63話 『試す人、試される人』
火山の上空、観察者は観察する。
失意の中にある男が己の懐に刃を向ける様を。
観察者は観察する。
窮地に立たされている木偶の坊が選ぶ道筋を。
そして、それを救わんとする仲間たちの選択を。
===華の湯 2階 206号室===
「…………そうか」
ネーアはメルオン達に連絡を入れた後、アネラと共に2階にある彼らの部屋へとやってきていた。
粗方の事情を聞いたメルオンは、しばらく考えるようなそぶりを見せると、眉間にしわを寄せながら口を開いた。
「グルッドの救出は夜が明けてからだ。」
「ご主人!?」
「……」
メルオンの決断にメリィは驚きを見せるが、アネラは何を発するわけでもなく、ネーアは予想通りという返答をその表情でもって表す。
当たり前と言えば当たり前なのだ。
慣れない場所で、いつ命を狙われるかわからない状況で、夜が更けてからあんな場所に赴くだなんて認めるわけがない。
「本当にそれでいいさ!?ご主人の親友じゃないのさ!?」
メリィが必死にメルオンを説得しようとする。
なぜメルオンはこれを相棒にしていられるのか。ネーアとアネラは、そんな下らない疑問をため息に乗せながら、メルオンが話を続けるのを聞く。
「いいかメリィ。冷静に考えろ。お前はレルレの言うことを鵜呑みにして、のこのこと敵地に赴くか?」
「そ……それは……ごめんなさー」
しゅんとするメリィに、メルオンも思わずため息が零れ落ちる
「心配するな、グルッドはそんなヤワなヤツじゃない。わかったら、もう解散するがいいか。明日の夜明け……そうだな、朝5時ころここにまた――」
「メルオンさん」
締めようとするメルオンの言葉を待たず、ネーアがそこに割って入る。
そして彼の前に先程レルレから受け取った黒い箱をとりだし、何か思いついたかのような表情で言った。
「反対されるのを分かって言います。この箱……ためしてみませんか」
「……〝願いを叶える奇跡の箱〟か」
聞こえだけはいい禍々しさが溢れる箱を前に、メルオンはネーアの真剣そうな目を見て言う。
「何か策でもあるのかい?」
「策というかひとつ思うところがあって……明朝から出ても、あの火山までたどり着くのにどれだけかかるかわからないじゃないですか。胡散臭い話ではありますけど、せめて1回試してからでもいいんじゃないかなと……」
レルレは確かに急いだほうがいいと言っていた。
その真意がどうかはわからないが、嫌な胸騒ぎがすることだけは確かであった。
このまま朝まで待っていたら手遅れになりそうな、そんな気がしてならなかったのだ。
「…………魔人は嘘をつかない。てか……」
ネーアが差し出したその箱を見て、メルオンはかつてグルッドが言っていた言葉を思い出す。
魔王に感情を与えられた魔人は嘘をつかない。
レルレにやられる前、グルッドは確かにそう言っていた。だからこそ、彼女の狂気を止めなければならないと。
「嬢ちゃんの言った通り、保護者としては止めるべきなんだろうな……。確かにその箱は願いを叶える箱なんだろう。だが、その反面どんなリスクがあるのかわかったもんじゃない」
ネーアがこれに頷いて返して見せる。
レルレの言い方も渡し方も、これを使えばグルッドは助かると、そう言わんばかりであった。
手のひらで踊らされるのはシャクでしかないが、他に道がないのならそうするしかない。
広大な湖を挟んだ先にそびえる火山など、空飛ぶ乗り物でもない限り日単位でかかってしまうのだから。
「どうですか……?メルオンさん、それとアネラも」
「わっ……私も!?」
「オイラは……?」
メルオンと目を合わせないようにベッドの影でひっそりと聞いていたアネラは、急に自分の名前を出されて一瞬体をビクつかせる。
同時にメリィが不満そうにネーアを見るが、反対されるのが分かりきってる上、自分が使うとか言い出しそうだから笑ってごまかした。
「私は……反対よ。護衛を任された相手に、そんな行為許すわけないじゃない」
「オレはさっき言った通り、保護者としてなら反対だ。―――だがそれで親友を失うくらいなら、賭けてみてもいいとも思っている。後悔先に立たず……てな」
2人の意見が割れる。
しかし聞いておいてなんだが使うかどうかはもう決まっている。
ネーアは頭の中を整理するように間をおいてからその口を開いた。
「ありがとうございます。2人の意見はわかりました――ボク、使ってみます」
「ちょっとネーア!?本当にわかってるの!?」
思わず立ち上がって叫ぶアネラ。
不満たらたらな視線を向ける彼女をなだめるかのように、ネーアは「まあまあ」という仕草をみせると、首から下げたマ晶石のネックレスを箱に近づける。
すると何やら黒いモヤが渦を巻くように箱からあふれ、ネックレスへと吸収されていった。
「やっぱり……」
「嬢ちゃん!こりゃあ……!?」
「箱からマ素が出てきたさ!?」
「…………ッ」
驚きを見せるメルオンとメリィ。
対してアネラは表情をゆがめながら、ひたすらに箱に視線を送る。
「マ素に敏感なアネラは気が付いてたと思う。今のを見たら世界の果てに類似した何かだと、3人ともそう考えたと思います。――安心して下さい、多分大丈夫ですから」
「……は?」
「嬢ちゃん、そりゃあ一体」
「どういうことさ!?」
室内の緊張感が高まる。
ネーアはそれと同時に箱に魔力を送りながら話を続ける。
「この箱――恐らくですけど、ただのワープ装置ですよ」
「「「……はぃ?」」」
「見ていてください」
口で説明するより実際に見た方が早いと、ネーアは魔力を込める右手に意識を集中させる。
すると箱が次第に形をゆがめはじめ、渦のように漏れ出すマ素が箱の原型を見せなくなるほどに肥大化し始める。
そこまで大きくなったところでネーアは箱から手を放し、経過を見ながら再び口を開く。
「ボクもついさっき思いついてまだ確証には至らないんですけど。メルオンさんたちの時もそうでしたが、レルレはその……人を試すようなことをすると思うんです」
「……――」
「言われてみれば、確かにな」
グレン荒野では、グルッドがレルレの煽りをことごとく受けきり、結果は先の通り。
先程の露天では、アネラは乗せられて斬りかかりそうになったところを、マ素の流れを見て踏みとどまった。
「この箱も、わざわざ躊躇する様な売り文句をつけた。ボクたちがグルッドさんを見捨てるかどうか試していたんだと思います。考えても見て下さい、一介の魔人がそんな大それたもの持っているはずもないですし」
「ま、まぁ……一介かどうかはおいといて、確かにそれもそうだな―――む?」
「あれ何さー!?」
「……空?かしら」
人ひとりが入れるほどの大きさまで肥大した箱の渦。
その中心より少し上からまた穴のようなものが開き、夜空が垣間見える。
そしてはじめは空しか見えなかった穴もだんだんと大きくなり、やがて山の一角のようなものが見え、渦の外郭を残す程度の大きさまで肥大した。
「ふぅ……思った通りだったみたいですね。まだ通ってみないとわかりませんが」
そう言うとともに安どのため息が漏れるネーア。
続いて3人に目配せするとともに、最後の質問を問いかける。
「どうしますか。一応聞いておきます」
「はっ……嬢ちゃん、いつからそんなに人が悪くなったよ。行こうぜ、ここまできたからには」
「……仕方ないわね」
苦笑いをしながらも賛同するメルオンに対し、アネラも仕方なしと背を向けながらも同意する。
「じゃあ、行きましょうか。グルッドさんを救いに」
そうして4人は腑抜けの木偶の坊――もといグルッドを救うため、渦の中へと飛び込んで行った。
つづく
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