6話 『理想と現実とボクのカタチと』★
―前回までのあらすじ―
世界の果てが見つかった ひゃっほい?
「今なんて……?」
ネーアは目を見開いて神官を凝視する。
「なんじゃ聞こえんかったのか?この渦に入ってもらうといったんじゃ」
「違います!その前……その渦が〝世界の果て〟と……?」
「それがどうしたというのだ。あくまでも予測じゃ、ソレは伝承にしかでてこぬ存在。書かれている性質と酷似しているというだけじゃよ」
神官がそう答えると、ネーアはメリィの方を見やるが、彼のマスコットもネーアと似たようなリアクションをしていた。
「お、オイラだってはじめてだよさ……こんなあっさりみつかるなんて……!」
「ん……?なんだ皆、これが何か知ってるのか」
いつの間にかネーアの頭で寝ているスマを除いて、全く理解していないのはメルオン一人だけだった。
――元の世界に帰れるかもしれない!
ネーアは拳を固く握りしめて唾を飲み込み、力強く神官のほうを見て言う。
「わかりました!ボク、入ります」
それを聞いた神官は少しばかり驚いた風にしてから、その長いひげを擦る。
「フム。思ってたよりも素直じゃの。おぬしの事情はよう知らんが物分かりがいいのはこちらとしても助かるわい」
すべては愛しい我が家に帰るため!!!
思わぬ形で出口が見つかって、ネーアはすでにかなり浮かれていた。
五日も黙って家を空けて怒られやしないかとか、捜索願でもだされてたらどうしようとか思ってた。
あと、今晩はラーメンが食べたい気分だった。
「メリィ!」
ネーアは自分をこんな体にした憎きペット兼マスコット兼召喚主に笑顔で呼びかける。
「ボク、こっちに来てどうなるかと思ったけど……今日、思ってたよりも楽しかった!その……短い間だったけど、ありがと。メルオンさんも、本当はちゃんと恩返ししたいんですけど……ごめんなさい、ありがとうございました!」
「ネーア…………」
「ん?な、なんかよく知らんが…お、おう?」
一通り言い終わると、神官の方を向きなおして頷く。
そして一歩、また一歩とそのドス黒い渦に近づいていき・・・
ネーアが渦の中へと入った直後〝世界の果て〟は消え去った。
===[世界の果て]壱ノ間===
「どこまで続くんだ……この真っ黒い空間は」
渦の中へ入ってからおよそ1時間、ネーアはひたすらまっすぐに歩き続けていた。
初めに出会ったときにメリィが言っていた通りならば、この中のどこかに向こうの世界へと続くワープがあるハズなのだが。それらしいものはおろか、砂利一つ見つからない。
『……んニャ?もー夜なのニャ?』
頭の上で寝ていたスマが目を覚まして言う。
「違うけど……迷路みたいなとこに入ってる―そうだ、お前見えたりしない?」
今のスマはスライムだが、元々は猫だ。そして猫は夜行性。もしかしたら辺りがはっきりと見えるのではないかと思った次第だ。
『にゃあには何も見えないのニャー、ニャんかこここわいニャ。もっかい寝るのニャ』
短くそう言って、スマはもう一度寝に入ってしまった。
「そうか……ていうかよくよく考えたら今のボクも猫みたいなモンだよな。身体に変わった様子はないし、間違いなくまだネコミミのままだ」
(……そう言えば、もう五日経ってるってことはテスト終わっちゃってるなあ・・・)
「やだなあ、絶対追試させられるよ」
ネーアがそう呟くと、いきなりバッと視界が開ける。
そして見渡してみると、そこはいつもの見慣れた通学路だった。
「ここは……え………は…?ほんとに、帰ってきた?」
ネーアの目に自然と涙が浮かんでくる。
一瞬だけ、帰ってきたことに喜んだ。そう、一瞬だけだ。
「はは…………は………………なんで……」
声が高いまま変わっていない。
耳も、尻尾も、頭の上にいるスライムも、全部五体満足、健在だった。
「どう……して…………クソ!!クソ!クソ!!!」
行き場のない怒りを冷たいコンクリートにぶちまけるが、涙が止まらない。
これからどうしたらいい?家に帰る?太陽の位置からして今なら家には誰もいない。隠してある合鍵があれば入ることはできる。だが親が帰ってきたらどうする?こんな非常識的な、このありえない身体をどう説明する?下手したら空き巣、変態、誘拐犯、何にせよお先真っ暗だ。
それから少しして、人気のないところに身を潜めたネーアは、座り込んだまま小一時間項垂れている。
「名前も思い出せないままだし……なんでかテストのことばっかり頭から離れないし…………なんなんだよ…もう……」
「大丈夫、ですか?」
「わっ!!!」
突然話しかけてきたその声にびっくりして思わず体勢を崩してしまうネーア。
「あ……えっと、その、これは」
隠していた耳と尻尾が露わになって戸惑う。
声をかけてきた少年は、その耳と尻尾を不思議そうに見つめている。
―そして、そのまま手を差し伸べてくる少年を見てネーアは自分の目を疑った。
「は…………?」
17年、散々共にしてきたその顔を見間違うはずがない。
その少年の外見と声はこの体になる前。
ネーアの本当の姿そのものだった。
「い…いや……なん……で…」
「だ、大丈夫ですか?どこか悪いなら救急車……」
「あああああああああああああああ!!!!!!!」
訳が分からなくなってしまったネーアはその指しのべてきた手を払いのけ、ひたすら走った。
手を払ったときに、少年の胸ポケットから飛び出てきた何かを手に取った気がしたが、そんなことはもうどうでもいい。
一体自分に何が起こったのか、世界は一体どうなっているのか、あの少年はなぜ自分の姿をしていたのか。
何もかも訳が分からず、泣きながらとにかく走った。
今起こっている全てのことから逃れようと、この現実を絶対に受け入れたくないと、ただただ走った。
そして気が付くと、もといた神殿の地下室に戻ってきていた。
ネーアはガクッと肩と膝を落とし、放心状態になる。
「は……はは……は…………」
神官がネーアの肩を取り、その涙だけが延々と流れている光のない目を見る。
「何があったか……は、まだ聞かない方がいいかの」
「ネーア……」
心配そうに見るメリィを払いのけて、メルオンは神官の胸ぐらをつかむ。
その顔には、明らかな怒りの念があった。
「おい!嬢ちゃんに一体何があったっていうんだ!?オレぁただ聞きたいことがあるからって連れてきただけだぞ!?さっきだってアンタを信用して頷いたんだ!!一体何のマネだよこれはァ!!!」
「はなさんか単細胞!まだ精神まで崩壊してはいない!!気持ちの整理がついていないだけじゃ!!!」
言い合っている二人に水を差すように、ネーアの手から何かが落ちる。
「これは……?」
メリィがそれを拾って神官のところに持っていく。
メルオンは仕方なく手を放して神官を開放すると、それを見た彼は二人に質問をした。
「見たことがない手帳じゃな……これは、ずっと持っておったのか?」
「いや。買ってやった装備以外、嬢ちゃんに持ちもんはなかったはずだ」
「オイラは……見覚えある気がするのさ!確か、召喚したばっかりの時それと似たようなのを持ってたのさ!」
「でも、それだったら残らず溶けちまったんだろ?どうしてここにあるんだよ」
メルオンの一言を聞いて神官はため息をつく。
「あのなあ、これからそれを確かめるんじゃろうが。とにかく、開いてみるぞ」
神官は慎重にその表紙をめくる。
そしてその〝生徒手帳〟の身分証明証となるページは、名前が空欄になっており・・・
――証明写真には、何も写っていなかった。
つづく