7話 『世界の果てと欲望の渦』★
―前回までのあらすじ―
ネーアが壊れた。
「やだ……もうやだよ…………」
何もない真っ暗闇の世界で、ネーアはじっと蹲っている。
無事に帰れるかもしれないという期待。
実際に目の当たりにした光景、そしてそのギャップ。
何もかもが解らなくなって、もう考えるのを諦めていた。
どうしてボクがこんな目に会わなきゃならない?
ボクが何をしたって言うんだ!?
考えようとしても、出てくるのはそんな逃げの言葉ばかり。
もういっそ楽になりたい。そんなことを考え始めていた時だった。
『おいテストどーだったよ?』
ネーアの目の前で、何か映像のようなものが流れ始める。
『言わなくてもわかってんだろ?全滅だよ!』
『自慢げに言うな……成瀬、お前せめて平均とれるように努力しろよ、頑張れよ』
『オー!ノーッ! おれの嫌いな言葉は、1番が〝努力〟で、2番目が〝ガンバル〟なんだぜーッ』
『いやあ……ボクですら今回平均は固かったぞ?お前全滅って相当ひどいな』
下校中の男子高校生3人が、そんな会話をして笑い合っている。
その二人は元の世界でよくつるんでいた友達だった。
もう一人は……見慣れているはずなのに思い出せない。
見慣れていて、つい最近……数時間前にも見たような……記憶にもやがかかっているように思い出すことができなかった。
「なんでこんな…………」
<ぬしが望んだことだ>
「―!?」
黒い空間に謎の声が響き渡る。
ネーアは立ち上がって目を凝らすが、どこにも人影のようなものは見えない。
「ボクが……望んだ…………?」
<さよう。今ぬしが見ているものはぬしが望み、そして逃げた光景だ。我はそれを叶え、対価としてぬしの〝一部〟をもらい受けた>
「何を言って……」
<さあ、一つ目の願いは叶えた。次は記憶の一部をいただくとしよう―――行くがよい>
「あ・・・」
意識が戻ると、目の前には小さな水たまりができている。
自身の頬を触ってみて、それが涙でできたものだと気が付く。
「ここは」
「正気にもどったかの」
神官にそう言われてハッとする。
ついさっきまで気が気でなかったハズなのに、今は自分でも怖いくらいに冷静だった。
「だ、大丈夫?ネーア……」
メリィが心配そうに駆け寄ってくる。
メルオンはネーアに手を差し伸べて支えながら彼女を立たせると、メリィと同じく心配そうな顔をして語りかけた。
「オレのせいで、スマン……何ならもう家に帰るか?」
「いえ、大丈夫です……たぶん」
「話してもらえるかね?……あの渦、〝世界の果て〟で何があったのか」
神官がそう尋ねる。
ネーアは少し顔を顰めるが、しばらく時間をおいて頷く。
「はい……えっと」
渦の中に入ってから今に至るまでのことを詳しく説明する。
中はただひたすら真っ暗な空間が広がっていたこと。
テストに関することをつぶやいた瞬間に、視界が開けて元の世界に戻ったこと。
その世界にはなぜか自分がもう一人いたこと。
気が付いたらここに戻ってきていたこと。
そして今、気を持ち直す前に聞こえた謎の声のこと。
「フム……」
「し、信じられん……嬢ちゃん、それは本当に確かなことなのか!?」
ネーアは頷くと、ヒゲを擦って悩んでいる神官が持っている手帳に目が行く。
「神官さん……その手帳」
「ム。ああ、スマンスマンおぬしが持っておったのじゃ。ほれ」
神官はそう簡素に謝ると、生徒手帳をネーアに返す。
ネーアは受け取った手帳を開いてみてみると、すぐに証明写真の異変に気が付いた。
「これは……!?」
「ん?何か分かったのかね?」
神官が尋ねる。
「いえ…はい。この写真……ここにはボクの向こうの世界での姿を写したものが貼ってあったはずなんです……でも消えて……あれ…?」
――ボクの本当の顔ってどんなだっけ……
「自分の姿が、わからなくなったんじゃな」
神官は目を光らせて言った。
どこからか一冊の本を召喚して開くと、それを見ながら話し出す。
「世界の果て……伝承のソレでしかないモノじゃが、たった今その存在が証明された。いいじゃろう、おぬしたちはこの立役者じゃ。どういうものか説明しよう」
神官が片手でなにやら印を空中に描くと、彼の後ろに半透明の画像が浮き上がった。
「この象はこの本に書かれているものの写しじゃ。
いいか、世界の果てというものは先ほど見た通り、場所を示すものではない。その昔、この世の果てであの渦を見つけた若者がおった。その者はネーア、おぬしと同じく異世界から召喚された者でな。召喚時、術者が強く願ったものと反応して渦の中に吸い込まれていったという。そしてその者は二度と戻ってこなかったそうじゃ」
「……――それって」
「きっと元の世界に帰ったのさ!オイラは世界の果てから異世界につながってるって聞いたさ!」
メリィがそう言うと、神官は頷いて続ける。
「うむ。おそらく若者は術者が望むものを叶え、元の世界に帰ったのであろう。しかしおぬしは今、ここに戻ってきたな」
ネーアは眉間にしわを寄せ、謎の声が言っていたことを思い出す。
「願いの対価……次の、願い……?」
「ほう、勘がいいの。そうじゃ。この世界で叶わない願いは、世界の果てに術者の一部を供物としてささげることで成就する。おぬしは自分の向こうでの姿がわからなくなった。それが今回の供物ということになるのじゃろう。
しかしあるものは、この世界で叶えられる願いがまだ残っている状態で向こうへ渡ろうとした。その者は向こうの世界を映した悪夢を見、罰として存在の一部を取り上げられて戻ってきたという」
「それってネーア……!」
「今の嬢ちゃんがそれ……というわけか」
しかし神官は頭を横に振る。
「いや。間違いではないのだろうが、ネーアは言っておった。向こうの願いは叶えたとな。そして聞くところによればメリィとネーア、どちらも召喚魔法を唱えた術者であるようじゃな。つまり……――」
「ボクとメリィ。両方の願いを叶えなければボクは帰れないと・・・?」
ネーアは冷や汗をかき、身体を振るわせて言う。
「そういうことじゃな。まあ、次の渦がどこにあるのかも定かではないのだがの」
「そ、そんな……でもどうして、世界の果てがそんな……」
「世界の果てはその名の通り、この世の果てで見つけた物という意味の通り名じゃ。そして伝承されている別名が……〝欲望の渦〟。人の欲を叶え、存在を奪う禁忌の領域」
「欲望の……渦……」
「なんだかよくわからんが偉いスケールの話になったな…」
「まあ、あくまで伝承にすぎんでの……全てを鵜吞みにするものではない。わしが言えることはここまでじゃ。邪魔な渦も消えたのでな、これからどうするかはそれを踏まえて考えることじゃ」
そう言って画像を照射していた魔法を解く。
そしてそれと同時に、上から何者かが息を切らして走ってきた。
「どうしたのじゃそんな慌てて。ここは神殿だぞ、もっと静かに――」
「大変です神官様!!!町に!町にドラゴンが近づいてきます!!!!!」
つづく