67話 『私が目指した人 その2』
「……ハァ!?真剣なんてオレッ――!!!」
「問答無用!!!」
一閃――グルッドが大きく踏み込み、ルーダスめがけて容赦のない一撃を振り下ろす。
ルーダスは咄嗟に構え、これを剣で防いで見せるが、直ぐにじりじりと圧されていった。
「ッ!! テメッ……少しは手加減……」
「手加減? 手加減ですと!? これはほんの挨拶代わり。この程度で根を上げていてはとても次代の王になどなれませんぞ!!!」
直後、鋭い金属音と共に互いの体が弾かれ、間合いが開く。
険しい表情でグルッドへと視線を送るルーダス。
見ると、剣を握る右腕が微かに痙攣をおこしているようであった。
「安心してくだされ、直ぐに治ります――で、少しはやる気になっていただけましたかな?」
「ックッソが……わーったよ!やりゃいいんだろ!!」
ルーダスが目つきを変え、グルッドと向き合う。
そして今度はルーダスが先に地を蹴り、間合いを詰めた―――その時。
ルーダスは一瞬表情を緩め、ニヤケ面を晒し、剣を持たない左手を背後……ピスポケットへ突っ込む。
そして……
「砂利でも食ってろ!!クソジジイが!!!」
ポケットから左手を出すと、カーブを足掻かせながら前で構えるグルッドに向けて、潜ませておいた砂利を投げつけた。
「……騎士たる者」
「――!!」
「常に 卑劣を憎み 相手を敬え――そして」
グルッドが言いながら左足を踏み込み、両手で握る剣を下に構える。
「常に 高潔であれ」
言い終えると同時に踏み込んだ左足を軸として、構えた剣先に魔力を込め振り上げる。
その魔力は、刃がルーダスに届く半ば――投げられた砂利と接触するとともに拡散し、残り全ての砂利へと向けて散って行く。
すべての砂利が魔力の刃で消滅させられるとともに、ルーダスの懐へその剣が届くと、彼の体は逆方向へ吹っ飛び、地面にたたきつけられた。
「イッテェ……――ッ!!」
ルーダスはすぐさま起き上がり、そんな言葉を漏らす――と、その首元には既に、グルッドが向ける剣先が待ち受けていた。
「心配せずとも峰打ち、大した怪我にはなりませぬ。……して、そんなものでございますか?王太子殿下の実力というものは。まだまだほんの序の口ですぞ」
「……ッだヨ」
「? 何か仰いまし――」
「気にくわねぇんだよ!!その目がァ!!!」
ルーダスが叫び、その左頬が微かに剣先をかすめる。
彼を見下ろすグルッドやそこに集まる野次馬たちの目……日陰が重なり更に重々しさを増したその目に、ルーダスは激しい怒りを覚えていた。
道を外れた者――いわゆる不良と呼ばれる人種を卑下する目だ。
「どいつもこいつも、そーやってオレらを見下して!!テメェらそんなに偉いのか!?テメェにオレらの何が分かるってんだ!?見下せるほどのことをしてきたのか!?テメェら全員オレが王位を継いだらぶっ殺して――!!」
「殿下」
「―――!?」
次の瞬間にグルッドがとった行動に、ルーダスは思わず口を閉ざしてしまう。
グルッドはルーダスに跪き、深々と頭を下げていた。
「申し訳ありません殿下。確かに、それは殿下の言う通りです」
「……は?」
「ろくに殿下のことを見もせず頭ごなしに悪だと決めつけ、粛正する。それは騎士として最も恥ずべき行為の一つ。本当に、己の未熟さを思い知るお言葉でした。思えば私も、殿下の教育係に拝命されてからというものの、稽古をサボり、ごろつき連中とつるんでいることにただただ呆れ、見向きもせず……殿下と面と向かって話すということを一切してこなかった。」
「いや……おい……」
「人は誰もが道を誤るもの――それを悪と呼ぶなど、出来ようもないというのに」
そこまで言い終わると、グルッドは右手に握った片手剣を己の左腕へと向ける。
「は!?おい何して――!!!!」
そしてそのまま、彼の左腕を剣先がえぐった。
すぐに剣を抜き、自ら手で傷口を抑えながら、グルッドはルーダスの目を見て口を開いた。
「この傷は未熟な己への戒め。二度とこのような愚かな真似を犯さぬよう、自分に言い聞かせるため刻み込んだのです」
「だからってよ――!!」
「いいですか殿下」
「!!」
「騎士とは弱きを、そして国を護る者。国とはそこに住まう民であり、民を治める王は最もその道を重んじなければなりませぬ。騎士たるもの、常に高潔であれ――弱きを護り、人を信ずる慈愛の盾であれ。ゆっくりでいいのです……オレと共に、この道を歩むことを許してはいただけませぬか」
「おっさん……」
二人の間――そして野次馬たちの間にも、一時の沈黙が訪れる。
ルーダスは一心に、本気で頭を下げるグルッドに対して、どう切り出したらいいのかわからなかった。
何を言おうが、今のルーダスが彼に誇れるような存在ではないことは誰が見ても明らか。そんな人間が、偉そうに許しを請われるなど、あってもいいものなのか。
それから数分の時が流れ、行動を起こさない二人に飽きを示す野次馬が現れる。
ルーダスが悩み続ける間にもグルッドはひたすらにその頭を下げ続け、左腕からは血が滲み、地を濡らしていた。
「お……オレは……」
その血を見て、思わず焦りと共に言葉が零れ落ちる。
騎士が跪き頭を下げるのは、その者を主と認め、忠誠を誓うということ。
ならばその誠意にルーダスも応えなければならない。
「本当に……オレでいいのか?」
「……はい……!」
覚悟を決めねばならない。
ならば今、ルーダスがすることはただ一つだ。
グルッドが戒めるために傷を残したように、ルーダスも心を決めるための戒めとなるものを刻まなければならない。
「……グルッド、面をあげよ」
「はっ……」
ルーダスはグルッドに言うとともに、膝をつき左手を差し伸べる。
「オレは君のように、体に残して自分を戒めるようなことはできない……だから、今は見せかけでも、形から入ってみようと思う」
グルッドはルーダスのその言葉に笑みをこぼし、差し出された手を握り返す。
そして頷き、今度は王を護る盾として、彼に言葉を送った。
「人は道を誤るもの。しかしそれは前へ進む為の第一歩でもあります。形だけでも、それも立派な第一歩です。共に頑張りましょう――ルネレディアの未来の為に」
「ああ。君は王を護る盾として。オレ……いや、わたしは君たち民を護る盾として。今はまだほど遠いかもしれないが、いつか必ず――その頂に登って見せよう。」
「……御意!!」
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つづく