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68話 『自己満足に生きる者』★

「あの時……正直団長怖かったけど、同時に格好いいとも思ったの。言ってる意味わかる?」


「アネラ……」


「私が騎士団を目指したのも、あの出来事がきっかけだった。一緒に男の人とまともに話せなくなっちゃったけれど、それ以上に貴方を目指して突っ走ってきたから、ここまでこれたのよ。」


 思い出に浸り懐かしむようかのにアネラが優しく語り掛けるが、グルッドはひたすらに表情を曇らせ、それ以上何も言わないでくれとばかりにぎゅっと目をつぶる。


「……違う……!オレはそんな立派な人間ではないのだ……!!オレは、ただ自己満足に浸っていただけの―――」

「こんッのわからずや!!!いつまでそんな事言ってるつもりよ!腑抜け野郎!!!――()ッ」


「アネラっ!!」


 叫びをあげた反動が自身で刺した傷口に返り、アネラは耐えるように歯を食いしばり、眉間にしわを寄せる。

 グルッドは彼女を支える手に一層力を籠め、心配そうに顔を向けるが、アネラはすぐに強きの顔に戻り、グルッドの鍛え上げられた胸に手を当てて言った。


「そうよ、貴方は自己満足に努力して、自己満足で陛下に付き従って、自己満足で騎士道を重んじて、自己満足で騎士団の団長にまでなった」


「ああ、そうだ……だからオレは」


「で、それの何が悪いのよ」


「――なッ!?」


 驚きといった感情を露わにするグルッドにアネラはクスッと笑いかける。

 そして胸にあてた手をそのまま彼の髭が伸びた頬へと、なぞるように擦り動かし、今度は強めながらも優しく――まるで子供に教えを説くかのように話をつづけた。


「目標のため、信じるもののために必死になって頑張って、成し遂げて。それって結局、言ってしまえば全部自己満足でしょ。それで何が悪いの? 貴方がやってきたことが全部自己満足で、無意味なことだって言うのなら、今ここに私がいるのはなんで? 陛下が今立派に王様やってるのはなんで?」


「そ、それは……」


「たった一回、大敗して逃げ帰ってきて。貴方が積み上げてきたものってたったそれだけで全部なくなってしまうものなの? 勝手に負い目を感じて塞ぎこんで、オレには生きてる価値がないって、本気でそう思ってるの?」


「し、しかし!このまま生きていては、陛下にも顔向けが……!!」


 なおも自身を非難し続けるグルッドに、アネラは小さく舌打ちをこぼす。

 そして思い切り支えている大きな手を払い、立ち上がると、傷口から吹き出る鮮血の痛みに耐えながら、握りこぶしをグルッドの左腕――上腕二頭筋の辺りをめがけて繰り出した。


「この傷に誓ったこと!10年ぽっちでもう忘れちゃったワケ!?」


「――! そんなわけないだろう!!オレは!!!」


「いいえ忘れてるわ!!貴方、その傷に誓ったのよね!?二度と愚かな真似はしないって!陛下を護る盾としてお国のために頑張るって!だったらッ――くっ」


 傷に鋭い痛みが走り、アネラは拳をそのままに再び膝をつく。

 ドクドクと次第にその痛々しさを増す膝を抑えながら、まだ言い足りないとばかりに顔を上げ、続きを言おうと口を開いた。

 ―――その矢先、アネラの立てる拳を覆うようにしてグルッドが手をかぶせ、なおも哀愁の漂う表情でもって先に喉を鳴らした。


「……いや……もう、いい。――アネラ、お前が言いたいことはわかった」


「わかってないわよ!!私はまだ!――」

「確かに、オレは大事なことを忘れていたよ……本当に、今の今まで……」


「……団長……?」


 グルッドは目を瞑りながら言うと、何かを悟ったかのようにかすかに表情を緩めながら目を開く。

 そして今度は力強く、アネラの後ろへと大きく手を回し、抱き寄せて見せた。


「……はっ?」


「オレは忘れていた……今の今まで、あの時誓った何よりも大事な二つの誓いを」


「な、なに………二つの誓い?」


「そうだ。一つは〝陛下と共に歩む〟ということ……オレは団長になり、多くの部下を持った。結果目先のの任務に、そして部下たちを守ることに囚われ、陛下と共に歩むこと。陛下の盾として共に国を築き、護っていくということを忘れてしまっていた」


 そこまで言い切るとグルッドはアネラをより一層抱き寄せる。

 グルッドの行動に戸惑いを隠せないアネラはなされるがままに、続けて聞こえてくる彼の言葉に耳を向けた。


「もう一つは……アネラ、君だ」


「へ? ……私?」


「ああ。オレはあの時、君に誓ったんだ―――もう、オレの前で恐怖と涙(あんな顔)はさせない。そしてあんな無様なサマは見せないってな。結果は御覧の通りだが……本当、情けないな」


「団長……」


「本当に……どうかしていた。全部背負い込んで、騎士道精神も全て投げ打って自分のせいにして、死んでしまえばいいと思っていた。それで後は上手くやってくれると、本気でそう思っていた。冷静に考えればあり得ないというのにな。……笑ってくれ」


「……ホント、バカみたい」


 アネラがクスリとしながら、抱き返すように両手をグルッドの背後に向ける。

 グルッドはこれを照れくさそうにしながらも受け入れ、そのまま話を続けた。


「……ありがとう。こんなオレに、手を差し伸べてくれて」


 小さく、しかし確かにアネラには聞こえる声でそう言ってから、グルッドは抱き寄せていた手を放す。

 そして彼女の前に左腕を差し指すと、グルッドは少しばかりためらいながら言う。


「アネラ。君さえよければ、二つ目の誓いを改めて、ここでさせてもらえないか。女性にこんなことを頼むのは騎士としてあるまじき行為ではあるが……君でなければ、意味がないのだ」


 これにアネラは微笑を浮かべながら頷き、右手に手刀を構えグルッドの左腕……そこに刻まれた一筋の傷跡へと持っていく。

 右手に魔力を込め、刃を形作るとともに、アネラはグルッドの目を見て言った。


「ついでに私も誓わせて。――これから先何があろうとも、私が貴方を支える。貴方のような立派な騎士になれるその日まで、私は絶対に涙を流さない。たとえ恐怖し怯えてしまうことがあったとしても、必ずそれを乗り越えて、その頂にたどり着いて見せる」


「アネラ……………ぁ……」


 ――ありがとう……!!!


「何言ってるの―――家族でしょ、お父さん(・・・・)


挿絵(By みてみん)


 声にならない感謝の声にアネラがそっと答えたその直後、グルッドの左腕に新たな傷が刻まれた。

 グルッドは、新たにできた十字の傷跡を胸にも深く刻み込むように数拍の間その目を瞑る。

 そしてその目が次に光を反射させるとともに、この先に迎えうる脅威に対する覚悟を改めた。

 かつてルーダスに向けた言葉を自分に言い聞かせるように。


 人は道を誤るもの。しかしそれは前へ進む為の第一歩。

 例え先が見えずとも、己が信念を貫き通すその日まで、もう二度と、目の前の敵から逃げはしないと。




 =========


「何とかなったみたいだな」


「……みたい、ですね」


「さー!」


 2人の後方で待機していたネーア、メルオン、メリィの3人が、言葉と顔を合わせる。

 そのままアネラ達の方へ駆けつけると、メリィはすぐさまアネラの傷の治癒を始めた。


「ふお、結構深く……ていうかこれ貫いてるさ!? オイラの魔法じゃ時間かかっちゃうかもしれないさ」


「いいよ。ちょっと残るくらいにして貰えるかな」


 アネラがメリィにそう返事を返すと、グルッドは血相を変えたようにして彼女の顔を見て慌てるように口を開いた。


「なッ……アネラ、君は女の子だろう! わざわざオレを同じことをしなくてもいいのだぞ!?」


「いーのいーの。私背ちっさいし、これくらい残ってた方が箔が付くでしょ」


「そ……そう言う問題か? まあ、それでいいなら止めはしないが……」


 アネラのその言い分にグルッドが渋々口を引っ込める。

 そのまましばらくアネラの治癒を待っていると、少しばかり暇をしていたネーアはレルレに渡された手紙を見つめ、この先どうしたらいいのかを考え更けていた。


(一週間後……この手紙の場所で、何が起こるんだろう)


 恐らくは戦闘になることを想定した計画を練ることになるのだろう。

 しかし本当にそれでいいのか?

 ネーアはどこか引っ掛かりを覚えていた。

 一週間後、逃げも隠れもせずに待っている―――彼女が残したその言葉が、不吉なまでに頭の中に響いていた。


「一週間後……時間もない。ひとまずは王都に戻って…………」


 何気なくつぶやいたその一言。

 視界の遥か彼方に見える夜の温泉町を見て、次の瞬間――


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 気が付いたら叫び声をあげていた。


「な、なんだ!?」


「どうした嬢ちゃん!?」

「どうしたのネーア!?」


「壊れたさー?」




「ボクたち……ここからどうやって帰るんですか……?」



 夜の火山。その山頂に、しばしの静寂が訪れた。






 つづく

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