66話 『私が目指した人 その1』★
「アネラッ――!!」
ネーアが叫び、前に出ようとするところをすかさずメルオンが止めに入る。
メルオンは彼女を見て首を横に振るが、ネーアは彼に「でも……」と異を唱えながらその顔を向けた。
「ダメだ。……オレが行っても、譲ちゃんが行ってもダメなんだ。この10年、オレはあいつと会うことすらなかった。……〝騎士としてのグルッド〟を知ってるアネラじゃないと、今のあいつは動いてくれないんだ――どうか、今は耐えてくれ。」
「っ……はい」
ネーアが踏みとどまり、出した片足を下げるのを確認した後、再び視線をアネラとグルッドの元へと向ける。
「…………つッ」
「…………!!!!!」
グルッドの穏やかな表情が再び、絶望の色に染まる。
――アネラの魔力刃が貫いたものは、彼女自身の右脚だった。
「アネラ……!?お前……何……で……!?」
返り血を浴び、より一層の絶望感を感じさせるグルッドがアネラに問いかける。
「何故だ……何故……殺ってくれない…………!!??お前は……これから騎士団をまとめるのだろう……!?どうして……なぜ……こんな――!!??」
「嫌よ!!!!!」
グルッドの悲痛の言葉に一喝、アネラの高い声が山頂に響き渡る。
魔力刃を引っ込め、膝をつくアネラをグルッドが支えると、アネラはその彼の無骨な手を両手で覆うようにして口を開いた。
「支部でさえ大変だってのに……どうして私がそんな面倒くさいことしないといけないのよ……団長、まだ生きてるでしょ」
「し、しかしオレは……!」
「聞きたくない」
有無を言わせず、聞く耳も持たず――アネラはそっぽを向いてその意を示して見せる。
そして脚の痛みと出血による失神をこらえ、誤魔化すかのように続いて言葉を紡いだ。
「団長……覚えてる?10年前、私がまだ引き取られて間もないころ――」
===[王都メフィル]10年前 大通り===
「ごっ……ごめんなさい!私、尻尾に触られるとつい……」
「あ!?ッなコト聞いてねぇんだヨ!テメェクソガキ、この人が誰かわかってんのか?アァン!?」
見るからに悪ガキ、ヤンキーといった乱れた服装に身を包む男が、幼いアネラに威圧的な言葉を投げつける。
その彼の後ろでは同じく乱れた服装の――しかしどこか品格のある趣きの男が尻もちをつき、傷のついた頬を手で拭っていた。
「この人はルネレディアの時期国王となるルーダス王太子殿下だァ!!それをてめえ、わかってんだろうナァ!?」
「ひっ……」
威圧的に顔を近づけ、わざと大きな声でもって脅しをかける男の声にアネラは体が硬直し、尻もちをついてしまう。
じりじりと、追い詰めるように、追い詰められるように迫ってくる男の鬼のような形相を見て、アネラの両目に涙が浮かび始める。しかしそれが反感を買ったのか、男は今以上に怒りをあらわにした形相で極限まで顔を近づけてきた。
「オイオイオイオイオイオイ?泣きてぇのはこっちなんだヨォおお?テメェみてぇな亜人のクソガキのせいでルーダスの顔に傷が残っちまったらテメェ、どーぉ落とし前つけるってんだアァ?なあ!?そもそもテメェみてえなのが触れること自体重罪――」
「ガル、下がれ……怯えて何も聞こえてない」
「ひん……ごめんなさい……ごめんなさい……!!ぐすん……」
まるでアネラを助けるかのように、ルーダスが男――ガルの肩をつかんで止めさせる。
そしてそのまま入れ替わるようにしてアネラの前に立ったルーダスは、尻もちをつくアネラに合わせるようにしゃがみ込み、手を差し伸べた。
「お、おいルーダス……?」
「あ………」
続けて一言「ありがとう」と、戸惑いながらも助けてくれたお礼を言い、アネラは自分の手をルーダスの手に重ねる。
――しかし
「? 何か勘違いしてないか?」
「えっ………」
グイ! と、ルーダスは差し出してきたアネラの腕を掴み、思いっきり自身の方へと引っ張る。そして寄せたところをもう片方の手で彼女の首を掴み、彼女に傷ついた右頬を見せながら嘲笑気味に言った。
「ほら、よーく見てみろ?君がつけた傷だ。ケッコー深くいってるよなあ?オレはちょっとしゃがんでみただけだったんだぜ。その手前きゅーに引っ掻かれたんだ。ちゃーんと罰は受けねえとなァ……おじょーちゃん?」
「あ……あがっ……」
アネラは涙を流しながらも空いている片手で必死に反抗してみるが、ルーダスの手が緩むことは無い。
人獣族が基礎身体能力で人間を上回ると言っても、5歳のアネラと10代後半のルーダスでは力の差は歴然であった。
「うぁ……がっ……」
「ちっ……鬱陶しいな。ガル、城に連れてくから手伝え!」
抵抗を続けるアネラに苛立ちを感じ始めたルーダスは、自身の後ろにいるはずのガルへ命令を下す。
―――が。
「…………おいガル、何して――」
「これはこれはルーダス王太子殿下。今日は剣の稽古があったハズですが……こんなところで一体何をしておられるので?」
ルーダスが振り返った視線のすぐ先に現れたのは、ぐったりとして気を失ったガルを肩に担ぎ、白銀の鎧に身を包んだ男――グルッド・プランソンだった。
「げっ……テメェは……」
「ええ。ご存知の通り、先日から殿下の剣術を担当することになったグルッドです。見たところ何かトラブルのようですが……〝ウチの娘〟が何か阻喪でもしでかしましたか?」
「……は!?娘ェ!?」
驚きのあまりルーダスの手が緩む。
アネラはここでルーダスの手を振り切り、グルッドの陰に隠れるようにして逃げ込んだ。
「なッ……なんだヨ!ソイツが悪いんだ!!オレは何も――」
「殿下、私は誰のせいだとか、そんなこと一言も言っておりませんぞ」
「ッ……!!!!」
先ほどとは一変、青ざめた表情のルーダスを見て、グルッドはため息とともに頭を抱える。
そして気を失っているガルを降ろし、そのまま振り返ると、横たわっているガルに怯えるアネラの頭をなでながら、言い聞かせるように優しく口を開いた。
「怖かっただろう。もう大丈夫だから、あとはおじさんに任せて少し離れてなさい」
最後に笑顔を見せると、アネラは涙をぬぐいながら頷き、少し後方へと下がっていく。
これを見てからグルッドは再びルーダスと向き合い、優しくしていた声色を少しばかり強気に変えて言った。
「さて、殿下……大方いたずらにアネラの尻尾を触ろうとし、反撃を受けたというところでしょうか。その傷からして魔力刃による裂傷。魔力によってできた傷は自然治癒では跡が残る可能性がありますゆえ、早急に城の医術士に治癒してもらう必要がありましょう。そして5歳の子供とはいえ、王族に手を挙げたのは事実……相応の罰は免れませんでしょうな」
「お……おう!そうだよ!!だったら早く――」
「しかし!」
一喝、大通りに騎士の叫びが響きわたる。
この声に野次馬も集まってきて円を作り、騎士と王子が何かやっているぞと、辺りはお祭りムードになってきていた。
「いくら危害を加えられたとはいえ、5歳の子供に大の男二人掛かりで脅迫紛いの行為など、たとえ殿下とて認めるわけにはいかん!!!」
グルッドはそう言い放つとともに腰に下げた愛剣を抜き、ルーダスに柄を向けて差し出した。
「な……ッ!!オッサンてめえ、何を――」
「取りなさい」
「ふざけんな!!オレは何も」
「取れッ!!!!」
「ッ―――!!」
ルーダスはグルッドの叫びに圧倒され、そして鋭い闘志の宿った目に気圧され、思わず仰け反りそうになる。
歯を食いしばり、流れる冷や汗に緊張感を感じながらルーダスが剣の柄を握ると、グルッドはスペアの剣を召喚し、その剣先をルーダスへと向けて言った。
「今この場で、騎士道とは何たるかを叩きこんでやろう―――真剣勝負だ!!!」
つづく




