59話 『温泉って怪しい人いますよね』★
「……どういうこと…!?」
単的に説明しよう――緊急事態発生だ。
そう、文字通りの緊急事態。
どうやら温泉でゆっくり休めとはいかなくなってしまいそうであった。
一体何が起こっているのかというと……それは少し時間をさかのぼることになる。
===[華の湯]3階露天風呂 女湯 脱衣所===
「…………」
何とも言えない、自分でも説明付けられないモヤっとした何かを抱きながら、ネーアは衣類をかごの中に押し込んでいく。
「どうしたの?」
アネラが心配そうな顔をのぞかせる。
「え?……い、いやなんでもないよ!?うん、全然」
「そう……?ならいいけど。なんだかすごく深刻そうな顔してたから」
なんでもないというのは半分本当だ。
別になにかやましいことがあるわけではないし、懸念があるからと言って特別どうこうなりはしない。
しかしながら……既に目のやり場に困っている。
今もそうだったが、不自然に目を逸らそうとすれば必然的にソレが目に飛び込んできてしまう。
隣で同じように衣服を脱いでいるアネラは体系的には決して恵まれてるとは言えないのだが、年齢や顔立ち……ケモミミ美少女という補正もかかり、こうしてよくよく見てみると独特なエロスを感じさせるのだ。そしてアネラはネーアより身長が低い。それゆえに余計に目に入りやすいから困る。
一言で言い表すのなら――〝勃ちそう〟。
いや、今はついてないんだけどね?
「ほんとになんでもないから、何なら先行っててもいいよ」
逃げるように出たその言葉に、アネラはムスッとして尚更に顔を近づける。
そして反射的に仰け反ったネーアに向けて指さし、少しばかり強めに言った。
「そういう訳にはいかないでしょ!私が貴女の護衛だって忘れたの?」
「え、あ……!そ、そういわれてみれば……あはは」
本気で忘れてたというその表情を隠すように、ネーアは笑ってごまかして見せる。
これにアネラは眉をピクリとさせ物申すとばかりに一瞬口を開けるが、自身のこれまでの行動を顧みて、その思いをため息にのせて流した。
「ま、いいわ。早く行きましょ?こんなところで体冷やすのは嫌だもの」
「…うん……なんかゴメン」
そう、素の顔はあんなに頼りなさげな子ではあるが正真正銘、彼女は自分の護衛で、この町の騎士団を任されている1リーダーなのだ。
そんなふしだらな目で見るのは失礼極まりない。
ネーアは改めてそう自分に言い聞かせ、残りの衣類をかごに押し込んでいく。
「…………?」
――ところをアネラがまた、今度は説教でもしだしそうなジト目でまじまじと見つめていた。
「ネーア貴女、服くらいたたんで入れなさいよ。シワついたらどうするの!身嗜みは女の子の基本でしょ!?」
「え!?あ、ああゴメン癖で……」
「はぁ!?癖って何!?ちょっとかして!」
アネラはそう言ってネーアが服を押し込んだかごを奪い取り、丁寧にたたみ直していく。
だって女の子じゃないもん!
そんなこと気にしたことないもん!
突然口うるさい母親のように豹変するアネラにネーアは驚き、慌てふためいてしまった。
これが本当にあのアネラなのかと、目の前で服をたたみ直す少女のあまりの変わりように恐怖すら覚えたほどに。
「気をつけよう……アネラがいる時だけは」
===その頃。1階露天風呂 男湯===
綺麗な夕焼けが照らす露天には、既に数人の観光客が思い思いに温泉を楽しんでいた。
「ふっふあーイッテテテ……染みるなあ……」
「効いてる証さ!我慢するさー」
そんなやりとりをしながら、湯船に浸かるメルオンにメリィが桶を以て肩から掛け流す。
メルオンの体と顔に大きく刻まれたままの2本の傷後は、治癒魔法と手術の甲斐ありほぼふさがってはいるものの、その痛々しさはそのままに残されていた。
「見れば見るほど大きな傷さー。オイラ2人分くらいあるさ?」
「んー、合わせればそんくらいあるかもな。ただでさえアザ持ちの顔面にこの大きな傷跡だ。全く物騒ったらありゃしねえ」
笑い混じりにメルオンが言って見せるが、実際の所子どもが見たら素で泣き出しそうだ。
胴の方は先のもののほかに歴戦の冒険者を思わせる傷がいくつもあるのだが、顔の傷はかなり気になるらしい。
メルオンは自分でも湯を手ですくい流しているが、そこで思い出したとばかりにメリィの方へと首を傾ける。
「そういやよ、ここの効能ってなんだったか覚えてるか」
「確か体力回復と解術とか、そんなこと書いてあった気がするさ」
メリィが若干自信なさげに言う言葉を聞き、メルオンは改めて傷を擦ったり、肩や首を軽く何度か動かして見せる。
「フム。解術ねぇ……確かに、心なしか重荷が外れたような、そんな気がするがなんか受けてたっけか。なァ?」
「オイラに聞かれても知らないのさー」
「…………――っ」
2人の間が和やかな雰囲気に包まれる中、少し距離を置いて浸かっていたグルッドが、突然息を呑むかのようにして目線を上に向ける。
「?どしたグルッド」
「何かあったさー?」
「あ……いや、なんでもない。…………先にあがる」
「お、おう……そうか」
小さく言い残し、グルッドはそそくさと脱衣所に向かった。
その足取りはどこか先ほどまでとは違い、焦りというか……まるで何かを隠すかのような不自然さが感じ取られた。
それをきっかけに、緩んだ空気が緊張感を取り戻す。
メリィが桶を脇に置くと、グルッドが出て行く動向を最後まで見ていたメルオンは小さく口を開いた。
「……なあ、グルッドってよ――――」
===再び3階露天風呂 女湯===
アネラが言う通り3階の露天使用者は少ないようで、見た限りではネーア達以外の客がいるような気配はなかった。
して、その2人はというと――
「ね、ねえ……やっぱり気になるんだけど」
「い、いや気にしないで、どうぞ!」
背中を流し合っている。
洗い合いっこというやつである。
しかし違和感があるのは――ネーアがタオルで以って目隠ししているという点だ。
「いや……私もやりにくいし、外していい?そもそもどうしてこんなこと……」
「それは、その……女の子の、は……だk#△☆%○×……」
顔を赤らめながら萎縮するネーアに、やれやれとため息をこぼすアネラ。
一体何が彼女をそうさせるのか。
アネラはそれに関しては解らないし詮索する気もない。
しかしいつまでもこのままでいられてもやりにくくてしかたがないので、多少強引になってでもと思いながらタオルに手をつけつつ言う。
「最後何言ってるかわかんないし……。外していいわね」
「う……はい」
「あら……素直なのね」
巻くときはものすごく意気込み、絶対外すなよという空気さえ漂わせていたのに、案外素直に言うことを聞くネーアに驚きを見せる。
ネーア個人としては取りたくないのだが、アネラに迷惑がかかるとなれば話は別。
護衛してもらう身として、贅沢やわがままを言うつもりはない。
できるだけ視線を合わせず、且つ不自然にならないように心がけようと、そう決心してタオルを自分で取り、隠すついでに瞑っていた目を開けた。
「ど……どうぞ――!」
覚悟を決め、背筋をピンと伸ばす。
「…………ぷ」
そんな見るからに力が入って強張っているネーアを見て、アネラは思わず吹きそうになってしまった。
アネラは手を動かす前にどうにか、何かネーアをリラックスさせられる方法はないか考えようとしたときに、強張りながらもピクピクとまばたきするかのように、時々動いて見せる猫耳が目に入った。
そして――
「ッッ……――ふぉ!?」
後ろからガバっと、その大きな猫耳を両手で抑え込んだ。
つづく