64話 『道化師のいざない』
目の前が赤黒い……これは血の色か。
誰の血だ?
「あれ……オレは」
どうして蹲っているのだろう。
先程まで町の方を見ていたではないか。
そういえばなんだか腹部がやたらと熱い。
「…………!!」
ああ、オレの血だったか。
愛剣が己の腹に深々と突き刺さり、今もなおダラダラと血が溢れ、山肌を赤黒く濡らしていく。
思考が鈍り、段々と薄れゆく意識の中でグルッドの頭をよぎるのは、先日の無念の記憶。
そしてレルレの「最後のチャンス」というセリフ。
全く、これほどに嫌な走馬灯もそうそうあるまい。
結局ヤツの言う最後のチャンスとは何だったのか。それはわからずじまいであったが、どうせ死ぬのだ。そんなことはもうどうでもよい。
自分はこの先、いたずらに部下を死なせた無能として語り継がれていくのだろう。
心残りと言えば、そんな情けない己への念。
ヤツの……レルレの言う通り、オレはそんなつまらない男だったらしい。
結局は、自分が可愛いだけの…上辺だけの人間だったということだ。
死ぬ間際になってそんなことに気が付くとは、本当に愚かで、情けなくて。
―――何より悔しかった。
「――ぁ―――。」
もう、声を出す力も残っていない。
愛剣を握っていた両の手もとうに降ろされ、ただただ無意識の涙が頬を伝う。
ああ、なんと無様なものか。
後悔しながら死んでいくなど……ましてや生き恥を晒した上の自殺など、騎士としてこれ以上ないほどに最低の最期だ。
しかしもし、もしも仮に――こんなオレにも一つだけ何かを乞うことが許されるのならば……。
「やーれやれ、本当に最期の最期までつまらない男だ。……35点だな、その答えは」
―――――オレの意識はそこで途切れた。
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ウェスレ火山の山頂。
ネーア達4人が黒い箱を使いやってきたその先に、彼女は堂々と待ち構えていた。
「いらっしゃい、御一行様。腑抜け君ならあっちでのびてるよ」
「――レルレ……!!」
メルオンが先頭に出て構える。
同時にアネラもネーアの前に出て、臨戦態勢をとる。
レルレはこれに対し一歩、また一歩と4人との間合いをゆっくりと歩み、縮めていく。
人は叶わない戦いはしない。
いくら鼓舞し、強大な相手に立ち向かおうとしても、それが意味を成すとは限らない。
現に今、微笑を浮かべながら歩み寄って来る者に対して、そうして身構えるので精一杯なのだから。
このような場合、彼らがとる行動は大きく5パターンだ。
一つは無理やり鼓舞し、突っ込んでくる愚か者。
二つは頭を回らせ、打開策を練ろうとする頑固者。
三つはガワだけ見繕う臆病者。
四つは命乞いをする正直者。
最後は
「何もできない小心者さ」
「「「――――ッッ!?」」」
一瞬。
瞬きする間もないほどの一瞬だった。
4人に歩み寄っていたはずのレルレは、その言葉を発するとともに最後尾のネーアのさらに後ろ――箱が作り出したワープホールの前に移動していた。
その場にいた4人の誰もが、レルレが何をしたのかを全く見ることができなかった。
「じゃ、これはもう返してもらうよ。大事な僕のコレクションだからね」
そう言うと、レルレはワープホールに手をかざす。
すると形を大きく崩したワープホールがマ素の渦に戻り、見る見るうちにレルレの手の中へと吸収されていく。
すべて吸収し終えると、改めてネーア達の方へ向き直り、その不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「よくこれを使ってくれたね、おかげで敵としてではなく、こうして面と向かって言葉を発することができた。まずは君たちの行動を褒め称えておくよ」
パチパチパチ。
と、夜の火山に手のうつ音が寂しく響き渡る。
およそ10秒ほどだろうか。レルレが拍手の手を止めると、次にまだ身構えているアネラとメルオンに言い聞かせるように話を続けた。
「そう構えなくても襲ったりしないよ。そちらから向かってくるのなら話は別だけどね。ネーアには以前言ったと思うけれど、僕は君たちの敵ではない。しかして味方でもない。僕は自分が大事なただの観察者――世を観察し、〝あの方〟に仕えるだけのただの道化。」
「―――何を」
「意味の解らないことを……!」
「今は解らなくていいさ。ネーアといればいずれ分かる……それよりいいのかい?腑抜け君が待っているよ」
本題を誘うレルレの言葉に、より警戒を強めるアネラとメルオン。
動き始めようとしていたネーアとメリィも、不変を貫く2人を見て再度レルレの方へ顔を向ける。
「……!」
「うーん、今のは君たちもれなく全員斬り落とされていたよ。言っているだろう、敵でも見方でもないしこちらから手は上げないと。」
ため息混じりに述べるレルレの姿に、マ素の変化を感じ取ったアネラの手が一瞬震えを覚える。
レルレもその反応に目配せをして見せると、懐から何やら手紙のようなものを取り出してネーアに手渡した。
「――と言っても、言葉で言うより行動で示した方が早いね。僕はこれから逃げも隠れもしない。一週間後、その場所で待っているよ。――これも、君たちの任務なのだろう?……では、また会おう」
その言葉を言い終えると同時に、黒い渦に飲まれるようにしてレルレの姿が消えた。
臨戦体勢を崩したアネラは不機嫌そうに顔をゆがませ、降ろした拳に再度力を込めながらつぶやく。
「……どこまで知ってるのよ、アイツ」
「アネラ……?」
「―――なんでもないわ!それより団長を探しましょ。気に入らないけど、レルレの言う通りなら向こうにいるのよね」
「あ……う、うん」
ネーアの返事を聞くや否や、まるで何かを誤魔化すかのように足早に駆けていくアネラ。
彼女のこの行動にネーアはメルオンと顔を合わせ、少々首をかしげてしまう。
メルオンはそんなネーアの頭にポンと軽く手を乗せると、何かを悟っているような口ぶりで言い聞かせるように口を開いた。
「ま、あの子もあの子なりに、色々思うところがあるのさ。オレたちも急ごうぜ、メリィは灯りを頼む」
「ほいさっさー!」
そうしてメリィが返事と共にアトイラを唱え、暗がりの山頂を明るく照らすと、ネーア達も急ぎアネラの後を追っていくのだった。
===中心世界===
真っ暗闇の世界。
その見えない者であふれかえった暗闇の空間を彼女は歩いていく。
どのくらい歩いたのか、〝その声〟が聞こえてくるまで、さほどの時間はかからなかった。
<随分と肩入れしているようだな>
「おー、出てきた出てきた。その方が君にとっても都合がいいだろう?ただ見てるだけじゃ、僕も飽きちゃうからね」
<……今の貴様は〝どちら〟なのだ>
「…………さあね」
暗黒空間の中、その質問にはいたずらな笑みを以って返す。
そして何かを見つけたようなそぶりを見せると、彼女は何かすくい取るように片手を動かし、もう片方の手で愛玩動物を撫でるかのように、すくい取った何かを愛で始める。
その表情は先ほどとは打って変わり、まるで懐かしい思い出にでも浸っているかのようであった。
<…………貴様―――>
「じゃあ、僕はもう行こう。あまり長居するのも、ここに眠るみんなに悪い」
言葉の先を言わせる前に、彼女はそう言って、再び前へと歩み始めた。
つづく