


 =========


 しかしそれからは完全に着せ替え人形だった。

 アネラが持ってきた服を言われるがままに試着、試着、試着。

 シンプルな普段着風の着回しからセレブ感漂うドレス、冒険者風の軽装備、魔法使いを思わせるロングコートなどなど、ありとあらゆる衣装を着ては脱いでの繰り返し。

 何着か着まわした後のアネラのご満悦っぷりときたらもう……なんというか、ちょっとこういうのもアリかなとか思えてしまいそうな気がしてしまった。


挿絵(By みてみん)


「――うん! こんなもんかな」


「あ……アネラ、さん? それ全部買うの……?」


 何着かとは言っていた。

 そう、何着か……せいぜい多くて3,4着くらいだと思っていた。

 しかしどうだ。アネラの足元に置かれたいくつものかご、それに抱きかかえているもの――全部で軽く10着以上はあるのではないでしょうか。


「もちろんよ! 全部似合ってたわ! 私が保証してあげる!!」


「い、いやー……あ、あはははは」


 そう言う問題じゃないです―――とは言えない。

 自信満々の笑顔で言ってくるアネラに、苦言を呈することはできなかった。

 守りたい、この笑顔。そんな感じだ。

 しかしだ。それはそれ、これはこれ。もっと別の問題だってあるわけで。


「さすがにその量を持って帰るのは難しいんじゃないかなー……とか、言ってみたり……」


「む……それもそうね、じゃあ――」


「アネラー!!」

「ひっ!?」


 突如、アネラの後ろから何者かが名前を叫びながら迫り寄る。

 その赤髪の女性は、アネラの尻尾に手をつけようとするや否や頬に綺麗な回し蹴りがキマり、その場に突っ伏すこととなった。

 先程とは打って変わって取り乱し気味になったアネラは、蹴りを入れた被害者に目を向けてみると、今度は青ざめたような顔をしてネーアの後ろに隠れてしまった。


「ちょ! アネラ? 急に何――あ……貴女は!」


「やっほーネーアちゃん! あたしの事覚えてるー?」


 突っ伏したまま手を振って元気に言う赤髪の女性。

 それはミネルバの町の仕立屋[かわのや]店主にしてアネラの実姉――レレンその人だった。

 しかしどうしてこんなところに?


「ね……姉さん、何してるのよ……こんなところで」


「んー? ちょっとね、仕事がらみで偶然このお店に来てたのよ。ついでにアンタの顔でも見ようと思ってたんだけど、手間が省けたわ」


「あ、そう……」


 ふくれっ面でそっぽを向き、顔も合わせようとしないアネラ。

 しかし見てみると陰で尻尾がこきざみに振られている。バレないように必死に抑えているのはどこか可愛いとさえ思えてくる。

 なんだかんだ言っても、姉を嫌いになることはできないようだ。


「返すようで悪いけどさ、どうしてネーアちゃんがここに? ということは、メルも来てたりするのかい?」


「あ、はい……ちょっとありまして。メルオンさんは今日は別行動ですけど町にはいますよ、明日にはまた一緒に王都に」


「へー、そしたら丁度いいや。ちょっと待っててもらっていいかな」


「え? あ、はい……?」


 レレンがそう言うと、いそいそと店の外へと出て行ってしまう。

 ここぞとばかりにネーアの陰から出てきたアネラは、先ほどの続き……選別に勤しみ始めた。

 それでもその動きは先程までとは違い、どこか焦りを感じさせるものがある。よほどレレンと顔を合わせたくないのか……過去にどれだけのことがあったのかと、ネーアは少しばかり気になってしまった。

 そうして数分後――。


「おっまたせー!」


「じゃ、じゃあ私はお会計行ってくるから……!!」


「あ、うん……はははは」


「なんだよつれないなー、ま、いいか。これどうぞ、あたしの新作! ネーアちゃんにはぴったりだと思うよ」


「え……? 服ですか、これ」


「そ! この前作ったやつをもとにしてね、ちょっとデザイン変えてみたのよ。」


「あ……ありがとうございます!」


 このありがとうは割と素で言ったつもりだ。

 正直中身を見ないことにはまだわからないが、元のデザインがあるだけ安心感はあった。スカートだったとしてもまあ今更感あるし……失礼かもしれないがアネラの選別よりはまだ、と言う意味もなくはない。

 申し訳ないが着る機会はこっちの方が多いだろう。


「ところでネーアちゃん―――」


「はい?」


 =========


「あ、ありがとうございましたー」


 ご満悦。

 多少の妥協があったにせよ、これだけあれば文句はない。

 アネラは選んだ数着の入った袋を両手に抱え、まだ試着室の方にいるであろうネーアの元へ足を運ぶ。

 レレンと顔を合わせるのは気が乗らないが、勝手に出て行くわけにもいかないので致し方ない。


「ネーア、買ってき――」


「ひゃあ! んん……っ」


 その声を聴いて嫌な予感がした。

 抱えた袋からちらりと、その声の方向に顔をのぞかせる。


「……あれ」


 膝をつき、息を乱しているネーア。

 しかし彼女以外に誰の姿があるわけでもない。


「はぁ…はぁ……アネラ、うしろ――!」


「へっ―――」


 振り向いた。レレンと目が合った。


「もふ……もふ……ふふふふ―――!!」


「いや……あ……イヤ―――――ッ!!!」


 それからレレンの気が済むまで、二人はひたすらもふもふされ続けました。




 =========


「ひあ……あぁ……」


「も……らめ……ぇ」


「じゃー、メルによろしく!」


 くたくたになっている二人をよそに、人一倍元気になったレレンはそのまま帰ってしまう。

 すぐさま店員さんが駆けつけてきたが、レレンの権力はそれなりに強いのか、さきほどまで完全に見て見ぬふりをしていたようだった。

 そうしてしばらくして落ち着きを取り戻したころには、もうかなりの時間が経過していた。


「……はー、結局また全然見れなかった」


「ま、まあ……この町、温泉以外はそんな変わったものないから元気出して。ね?」


「うー……うん……」


 まあ、全く収穫がなかったわけでもない。今日はこれで我慢しておくとしよう。

 荷物を持ち、休ませてくれた店員さんに一言断ってから店を出る。

 すると店の脇から何やらふわふわと、ゲッソリした白団子がネーアの胸元に飛びこんできた。


「ネーアー! 遅いのさぁーー!」


「め、メリィ! まさかずっと待ってたの!?」


「待ってたのさぁー……お腹へったのさぁー!!」


「はいはい。じゃあ、晩ご飯にしようか。アネラもそれでいい?」


「いいわよ。なんだかんだ、私に付き合わせちゃったみたいだし。ゆっくりしていきましょ」


「あっちにいい匂いのするお店があるのさー」


「はいはい」





 明日からはこんな何の変哲もない一日を送ることができるのだろうか。

 そんな不安もないこともない。

 しかし前に進まなければ何もはじまらないし、目的を達することも叶わない。


 羽を伸ばしたら今度は頑張る番。

 きたる一週間後に向けて、ネーア達はつかの間の休日を過ごす。

 いつか訪れる終わりの時を、夢に見ながら――。






 つづく

 時間があったら他のキャラ視点でも書いたりするかもしれません。

 ひとまずはネーアだけ。新衣装は次回でます、多分。

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