56話 『いい加減お話を進めましょう』
アネラはその男を見るや否やサッと視線を右に逸らした。
というか視界から完全に消えるように結構首を回した。
念入りに目まで瞑っているその少女を見たハレイドは、理解しがたいがきんちょでも見るかのような目をアネラへ向ける。
「な、なんだ貴様は!?ここは子供がくるようなところではないぞ!!」
「小隊長殿!お、お待ちください!!」
咄嗟に番兵の女性――サーラが焦りを見せつつハレイドにそう言った。
若干不信に思いながらもハレイドがアネラへ寄ろうとするのを止めると、サーラは「コホン」と咳払いでもって改めてアネラを紹介する素振りをしながら口を開いた。
「この方がここ、大国騎士団スイレン支部団長のアネラ・イースデル様です。先ほども申しました通りであります故、男性の方は少々お気分を害されるかもしれませんがどうかご了承を……」
「なッ……こ、この娘が団長……だと!?」
あからさまに驚いて見せるハレイドに息を呑むサーラ。
アネラは首はそのままに腕を組み、不機嫌そうに言う。
「……サーラ、ちょっと来なさい」
「えっ……は、はい!」
ハレイドをそのままに、その場を去っていくアネラについて行くサーラ。
待合室の扉が閉められると同時に、どうにも納得がいかないハレイドはひとまずその場……室内のイスに座り込んで待つことにした。
===[大国騎士団スイレン支部] 団長室===
「さて、どういうことか説明してもらいましょうか?どうしてここに見知らぬ……あんなゴツゴツの男性団員が立ち入っているのかしら」
アネラは男性の、特に筋肉質な者を一番苦手としている。
つい先ほどもそんなメルオンのお説教を受けたばかりで非常に気が立っていた。
「か、彼は迎えの者の護衛を務めてらっしゃった小隊長殿でして……到着のご報告にいらしたと……」
「ふーん……陛下も人が悪いわね。本部はあんなの送ってくるくらいに人がいないワケ?……まあ、いないから私のトコにそんな要請が来るんでしょうけど」
大国騎士団本部は基本的に男性のみで構成されている。
本来ならば仕事にならなくなってしまうであろうこの招集要請を呑んだのは、8割がたネーアの存在が大きいと言っていい。
彼女の護衛任務こそが、アネラにとっては大本命なのだ。
「でもホント、どうして私なのかしら?昔っからそうよね、陛下の考えてることはたまにわからなくなるわ」
「直接聞いてみてはいかがですか。もしかしたら、あの蟠りも解決するやもしれませんよ?」
微笑気味にサーラがそう言うと、アネラは体をビクつかせて団長席を立つ。
その表情からは、いかにも年頃の恋する乙女と言わんばかりの動揺が見て取れた。
「じょじょじょ冗談はやめて!ほら、あのカタブツも待ってるでしょ。呼んできて頂戴!それが済んだら元の警備に戻ること!いい!?」
「は、はっ!失礼致しました!!」
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サーラが急いで部屋を後にすること数分後、席につき、ある程度頭が冷えてきたところで申し訳なさそうに控えめなノック音を聞き取る。
前もって視界に入れないように、懐から目の柄付きアイマスクを取り出してつけて見せたアネラは、「入りなさい」と声を張った。
そうして入ってきたハレイドに顔だけは前を向けて、ひとまずの非礼を詫びる。
「さっきはごめんなさいね、でも許して頂戴。こればっかりはどうしようもないのよ」
「い……いえ!滅相もない……!私の方こそ、数々の非礼、どんな処罰も甘んじて受ける所存であります」
ハレイドが綺麗な敬礼をしながら言う。
アネラはそんなド真面目なカタブツの態度を感じ取ると、ため息の代わりに口元に微笑みをあらわにし、さらっと流すように話を続けた。
「はいはいそういうのはいいから。改めて報告ご苦労様。本部から伝達は回ってきてるから、今日1日は小隊員もここでゆっくりしていくといいわ。こちらの件を片付け次第、私も本部へ向かいます」
「はっ!ありがたきお言葉、感謝いたします!」
ハレイドの返事にアネラはそっと頷く。
それからハレイドは、外で待っているであろう部下の元へ戻るため、一礼をと声を発そうとする。
――と同時に、再び団長室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ボクです。団長さん、いますか?」
「おや、この声は」
「!!――入りなさい」
アネラの声を聞くと、まるで面接にでも来たかのようにお上品且つ慎重に、ネーアは団長室の扉を開け中に入る。
そしてアネラが座るデスクの向かい、ハレイドの隣に立つと、彼はアネラに改めて一礼をした。
「では、私はこれで。失礼致します」
「ええ、部下によろしくね」
最後にネーアにも会釈をし、ハレイドは団長室を後にする。
扉が完全に閉められ、ハレイドを目で追っていたネーアがアネラへと視線を移すと、アネラはデスクに手をつき、その場で立ち上がりうつむいていた。
そしてハレイドと思われる足音も完全に聞こえなくなったところで、ようやくアネラは付けていたアイマスクを放り投げ、ネーアの目の前へそっと歩み寄ってくる。
そして――
ぼふ。
「……怖かった」
「――へ?」
「こわかったよおおおお緊張したあああああああああうわああああああああん」
「え、……ええええええーーっ!?」
ネーアの目の前に着たアネラは、ネーアにそっと抱き着くや否や大声をあげて泣き出してしまった。
とりあえずアネラの頭をなでてみるネーアだが、自分でも動揺しすぎてこのままどうしたらいいか皆目見当もつかなかった。
「あ、あの。アネ……団長さん?」
「呼び捨てでいいわよおおおおお私のが年下だしいいいいいいああああ」
(いやーそれより泣き止んで欲しいんですけどー………)
一体いつまでアネラの頭をなで続ければいいのだろうか。
中々泣き止んでくれずに早数分。
しばらくそうしていると、ネーアの目にしつこく振られているフサフサしたものが映り込んでくる。
そう、アネラの枕にできそうなほど気持ちよさそうな尻尾だ。
「…………」
(これ掴んだら、とりあえず泣き止んでくれないかな……)
ネーアは自身にされたことを思い起こし、大分後目に感じながらもそんなことを思い浮かべる。
このままよしよしと頭をなでていてもいつ泣き止んでくれるかわかったもんじゃない。
休みに来ているメルオンにもあまり気を遣わせたくなかったネーアは、致し方なしと、空いている左手をゆっくりとフリフリ振られているアネラの尻尾へと向けていく。
「ううううううッうううう……」
(うーうー言うのをやめなさい!)
およそ20センチ。
ゆっくりばれないように動かしていた手を一気に持っていく。
「――ごはッ!!」
「うあああ…………あっ!?」
その動きと同時に、ネーアの顔面にアネラの尻尾が襲い掛かった。
まるで強烈な頭突きを喰らったかの如く仰け反ったネーアに、アネラはしまったという顔をして涙を引っ込める。
倒れるまでは行かずになんとか姿勢を保ったネーアが頭を押さえると、うろたえているアネラが弁明をとばかりにそのオロオロとした口を開く。
「ご、ごめんね……!!私、尻尾に何か近づくとつい反撃しちゃって……ホントにごめんね!!大丈夫!?怪我してない!?」
「い、いや全然、大丈夫だから……泣き止んでくれてありがとう……」
とりあえず、何となくアネラの頭をなでておく。
アネラはそれを拒むことはせず、むしろ尻尾を振りまくり、もっともっとと催促しているようにも見えた。
(な、なんか可愛いな……これがこの子の本性なんだろうか)
アネラはまだ若い。ネーアよりも年下と言っていたから、見た目からして大よそ15歳くらいってところだろうか。
そんな子が支部とはいえ団長を任されているのだ。
しかも全然団長、というか騎士向きじゃないあがり症持ち。
普段かかるストレスも相当なもんなのだろうし、この分じゃ中々気を許せる人もいなかったと見える。
レレンは女性の人獣族は珍しいと言っていた。
それゆえもあるのかもしれない。珍しい同族であるが故、余計に気が緩んでしまったのだろう。
ネコとイヌ……どうも相性はよくなさそうに思えるが。
まあ、それはそうとして――いつまでもこうしているわけにもいかない。
「……そろそろ、落ち着いた?」
ギュッと抱き着いたまま、ひたすらに頭をなでられていたアネラに問いかける。
するとサッと頭を上げたアネラは、こくりと小さく頷いて返した。
その返事に小さく安どのため息をこぼしたネーア。
「じゃあ……そろそろ離れようか」
これにはブンブンと大きく首を横に振る。
温泉で初めて会った時と言い、よっぽど気に入られてしまってるらしい。
今度は若干引き気味のため息をつき、右手をアネラの腰に回してから続けた。
「じゃあ、このままでもいいから……ボクをわざわざ呼んだ理由、聞いてもいいかな。何かあるんじゃない?」
もとより華の湯で受付を済ませた後ここには来るつもりだった。
しかしそれは挨拶を含めて今後の予定やら話し合わなければならないからで、それはアネラとてわかっていたはずなのだ。
わざわざ呼び出したからには、何か特別な用事でもあるのではないのか。
もしかしたら考えすぎかもしれない。
できればそうあってほしいものではあるのだが、世の中そうそう甘いことにはいかない。
「…………」
しばしの沈黙が続いた後、アネラはネーアの胸元に顔をうずめると同時に、小さく頷いた。
つづく




