54話 『触りすぎにはご注意下さい』
===[温泉町スイレン] 停留所===
大小様々な火山に囲まれたルネレディア王国の東部。
その一角。中央付近の巨大な湖の近くに栄える温泉町は、毎年種族を問わず多くの観光客で賑わっている。
「……あっついですね」
「場所が場所だからなァ」
「むしむしするさぁあぁぁ……」
「……そうだな」
ネーアの言葉にメルオンとメリィが、そして最後にグルッドが返す。
季節的には既に初夏ということもあり、水場ならではの熱気と日差しが4人をじりじりと焼いていた。
「では我々は先に支部の方へ報告に行かねばなりません故これで。ネーア殿も後でおいでになってください」
「あ、ハイ。ありがとうございます」
ここまで送り届けてくれた兵士たちの小隊長らしき、そのガタイのいい兵士が言い残し、馬車は騎士団支部がある町の東へと向かっていく。
ネーアはこれを見送った後、懐から1枚のメモ書きを取り出して、すぐ近くの案内板と照らし合わせてみる。
「えっと……〝華の湯〟はっと……」
そのメモ書きに短く書かれた住所付きの単語。ネーアはこれを昨日、宿に入ってすぐに知った。
ルーダスが地図に潜ませておいたそのメモ書きには、ネーアがチェックインし部屋に入った後、文字が入れ替わる魔法が発動するように施されていたのだ。
これからメルオン達を連れていく町で一番大きいと言われている温泉宿〝華の湯〟。
現在4人がいる町の入り口近く、その停留場から繋がっている坂道の大通りをまっすぐ北に500mほど行ったところにあるようだった。
ネーアはこれを確認すると、その場に無料配布してあるのであろう地図を手に取り「よし」と短くつぶやき、3人がいる停留所へ戻る。
「ねーあー、あづいよさああああ」
「わかったわかった。じゃ、行きましょうか」
「おう。グルッド、行くぞ」
「……ああ」
返事を聞き取ったネーアは頷くと、とぼとぼと重い足を動かすグルッドをメルオンが後ろから支えながら、ネーアが3人を先導して坂道を登っていった。
===[温泉町スイレン] 大国騎士団支部 入口前===
「大国騎士団本部第201小隊隊長ハレイド・カーレスだ。到着のご報告に参った、こちらの団長殿はいらっしゃるか」
ガタイの良いその男。ネーア達を連れてきた小隊長のハレイドが、支部の門番兵に問いかける。
するとその番兵――長い髪の毛を後ろでひとまとめに結っている黒髪の女性が、困り顔でハレイドの顔を見て答えた。
「お疲れ様です。アネラ様でしたら先ほど華の湯へ行くと仰られてお出かけになりました。少しお待ちいただくことになりますがそれでもよろしいでしょうか?」
「ん……ああ、構わんが」
「では、待合室にご案内します。こちらへ」
なぜそのような表情で見てくるのか不思議に思いながらも、ハレイドは番兵の女性についていく。
3階建ての支部の1階奥、その一室に連れられ、女性がもとの場所へともどろうと一言発したところで、ハレイドは意を決して口を開いた。
「君、一つだけいいか」
「? なんでしょうか」
「何故そのような目でオレを見る?別に珍しいわけでもないだろうに」
番兵自身も気が付いてなかったのか、ハレイドの言葉を聞くや否や、しまったというように驚いて見せる。
そして2拍ほど置いたのち、申し訳なさそうにしながら、ハレイドから視線をそらすようにして言った。
「その、大変申し訳ないのですが……――――」
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===[温泉町スイレン] 温泉宿華の湯 ===
無事華の湯に到着したネーア達。
その広いロビーで3人を待たせ、受付をしようとしていたネーアは少しばかり戸惑っていた。
「本当に来てないの?本当に?間違いないんでしょうね!?」
「ええ、先ほども申し上げました通り、そのような方はご宿泊されていませんよ」
「ぬうう……ちょっと早くきすぎちゃったのかしら」
ネーアの目の前。
受付で何やら一枚の紙をぺらぺらと見せながらそう言う、ネーアより10センチほど背の小さい、綺麗な赤髪をした15歳くらいの人獣の女の子に、受付の女性は少しばかり気おされながら答える。
一体何だというのだろうか。揉め事ならよそでやってください。
そんなことを思いながら顔を引きつらせていると、その少女は諦めたのか、じっとその紙切れを見つめながらネーアがいる入り口側へと引き返してくる。
そのすれ違いざま、ちらりとその見つめている紙の内側が目に入ったネーアは、「へ!?」と思わず驚きの声が漏れてしまった。
その紙――何か書類であろうそれには、ネーアその者であるバストアップの人相が描かれていたのだ。
「ん……?」
ネーアの声に反応した少女がちらりと視線を向ける。
すると少女は紙とネーアの顔を何度も何度も見返して、ものすごくうれしそうな顔をすると、ネーアに勢いよく抱き着いた。
「わっ!!ちょ……ひゃんっ!?」
そして抱き着いてきた少女は、あろうことかそのまま小さな手を大きく後ろに回し、ネーアの尻尾をぎゅっとつかんだのだ。
「これよこれぇモフモフ~!!♪」
「ん……!ッふ……んあ……!!」
尻尾を掴んだ手を上下にこする少女。咄嗟に両手で口をふさぐネーアだが、その刺激に思わず変な声が漏れ出てしまう。
次第に体から力が抜けていき、膝をついてしまっても少女は手を止める気配がない。
「ふあ……やめ……ああ……!!」
「もふもふさいこぉーーー♪!」
「ああ…らめ……え!!」
ネーアはなんとかしてやめてくれと声をあげようとするが上手く舌が回らない。
何とかしなければ……!!
そうは思うが、体が火照ってしまい、声を出そうとすると押し寄せてくる刺激が快感の波となり、それに飲み込まれそうになってしまう。
そんなにっちもさっちもいかない状況に放り込まれてしまったところで、2人の前に大きな影が現れた。
「その辺にしてもらおうか、〝アネラ〟」
「め……めうおん……しゃん……!」
大きな影――もといメルオンがその少女――アネラに向かってやれやれ顔で言う。
その声にチラッとだけ動きを止めて見るアネラだが、そんなことお構いなしと言うようにプイっとネーアの方に向き直ってしまう。
「もふもふは渡さない……!」
アネラはネーアに向き直って一言だけそう言い捨てると同時に、尻尾を握る力を強める。
「ひゃあっ!!」
「やめないかアネラ!〝姉貴〟に言いつけるぞ!!」
「ッ―――!!!」
メルオンは焦り顔をし、声を大にしてアネラを叱りつけると、アネラは尻尾をビクッとさせて動きを止める。
しかしその叱り声に、見て見ぬふりをしていた周辺の客も思わずメルオンの方を見る。
その視線にメルオンはひとまず一礼入れて謝ると、アネラをネーアごと持ち上げてそそくさと宿の外へと出て行った。
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「どうだ嬢ちゃん、そろそろ落ち着いたかい」
「はい。すみません、ありがとうございます」
華の湯の建物の影になる場所。
その壁際におろされ数分がたった。
なんとか火照りが収まったネーアは、メルオンの顔を見て言った。
「いいんだ。他の客も迷惑してたしな……ッたく何やってんだよお前は!」
「痛ぃっ!」
メルオンは優しくネーアに行った後、顔をムスッとさせ隣に体育座りしているアネラに向け、げんこつをくれてやった。
アネラは痛そうに両手で頭を抑え、メルオンをじっと睨みつける。
メルオンも同じようにアネラの目を、その力強い目力でもってじっと見る。
しばらくそのままの状態で睨み合っていると、アネラはいきなりさっと立ち上がった。
そして―――
「……お前、マジか」
「――――――ッ!!!」
「へ……?」
アネラは小さな左手にはめられたグローブを外し、メルオンに叩きつけた。
つづく